ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

体組成計に乗って・・

2017-03-27 21:18:38 | 日々の暮らし・思い出

昨日は娘に誘われて近くの日帰り温泉へ。

そこに体組成計というものがあり、骨密度もわかるのかと早合点し、

乗ってみたら、それは体脂肪量、体脂肪率、筋肉量、筋肉率などがわかる計器だった。

たった百円で本当に正確にそんなことがわかるものかと、

かなり懐疑的な自分ではあったんだけど・・・

筋肉率なんて計ったことがないので興味津々。

自分に都合がよい数値なら、信じることにしようと決めた。

体脂肪率はな、な、なんと10.5%

確か、以前計ったときは26%位だったような記憶が・・

20年近く前のことだけど・・

筋肉率というのは35.9%

筋肉レベルというのがこれまた全身が1~8でいうと8。

腕も脚も8だった。

もちろん信じることにした・・・・・

でもでもでも・・・やはり腕の筋肉レベルが高いとはとても信じられない。

自分のこの腕を見、触り、ポパイのようにしても、

全然そんなふうではない。

筋肉ないのは自分でわかる。

その数値が信じられないせいで、全体も信じられなくなったんだけど、

やっぱり私の思考癖の『なんでも自分の都合のいいように受け取る』ことにした。

  


小さな人たちが出かけて・・

2017-03-25 16:25:54 | 日々の暮らし・思い出

孫らが出かけると一気に静寂がこの部屋に満ちる。

急に静かになって落ち着くこともあれば、

え~っと何しようかな・・となることもある。

ひと月半経って、自分の心地いい在り方がやっと見えてきた感じがする。

もちろん、そんなことが吹っ飛ぶ時間も多々ありますが(^^)

失敗はいい。

次に繋がる。

今、パソコンでこれ書いてるけど、新しい奴で前とメーカーが違うし、

元々機械に弱いし、老化認知症状もあるしで、

よく失敗する。

失敗する度にこの新しいパソコンと仲良くなれる。


干渉しない

2017-03-25 15:00:44 | ひとの幸福

自動的に干渉しない、で居られるときって、 

自分が今ここで何をしたいのか、そのための自分のこの行為が適当かなぁ・・

どうかなぁ・・と自分をじっくり観察しながら

そうしているときだ。

行為としては何もしないから、しないことをしている、という感じか。

こういうとき、小さな人でも自分の行為は

自分にゆだねられていると感じるのだろうと思う・・・

トーンが落ちたり、それ以上に揉め事が大きくなったりすることがないように感じる。

小さな人でも自分を観る、というところに行かざるを得ない・・

そんな感じがする。

 

 

 

 


干渉

2017-03-25 13:35:10 | 量子力学と心

小さな人たち、4才と7才でよく揉めている。

何が起こっているのか、つい見、聞いてしまう。

すると何か言いたくなってくることがある。

なぜ、言いたくなるのか・・・

それはどちらが悪いのか、ということを

無意識的に瞬時に判断してしまう自分があるからだ。

そして裁判官を始めることになる。

そうすると・・・どうなるのか・・・

揉め事の当事者の一人が「はい、私が悪かったです」と反省し、

態度を改める・・・

・・・となることはない。

はっきり申し上げて、そういうことは一度もないのであります。


新しい暮らしひと月ちょっと

2017-03-21 21:31:56 | 日々の暮らし・思い出
さて、今日もここに向かっている。

去年のここのページをいくつか読んでみた。

あぁ、こういう暮らしをしてたんだなぁ・・・

もうずっと遠い過去みたいな感じがする。

ここに住むことを決めてから二日で、もうこっちの人になった。

人生にこんなことってあるんだなぁ・・・

去年も急に二人で石垣に住むことになったし、

去年末に書いた年賀状に「先のことはわからない」と書いた記憶があるし、

楽しみでもあったけど、

全くその通り、予測も何もしていない「先」に急になったのには自分でもびっくり。

まさかこういう「先」が待っていたとはお釈迦さまもご存じあるめぇ・・という感じだよ。

引っ越し大好き片付け大好きな私は思い通りの人生を歩んでいるのであろうか・・・


まぁ、最初の頃は部屋探しやら、夫と一緒に夫の実家に帰って義父の三回忌をしたり、

懐かしの畑で梅の実を採ったり、友人の家に遊びに行ったりしてたから

ここに住み始めてはひと月ちょっとだな、思い返すと。

台所で物を置くための机みたいな物をまたまた段ボールで作ったよ。

強度を保つために家の筋交いみたいな棒も三か所に付けてみた。

ちょっとした本棚も製作。

うんうん・・・段々様になるものが作れるようになったなぁと自画自賛。

台所もやってみてでひと月前と今では景色が違うよ。


話し、変わるけど、

この世に生まれてまだ4年しか経ってない人間、7年しか経ってない人間、と、

この年になってからの同居なんてことも予想だにしないことだったよ。

こういう暮らしをしてみて、

頭でわかってるつもりのこと、体験してみたら全然わかってなかった、という実態が、

まぁ、よくわかりました、って感じ。

そういう実態に気づいて、練習するのにこういう機会がやって来たんだなぁ・・・・

最初の頃はとてもそんなふうに思えなかったんだけどね。

やっとそんなふうになってきたかな・・というところ。

暮らしが変わって

2017-03-20 09:40:13 | 日々の暮らし・思い出
なんと久しぶりだろうことよ!

自分がこれから何を書くのか今、わからないよ。

東京は今日もいい天気。そう今、東京にいる。

愛しき夫は石垣にいる。まぁ、毎日電話で話してるけどね。

来月には彼、こっちに遊びに来て、しばらく滞在して、一緒にちょっとした旅なんかもする予定。

彼、一緒に住んでいた時は自分から話すことはあまりなくって、

うー・・とか、あー・・とか、が多くて、

何故そうなのか聞いたとき、話をするより聞く方が楽だから・・・なんぞと

おっしゃっていたけど、そんなの嘘だということが判明いたしました。

離れていて、暮らしが全く別だから、その日一日したこと、感じたこと、思ったことやなんか、

話したい、みたい。

で・・・毎晩ほとんど1時間くらいお喋りしてる。

私が話すより、彼の方が多いんじゃないかな・・・そんな感じ。

この暮らしの前は、毎日ほとんど傍にいたからね~

いつも傍にいるとなんとなくわかっている・・みたいな感覚になってしまうのかな・・・

まぁ、推測だよ。もちろん。

一緒に暮らしていると、話しをしなくても不足感はないけど、

離れていると、言葉しかコミュニケーションの道具がないから、

それだけが二人の間を埋める方法・・ということなんだろうね。

それに比べ、娘とは言葉だけの付き合いだったのが今度は暮らしを共にしてるので、

コミュニケーションが豊かになったよ。

言葉だけじゃなく、全体的に感じることが出来る。

やっぱり人との交流はその時の言葉だけではわからないことを実感してる。

わからない、と言うより粗雑、粗い感じかな・・

ざるで細かい物を集めてるみたいな。


そうそう、この暮らしで一番よかったなぁと思うことは、

何といっても!?認知症への道がちょっと遠くなった感じがするということだ。

頭がスッキリというか、ぼや~んとしてなくなった。

クリアな感じがしてる。

多くの人と関わることで、自然と自分のアンテナの送受信網が緻密になった・・・

そういう感じなんだろうか・・・

前はその網が細くなって消えてしまったり、新しい網が生まれなかったり、

だったような気がしてる。

さてさてその辺もこれからどうなっていくんだろうか・・

楽しみであります。