杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

笑うマトリョーシカ

2024年09月15日 | 
早見 和真 (著) 文藝春秋(刊)

親しい人だけでなく、この国さえも操ろうとした、愚か者がいた。
四国・松山の名門高校に通う二人の青年の「友情と裏切り」の物語。
27歳の若さで代議士となった男は、周囲を魅了する輝きを放っていた。秘書となったもう一人の男は、彼を若き官房長官へと押し上げた。総理への階段を駆け上がるカリスマ政治家。
「この男が、もしも誰かの操り人形だったら?」
最初のインタビューでそう感じた女性記者は、隠された過去に迫る。(内容紹介より)


TVドラマを見て興味を持ち原作を読んでみたくなりましたが、手元に来た時はドラマは既に最終回を迎えていました。
ドラマの水川あさみ演じる道上香苗は、仕事優先が原因で離婚しており、息子は夫に引き取られていて、小料理屋を営む母と暮らしている設定。記者である父が事件絡みで殺されたのではという疑いから清家と関わっていく展開は原作には全くなく、完全オリジナルです。鈴木とBG事件の関係についても原作では掘り下げられていません。サスペンス要素が入るので視点は道上ベースでしたが、清家を操っているのは誰か?の関心は途中で答えがわかった気がして失速感がありました。

原作はといえば、こちらは4部構成になっています。
プロローグで、自叙伝の取材に来た道上を清家は凡庸と判断しようとしますが、彼女が最後に持ち出した彼の卒論についての質問で考えを改めることになります。

第1部では、清家一郎と鈴木俊哉が出会った高校時代が、第2部では大学時代の恋人との出会いと政治家として初当選するまでが鈴木と清家の視点から語られます。ここまでが過去の出来事ですね。

第3部で現代に戻ると、誰からか送られてきた清家の卒論がきっかけで彼に興味を持った道上が清家という人物を掘り下げていきます。また清家に切られた鈴木がこれまでの二人の関係について疑念を抱くようになります。そして第4部でいよいよ清家を操っていた人物が一堂に会するのですが、ここで新たな事実が浮かび上がるのです。母や祖母の過去、恋人の失踪に隠された秘密などはドラマも忠実になぞっていました。美和子の正体についてはけっこう衝撃的で、清家に捨てられた彼女が整形までして浩子に近づいた目的もわかってみれば「らしい」と納得。清家を操ろうとした者たちは皆、彼に切られるなどとは夢にも思っていなかった。客観的に見れば滑稽で哀れにも映りました。

エピローグで清家は再び道上を前に自らの思いを吐露します。ドラマで見せた桜井翔の演技を頭の中で再現しながら読むとまた違った怖さがありました。

自分が成し得ないだろう夢を清家を操り人形としてコントロールすることで果たそうとした鈴木や母の浩子、恋人の美和子・・・彼らの思惑通りに操られていたかに見えた清家の本当の顔が見えてきた時、マトリョーシカにこめられた彼の思いもまた明らかになります。
「見くびるな」という怒り・・・それもまた彼自身の本質なのか?そもそも彼自身が本当の自分を理解できずに苦しんでいるようにも見えました。

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スオミの話をしよう

2024年09月13日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2024年9月13日公開 114分

豪邸に暮らす著名な詩人・寒川(坂東彌十郎)の新妻・スオミ(長澤まさみ)が行方不明となった。豪邸を訪れた刑事の草野(西島秀俊)はスオミの元夫で、すぐにでも捜査を開始すべきだと主張するが、寒川は「大ごとにしたくない」と、その提案を拒否する。やがて、スオミを知る男たちが次々と屋敷にやってくる。誰が一番スオミを愛していたのか、誰が一番スオミに愛されていたのか。安否をそっちのけでスオミについて熱く語り合う男たち。しかし、男たちの口から語られるスオミはそれぞれがまったく違う性格の女性で……。(映画.comより)


三谷幸喜が5年ぶりに監督を手がけ、彼のオリジナル脚本で、突然失踪した女性について、彼女を知る5人の元夫たちと現夫が語るミステリーコメディ作品で、終始クスクス笑いが起きる楽しい映画でした。

