2時間だし何やら問題作らしいのでこれを見てやろうと見始めました。
しかし冒頭でいきなり主人公の銀行員が何の予告もなしに妻と娘に襲いかかり殺害します。
もうこれだけで拒否反応がマックス。
最高学府を出たエリート銀行員が順風満帆の家庭を一挙崩壊。
裁判では殺害の理由を「本の置き場が欲しかった」と抜け抜けと話します。そこに大声を上げて反発したのがオノマチ演じる週刊誌の記者の鴨井でした。
そこから鴨井の執念の取材が始まります。
一体どんな理由があって妻子を殺害したのか。何か隠された過去や秘密があるのではないか。
そして過去に不可解な幾つかの事件が仁藤の身近にあったことを知ります。
でも徹底的な証拠にはなり得ません。
鴨井は仁藤が「抄子」という名前に拘っているのではないかと推理します。
元同僚の梶原と仁藤は出世を争っていた。彼が付き合っていた女子社員を仁藤は横取りして結婚した。
妻の名も抄子です。
仁藤と同級で仲の良かった抄子という女性から、鴨井は打ち明け話を聞きます。
彼女は義父から性的虐待をされていた。仁藤は彼女に同情し、一緒に義父の殺害計画を立てたと言います。
しかし土壇場で仁藤は尻込みし、抄子が義父を突き落として殺害した。
そのことで、仁藤は抄子に「駄目人間」という烙印を押されずっと引きずることになった。
仁藤はふがいない自分を克服するために次々と抄子に関わる人を襲い、ついには妻の抄子まで殺害して自信を取り戻そうとした。
これが鴨井が考えた仁藤という連続殺人の内面のストーリーだと言うのです。
それを鴨井は週刊誌の巻頭記事にして、仁藤に見せました。
でも本人はそれらを覆す話をしました。
抄子という人物は知らないと。自分が知っている抄子は元男性。そっちは確かに義父に虐待されていたと。
仁藤は言います。「マスコミは事件を分かりやすいストーリーにして披露する。それは商売のため。
でも人間はそんなに単純じゃない。理解出来る結末なんて現代社会にはない」と。
仁藤は鴨井に「あなたの方が人殺しの素質がある」と微笑みます。
その言葉通り、鴨井は浮気していた夫の写真を探偵から渡され、激情に駆られて刃物で夫を刺し殺してしまいます。
何とも後味の悪い話。調べれば調べるほど真実は闇の中。
何を調べても決定的な証拠はなく、仁藤が本物の殺人鬼なのかもという顔しか見えてきません。
マスコミがストーリーを作るというのは、それは大抵のメディアがそうでしょう。憶測で記事を書いてるわけだし。
政治だって反対派が政権の悪い筋書きを書いて世間に広めていますよね。
でもどうしても許せないのは、主人公の反社会的な行動です。
世間的にも幸せで有能な非の打ち所の無い夫が、本の置き場がないだけで妻子を殺したというのが、サイコパスだからという理由で認められるなら、世の中の絆や信頼ははじめから虚しいものだと言わざるを得ないでしょう。
アルベール・カミュの異邦人「太陽がまぶしいから人を殺した」と同じように、この一瞬一瞬だけが現実の物だ、実存主義だからとでも言うのか。
結局仁藤にもそれらしい理由はあったようです。
梶原と取り合った妻を永遠に自分のものにしたかった、という。
春琴抄の小説に感銘して「これが究極の愛だ」と言ってましたからね。
サイコパス風の愛を求めたのかもしれません。
しかしそういう理屈を描きたいなら、妻子殺害というのではなく、別の犯罪で良かったのでは。
妻と子を殺すという意味を軽々しく扱ってほしくない。
罪がどんなに重いか、「俺の物語りを勝手に作るな」と言いたいがための犯行なら、お前が死んどけと言いたくなります。
これを見た人の反応は両極端だったようです。とても面白かったと言う人と胸糞悪いと言う人と。
文芸としてはありでしょうが、わざわざスペシャルにしてまで見るものではない気が私はしました。