私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 56

2008-06-20 15:08:10 | Weblog
 政之輔は包みを解きながら
 「これは大塩先生がお書きになった洗心洞箚記という本です。父が私に残してくれた、たった一つの遺品なのです。この本が私の手元にあることが分ると、面倒な事に巻き込まれるやも知れません。おせんさんにちょっとの間、預かって欲しいのです。決して御迷惑をお掛けするようなものではないのですが」
 と、言って4冊に分かれた、出来たままのような青い表紙のきれいな本です。
「大塩と言うだけで、お江戸の人たちには、徳川様に盾突く逆賊の大悪人のように思われているのですが、本当はそうではないのですが。これをおせんさんに預かって欲しいのです」
 その本をおせんの前に差し出します。4さつに重ねられている本の一番上にあった本をそっと手にとって
 「そんなに大切にしておいでの、こんなご立派なご本、うちでも守れるのでっしゃろか。なにか心配どす、恐ろし気ぃがします」
 「なあにちょっと押入れの隅にでも置いていただければいいだけです。大丈夫です」
 「そうでしゃろうっか。それでしたらあんじょうに守らせてもらいます。政之輔さんが帰ってもどられるまで」
 それから、政之輔は、熱心に、父親である香屋楊一郎のこと、母のこと、前に勉強した長崎でのオランダ医術のことなど話してくれました。
 そして、最後に、まだまだ、この国の医術は遅れていて、今、どうしても新しいオランダの医術を学ばなくてはならない。そのための長崎行きであること知ってもらいたいと、ゆっくり、自分にでも語り掛けるように、過去と現在を通して、未来を熱っぽく話します。
 長崎から帰ったら、
 「おせんさんと一緒に暮らしたい。必ず、待っていてください」
 と、再び、懇願するように言います。
 そのためには、多くの難しい問題が二人の前に、必ず、立ちはだかって来る。それを乗り越えていくのには、二人でお互いが連理の枝になって一緒に戦わなくてはできない事なのだ。それが女が損をしないと言う証にも、人が生きていくと言う証にもなるのだとも、またもや必死に語りかけてきます。
 「必ず」と言った政之輔の目は、自分の思いを、おせんにありったけの力で、投げかけているようでもありました。
 「さっきも同じこといわはったのに。・・でも、政之輔様とこれから二人で戦う事がどれほど難しかろうとも戦い通して見せます」
 と、心の内で自分に誓うおせんでした


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