前回の下戸塚坂の坂上は、大久保通りであるが、ここを横断し、小路に入って、二度ほど曲がってから進むと、大久保通りから分かれて西へ抜弁天の方に延びる大きな道路に出る。ここを右折し進むと、信号が見えてくるが、このあたりが団子坂の坂上である(現代地図)。近くに大江戸線の若松河田駅がある。
一枚目の写真は坂上を撮ったもので、緩やかに西へ下っている。二枚目は坂下側(南)で坂下を、三枚目はそのあたりから坂上を撮ったもので、坂の標柱が立っている。坂下をすぎると、ふたたび緩やかな上りとなる。
この坂はこのブログで取りあげていないので、標柱の説明を以下に示す。
「団子坂(だんござか)
昔この辺一帯が低湿地であり、この坂はいつも泥んこで、歩くたびにまるで泥だんごのようになったという。嘉永七年(一八五四)の『江戸切絵図』には「馬ノ首ダンゴサカト云」とある。」
四枚目の尾張屋板江戸切絵図 牛込市谷大久保絵図(安政元年(1854))の部分図を見ると、標柱の説明のとおり前回の下戸塚坂上のちょっと左(南)の東西の道(若松町の町屋の上)に「馬ノ首ダンゴサカト云」とある。このためか、別名が馬の首団子坂である(横関、岡崎)が、「馬ノ首」の意味が不明。この道の上(西)に抜弁天が見える。
団子坂から断腸亭跡に向かうには、坂下を西へ抜弁天まで歩き、左折しそのまま進むめばよいが、ずっと大きな通りの歩道を歩かなければならないので、坂下からちょっともどり、坂中腹から南へ延びる細い道に入る(現代地図)。余丁町と河田町との間である。
この道に入ると始めちょっと下り坂だが、坂下は一枚目の写真のようにずっと平坦で南へ延びている。しばらく歩くと、こんどは二枚目のように上り坂となる。実測東京地図(明治11年)を見ると、このあたりは狭隘な谷となっているが、その名残であろう。
坂を上ると四差路があるが、そこを右折し、まっすぐに西へ歩く。余丁町13番地(右)と14番地(左)の間の道である。
荷風は明治35年(1902)から大正7年(1918)まで牛込区大久保余丁町79番地の邸宅に父母等と住んだ(以前の記事)が、この番地を明治地図(明治40年)で確認すると、現在の余丁町14番地で大きな通りの近くである。
三枚目の写真は余丁町の大きな通り(放射第6号線)に近づいてから撮ったもので(現代地図)、この左手一帯が旧永井邸と思われる。断腸亭とは、荷風がこの敷地内に建てた離れに付けた名である(以前の記事)。
三枚目の小路から歩道に出て左折すると、その先のビルの隅に断腸亭跡の標識が立っている。
神田川の華水橋から断腸亭跡までの所要時間は1時間30分(途中、夏目坂での昼食休憩30分を含む)。
四枚目は、標識の近くに立っていた街角案内地図であるが、断腸亭跡から南の自證院(自証院)坂を目指すことにする。
一枚目は、尾張屋板江戸切絵図 牛込市谷大久保絵図(安政元年(1854))の部分図であるが、「馬ノ首ダンゴサカト云」とある団子坂から下(南)へ延びる道が先ほどの狭い谷道で、そこから右折した「二ツ目」とある道が上記の余丁町13番地と14番地との間の道と思われる。断腸亭跡の位置は、真田源次郎の屋敷であろうか。自證院が絵付きで大きく描かれている。
現在の大きな通りに相当する道に「此辺四丁町ト云」とあるように、横町が四条ある(道が一ツ目から五ツ目まである)ため大久保四丁町とよばれたが、これが明治になってから大久保余丁町、その後、余丁町となった。これがいまも残っているが、その陰には「余丁町の町名を守る会」の運動があったという。
広い通りを横断し、市谷台町と富久町との間の道に出たが、ここから自証院方面へ出る道がわからず、そのあたりをうろうろし、途中、右折し西へ歩くと、自証院坂の上側に出た。坂上を見ると、二枚目の写真のように、右手が自証院の門前であるが、むかしながらのお寺の感じがする。以前来たときもそうであった。なんかほっとする風景である。三枚目は坂上近くから坂下を、四枚目は坂下から坂上を撮ったもので、坂下は靖国通りである。
散策の好きな荷風は、麻布の偏奇館からこのあたりにも出没しており、「断腸亭日乗」昭和12年(1937)3月28日に次の記述がある。
「三月廿八日 日曜日。晴。表通の老桜少しく花ひらく。午後市ヶ谷辺散策。善学寺及瘤寺を訪ふ。余丁町抜弁天の横町取ひろげらる。銀座に夕餉を食すること例の如し。」
瘤(こぶ)寺とは自證院のことである。善学寺というのが不明であるが、靖国通り近くの善慶寺のことか。偏奇館近くの長垂坂上に同名の寺があるが、これと間違ったのかもしれない。この坂を上ってから余丁町、抜弁天の方に行ったと想像されるが、旧住居(断腸亭)についての感想は記されていない。
(続く)
参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂(全)」(ちくま学芸文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
「嘉永・慶応 江戸切絵図(尾張屋清七板)」(人文社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図集 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
デジタル古地図シリーズ第一集【復刻】江戸切絵図(人文社)
デジタル古地図シリーズ第二集【復刻】三都 江戸・京・大坂(人文社)
「古地図・現代図で歩く明治大正東京散歩」(人文社)
「江戸から東京へ 明治の東京」(人文社)
「東京人 特集 東京は坂の町」④april 2007 no.238(都市出版)
「東京人 特集 東京地形散歩」⑧august 2012 no.314(都市出版)
「東京地名考 上」(朝日文庫)
永井荷風「新版 断腸亭日乗」(岩波書店)