「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

これであなたもブログ通!

2006年03月31日 23時06分17秒 | 人々
2006年3月26日日曜日 午後7時30分よりNHK BS2・3月31日金曜日 午後9時よりBSハイビジョンにて放送してたんだ。

 知らなかった。というか知ったのが今日だったから、ハイビジョンテレビなんてない僕の家ではどうしようもなかった。

 みたかったなあ。

WADAINという書き込み版というかTB貼り付け版みたいなところをみると、賛否両論だけど、一様に言えるのはNHK的な深度の取り方だったようで、ディープなファンには物足りなさを、ブログの「ブ」の知らない人には丁寧な番組作りだったようだ。

 僕は自分のカテゴリーの中に「ブログ論」というものを持っている以上、是非とも視聴したかったのであるが、本放送での再放送を願うしかない。

 ちなみに今僕はブログ論をどのくらい書いたか確かめたくなって、全ての記事から、余分なものを除きつつ「一太郎」コピーしていったところ、40字X40行で184ページになった。

 400字詰め原稿用紙で736枚分になる。

 まあよく書いたモンだね。


 文体を統一して整理してみたら、それはそれなりにレポートになるのか模索中なのである。

 
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劇場版 巨人の星 大リーグボールについて考える

2006年03月30日 22時56分34秒 | 文化論
NHKBS2 BS春休みアニメ特選 ということで、巨人の星劇場版を放映してる。今日のタイトルは「大リーグボール」というやつだ。
 高校野球から巨人の入団テストを経て川上監督率いる巨人軍に入団した星飛馬は、その球質が軽いことから当てれば遠くへ跳ぶという弱点を克服すべく、それを逆手にとって、相手のバットに自らボールを当てに行くという、魔球「大リーグボール1号」を完成させる。

 バットをめがけて投げるために、父親から伝授された魔送球(打者の走塁を邪魔するようにカーブする送球)を立てに変化させて創り出した球である。
 そのためは星選手は打者のバットの動きを完璧に予測するために、禅寺に修行したり、剣道を習ったりする。
 実際の送球より、バットの動きを予想できてしまえば、その時点でチェンジアップでもなんでも使えば、討ち取れそうな気がするがそれは言ってはいけないのでsる。なぜならこの魔球の命名は「大リーグボール1号」であり、日本のプロ野球のみならず、世界に通用するようになることを想定されて作られているからだ。
 しかも、このボールは最初から「1号」となっており、大リーグで勝負するためには、まだ他の球種がつまり魔球が必要であると思われているのだ。

 当時の日本の野球の意識が垣間見える名前ではないだろうか。WBCで日本は「大リーグボール」なしに、むしろ「スモールベースボール」を提唱して世界一になった。
 皮肉な結果となったと言うべきか、巨人の低迷が当然と言える結果なのか、判断はいかようにもできるだろう。

 しかし、変わらぬのは野球を目指す少年の夢であり、その対象が巨人というチームブランドから、野茂、イチロー、松井、といった個人ブランドに移行しているかのように見えたが、WBCでの優勝は「ジャパン」というチームブランドを生み出した分、先行きは明るいかもしれない。
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花に嵐のたとえはあれど

2006年03月29日 13時08分21秒 | 日記
今日当たりはどこも一斉に桜が満開に近づこうとする時期かなとおもうのだけれど、この風の強さと寒さにはかないそうもなく、屋内で縮こまっているわけですが、少し勇気を出して外を走ったりすると、日頃は意識してなかった場所で桜が出迎えてくれたりするので、思わず顔がほころんでしまいます。

 上の写真もそういった場所の一つで、高くもない山を一つ越えた隣町にあるお寺なのです。日頃から良い感じの寺院と思ってはいたのですが、桜が加わると一段とあでやかで、名所といわれる人だかりの多い場所に行かなくても、結構近所で楽しめるのだなと思うのです。
 

