「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

娘と一緒に引きこもり

2005年03月31日 17時35分03秒 | 日記
 今日、仕事を休みにした。春休み中の娘と一日中何処へも行かずに、家の中で過ごした、ホントは本屋さんぐらい行きたかったんだけど、娘はあんまり外へ行きたがらない。
 小さな時から色々親の都合で買い物に連れ回していたら、親と一緒に外に出るのが嫌いになってしまった。
 外食もあんまり好きでないようだ。

 まあ、久しぶりなので覚悟を決めて、一緒にいることにした。

 午前中はお勉強のおつきあい。

 僕はたまった採点作業をした。まあよくもこれだけ、問題集をやったもんだし、親の僕も見てあげてなかったと思う。

 問題集4冊分の○付けをして1時間以上かかった。

 しかも、これは小学校の宿題や日頃通っている塾の宿題とは別物なのである。

 去年の11月以来とは言え、今の小学3年生はこんなに勉強しないといけないの?

 聞いてみると、「すごい子に負けるのは悔しくない、同じくらいの負けるのは悔しいし、もっと下の子に負けるのは許せない」だそうだ。

 こんな風には考えたこと無かったぞ…。

 母親に似たか?

 そんなはずはない。

 妻はこのころ、男の子と蛇を振り回して山を駆けずり回っていたはずだ。

 
 午後は、親戚の子の誕生日祝いを作るとかで、毛糸をいっぱい切らされた。

 まあ、女の子らしくていいが、注文がいつ終わるか分からない。

 
 学校の子と遊べば良いのにと思うけども、なかなかそうは行かないらしい。

 仲が悪いわけでは無いけれど敢えて遊ばなきゃいけない仲でもないらしい。

 小学校4年生になると、「金スマ」見てないと話題に遅れるとか言われていて、一方で学校は9時には寝かせてくださいという。

 「行列の出来る法律相談所」や「救急救命24時」なんかを見逃さずにいて、一方では「さざえ

さん」「どらえもん」が大好きな現代の小学生に、接し方を間違えると大変なことになると思うと

きがあるけれど、今日1日ゆっくり接してみると、それなりにやっぱり僕の娘な訳で、そんな風に

過ごせた今日は結構良かったのではないかと思っている。
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BLOGの性差 王朝女流日記と自虐性(わたしドMですから)について

2005年03月30日 18時32分27秒 | BLOG論
 今日は梅原猛を引用しながらブログ論として展開できたらいいなと思います。

ドッペルさんのブログにブログをしてる人は女性の方が多いのではないかと書かれています。
今日はそのことを考えてみようかと思います。



日記も文学の一部である。そして文学において必要なのは、何よりも、人間の内面性を良く見つめることだ。

 人間一人一人が、どうにもならない自我を持っている。

 そういう自我を見つめようとするのが近代文学の始まりだと思う。

 でも考えてみれば平安時代の女性が、日記を使ってとっくにしてることなんだ考えられる。

 人間の内面性を見つめる文学が創造されたのが女性だったのはなぜか。

 「源氏物語」は日本におけるもっとも優れた小説である。日本におけるもっとも優れた小説の作者は女性である。

 最も優れた文学者を女性として所有している国。

 他の文化国にない例である。

 しかし、偉大な女性作家紫式部の出現は偶然ではない。その前に既に、小説に必要な内面性への凝視を、日記体に残してくれた優れた先輩がいたのである。

 このあたりのくだりは以前書いた。


 女流日記の先鞭である「かげろふ日記」の作者で稀代なる美人でもあったのは右大将道綱の母である。その孫は(ややこしい)紫式部と交際していたことは象徴的だ。

 「かげろふ日記」の精神が紫式部において巨大な小説に結晶化していったのだ。

 「蜻蛉日記」「和泉式部日記」「更級日記」を見ながら日本の女性について考えてみる。

 そこには知性的で情感の豊かな女性達が息づいている。

 しかもその女達はすべて不幸であった。少なくとも彼女たちの自意識において、構ってもらえなかった。

 そしてその疎外意識が彼女たちの懸命な文学創造に駆り立てていった。

 彼女たちの日記は、おそらく、誰に読ませるものでもなかっただろう。

 自分に言い聞かせるため、どうにもならぬ自我の孤独を慰めるために彼女たちの日記は書かれている。

 日記からは女の業(ごう)といったものが日記から立ち上って来るときがある。

 こうしてみるとブロガーとして女性が多いのは、女性の方が自分の内面を見つめることが多いからだと考えられる。

 そして僕が興味を引くのも女性のブログが圧倒的に多い。(←ハイハイ僕の性的傾向もありますよ、と一人ツッコミしときます)

 そして、どこか哀しみを背負っている人が多いように感じられるのである。
(そういう女性をみると放っておけないのは僕の性格的傾向です。)

 どんなに明るく振る舞っていてもどこかに影がある女性に…

 惹かれるなあー  バキッ!

