ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

孫と曾孫たち来訪♪・・・そして帰って行った

2014-12-31 15:07:02 | 日々の暮らし・思い出
パパの孫たちとその子供たちがお見舞いに遠いところから来てくれ、

昨日の昼過ぎ帰って行った。

小学3年生の曾孫はとても愉快な子で来るなり台所でいきなり踊りだした。

すぐに私も一緒に踊る。そこへにこにこと黒クマのような曾孫のお父さん登場。

とても穏やかな大らかなひと。

こういう人と一緒に居られて夫の娘も本当によかったなぁ。

賑やかな二日ちょっとの時間を楽しんで過ごした。

夫の長女の方は一日早く来てその晩は

長女、夫、私の3人でゆっくりと語らいながら飲んだ。

これもとても本当に楽しかった。

この長女の連れは今回年末で忙しく、来られなかった。

又次の機会を楽しみに待てる・・そう、思ったよ。


おむつ替えやら洗濯やら食事の準備の合間に、

(やろうと思えばやれるもんだねぇ)

曾孫二人と私とで銀行という名のトランプゲーム、セブンブリッジ、七並べ、神経衰弱、

猪鹿蝶赤たん青たん月見花見で一杯の花札ゲーム。

なんと『神経衰弱』は小3に私が初めて勝った!これは凄い!

過去の対戦で一度もそういうことはなかったんだよ。

半ボケの私が小3に勝つなんてきっと来年はいい年だ♪

ということにした。

小3少女と隣の浜まで散策もした。

寝てるばかりのパパ(義父)と夫と私の3人で居るとこういう楽しみはない。

子供はいいなぁとつくづく思う。

10カ月の赤ん坊もなんとも可愛い。

肌はなんといえばいいんだろう・・・マシュマロとかよく言うけど、

そんなもんじゃない・・・しっとりとして肌理が細かくて柔らかくて・・・

時間という魔物?で肌は着実にエントロピーが増して行く。

使用前使用後のこの肌の違い!実感。


パパは孫たちが来ている間ずっと意識は正常だった。

昨晩は私に「仙台は帰ったし・・・ゆっくりしてな・・」と。

以前から来客が帰った後には必ず「食いごとがえらかったなぁ・・」と労ってくれる。

今回労ってもらうほどのことはしてないのだけれど、

パパの優しい心遣いはとても嬉しかったよ。


皆が帰っての今朝。なんだかモードが違う。

「浜に行って座って来る」とか「浜に行く」と何度も何度も言う。

骨折したことや歩けないことなんかの認識がないよう。

「そうですね~」と笑って答える。

・・するとすぐに目を瞑ってしまう。

しばらくするとまた「浜に行く」と。

こんな天気のいい日には浜まで歩いてそこの椅子に座り、海を見ていた父。

浜に行きたいんだろうなぁ、海を見たいんだろうなぁ・・・

今は車いすにも座れないからね、座れるようになったら浜に行こう!

きっとその頃はもう温かくなっているよ。
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焼酎を一杯♪

2014-12-26 16:15:08 | 日々の暮らし・思い出
今朝のパパ(義父)のことです。

目覚めたようだったので、お水飲もか?と尋ねると、

「焼酎がいい」とにこにこ。

昨日の早朝も夫にそう言ったらしいけど、その時は晩にな、と答えたよう。

訪問看護のナースも舐める位なら・・と笑って言ってたし、

その時、飲んでもらおう、と思ったんだ。

訪問診察をしてくれることになったドクターも好きなものを食べて・・と言っていたよ。

とろみのついた焼酎なんていただけないと思ったし、

パパの様子を見てると、誤嚥防止のとろみをつけないでもいけるんじゃないかと・・・

夫には言わずに焼酎20ccに氷を入れた水60ccを入れて、

「少しずつむせないように飲んでね」と声かけて・・・

パパは実に美味そうにごくんごくんと誤嚥もせずに飲みました!!

私もイェ~イ!という気分♪

入院して2週間近くは口から全然食べてなくて、

食べ物を口に入れ始めてからも、ゼリー以外の固形物は食べてなかったんだけど、

今朝は全粥とうちで煮た牡蠣の佃煮3個をつぶしてとろみをつけたものと、

いつものエネルギーゼリー(小さくても160キロカロリーもある)を

自分で食べてもらった。それも誤嚥せず完食!