 僕は僕自身の好みとして桜並木や桜トンネル山丸ごと桜といった、桜の樹下で舞い落ちる桜の花びらを楽しむよりも、風景として人間の作った建造物と桜が寄り添うようにしてお互いを引き立てあっているものに惹かれる傾向にあるようで、特に歴史的建造物と桜のコンビネーションに弱いようです。
 無論、富士山やそのほかの雄大な自然にあわせるのも良いのですが。
 県立川根高等学校は、その校門の両脇を桜で彩っており、この時期春休みで学校がないのが実に惜しいと卒業生であるカミさんはいいます。

 また、いま僕の住む菊川の公園は常葉菊川高校の敷地でもあるのだけれど、市内では桜の名所として誰か彼かがお花見や宴会を催す場所でもあるのです。

 桜は人に色彩感覚豊かな季節感と、過ぎゆく時の虚しさを無意識に感じ取らせてくれます。そして全てが生まれ変わりスタートをきる4月を迎える心構えをさせてくれるようです。
 

  
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いつも頼ってます

2006年03月28日 08時58分55秒 | 病気


 お酒を飲み出すと自分でブレーキが掛けられなくて、どんどん陽気になって、突然お酒が頭に回ってグラッとして倒れる。そしてその後ガンガン頭痛がしてそいつが結構翌朝まで続く。
 そいう経験を学習せずに、従って改善もせずに、過ごしてきたんですがあるとき友人にこの「黒丸」をもらって、そういう自業自得二日酔い地獄から解放されました。

 名前の通り、中身も真っ黒な丸薬で、むしろ毒薬として時代劇に出てきそうな代物なんですが、なかなか効きます。

 でーも世の中にはもっと凄い裏技があるようで、「ハイチオールC」を飲むと二日酔いが予防できるというのがあるそうです。

 ハイチオールCってもともとしみそばかすの予防薬でしょ。それをお酒を呑む前後に服用すると全くといっていいほど、頭痛や倦怠感から解放されるようです。

 今すぐ買いに行ってこようっと…。
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静岡県民限定 ずっとあって欲しいお菓子1 

2006年03月27日 22時41分27秒 | 文化論
 6日ぐらい前にキッチンテーブルの上に、静岡銘菓の「8の字」がおいてあった。

 「どしたの?これ」というと

 カミさんが

 「職場の人にもらったの。お世話になったからって。」

 ということらしい。

 

 このお菓子を食べたことのない静岡県人がどのくらいいるか知らないが、おそらく、それは「うなぎぱい」を食べたことのない人に近い数字が出るのではないかと思う。
 それほどこのお菓子は静岡の人にとって定番であり、しかもおみやげ物化して高級感に走った「うなぎぱい」よりも、より「駄菓子」的であり、庶民側に位置している。

 でもこのお菓子はもっと見直されていいのではないかと思うのです。

 だってこれ全くの自然食品といって良いわけで、材料は小麦粉・砂糖・卵だけで無添加なんですね。
 それをお店の2階で毎朝作って店頭に並べるようにしてるんだそうです。
お菓子でいうのも変ですが新鮮なんです。それから味に飽きが来ません。お子さんの離乳食にも使えるそうですから、また「ウナギパイ」は…と思われる方でしたらお土産としても間違いありません。値段も手頃ですしね。

 お店ではこの一品のみが、色々な袋や化粧箱などに入れられて売ってるのです。元々は静岡駅南口のホントに真正面ぐらいにあったのだと思うのだけれど、記憶が確かでない。葵区のあおい君さんに聞けば分かるかもしれません。

 ご存じですか?

 現在も駅南口のロータリーの左手側を回っていくと三階建て?ぐらいの8の字ビルがこじんまりとありますので、観光で来られた方もぜひ立ち寄って頂きたいと思うのです。

 そして、こういう地道なお店は残っていて欲しいなと強く思いますし、今の桑名屋さんの経営の仕方は恐らく余り発展性はないけれども、次代に確実に残っていくんじゃないかと思って応援したくなったりするのです。

店名/カクゼン桑名屋
住所/静岡市森下町1-39
営業時間/
平日9:00~18:30
土曜・祝日9:00~17:00
第三土曜・毎週日曜休み
TEL 054(285)7668

 駅前のお菓子屋さんなのに、今時土曜日と日曜日は店を休んじゃうってのが良いでしょ。
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魚雷戦ゲームを買いに行こう!

