私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

あせん 62

2008-06-26 15:01:32 | Weblog
 「この一本の手ぬぐいが松の葉の女将さん、そうあなたを教えてくれたのです」
 と、懐から取り出した手ぬぐいを懐かしむように眺めていました。
 「そうですか。あなたのお店で、時々、うなぎを食べていたのですか。この堅物と、思っていた政之輔もそんな余裕を持っていたのかと思うと・・・・それを聞いて、ちょっとは心が和むように思えます。あなた女将に、こんな事を申し上げても致し方ないと言うことは分っているのですが、かわいそうなぐらいの本当にむごい無残な死に様でした。どうして殺されたのかわけが分りません。誰も話してくれないのです。奉行所内で殺されたと言うことだけは確かですが、残念で悔しくて悔しくてたまらないのですがすが、悲しいことに調べようがありませんが」
 大先生は必死にこの悲しみを堪えているように、じっと下をお向きのまま、ゆきに、その死を話し聞かせるのです。
 ややあってから
 「無力でその原因を確かめられない私を、あれの父親の時もそうだったのですが、政之輔は随分怨んでいるのではと思うのですが、残念でたまらないのですが、今は、私の手でそれを解決することは到底不可能なの事なのです。・・・・・・・あ、そうだ。さっき、女将さんが申されていた、おせんさんとは誰ですか。政之輔と何か関係があるのですか」
 「こんなこと申し上げてよいかどうかは分りまへんのやけど、この際どす、お話しいたします。・・・・はい、おせんさんは政之輔さんが連理の枝に成ろうとお約束されたおかたどす。それはそれはやさしいきれいなこいさんどす」
 「そうですか始めて知りもうした。そのお話を伺って、余計に死んだ政之輔も残念だったでしょう。でも一方では、私事の勝手な話かもしれませんが、私は、女将さんからそのお話を聞いて、実は、今、ほっとしておりますのじゃ。と申しますのは、立派な25歳にもなる若者として、下賎な話で申し訳ないのじゃが、色恋も知らんと死んでいったとなると、不憫で仕方ないのじゃが、あの政之輔にそんなお方がいたと聞いて幾分かはほっとしております。出来ればお会いしてお話を伺って見たいのはやまやまですが、会って今更どうすることも出来申さん。かえって悲しみが募るばかりじゃと思います、会わんでおきましょう。それの方がそのおせんさんとか言われたお方に対してもいいのじゃないでしょうか。・・・松の葉の女将さん、そのおせんさんが、もし私に会いたいと申されるのでしたら、いつでもお連れください。出来る限りのことはお話しいたしますので」