嬉しかったぁ。ほんとに。

昼ごはんの時も「焼酎♪」と言ってたからまた少し出してしまったら、

それもごくんごくんと飲みました。

でも寝たきりアル中になってもいけないから、これからは一日に一回にしてもらおうと思います。

いいよねぇ。楽しみなんだもの。

焼酎を飲んだ後、「本当はビールが一番や」とニコニコして言うので、

明日はビールを少しだけ飲んでもらおうかな?

朝食後は朝刊を読んでいます。退院して毎朝。

それも嬉しい。


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物の置き場と潜在意識??

2014-12-26 15:54:41 | ひとの幸福
潜在意識のプログラムを正常なものにする、とかなんとか、

このブログを書きだした頃かよく書いてた。

そのことと、高齢になると物を何処へ置いたかというようなことを忘れてしまう回数が

多くなることが関係あるんじゃないか・・・

とこの頃思うことがある。


ハサミを何処へ置いたのか忘れたりすることがしょっちゅうあって、

まぁ、今もそういうことが全然無いわけじゃないのは無論なんだけど、

畑のハサミに関してはなくなったような気がする。

潜在意識のプログラムは物の置き場にも関係する!??

なんのこっちゃ??

いや、あのね、「ハサミはこの引き出しに置くものだ」というのは

ハサミの定位置が決まっていることであり、

ハサミの置き場についての潜在意識のプログラム、

いわば、物の置き場観と云ってもいいと強引に言おう。

「その物は使ってないときはいつもそこにあるものである」という、

ものの見方ともいえると思うんだ。

人が持つ「人生とは~こんなもの」というのは

その人の人生観だし、

「世界とは~こういうものである」というのもそう考える人の世界観だし、

「あの人は積極的な人だ」とか、「あの人はいい人だ」とか、

「あいつはせこい奴だ」なんていうのも、その人に対しての人物観と言えると思う。

人に対しての見方ともいえる。

やかんは湯を沸かすものである、というのもやかんというものについての見方だ。


そういうものの見方、人生観や世界観をひとは知らないうちに持ってしまう。

それを潜在意識のプログラムと私は云ってるんだけど、

無意識の小人がひとを振り回す、というような表現でそれを言ってる学者もいた。

自分で知らぬ間に持ってしまったものの見方に振り回されることもあるけれど、

知らぬ間に持ってしまった、ものの見方があるから私たちは毎日生きられる。

やかんを湯を沸かすものだという見方、解釈があればこそ、

それで湯を沸かすことが出来るんだし。

高度の認知症の人はそれを見ても湯を沸かすものだ、という見方が

消えてしまっているから、それで湯を沸かすことが出来ない。


「このハサミは使ってないときにはあそこの引き出しの上から2番目にあるものである」という、

ハサミの置き場観が潜在意識にきちんとあることによって、そこに置くことになる。

若い時は脳が新鮮なのでひょいと定位置じゃない所に置いたとしても、

憶えていやすいから何の問題もないのだけど、

中高齢になると新鮮な記憶を忘れやすくなっているので、

置き場観が潜在意識にきちんとおさめられていると探し回ることがなくなる。

で、定位置に自動的に戻すことに“自覚”があれば、

探し物を朝から晩までなんていう時間のもったいない使い方が減る・・のではないだろうか・・

と中高齢の私は思うのであった。





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退院して二日目の朝

2014-12-24 11:10:43 | 日々の暮らし・思い出
退院して2回目の朝を迎えた。

昨日は移動の疲れかなんなのかわからないけど、朝から熱発!