 そして更に言えばブログの場合、読まれることを想定しているはずだから、自ら自虐ネタと称していなくとも、ブログに揚げている時点でどこか自虐性を感じてしまうものであり、そこに共感を得る人もまた自虐性を帯びているように思えるのである。

 ブログにネガティブ傾向があるのもその一例か。

 ドMとか汚れとか腐女子(←よく知らない)とか、前振りでよく書いてある。

 僕はSではない。哀しい女性の心の隙間に入り込んで自分の側に引き込もうとする魂胆もない。(昔は多少あった、ただ中途半端な優しさがどんなに不幸かも知った)
 
 ただ思うのはブログで自分を表現している女性達は、自分のことも、愛する人のことも、自分を傷つける可能性を持った人たちまで、ひっくるめて大切にしようとして、敏感な自分の心のひだから時には血を流しながら一生懸命考えて、なるべく傷つかないように表現しようとしている。

 単純に「すごいな日本の女性達は」って思うし、僕はこういう女性を持った国に生まれてよかったなと思うのです。

最後まとまんないぞ
 

 

 

 

  
 
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チェ・ジウさんの画像が見たい方へ

2005年03月29日 19時22分32秒 | 人々
スタージウ        から入って下さい。

 GALLERYと書いてあるところを押して下さい。

(1)~(10)までと…(55)となっています。どれか好きな数字を押してみて下さい。サムネイル形式の画像が出てきます。それをクリックすると大きな画像になります。
 
また、カーソルを合わせると画像が拡大されて表示される部分の上に
 all CATALLG(134)とか、ETCと(146)か書いてある部分をクリックするとまた違うシリーズを見ることが出来ます。


 ブログ論を展開し、セキュリティに言及している人が著作権や肖像権に抵触する可能性のある画像を載せるのはどうかという指摘があり、今までの画像を全て削除しました。

 カレンダーの画像については自分の部屋にあるのを携帯で撮ったというものですが、これも著作権にあたるのか(情報として有効であるには間違いないので)これも削除します。

 あと、この際だから七尾藍佳さんの画像もいけないんだろうなと思いますのでこれも在処だけ示し削除します。

このブログには毎日100人前後の人が延べ700回ぐらいチェ・ジウさんの画像を見る目的で訪れます。それらの方には申し訳なく思っております。

是非、上のリンクから見に行ってください。

 今まで皆さんの代表でもらってきているつもりでしたが、違法は違法ですから。

 また、今回、指摘頂いた方のコメントですが削除させて頂きます。

 内容はこちらで保管してあります。

 今までチェ・ジウさんの画像でTBが1件あり、コメントも何件かありました。

 総じて、静かな方ばかりですので、大丈夫かとは思いますが、苦情をそちらに持ち込むことも考え、安全を図る上でそうさせて頂きます。
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BLOGのセキュリティ gooのしてくれること

2005年03月28日 17時15分41秒 | BLOG論
 今日は禁止事項の話です。




第12条(禁止事項)
1.会員は、本サービスを利用するにあたり、以下に該当し又はその恐れがある記事及びコメントを投稿することはできず、また、以下に該当する会員情報(公開情報を含みます)を登録すること及び以下に該当するサイトをリンク先として登録することはできません。
(1) 公序良俗に反する場合
(2) 犯罪的行為を助長し又はその実行を暗示する場合
(3) 他の会員又は第三者の知的所有権(著作権・意匠権・特許権・実用新案権・ 商標権・ノウハウが含まれますがこれらに限定されません)を侵害する場合
(4) 他の会員又は第三者の財産、信用、名誉、プライバシーを侵害する場合
(5) 法令に反する場合
(6) 他の会員又は第三者に不利益を与える場合
(7) 他の会員又は第三者に対する誹謗中傷の場合
(8) 選挙の事前運動、選挙運動又はこれらに類似する場合、及び公職選挙法に抵触する場合
(9) 自己又は第三者の営業に関する宣伝のみを目的にする場合
(10) 未成年者に対し悪影響があると判断される場合
(11) 本サービスの運営を妨げ、又は、当社の信用を毀損する場合
(12) 故意で虚偽の記事を投稿する場合
(13) 会員情報が本項各号のいずれかに該当する場合
(14) 本規約に違反する場合
(15) その他、当社が不適当と判断する場合