「誰が一番スオミを愛していたのか」「誰が一番スオミに愛されていたのか」とスオミの安否そっちのけで熱く語り合う男たちが滑稽で可愛いの。😁 

最初の夫である庭師の魚山(遠藤憲一)は、スオミが中学生の時の体育教師で彼女が20歳になるのを待って結婚しました。2番目の夫は怪し気なユーチューバー・十勝(松坂桃李)で、3番目の夫は警察官・宇賀神(小林隆)。4番目が草野で5番目が寒川です。
予告CMで彼らがソファに一列に並んで十勝が「おっさん・イケメン~」と指摘していましたが、それ以外にスオミの好みの法則は浮かびませんね。

彼らの思い出の中のスオミは、見た目も性格もまるで別人です。(種明かしで見せるスオミ(長澤)の5人の夫へのそれぞれの対応の演じ分けが見事でした)
魚山に対してはツンデレに振る舞っていましたが、草野には気弱で従順な態度を見せていました。寒川は料理上手と言いましたが、草野の記憶にあるスオミは料理ができません。離婚後もスオミは夫たちと連絡を取っていました。失業した魚山を寒川に庭師として雇ってもらったのが彼女だったこと、料理上手な魚山が寒川家の食事や子供の弁当を作っていたことも判明します。

脅迫文が届き、3億という身代金要求の電話もかかってきて、いよいよ誘拐とわかっても、ケチな寒川は要求に応じようとしません。それを他の4人が説得して何とか金を用意し、犯人の要求通りにセスナに乗り込んで向かう中でもあれこれとスオミについて熱く語る面々です。身代金投入の際のシーンはまさに「ありえね~~」展開ですが、ここまで誇張してたら逆に「あり」かも😓 

しかし、寒川がケチって(魔がさして)お金を入れていなかったため、スオミは解放されません。
ここまできて、遅まきながら草野が真相に気付いたことから事件は一気に解決へとなだれ込んでいきます。

草野の部下・小磯(瀬戸康史)が癖の強い5人の夫たちに振り回されながらも奔走する姿は 狂言回しの役割かな。
寒川の世話係・乙骨(戸塚純真)の献身的だけどどこか不自然な動きや、スオミの親友・薊(宮澤エマ)が、ある時はインテリアコーディネーター、ある時はママ友と、スオミの行く先々に現れるのも終わってみればしっかり伏線になっていました。
ちなみに イタリアンレストランの店員役で三谷作品常連の梶原善も出演しています。彼が出て来るだけで笑いが・・

スオミは夫となった人の好みに合わせるようにキャラを作ってきましたが、やっと本来の自分のままで生きようと決めたってことですね😀 

エンディングのカーテンコールはブロードウェイ風ミュージカル仕立てで出演者が総出演しています。「ヘルシンキ」の作詞は監督自らが手がけていて、作曲は『ザ・マジックアワー』以降の三谷映画の音楽を担当する荻野清子。 ダンス未経験者が多い夫たちの微妙なずれ具合もご愛敬です。😀 

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銀花の蔵

2024年09月11日 | ドラマ
 遠田 潤子 (著) 新潮社(刊)

秘密を抱える旧家で育った少女が見つけた、古くて新しい家族のかたち。大阪万博に沸く日本。絵描きの父と料理上手の母と暮らしていた銀花は、父親の実家に一家で移り住むことになる。そこは、座敷童が出るという言い伝えの残る由緒ある醬油蔵の家だった。家族を襲う数々の苦難と一族の秘められた過去に対峙しながら、少女は大人になっていく―。圧倒的筆力で描き出す、感動の大河小説。(内容紹介より)


銀花の母・美乃里は美人で料理上手でしたが盗癖がありました。「手が勝手に動いてしまう」母の後始末は銀花の肩に重くのしかかります。
実家の醤油蔵を継ぐことになった父に連れられ移り住んだ先でも、厳しい祖母の多鶴子や父と年の離れた妹・桜子との関係に苦労することになります。

ある日、銀花が蔵の中で座敷童を見たことがきっかけで、自分が父と血の繋がりがないことが判明します。母が盗った杜氏の大原の帽子を返そうとした銀花は彼から盗人の疑いをかけられ、さらに友人のキーホルダー紛失も銀花の仕業と疑われてしまいます。

銀花の父・尚孝は家業を継いだものの絵描きの道を諦められずにいました。しかし彼の絵は世間に認められることはありませんでした。座敷童を見たものが当主の資格があるという言い伝えに振り回された彼は、ある夜杜氏の大原と共に川で溺死してしまいます。