痰は入院時より本当に少なくなって、昨日も一回吸痰しただけだったから、

肺炎で熱発という感じもしないんだけど、

一日上がったり下がったりだった。休日で心細かったよ。

口に入れた量は水分も含めて本当に少なかった。

まだ食べてほしいと思うのだけれど、「まぁ(もう)ええわ」なんて言う。

そして「寝して」と言う。

ゼリーもまだほんの少しなのに・・・


今朝は熱もぐっと下がって安心したんだけど、

食後はまた上がってしまったよ。

ポカリスエットをゼラチンで固めたものを130CC飲んだ。「食べた」と言うのかな・・

水を一杯くれとパパは言ってたんだけど、

誤嚥になる可能性がまだ高いからこれにしたんだ。

ごくごくっと水を飲みたいんだろうな・・と思うんだけどね。

それと高エネルギーのゼリーを一つ食べた。

残さず食べたということだけで嬉しい。


昨夜布団に入ってから、

脱水症状で熱が出たんだろうか・・・

あれしか摂ってなくて今晩何か異常が起こらないだろうか・・・

なんて気になり始めて眠れなくなってしまったよ。

その時、へぇ~というようなパパの声がした。

隣の部屋に私たちは寝ることにしたので、寝息も聞こえることがある。

その声は変な感じじゃなかったからちょっと安心したけど。

でもなかなか寝付けない。どうせすぐに寝られそうもないから、

ネットで脱水症状のこととか調べようと思って、もそもそ起きた。

調べたけど知りたいようなことはみつからなかった。

でも、考えてみたら、一日二日食べなくったって死ぬわけない。

パソコンから離れるとき、そういう思いがやっとわいてきた。

そうだよ!何も心配することない!!

