ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

公約

2012-10-16 21:49:43 | ひとの幸福
「やるって言ってたのにやってない」と言って人を非難することがある。

でも、日本語の動詞の現在形はどれでも未来を表現している。

「歩く」にしても「走る」にしても「話す」にしても「やる」にしても、

歩く予定、歩くつもり、走るぞ、やるよ、話す予定、話すつもり・・みな現在を表

現しているんじゃない。

かたちは現在形だけど、表現内容は未来のこと。

「歩く」の現在を表すのは「歩いている」だ。

「私は歩く」と聞けば、「へぇ、いつ?」と言われるだろう。

未来のことはわからなくて当たり前。

予想なんていちいち言わなくても、「やる」という表現は全部予想予定のことに決まっているのである。

予定・予想は外れることも当たり前。

公約も「やる」と表現している。

出来ないこともあるのは当たり前なのであんなに騒ぐことはないのかと思う。
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わからない・・④

2012-10-16 15:17:21 | ひとの幸福
小さな子供を育てているとき、子の行為を褒めたり、貶したりをずっと続けていると、

見事に不自由な人間が出来上がる。

いろんな事をする度に、こーしてよかったかな・・?

あーすればよかったかな・・・

こんなことしてどう思われるかな・・

と迷いに迷う。

自分が行う行為に他人の尺度のよいことをしようとする。

ひとは元々、真善美を求めてしまう存在だから、

良きものを求めるのは当然なんだけど、ひとの尺度に合わせていると、

ひとは人の数だけいるから、迷うのは当然。

自分の行為を自分の尺度ですっきり決められない。

不自由な人間になるようになるようにと、ひとはせっせと褒めたり貶したりしている。

在るがままを認める、受け入れるということは褒めることじゃない。
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わからない・・③

2012-10-16 15:06:29 | ひとの幸福

小さなときから、ナニカが出来れば褒められ、出来ないと無視されたり、労わられたり、

非難されたりしていると、

他者からの褒貶にとても敏感になる。

他者からの褒貶に囚われるようになる。

アレが出来たからコレを褒美にやる、という交換条件を付ける事によって、

いっときは頑張ったりするけど。

これは権利義務観念に通じる。

コレだけやったんだからアレを寄こせ、寄こすべきだ、になる。

何も出来ない、何もしてないんだから何も得られないのは当たり前だ、になる。

ナニカを得たいなら、ナニカをするべきだ、になる。

引き籠もりの人は夫々いろんな理由があるんだろうけど、

今の世の中の権利義務ナンタラに愛想をつかしているんだったら、いい傾向だな。
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わからない・・②

2012-10-16 14:51:58 | ひとの幸福
誰にでもわかることとわからないことがある。

わかることはわかるし、わからないことはわからない。

ずっとわからないでいたことがわかった時は嬉しいもんだ。

あー、なるほど!そうなのか・・となるのは嬉しいもんだ。

それは他者から認めてもらう嬉しさとは違う。

わかったことを誰からも褒めてもらわなくったって関係ない。

貶されたって関係ない。あら、そう、だ。

認めてもらえば嬉しい、認めてもらえないと悲しい、というのも気持ちはわかるけど、

その喜びは、ひとまかせ、他者まかせ。

勿論、それがいけないなんてことはない。
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わからない・・・

2012-10-16 14:43:59 | ひとの幸福
夫から赤ん坊が泣くわけがわからないの?と言われてむっとしたと言う、娘。

赤ん坊について母親はなんでも知っている・・なんて思ってるんだね~^^

娘の腹立ちに、一瞬わけがわからなかったけど、そうか!と思った。

娘はいわゆる頭がいい子で学校の成績はよかった。

何でもよくわかって、賢いね~・・みたいな賛辞を受けたことがあるんだろう。

私もそうした。

そういう賛辞・褒賞を沢山受けると、

「わかる、ということはいいこと」なのだな・・

・・というプログラムが潜在意識にインストールされる。

その反対である、「わからない、というのは良くないこと」

・・というプログラムも自動的にインストールされる。

「泣くわけがわからないの?」という言葉を聞いて、

お前はダメだ、みたいに言われたように思ってしまう。

泣くわけがわからないの?という問いの答えは、

はい、わからない と いいえ、わかります のどちらかなはずだけど、

そうなってしまう。

賛辞・褒賞をすることによって、何が起こるか・・?

一時は褒められると嬉しいけど、

よく効く抗生物質みたいに、それは必ず副作用をもたらす。
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