盗癖があると噂され孤独な学校生活を送る銀花でしたが、桜子に連れて行かれた暴走族の集まりで、大原の息子の剛と出会います。自由奔放な桜子が家出した時も剛は助けてくれました。暗い目をした彼を恐れながらも惹かれていく銀花でしたが、やがて美乃里の万引きが元で彼は殺人を犯して少年院に送致されます。

多鶴子に将来を尋ねられた銀花は、尚孝との約束を思い出し、蔵を継ぎたいと申し出ます。初めは拒絶した多鶴子でしたが、銀花の強い思いに折れます。

病気に倒れた大原の妻が息子の将来を心配しながら亡くなると、銀花は剛を探しだして彼の母の願いを伝え、その後も手料理を持参して彼の元を訪れるようになります。しかし彼は銀花の想いを拒絶します。

盗癖が知られ、買い物禁止令を受けた美乃里は家事の他に家業の雑務を手伝うようになりましたが、ある年の夏、風邪が悪化して亡くなってしまいます。

想いを断ち切れずに剛の元を訪れた銀花に、剛は隠していたことを告白します。昔、銀花が見た座敷童は、尚孝に当主を継がせるために大原が息子に扮装させたものでしたが、失敗したこと。それが原因で彼と父親が不仲になったこと。尚孝に座敷童の正体が自分だと告白した夜、尚孝と父が溺死したこと・・・
殺人者となった自分は相応しくないと話す彼に、銀花は自分の出自(売春婦だった母が客との間にできた子供)を告げた上で、共に生きたいと言い切ります。また剛の話を聞いた銀花は父と大原の死は事故だったと確信します。

多鶴子を説得し結婚した二人でしたが、子供はできませんでした。
数年後、突然桜子が3才の双子(晃と聖子)を置いて行き、二人は我が子のように育てます。銀花は親となって初めて両親の気持ちを理解していきます。
剛から美乃里の盗癖は窃盗病 という病気だったのではないかと言われた時、銀花と多鶴子は初めて美乃里の苦しみに気付きます。

双子と養子縁組をすることになった時、多鶴子は銀花夫婦も自分の養子とします。多鶴子が病を得て最期を迎える際、彼女は銀花夫婦に過去に犯した過ちを告白します。父親が他所で産ませた男の子を引き取ったことが発端となり、自分が唆したせいで柿の木から落ちたその子の息の根止めたのが母親でした。昔のことですから、神隠しにあったということで事件にはならず、その秘密を抱えて生きて来た多鶴子もまた母親への憎しみを抱えていました。柿を食べてはいけないというのも、座敷童の言い伝えを捏造 したのも多鶴子の罪悪感からでした。更に彼女は恋人と引き裂かれて婿養子を取らされたことで、産まれた男の子(尚孝)に愛情を持てずに育てたことを悔やんでいました。

桜子はその恋人と再会して出来た子であり、桜子自身が中学生の頃に本当の父親から真実を聞かされていたことも明かされています。それを知った銀花は桜子が自分に辛くあたったのは羨ましく嫉妬したからだと気付きます。

やがて双子は成長し、聖子は晃の友人のロシア人サーシャと結婚して家業と継ぎ、彼らの間に双子が生まれます。作中で尚孝が愛聴していた仲雅美が歌う「ポーリュシカ・ポーレ」はロシアの曲で、かの地に憧れていた父を懐かしく思う銀花でした。

老朽化した蔵を改装した際に出てきた木箱に入っていたのは子供の遺体でした。銀花は「この家の守り神」と言い「やっと会えた。あなたこんなところにいたんだね」と心の中で呼びかけました。

登場人物全てが秘密を抱えているというけっこうヘビーな設定ですが、例え血が繋がっていなくても愛情は持てるし、血の繋がった関係でも憎しみは生まれるのよね。子育てを醤油作りに例えているのが面白かったです。

1968年から始まる物語はその時代時代の出来事や流行った玩具などを散りばめながら進んでいきます。大阪万博、阪神淡路大震災身近に感じたもの、自分と無縁だったことなども含めてただただ懐かしい気持ちになりました。