そう思えて、眠りにつけたよ。

夜ってこんな風になりやすいのかなぁ・・・と夜のせいにする。

義母の時もこんな思いをしたんだろうか・・憶えてない。

彼女は寝込んでも自己主張をちゃんとしてたから、

何かあると夜中でもピンポンチャイムを鳴らしたから、

私たちは二階で安心して寝てたのかも・・・

まぁ、夜中に騒いだりしたときはベッドのそばに寝たけれど。

夜中騒ぐのは意識が混乱するからで、パパはその時期はもう終えたと思う。

今はとてもしっかり正常な意識だ。


こうしてパパが寝込むことになるなんて早すぎる気がどうしてもしてしまう。

でも寝込んでもパパはパパだなぁと思う。

亡くなった義母も心優しい人だったけど、

周りの人に気を使わせる傾向のある人だったと私は思っているんだけど、

パパは周りの人を、自然と心遣いをしてしまうようにさせる力を持っている感じがするよ。

こういうのを人徳というのかもしれないと今思った。



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「退屈や」

2014-12-21 10:50:31 | 日々の暮らし・思い出
昨日会った義父の最初の言葉、「退屈や」

そうだろうなぁと思う。そりゃ退屈や。

家に居たときだって退屈や、と言っていたもの。

何処ぞへ飯でも食いに行くか、そういうことも言ってた。

又何処かへ出かけられるわな?と昨日も。

うん、行きましょね!と答えたわたし。

歩けることはもうないだろうと夫は言う。

ドクターもナースもケアマネもケースワーカーもそう思っているんだろう。

そういうなかで、夫の弟夫婦は、

「じいさんは怪物やからまた歩くんちゃうか」と言っていたそう。

そんな奇跡は起こらないかもしれないけど、

もしかして起こるかもしれない。

明日退院だ。

介護ベッドも酸素吸入機器も痰吸引器もスタンバイオーケー。

肺炎になったせいか、寝たままでいたせいか、なんのせいなのか、

痰が絡みやすくなってしまった義父。

酸素吸入器も家でも使うことになったんだけど、

肺に水が前から溜まっていたせいで、きっと以前から吸い込める酸素の量は人より少なかったんじゃないかと思う。

医師の判断で自宅でも鼻から酸素を吸入することに。

一日になのか一時間になのかわからないけど、酸素量2リットルという数字は少ない方らしい。

人工呼吸器とは違う。


そういえば、今朝、テレビを見ていたら、

もう前のことなんだろうけれど、演出家の蜷川幸雄さんの肺に水が溜まって

それを出すのに入院したと言っていた。

3リットルの水を出したという。

そういうこともするのか、と思った。


昨日居たナースはとても気安い、若い、可愛い、感じのよい人で、

「ほんとに可愛いわぁ。目が合うと、はぁと言って笑ってくれる。

こんな人あまりおらへんわ。」と。

可愛くない人が多い?と私が笑いながら言ってみたら、

「うん、そんな人ばっかりや」だって。

ちっとも批判ぽく無くそう言ってたよ。

義父みたいな感じじゃない人にも、

このナースはニコニコ元気に対応してるんだろうなと察せられたよ。

そして、「じいちゃん、若い頃からいいこといっぱいしてきたから、

こうして家族さんによくしてもらえるんやな。

いまどき、家で見てもらえる人ほんとに少ないわ。

年寄りはみんな病院で死んでく」と言ってた。

この前、別のナースが着替えをしてくれてるときに

ちょっと間違えてしまって時間がかかってしまったんだけど、

「こういう時男の人はすぐ怒る人が多いんやけど、

こんなふうに対応してくれる人は本当に少ないんよ。

ごめんな、もう少しで終わるでな。」

と、優しく対応してくれた。

自己に発し、自己に還る・・

このこともそういうことの顕れなんだなぁと思ったよ。

まぁ、どんなこともそうだと思うけどね。

入院中、どのナースとも気持ちのある会話をすることが出来たし、

担当のドクターも心ある人だったよ。 

さぁ、入院生活最後の面会に病院に行って来るね。


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義父のここのところ

2014-12-19 10:21:02 | 日々の暮らし・思い出
毎日義父の様子を見に病院に行っている。

どうしてもそれが生活の中心という感じで、一日があっという間に過ぎてしまう。

ここ三日はとても正常。会話が出来る。

すごく嬉しい。

痰もだいぶおさまって来た。

昨日は痰の吸引方法をナースから伝授してもらった。

私もやらせてもらったけど、家族は口からでいい、とナースは言う。

おえっとなるんじゃないかと恐る恐るの私。

素人の私から見るとナースはとても大胆に見える。

鼻の穴から管をどんどん入れる。義父の顔は苦しそう。

それでも入れる。ただ入れる。

痰を取る、目的はそれだ。

義父が楽になるため。義父の身体の為。

その実現のため、苦しがったってやる。

苦しそうな顔にとらわれない。

それがプロなんだろうな。


家で痰の吸引なんかしないで済むくらい義父が元気になればいいなぁと思う。

昨日はおむつ交換も家で上手にやれるようになるために頼んで見せてもらった。

脚の付け根のところを骨折してるから、

身体の位置を変えるのにそこが痛まないようにやるには・・とか。

ナースがそうやってもやはり義父は顔をしかめていた。

けど、骨折したことが認識出来れば、ベッドから脚を出そうなんて思わないから、

痛みを感じられるのはいいことだ。

昨日はどういう意味合いか、よくはわからないけど、

「良くしてもらってよかった・・」とつぶやいていた。

火曜日からずっと意識が正常で、

老人は入院すると呆ける、という定説を義父は覆してくれそうだ。

凄いなぁと思う。

在ったと思っていることが夢なのか現実なのか、昨日は私に確認もしていた。

硬膜下血腫で入院した後もそれをやっていたっけ。

自分の意識に無自覚に生きてこなかった人生なんだろうなと思った。

入院当初は頭が混乱したんだと思う。


昨日は介護ベッドが来た。

居間にでんとある感じ。今までのベッドより大きいかな。

今週末に退院できると思ってたけど、昨日のナースの話では週明けになるそうだ。

私の人生も又、新しい幕開けだ。
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義父の昨日

2014-12-16 11:10:59 | 日々の暮らし・思い出
昨日は退院に向けての飲み込み具合のチェックが担当のナース?からあった。

注射針のようなもので水を最初は2CC くらいかな、舌の上に入れ、

飲み込み具合を喉に手を当てて調べる。

次はその倍くらいの水・・というふうにチェックして、

水の検査の次はゼリーをひと匙ずつ口に入れ、チェック。

水は少しむせたけど、ゼリーは大丈夫だった。


入院してから肺炎になってしまったけど、

熱も下がって、検査になったわけなんだ。

入院して、一度も口から食べてないので、こういう検査をしてから流動食になるよう。

十日前までお餅でも何でもちゃんと食べれたし、

そんなに急に飲み込み機能が衰えるわけないと私は思っていて、

多分家の生活になったら、元のように食べれるんじゃないかと思っている。

他人が注射針状のもので舌の上に水を入れるという方法は如何なものかと思ったよ。

一気に気管に入ってしまう危険性は舌下より多いと思う。

自分で加減しながら少しずつ飲むということをしてもらったらいける、と思う。

老人の場合、使ってない機能はすぐに衰えてしまいやすい、

とその人は言ってたけど、

おとうさんの場合、大丈夫!となんだか思ってしまう私だ。

昨日は主治医からも話があり、

飲み込みの結果を踏まえて、今週中には退院という方向で、とのことだった。

よかった!

