小雪の京友禅の鶴が舞います。平打ちの帯び〆についた金の亀房と帯揚げが、篝光に照らされてやけにピカピカと揺れます。
観客はそのあでやかな姿にしばらく目を見張ります。
三弦の音と眠気を誘うようなゆっくりとした小太鼓のお囃子が相和して静かに静かに、吉備お山に響くように流れました。
その響きに誘われながら、岡田屋きくえの、蜜を流したようななんと甘ったるい声でしょう。「風早の三保のうらわを漕ぐ船の浦人騒ぐ波路かな・・・」 と、細谷を流れる瀬音にでも例えればいいでしょうか、さやけくゆったりと流れ始めます。
三次雲仙描くところの、遠くに不二を配した三保の松原を背景に。左手の舞扇が、ひらりひらりと光ります。帯揚げの亀房もちぃっちゃくゆらゆらうごいています。
再び、小雪の胸は張り裂けんばかりの痛みに襲われていました。もう胸が張り裂けてしまうのではないかと思うほどの痛さです。谷底に転げ込んでしまうかのような痛さです。足がふらつきます。自分の目が何処を見ているかさえわからないように、ぼうと朧に霞んでいます。
手にした扇が、そんな今にも、そこらあたりに倒れこんでしまうのではないかと思われるような小雪の心を離れて、漆黒の闇の中の日差しのお山に向けて、大きくかざし出されていました。 その途端に、堀家喜智の顔が、その扇の先に浮び上がってきました。「まさか、お喜智さまが」そんな気が、小雪の心を横切ります。ふと我に帰り、体ごと舞台の右の袖口に向かいます。なんと、袖口奥の幕のすぐ横やら、あれほど「小雪の序の舞い姿」をと思っていたお喜智さまが、大きくお立ちになってじっとこちらを、小雪の今日の舞を見ていらっしゃるではありませんか。
途端に、痛みが急にさっと消えます。
「ああ、さえのかみさん」そんな心が横切ります。
その喜智の姿に安堵したかのように、再び、小雪は調べに乗って、最後の踊りに入っていくことが出来ました。
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