神社の長い回廊を尽きれば細谷川を挿んで、厳めしい観音扉の門を備えた建物が見に付きます。この建物は江戸時代の吉備津神社神領の「政務所」として使われていたのです。
この門が出来たのは、棟木に残された記録などから、寛政八年(1796年)です。古記録によると、その時は松平定信の寛政の改革の真っ直中、武断政治の緊縮財政の時代だったのです。だから、華美はご法度、生活総てにわたり質素倹約の世の中だったのです。着る服に至るまで制約されていました、だから勿論、歌舞演劇は、当然、ご禁制で、江戸京大阪などの芝居小屋など次々と閉鎖に追い込まれ、人々は誠に窮屈な生活を強いられてたのです。そんな時に出来た建物です。当然、普通質素倹約のこんな時代に、このような宏大な建物なんか建てられるはずがありません。それでもこの吉備津神社では出来たのです。それも芝居による益金でです。不思議でしょう。
それはまた明日。
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