こちらから何も言わなかったら、もっと長く病院生活をしなくちゃならないみたいだ。

本人の意志や生き方より、病気を治すことにとらわれているからね、病院は。

こんなこと言ったらよくないかもしれないけど。

でも主治医は義父の意志の強さを感じたというようなことを言っていて、

その辺のところをよくわかってくれて、そういう決断をしてくれたように思う。


転ぶ数日前に、私が何も言わないのに「病院には行かんから」と言った義父。

それ以前から病院嫌いの義父。

転んだあの時、どうしようか、とかなり考えた。

そして救急車を呼んだのだった。

その時はかなり痛がっていたけど、今は動かさずに居たら痛みを訴えることもない。

こんなに、痛がらなくなることは想像していなかった。

靴を出してくれと義父は言ったことがあるそうで、

その時、骨折したので今は歩けないと言ったら、

折れたならもっと痛いはずだ、言ったそうだ。

老人になると痛みや反応が鈍くなるらしい。

もし、あの時しばらく様子を観る、という選択肢を選んだらどうだったろう・・・

ということを後で何度も思った。

痛みさえなかったら、家でそのまま過ごせたんじゃなかったろうか・・・?

肺炎にならずに済んだだろうか・・?

興奮状態になることもなかったろうか・・・?

呆け状態になる時もなかったろうか・・・?

思っても仕方のないことだとわかっても、

何度もそういうことを思ってしまった私だ。

その選択がどうだったのか、ということがわかるということはないのかもしれない。


今、思うのは、以前の意識レベルのまま、

生まれ育ったこの家で過ごしてほしいということ。

そう強く思ってる私たちだ。

おとうさん、病院に負けないでそれまで頑張って。

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義父の様子

2014-12-15 09:46:34 | 日々の暮らし・思い出
義父が入院して今日で十日経つ。

五日の夜、転倒し、とても痛がっていたので、

怪我ならやはり医師に診てもらおうと救急車を呼んで病院に。

転倒したその日まで、普通に暮らしていたのに、という気持ちがどうしてもとれなかった。

その日は義父と私との二人で半日くらいのドライブに行ったんだよ。

ソフトクリームを食べ、車窓の景色を眺めて、

行ったことのない入り込んだ漁港に入り、義父はその様子を関心を持って見たようで、

家に戻ったら夫によかったよかったと言っていて、

夕飯には好きなさんまの塩焼きをぺろっと一尾食べ、晩酌もしたんだ。

そして、その5時間後に転倒してしまった。



老人は環境が変わると意識状態がおかしくなる、呆ける、とよく言われていて、

それを一番心配しているんだけど、

一昨昨日、一昨日はとても正常でいたのに、昨日はちょっと興奮状態だった。

ここは日赤よと声かけたらすごく驚いた様子だった。



なるべく早くに退院したいと何度も病院側に伝えて、病院もそれを了承して、

今日、退院の日程などについて医師から話がある予定。

昨日のナースの話では夜中骨折した方の左脚をベッドから降ろしていたそう。

意識状態がおかしくなると骨折したことを忘れてしまうよう。

靴を出してとかナースに言ったこともあるそうだ。

そうだよね。転んだその日まで歩いていたんだもの。

自分で食べて自分でトイレに行って自分でお風呂に入っていたんだもの。

こんなことを考えると泣けてくるよ。

意識状態がこれ以上悪くならないうちに早く家に戻してあげたいよ。

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分かれ道に何がある?

