東京さまよい記

東京をあちこち彷徨う日々を、読書によるこころの彷徨いとともにつづります

かめやま坂

2016年10月25日 | 坂道

かめやま坂下 かめやま坂下 かめやま坂下 かめやま坂下 かめやま坂中腹




南平坂の坂下は、鉢山橋交番前の交差点であるが、そのまま南へ上る坂が続く。これがかめやま坂である。

一枚目の写真は南平坂下近くからかめやま坂を撮ったもの、四枚目はこの坂の中腹から坂下を撮ったもので、その向こうが南平坂

坂下から中程度よりも緩やかな勾配でまっすぐに南へ上っている。標柱などの標識はない。渋谷区鉢山町2番と10番の間を南に上る(現代地図)。

坂に沿って樹木が並び、かなり背の高いのもあるが、片側だけだったり、途切れ途切れだったりで、このため、明るい感じがする。先ほどまでの南平坂は鬱蒼とし、ちょっと暗く、陰の感じであるが、それと比べるとこの坂は陽である。両坂を通り抜けると陰陽の変化を感じる。

この坂を下って坂下で左折すると、旧山手通り方面で、西郷山公園の近く。右折すると、桜丘町と鶯谷町との間を通って山手線方面。

かめやま坂中腹 かめやま坂中腹 かめやま坂中腹 かめやま坂中腹 かめやま坂上




この坂は、勾配のある部分は意外に短く、上ってまもなくかなり緩やかになり、そのまま長く延び、都立第一商高前まで続く。このあたりではほとんど平坦であるが、ふり返ると、坂下側に向けてほんの少し勾配がついているのがわかる。

この坂は、岡崎、山野に紹介されているが、坂名の由来は岡崎、山野ともに不明としている。坂の形状(亀の背)によると推測する説があるが(この記事)、確かにその形に似ている。

かめやま坂と南平坂は坂下の底部(V字谷)を挟んで対向しているが、このような坂は他にもある。たとえば、赤坂の薬研坂や三番町の御厩谷坂。これらは向き合う二つの坂が同じ坂名となっているが、一番町の永井坂・袖摺坂は向き合っていても違う坂名となっているので、この坂と同じである。

かめやま坂上 御江戸大絵図(天保十四年(1843))




戦前(昭和16年(1941))の昭和地図には、南平坂から続くこの坂の通りがあり、坂下には鉢山派出所、坂上には府立第一商業が見えるので、いまと同じである。

二枚目の御江戸大絵図(天保十四年(1843))には、宮益町から渋谷川を越えて上(西)へと延びる通りが描かれている。ここが道玄坂で、その左側(南)に描かれている山のあたりが、南平坂と同じようにこの坂のある台地と谷であったのであろう。

参考文献
横関英一「江戸の坂 東京の坂(全)」(ちくま学芸文庫)
山野勝「江戸の坂 東京・歴史散歩ガイド」(朝日新聞社)
岡崎清記「今昔 東京の坂」(日本交通公社)
石川悌二「江戸東京坂道辞典」(新人物往来社)
デジタル古地図シリーズ第一集【復刻】江戸切絵図(人文社)
デジタル古地図シリーズ第二集【復刻】三都 江戸・京・大坂(人文社)
「嘉永・慶応 江戸切絵図(尾張屋清七板)」(人文社)
市古夏生 鈴木健一 編「江戸切絵図集 新訂 江戸名所図会 別巻1」(ちくま学芸文庫)
「大江戸地図帳」(人文社)
「東京人 特集 東京は坂の町」④april 2007 no.238(都市出版)
「古地図・現代図で歩く戦前昭和東京散歩」(人文社)
「古地図・現代図で歩く昭和三十年代東京散歩」(人文社)

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