2006年03月26日 22時33分19秒 | 人々
魚雷戦ゲーム

エポック社

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 地区の子供会の集まりがあって、娘は家の近所の地区公会堂に出かけていきました。午後は静岡に出て、例の「さっぽろかに本家」の半額券を有効利用してかにすきを食べに行こうっていう約束だったのですが、お昼近くに帰ってきた娘が、近所の女の子と遊びたいというので計画変更!
 子供部屋の本棚を見に行こうってことで、藤枝にカミさんと二人で出かけました。目標は藤越家具です。
 市内じゃ結構大きい方の家具屋さんですね。10年ぐらい前にカミさんと義母さんを連れてきて以来すっかりファンになったようですが何せ遠いのであんまり行かなかったのですが、今日行ったらすっかり雰囲気が変わってまして、随分とお洒落な感じになってました。
 それと脇にあるお店が和風小物を売ってるんですが、ここがえらく気に入ったみたいで、一人でハンカチだの手ぬぐいだの和食器だのをみてキャーキャーいってました。それで空豆模様のハンカチ1枚ととんがらしが整然と並んでいるランチョンマットを買わされました。
 画像でお見せしたいのですけど袋を勝手にあけると怒られそうなのでまた今度にしますね。

 それで五時近くに帰ってきたんですが、まだ娘さん達は遊んでいました。家にはおじいさん達がいましたから安心でした。
 で、何だか人生ゲームをやっていたみたいです。

 これは人生で一度はやるべきゲームの一つでしょうと、父親の私が勝手に買ってきて強引に家族で楽しんだものです。

 4年ぐらい前かな。

 夜になってもその興奮は冷めなかったようで、風呂から上がったばかりの父親と、眠気をこらえる母親を相手に燃えてやっておりました。

 この人生ゲームの他にもやらなくてはいけないゲームはあるのですが、野球盤だったり、サッカーゲームだったりして、女の子向きではないのですが、前々からこれなら女の子でも絶対盛り上がるゲームと考えているのが魚雷戦ゲームなのである。
 詳細は文字をクリックしてね。

 このゲームは単純明快なゲームでパチンコ玉より少し小さい鉄球を転がして、相手の港に停泊中の戦艦を沈没させるというものであるが、異様な興奮の意識が35年以上経った今でも鮮明に甦るのである。

 そしてとっくになくなったと思ったこのおもちゃが2005年にリニューアルして復刻しているではないか。

 それを先ほど家族に話すと、是非買ってきて、私たちにもやらせて欲しいと言う。
 それじゃあそうしましょうっていうことになって、あしたは魚雷戦ゲームを探す旅に出ます。ついでにタワーの積み木を置き換えてバランス崩して倒したらダメっていうのも買ってきてだって…、うまく乗せられているような気がしてならないけどまあいいや!
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日本全国イナバウワーについて考える

2006年03月25日 23時40分41秒 | 人々
荒川静香 Moment ~Beautiful skating~

ポニーキャニオン

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 トリノオリンピックが終わり、2ヶ月経ってWBCで王ジャパンが優勝したっていうのに、バラエティやニュースで「イナバウワー」という文字を目にする機会が多いですね。

 荒川静香さんがアイスショーの後のインタビューで「私自身よりイナバウワーの方が有名になっている」といっていたが、それを証明するかのごとく全国でイナバウワーをする動物が報告されている。
 
 本来イナバウワー



は足をハの字に拡げて滑るのをいうそうですから、荒川さんのように背を反らすのはオリジナルと言えるわけですね。

 って、そんなことは知ってるよね。


 で、背を反らせば何でもイナバウワーだってことで、ワイワイやるわけです。それはまあ今までなら子供やオヤジギャグ程度のことだったはずなんだけど、去年の風太君の余韻が残っているせいか、NHK辺りでも採り上げられているようです。

 僕の知ってる一発目は



高知県立のいち動物公園のコツメカワウソのメス、ダブちゃんが
背中を反らして技を決めます。

ていうもの。映像でみると随分せわしない動きですな。

落ち着かないと点数にならないよ、タブちゃん。

で、次は


深谷市本田の荒川のコハクチョウ越冬地で、雄のホオジロガモの求愛行動が見られる。首を反って背中につける=写真上(右は雌)。トリノ五輪フィギュアスケートで金メダルを獲得した荒川静香選手のイナバウアーのようだと人気が上昇している。

と言うものです。

更に



ときて「得意技は『イナバウアー』 人気者のアメリカハコガメ 大阪海遊館」

となっているけど、それはないやろ、ちっちきちい!