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境界線

2024年09月01日 | 
中山 七里 (著)  NHK出版 

2018年5月某日、気仙沼市南町の海岸で、女性の変死体が発見された。女性の遺留品の身分証から、遺体は宮城県警捜査一課警部・笘篠誠一郎の妻だったことがわかる。笘篠の妻は7年前の東日本大震災で津波によって流され、行方不明のままだった。遺体の様子から、妻と思われる女性はその前夜まで生きていたという。なぜ妻は自分のもとへ戻ってこなかったのか――笘篠はさまざまな疑問を胸に身元確認のため現場へ急行するが、そこで目にしたのはまったくの別人の遺体だった。
妻の身元が騙られ、身元が誰かの手によって流出していた……やり場のない怒りを抱えながら捜査を続ける笘篠。その経緯をたどり続けるもなかなか進展がない。そのような中、宮城県警に新たな他殺体発見の一報が入る。果たしてこのふたつの事件の関連性はあるのか? そして、笘篠の妻の身元はなぜ騙られたのか――。(内容紹介より)


震災に奪われたものと残されたものの痕跡を描いた、『護られなかった者たちへ 』に続く宮城県警シリーズ第二弾です。
事件を扱ったミステリーではありますが、殺人事件の謎解きの醍醐味を味わうというより、根底にあるのは東日本大震災を経験したことで人生が変わった人たちに焦点を当てた話になっていました。

刑事の笘篠は、妻子が震災で行方不明となっています。あの日、妻と喧嘩して家を出たのが最後だったことに後悔と心残りがあり、失踪宣言を出せずにいた彼の元に入ったのは妻の身分証を持った遺体発見の知らせでした。しかしそれは全くの別人だったのです。遺体は自殺と判断され事件性は見当たらなかったのですが、妻の身元が誰かの手で流出し騙られていたことに、妻を冒涜されたというやり場のない怒りを持った笘篠はその経緯を知ろうと動き出します。

そんな中、新たな他殺体発見の一報が入ります。遺体は男性で顎を砕かれ両手の指を切断されていました。彼もまた震災の行方不明者の戸籍を使っていたことがわかります。本物の身元が判明すると、二人とも消したい過去の持ち主でした。

妻の名前を騙っていた女性は肉親が犯罪者だったために、殺された男性は自分の犯罪歴を隠すために別の名前が必要だったのです。
女性の自殺の動機も推察されます。生きるためにデリヘルをしていた彼女は、客として再会した同級生からの屈辱に傷ついて死を選んだようでした。しかし彼女は過去にその男性を苛めていたことも語られ、被害者とか加害者とか単純に色分けできないんですね。
自身が犯罪者だった殺された男性は、家庭環境に問題があったようですが、だからといって純然たる被害者とも言えないことが後に明らかになってきます。

笘篠は何者かが震災で失踪届が出ていない人間の戸籍を売買していると疑い、名簿屋ビジネスを行う五代を訪ねます。彼は『護られなかった者たちへ』にも登場している利根のムショ仲間で、その過去が別軸で語られていきます。
底辺の高校に通い、カツアゲなどの犯罪行為に手を染めていた五代に出来た聡明な友の存在が、末は暴力団で野垂れ死ぬしかないと絶望していた彼を変えました。

しかしその友はあの震災で両親を亡くし、目の前で流されていく子供を救うことができなかったという現実を前に心が壊れてしまいます。「善人だろうが悪党だろうが死んでしまえばただの物体」と呟いた言葉がその虚無感を表していました。

物語の中で、震災当時の描写が生々しく迫ってきます。
その中で特異なのは、塀(刑務所)の中と外の対比です。黒い濁流に呑まれ命を落としたり、避難所で寒さと食べるものにも困っている善良な市井の人々がいた一方、頑強な作りの刑務所の中で食べ物に困ることもなく生活できた囚人たち。でも囚人にも家や家族があり、何もできないままTV画面を凝視するしかなかった・・・。
生き残った人たちの中にも、家や家族を亡くした者と被害が無かった者がいます。そしてどちらもそのことでやはり深い傷を心に負っているのです。

事件の真相は、役所から破棄依頼されたハードディスクを売り捌いた下請けの従業員から震災の行方不明者のデータを買った犯人が、戸籍を買った被害者に逆に恐喝されて犯行に及んだということなのですが、犯行は偶発的な者でしたが、犯人の思考はある意味とても冷静でそれでいて大きな欠落を感じさせます。
ちなみに五代は金融関係のデータを買っていました。

震災により引かれてしまった様々な境界線が複雑に交差する物語でした。

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