2014-12-03 11:03:05 | ひとの幸福
部屋の収納とかインテリアの本で、

その物の置き場所を決めておいたら散らからない、

使ったら所定の場所にその場で納める、とかのことが書かれてある。

そうすれば、探し回ることがないはず。

使い終えたら元の場所に戻す。

そうだと思いながら、ついつい面倒で・・とやらずにいると後で探す羽目になる。

アレを何処へしまったっけかな・・?年寄りは一日中探し物をしてるという話を聞く。

自動的にそこら辺に置いてしまうので忘れる。

で、自動的に決まった場所に置けばいいんだ。

これの心理のカラクリは、

箸は右手で、茶碗は左手で(左利きの人は反対だけど)

・・とかのことと一緒なんだと思った。

食事のたびに、えーっと箸はどっちだっけなんて、

迷ったり忘れたりすることはない。

箸は右手って決まってるからだ。

身体が憶えている。

ということは潜在意識でそうなっているということだ。

それと同じで針は針山に戻すもの、

読んだ新聞はどこそこへ置くもの、とか

そんなふうに意識がなっていたら探し物ばかりの人生からおさらば出来るはず。


車の運転で前進とバックのギアの入れ違いで

海に落ちて死んでしまったという事件が最近近くであった。老人だった。

身体で憶えてるはずなのに・・・

こういうのは間違って箸を左手で持ってしまった、なんてことなんだろうか??

多分間違えることはないのは車の運転歴より、

箸使用歴が長いせいなのか??

認知症がひどくなると箸を見てもそれが何かわからなくなるようなことはあるけど、それは論外として。


呆けてなくても前進とバックのギアを入れ間違うということがある。

ちょっと他の事を考えてたりしたらそういうことが有り得る。

箸は考え事をしていても、ちゃんと右手で持つ。違いはなんだ??

右手と左手では全然違うけど、前進とバックのギアの場所なんてのは

それほど場所が離れてない。

これがドライブのギアは身体の右側にあって、バックのギアは身体の左側に、

なんてことになってたら箸のように間違うことがないだろうか?


箸はどっちの手で持つか勘違い(間違って思い込むこと。思いちがい)することはない。

その思い込みはいつも正しい。

食べるという原始的な行為につての身体の動きだから、

勘違いなどすることないのかなぁ。

自分は何十年くらいの箸使用歴だけど、

箸を使う人としての歴史というか、遺伝子レベルのことなので、

何百年?千年?の箸使用歴があるからか??


・・・私は何を考えているのだろう???

思い違いすることと絶対思い違いしないことの分かれ道に何があるんだろう???


時々こんなふうにどうしてどうして???と考えてしまう。

そんなことどうでもいいよ・・なんだろうな・・

こんなこと考えて、バカじゃないの・・そんな気もする。

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うるめ鰯140g と 早起き

2014-12-02 09:20:20 | 日々の暮らし・思い出
最近の義父の様子。食欲が落ちてはいるけど、

魚は食べる。今のところ進んで食べるのは魚と、

ゼリーとぜんざいかな。

好きなものが食べたいんだなぁと思う。当たり前だけれどね。

一昨日、すぐ近くの駐車場まで歩いて、

これだけなのに腰がえらいんやぁ・・と言ってた。

近くだからとシルバーカーを使わなかったからかなと思って、

帰り用にシルバーカーを持って行ったら、

済まんなぁとにこにこ。


昨日は天気が良くなかったせいか、一日ベッド。

そして昼間トイレに起きてきた時、居間の椅子に座り、

用意した昼ごはんは食べず、タンパク調整食のゼリーを食べると、

私は何も言ってないんだけど、

「変な夢ばかり見るんや・・病院には行かないから・・」と。

変な夢 がどんなものだかわからないけど、

死にそうになっても病院には行かないから、との意志表明かなと思った。

具合が悪くなっても病院には行きたない、というのは何度も聞いているから、

最期まで家で、と私たち夫婦も思っているんだけど、

行きたない(行きたくない) ではなく、 行かないから の言葉に

その気持ちの強さを感じたよ。


けれど、夕飯時には起きて焼酎で当たり前のように晩酌。

うるめ鰯のいいのがあったのでそれを140g。

タンパクが28gで、一日のタンパク量くらい。

ぱくぱくという感じでもなかったけど、全部たいらげた。


今朝は私が階段を寝ぼけ眼でトコトコ降りて行くと、

起きていた義父は既に居間の雨戸を開け、新聞を取り、

着替えていた。

なんだか、普段は一番後で起きてくるんだけど、

そういう日と比べると出ているオーラが違う。

堂々としてる。

働き者だった義父は誰より早く起きる方が気持ち的には居心地がいいんだろうな。

そして「××(彼の息子)はまだ寝とるんか」と言ったよ。

いつもこういう方がいいのかなと思ったよ(^^)










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