星新一 一〇〇一話をつくった人 価格:¥ 2,415(税込) 発売日:2007-03 |
発売直後から評判となり、読みたいと思っていた一冊。第28回SF大賞受賞作。
ハードカバーで550ページほどの大著だが、一気に完読した。
一人の作家の伝記として非常に読み応えがあったが、興味を惹かれたのは次の3点である。
一つは、日本の明治・大正・昭和初期のダイナミズムが描かれている点だ。星新一の『人民は弱し 官吏は強し』である程度は把握してはいたが、確固たるものがなく山師的な雰囲気が漂う時代性が垣間見えてくる。特に、星新一の父、星一は二十歳で単身渡米し、コロンビア大学に学び、事業を興して一代で名を為した人物である。もちろん彼の才能ゆえだが、時代の要請でもあった。政治の表舞台で活躍した人々との繋がりなど非常に興味深く読んだ。
次に、戦後の日本SF勃興史としての側面だ。SFという新しいジャンルの誕生とそれを認知してもらうための活動、新しいものが生まれる時のパワー。基本的な日本SF史については理解していたが、先駆として現れた星を中心に、出版社や編集者の視点を多く取り入れて描かれ、新味があった。SFを正当に評価してもらえない苦悩は、昔から語られてきたところだが、星の場合はショートショートという形態ゆえにSF内部からも正しく評価されたと言えるかどうか疑問に思う。一方で、批判に対するナイーヴさなどは現在の視点からすると驚きを禁じえなかったりもする。
最後に、星のショートショートに対する評価だ。伝記の著者である最相葉月自身は客観的評価に努めようとしているが、大人向けに書かれたショートショートがやがて若い世代向けのものと認識されていく点に星の偉大さと限界があったことは間違いないだろう。星の代表作である「ボッコちゃん」「おーい でてこーい」は1958年の作だ。半世紀以上前に発表されている作品であるにも関わらず、ほとんど古びていない。星自身の意図でもあり、機会あるごとに手を入れて古びない努力をしていたが、それでも驚くべきことだ。だが、普遍性を獲得する一方で失うものもある。元は大人向けでありながら、当時としては斬新であったショートショートという手法がありふれたものになったとき、大人向けとしては弱さを持つようになってしまった。筒井康隆が『ボッコちゃん』の解説に述べているように、「日本人の喜ぶ怨念やのぞき趣味や、現代との密着感やなま臭さや、攻撃性が持つナマの迫力」を排除していることが、大人の読み手にとっては物足りなさを覚えてしまう要因となっていく。それは星自身の選択の結果でもあったわけだが、それゆえに数の重みという以外の評価が非常に困難となってしまった。
日本SF大賞特別賞こそ死後に贈られたものの、新たなジャンルを切り開いた者に対して余りにも評価が低かったと言わざるをえないだろう。星雲賞にはとうとう縁のないままであった。死後もいまだ読まれ続けている作家でありながら、その作品への研究は十分とはとても言えない。もっと多様な読まれ方があってもいい作家だと思うだけに残念な思いが残ってしまう。
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