と言いたくなる。

 要するにこれらの背を反らす運動は、動物が以前からしていた行為であるので、今更注目するほどのことではないのではと思う。友達同士とか、子供が気付いて「あ!イナバウワーだー、ワーイ!」「ホントだぁイナバウワーだねえ、凄いの発見したねえ、やっくん」とかありがちな会話の中で成立させるべきもので、わざわざニュースでやる必要があるのかあ。

 なんか大きな喜ばしいできごとがあると、経済波及効果は試算で何百億円とかいうでしょ。その数字ってこういう派生系も考慮に入れてるのかなと知りたくなる。

 鳥が背を反らすだけで人だかりができて、近所の商店街が潤うのは良いことだけど、こういうのって何処か意図的な印象がぬぐえないなと思うのです。


 調べてみたら、イナバウワーする「盆栽」っていうのも出てきたけど、盆栽は反らなきゃ盆栽じゃないかと思うので、盆栽界は総イナバウワー状態であることには間違いない。
 



 
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放置されるコメント2 痛み

2006年03月25日 00時25分35秒 | BLOG論
 前回の「放置されるコメント」という記事が各所に波紋を呼んでいるようです。自分も書いていて、痛いなあ、と思った訳ですが、それ以上に僕がコメントをつけさせてもらっているブロガーさんにとって辛い思いをさせてしまったことに、謝意を表したいと思うわけです。
 
 といいますか、この「コメントを放置する」という好意は毎日欠かさずブログをしている人以外は必ず経験があるわけで、ブロガーとして1年以上のキャリアを持つ人なら誰でもが抱いた感情なのではないだろうか。
 そしてそれは「放置する」側だけでなく「放置される」側の経験でもあり、今回のこの稿で皆さんが、少なからずそれは多分コメンターに対しそれがどんな事情であっても、少なからず礼を欠く行為であることを自覚なさっているという証拠なのではないだろうかと思う。
 しかし著名人ブログだけでなく、コメントに対し、その数に関係なく一切返事をしないという方針があってもそれはそれで、「有り」なわけで、ブログが情報発信であったり、恣意的にコメントが選択されて返事を書こうと、それは自由なのである。

 
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発熱

2006年03月23日 23時26分28秒 | 日記
 昨日まで義母がきておりまして、仕事の後カミさんが送っていくことになりまして、雨が降っていましたでしょ。
 そのまま泊まってくるということになったのです。

 僕は年度末の大忙しの状態で家に着いたのは9時を回っていたのですが、じいじとばあばがいてくれたおかげで、ご飯の心配もしなくてよいのです。

 僕の家は敷地に2軒の家がありまして、僕らと僕の父や母はそれぞれ独立した生活を営んでおります。

 2軒の家の間には屋根のある通路がありまして、そこから自由に行き来できるのです。

 近所の奥様方にいわせると、ウチのカミさんは最も「楽な家」ということになるようで、もともと農家じゃないし、資産家や、先祖が武家だったとかいう格式もないので、確かにうるさいことはいわない。

 で、言い換えれば子供の面倒とか、近所づきあいの一部とかを、僕らの都合の悪い部分のみを、補ってくれていて、それでいて干渉を最低限に抑えてくれているから、有り難いのです。

 まあそれでも衝突はありますけどね。

で、9時に帰ると、こたつに父が座っていて、ソファに娘が機嫌悪そうに寝ています。
 僕は自分の食事の支度をして、食べてますと父は自分の家に帰ったみたいです。
 それで食事をしてると後ろで「娘がお風呂に入るよ~」という声。いつもは自分から入るなんていわないのにと、ふと思ったのですが、そのまま食事を続けてました。
 お風呂から上がって、自分で着替えて、いつもになく「おやすみ~」といって2階にあがって行こうとするから変だなあと思ったその時に実家に着いたカミさんから電話があった。

