「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

「山の子うた」って、けっこう切ないですね。

2006年09月03日 22時16分53秒 | 人々
歌声が あの小道にひびけば
あの森かげ あの谷間
山にこの歌
山の子は 山の子は
歌が好きだよ

雨が降り てるてる坊主(ぼうず)が泣いても
私達は 泣かないで
山を見つめる
山の子は 山の子は
みんな強いよ

雲が去り 青い美空(みそら)が見られりゃ
歌いましょう 山鳩の
兄と妹
山の子は 山の子は
みんななかよし

 ご存じですか「山の子のうた」っていうんですよ。

 山間部の幼稚園や小学校で唄われているようです。

 僕のカミさんは大井川の奥の千頭出身なので当然知ってます。というより千頭から静岡に抜けようと峠の道を走っているときに山への遠足に行った話になって、その時唄いながら登ったそうで、すこしだけ唄ってくれました。それが「やあまのこはやまのこは~♪」の部分でした。
 ちょっとビックリする歌詞だったので思わず笑ってしまったのですが、カミさんはムキになって「良い歌なんだから~」と拗ねておりました。

 そして娘が大きくなってやっぱり山道を通っていたときに僕が思い出しまして、娘に教えてあげたら随分おかしかったらしくて大笑いしてました。
 その笑いが山の子である母親をいたく傷つけたようで、とてつもなく拗ねてしまいました。

 娘はサビの部分だけじゃなくて全曲知りたいと言ったのですがダメでした。

 それきり話題にならなかったのですが娘が今年井川に遊びに行ったのを写真とパンフと自分の文章にまとめて明日クラスで発表だというので、ネットで井川小学校のことを調べていたら、突然思い出しまして探したらメロディと歌詞ののってるHPが見つかりましたので聞いてみたんですね。

 かなり良い曲ですよこれは。

 こんなに哀調が込められている歌とは知りませんでした。

 よかったらお聞き下さい、正調「山の子のうた」でございます。


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7 コメント

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静岡市内にも山の子が・・・ (あおい君)
2006-09-04 09:48:56
ボクは山の子ではないけど、この「山の子のうた」は以前から知ってましたよ!



それはともかく、昔、大川地区の楢尾小学校(現在は廃校)を訪ねたことがあります。

聞けば、子ども達は向えの山からいったん谷を降りこちら側の山の上まで1時間以上かけて登校してくるのだとか・・・

本当にアルプスの学校みたいで「山の子のうた」を歌うのにぴったりだと思ったものです。



ちなみに、ボクはこの歌は、はずむように快活に歌う方が好きです。
街の人でも (aniki)
2006-09-04 23:36:33
「山の子のうた」は唄うんだよ、ってカミさんに教えてあげたらとても喜んでおりました。感謝致します。それから弾むように唄ったらしいぞというと私たちはそういう風に唄えなくて雨の日なんかに唄ってると涙がでそうになったと言っておりました。



 本格的な山の子にとっては実感を伴ってしまうのでしょうね。
「山の子の歌」に魅せられて (山の子明石)
2008-12-30 22:06:10
 「山の子の歌」に魅せられて、「『山の子の歌』をひろめる会」をつくっている岡山県津山市の山の子明石です。私が「山の子の歌」をはじめて覚えたのは1969年4月、静岡市にある大学に入学したときでした。以後、私の愛唱歌なのですが、市販の歌集の楽譜が「作者不詳」となっていることから、作者さがしを呼びかけたところ多くの人から情報が集まり、作詞・作曲とも坂下茂己氏であることがわかりました。同時に、私が静岡で覚えた歌は、原曲と微妙に異なることがわかりました。詳しくは、yahooブログ「山の子明石のオカリナ日記」をご覧ください。
「山の子の歌」の続き (山の子明石)
2008-12-30 22:27:44
 私は学生時代に、大井川鉄道に乗って金谷~本川根町~千頭~井川ダムへ行ったことがあります。帰りはバスに乗って、その峠を越えて静岡に帰りました。
 「山の子の歌」の作者坂下茂己氏は当時、神戸市西区の知的障害児施設「樅の木学園」(現在は「さわらび学園」)の園長で、園歌として「山の子の歌」を自分で作詞・作曲したということでした。本人はすでに亡くなられており、奥様は神戸市に健在です。私は坂下氏のお墓参りをし、奥様にお会いした結果、「やはり、正しい『山の子の歌』をひろめるべきだ・・・・」という気持ちが強まってきたのです。
はじめまして (aniki)
2008-12-31 17:35:30
 「山の子の歌」が全国区だったのには驚きました。神戸で作られたどうして静岡の地に根付いたのでしょうか。HPも見させていただきますので今後ともよろしくお願いいたします。
「山の子の歌」ありがとう (山の子明石)
2009-01-07 21:45:13
 私のコメントを早速読んでいただきありがとうございます。私が静岡の大学に行ったのも、在学中に大井川鉄道に乗ったのもみな偶然です。卒業して岡山県に帰り、朝日新聞「声」の欄に投稿して掲載してもらったのが1997年8月でした。掲載地域は大阪朝日(四国4県、中国は山口を除く4県、関西地方は全府県)と名古屋版(東海は愛知・岐阜・三重の3県)でした。ラッキーであったのは神戸市がそのエリアに含まれていたということです。人口の少ない鳥取・島根を除く全府県から合計70通の手紙が集まり、作者も原曲も判明しました。私たち「ひろめる会」が広めている正しい「山の子の歌」は、うたごえサークル「おけら」のHPで紹介されている12小節の曲です。
懐かしいですね。 (nao)
2019-05-07 18:59:31
正式な歌詞は、

♪歌声が あの小道に響けば
あの森影 あの谷間
山彦の歌♪

だった気がします。
台湾の高砂族達の生活情景の様に、山の中で誰かが歌うと各所に居た仲間が歌って返す情景、そして、自然現象としての山彦がエコーとして歌い返してくる情景の描写と思いますけれど…?
「山にこの歌」では、言葉の内容が不明ですし。

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