私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

おせん 59

2008-06-23 20:03:11 | Weblog
 急な呼び出しを受けた袋直弥は町奉行所に駆けつけます。案内を請うと中から中野と名乗る与力が目明しでしょうか一人の男を引き連れて出てきます。その目明しは、ぎろりと直弥を一瞥すると、腰にさしている十手を抜き、あご辺りでしゃくるようにしながら歩き出し、林を隔てた庭の隅に連れて行きます。
 こぎれいに掃き清められた庭の隅に菰で覆われている物が置いてあります。その前に来たとき、中野と名乗る与力が言います。
 「この菰の中にいる者をあらためて頂きたいのでご足労を願った。おい銀児」
 と、これまたあごをしゃくるように目明しの銀児に、中にいる者の顔が分るように菰を捲るよう指示します。
 捲られた菰の中から現れたのは、変わり果てた政之輔です。
 「どうして、政之輔が、こんな所にこんな姿で・・・なんということですかこれは」
 直弥は中野と名乗る与力に詰め寄ります。
 「香屋楊一郎の一子香屋政輔に間違いないな。昔、あなたもなんぞ大塩平八郎と関わりがあったのと違うのかな。まあええ、それはまたの時の事として。今日はその香屋政輔について言い伝えておくことがある。よく聞き置け」
 その与力は政之輔に菰を十手で、再び、覆い、言います。
 「この香屋政輔という男も、大塩一味がやったのと同じこと謀りおったのだ。それも、この度は京の腰抜け公家を一味に引き入れよって、更に、水戸や長州者どもと一緒になりおって徳川幕府転覆を密かに計らいおったのだ。厳しく吟味していた最中に、仲間を売るのが怖くなったのか自ら命を絶ったのだ。幕府の御慈悲で遺体だけは、そちに引き渡してやる。それだけでもありがたく思え。早々に引き取れ」
 「何があったのですか。教えて頂きたい」
 と、中野という与力の胸元を捕まえながら絶叫するように懇願する直弥の腕を振り解くようにして、無言で、さっっさと立ち帰っていきます。
 「大ふくろうの先生よ。若ふくろうはんは、どうも大塩平八郎辺りの残党どもから預かった密書を持って、京のよりによって三条の宮様へ届けたのだそうでおます。それを知らせてくれた者がおり、中野様を中心にして淀川の堤で待ち受けておった網に、ええぐわいに、ふくろうはんが、夜でのうて、お天道様が輝いておいでの、それも昼の日中に、ひっかっかりはったのどす。ふくろう先生、なかなかしぶとくおましてな・・・うひひひひ。大ふくろう先生よ。はようお引き取りにならはる方がお得と違いますやろか」
 冷たく言い放ちます。