 その途端だった。

 娘が声をあげて泣き出したのだ。

 最初は大好きなばあばが帰ってしまってしょげているのかなと思った。でも小さいときならいざ知らず最近はそんなこともなくなったと思い直した。

 それで僕も少し冷静になってみると、顔が赤っぽかった。

 こりゃ熱がでるかもしれない、と思った途端にあせりがきた。

 不思議なもので、カミさんがいるときには、まずカミさんの方が僕より先にパニクルので、僕は冷静にならざるを得なかった。

 でも一人だとそういうわけにはいかない。

 でも幸いなことに僕はそのときカミさんと電話中だったのだ。

 だから攻守逆転して、今回はカミさんのほうが冷静で、氷枕がどこだの、毛布はとっておけだの、アクエリアスはマグマグに入れろだの細かく指示してくれた。

 小児用の頭痛薬があったのを想い出せたのも、そのおかげかな。

 呑ませて、いつもと違うパパのベッドで寝かせたら、30分も経たないうちに寝息を立てていた。
 なぜか娘は僕のベッドというか、部屋の雰囲気が好きらしい。仕事をしているとよく傍で寝ている。

 途中am12:30ごろ冷えピタを買えようとしたら、だいぶ顔色もよくなり目を覚まして「今日はここで寝ていい?」というのでもう1回寝付くまで傍にいて、それから本来娘が寝るべき布団に入って寝た。


 ようするにそういう騒動があって昨日はブログを更新できなかったのだ。


 で、親ばかは明らかであるが、子供という存在は良いなと思う。後、数年もすればパパは汚くて臭くて口もききたくない、信じられない存在になってしまうのだろうけど、まあそれでもこういう一瞬があるといいのかなあっておもいますねえ。

 
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放置されるコメント 誰かを責めようってわけじゃありません

2006年03月22日 00時12分42秒 | BLOG論
 ブログ更新が頻繁でない方の記事にコメントを載せて、それに返事がなかなかつかいでいることがあります。

 例えばそれが僕自身が一人だけつけたコメントだったりすると、もうお返事がついたかなとか、少しだけ期待して見に行ってもなかったり、しかも自分の前にも後にもコメントがなかったりすると、心情としてではなく、風景として寂しい感じがしますね。

 もう1回断っておきますけど更新しないことを責めようっていうんじゃないんですよ。
 僕のブログでも頻繁に起こっていることなんです。

 僕はそういうときのブロガーの心理ってなんだろうと考えています。

 大都会ではあり得ないことですが、田舎では電車にタッチの差で乗り遅れるとわずかな時間ですがホームにひとりぼっちになることがあります。
 多分そういった時間に感じる心理に近いものがあるのだと思います。

 そうすると不思議なんですね。

 だって僕らは相手のブロガーの書いたものを読んでいる。

 その読んでいる最中ってのは明らかにそこに書いたブロガーの存在を意識してますね。
 でもコメントを書き終えた瞬間から、次の記事が投稿されたり、コメントに返事がかかれたるするまでは明らかにそこにはブロガーはいない。

 チャットじゃないからね。

 でもたまにリアルタイムでコメント往還したりして、チャット気分で興奮度アップになったりするけどね。

 でも基本的にはいないことが多い。

 少なくとも読む側で意識していないでしょ。

 ちょっと不思議な感じがしませんか?


 話がずれてきたようだけど、僕らは日記を書いている、でもその日記は極めて公共性の高い場所に公開されている。
 でも基本的な道徳観念はブロガー自身にゆだねられている。

 でもってブロガー個人の責任で運営されている。

 だからいつ何処でどう書こうが、どう載せようが自由であり、コメントの返事も個人の事情に委ねられている。

 だから返事をいつ書こうが一向に構わないのである。

 だが風景として寂しい。

 「一度引き取らせては頂けまいか。」と届けて、本人が出てくるまで預かりたいと思うこともある。

 例えブログであってもコメントはコミュニケーションツールであることに間違いはなく、言葉にのせた心の双方向通信であるべきであると考えるのだ。

 だめかな、この考え
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