杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

海の見える理髪店

2024年01月23日 | 
荻原浩(著) 集英社(出版)

伝えられなかった言葉。忘れられない後悔。もしも「あの時」に戻ることができたら…。母と娘、夫と妻、父と息子。近くて遠く、永遠のようで儚い家族の日々を描く物語六編。誰の人生にも必ず訪れる、喪失の痛みとその先に灯る小さな光が胸に染みる家族小説集。(「BOOK」データベースより)

6つのお話の短編集ですが、それぞれに胸に沁みました。

・海の見える理髪店
腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめたという伝説の床屋に予約してやってきた「僕」に店主が問わず語りに話す彼の過去。
そういえば、床屋には小学校まで通っていたっけ。(今は幼児でもキッズ専用美容院に通うらしいが😅 )仰向けじゃなくて洗面台に頭を突っ込むスタイルや、散髪後の産毛剃りを懐かしく思い出しました。
「僕」のつむじが伏線になっていて、最後に二人の関係がわかるのですが、だからといって互いに名乗り合うわけでもなく店を出るのがまたしみじみとさせます。

・いつか来た道
自我の強い母の抑圧から逃れるように家を出た「私」は、弟から連絡をもらい16年ぶりに実家に帰ってきます。
この「母」が自分の親だったら、やっぱり反発しちゃうだろうな~と思わされます😔 老いた自分を認めたくなくて必死に娘の前で虚勢を張る姿を滑稽に思った娘でしたが、やがて母の病状に気付くと、過去の母への怒りを超えて切なさと慈しみの気持ちが芽生えてくるのね。反発の裏に隠されていたのは母に愛されたいと思う気持ちです。母の好物の桃を手土産にする時点で既に彼女は「母に認めてもらいたい子供」に戻っているんだよね😊 切なくて優しいお話です。

・遠くから来た手紙
仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発して子連れで実家に帰った祥子の元に届き始めた不思議なメールは・・・。
育児や義母の口出しに苛々が募っても、夫が話しを聞いてくれたらやり過ごせるけれど、その夫は仕事優先とくれば不満が溜まるのもわかるわかる😁 
でも祥子は離婚したいわけじゃなくて、ちょっと夫にお灸を据えたかっただけみたい。メールも電話もして来るなと言いながらも夫からの連絡を本当は待っているあたりが可愛いね。やけに時代がかった夫からのメールの正体は祖父が戦時中に祖母に送った手紙。亡き祖母が孫を心配して見せてくれた幻です。実家の机に隠していた初恋の相手だった夫との手紙を読み返した祥子はあの時の気持ちを思い出して・・・
まさに「犬も食わない」なんとやらで微笑ましいやら可笑しいやら。

・空は今日もスカイ
親が離婚して母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指します。
父親が夢に破れて酒に溺れたことが原因で離婚し、その父は酔って転落死しています。実家は既に弟夫婦が実権を握り居場所がなく肩身の狭い中、母は早く仕事を見つけて出なければと焦っていて、子供を振り返る余裕がないのね。茜は敏い子で、自分たち母子が疎まれていることを察しています。まだ両親仲が良かった頃の思い出の海に行こうと飛び出してきた彼女が、神社でやせ細った男の子と出会って一緒に海を目指すのです。独りでは出来なくても二人なら思い切った行動が取れるのは大人も子どもも変わらないかな。
森島陽太というその男の子をフォレストって呼んだり、茜が覚えたての英語を使いたがるのも子どもらしい微笑ましさがあります。
夜になり、知らない男の人に見つかって彼の「家」に泊めてもらう件はちょっとした冒険談です。でも翌朝、その人(ホームレスのようです)は警官に犯罪者扱いされてしまいます。おそらくは茜の母が捜索願を出していたのでしょう。
フォレストは、初め幽霊なのかと思いましたが、ポテチやビーフン汁を食べる描写があるので生身の人間ですね。とても12歳には見えない痩せ細った背中には酷い傷跡があり、食べ物もろくに与えられず犬のケージに入れられたりと親に虐待されていた様子で知的障害もあるようです。茜の訴えに耳を傾けようとしない警官たちでしたが、陽太が救われることを思わず祈ってしまいました。

・時のない時計
父の形見の腕時計の修理を頼んだ時計屋で、「私」は忘れていた父との思い出の断片が蘇ってきます。店内には沢山の時計。まぁ時計屋ですから当たり前ですが。腕時計を修理しながら店主はレトロな時計にまつわる話を語り始めます。鳩時計にディズニー時計、フリップ時計(パタパタと板が動いて時間を示す)、アニメの美少女戦士が描かれた目覚まし時計など、懐かしい時計たちが指している時間は店主の妻や娘の思い出の時間なのです。時計の針を巻き戻したいと思うかと尋ねられた私がないと答えると、彼は腕時計は高価なものではなく偽物だと言います。店主こそが後悔の中で生きていて、同調しなかった私に意地悪を言ったわけね。
ごく普通の父親と思っていた父が意外に見栄っ張りだったこと、その性格が「私」自身の中に受け継がれていることに気付いた「私」は、前に進むことを選択するんですね。

・成人式
5年前に中学生の娘を交通事故で亡くして以来、悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた夫婦。父は過去の娘を映した映像を繰り返しみては思い出に浸り、母は娘の分の食事を食卓に並べ・・互いに悲しみを乗り越えようとしていたある日、成人式の晴れ着の案内が送られてきたことで再び悲嘆の淵に沈みそうになった彼らでしたが、娘に代わって成人式の替え玉出席を思いつきます。さすがに無理があるのだけれど、目標ができたことで妻は若返っていき、つられるように夫の気持ちも高揚します。
式当日、若者に交じって現実を直視せざるを得ない彼らは委縮する気持ちを奮い立たせて会場へ。当然「ご父兄の入場」を断られますが、そこに居合わせた娘の友人たちの協力で式に参加することができるのね。夫婦にとって、成人式は彼らなりの踏ん切りであり前に進むための儀式でもあります。突拍子もない行動ではありますが、夫婦の悲しみ、苦しみの靄が晴れることを願わずにはいられません。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 波紋 | トップ | アクアマリンの神殿 »
最新の画像もっと見る

」カテゴリの最新記事