 (1)から(15)に相当するような記事とかコメントをしちゃダメですよって言ってますね。

 でも判断基準は原則的に自分でしなさいと言ってるわけですから実際は何でもありと言うことですね。
 ここで見逃せないのは(15)でその他、「当社が…。」がと言う点で、これは次で効いてきます。

 

2.当社は、会員が投稿した記事又はコメントが前項のいずれかに該当すると判断するときは、当該記事もしくはコメントを投稿した会員又は当該コメントが投稿された記事を公開している会員の承諾を得ることなく、かつその理由を会員に説明することなく当該記事もしくは当該記事を投稿した会員が公開しているすべての記事又は当該コメントを削除することができるものとします。この場合、当社は、当該記事を投稿した会員の会員資格を失効させることができるものとします。

 記事やコメントが常識を外れていると「goo」が判断した場合には、なんの連絡もナシに有無を言わさず削除させることが出来て、酷い場合には会員資格を剥奪することが出来ると言ってます。
 
3.会員は、自己の会員ページにおいて、第1項各号のいずれかに該当するコメントが投稿されていないかどうか及び第1項各号のいずれかに該当するトラックバックがなされていないかどうかどうかを確認するために監視を行うものとします。

 これってすごくありません?
 24時間態勢で監視するんでしょうか?一日に何万の記事がアップされるか知りませんが、それに対するコメントの数や、画像まで含めるとかなりの数になるはずです。

 何人のスタッフが常駐でどのような仕組みになってるかしりませんが、ラッシュアワー時には秒単位で上がってくる記事にどう対処するのか聞いてみたい気がします。


4.当社は、本条第2項の定めに従い、当社又は会員が記事もしくはコメントを削除したことに起因して会員に発生した損害について何ら責任を負わないものとします。

5.会員は、自己が投稿した記事、コメント又はリンク先が本条第1項各号のいずれかに該当するとして、第三者から問い合わせ等がなされた場合、本規約第9条の定めに従い当該問い合わせ等に対応するものとし、かつ当社を免責するものとします。

 不適当なコメントや記事に対応する現実的な部分は、ここら辺りから見えるような気がします。つまりクレームがgooに入ると、gooが対処するのではないか、監視しているのは良識ある観衆達ではないかと考えてしまいます。

 それともコンピューターが自動監視していて、いけない単語や画像を自動的にピックアップしていて、それに対して職員が対応する形になっている…。

 あったらすごい。

6.第2項の定めに従い、会員資格が失効した場合、当該会員は、gooIDユーザーの資格も同時に喪失するものとします。なお、当社は、会員が会員資格を喪失した後も、本規約第11条の定めに従い当該会員の会員情報を利用することができるものとし、また当該会員が投稿した記事があるときは、当該記事を自由に使用することができるものとします。  

 
 会員資格を失効した人に対するフォローですな。

 えーと、ブログのセキュリティは自己に任されているってのは基本ですが、gooに申告すればそれなりの対処はしてくれると考えても良いのかと思います。

 ただ、これからもブログをする人は増え続けるでしょうから、危険性は増し、ある程度の犠牲者の経験をもとに規制強化や法制化されていくでしょうから、その犠牲者にならないことが寛容かと思います。

 で、そのためにどういうことが必要かというと、自分のブログの健全性を維持していくことが今のところの最前かと思います。

 過激な言葉遣いや言い回し、独りよがりの記事、アクセス稼ぎのためだけに記事をアップしていく行為は厳に慎むべきかと考えています。

 コメントや画像についても同じことが言えるわけで、余ほどの有名人出ない限り、個人を特定できる画像は危険と言わざるを得ません。
 個人のブログであっても事務所なり、その道のプロが管理している場合は問題ありませんが、我々のように個人的に法律的背景を持たない素人はプロフィールを公開するべきではないし、そこまでセキュリティは完成していないと考えられます。

 gooの場合、してくれるのは記事、コメントの削除と会員資格の剥奪だけです。
 それ以外の損害については、一切保障しないことを前提にほぼ無料でブログを運営させてもらっているわけです。

 そうか!そうするとブロガーが100万人くらいになったら、ブログ保険というものも成り立つかも知れませんね。
 1ヶ月150円くらいで、ブログ同士のもめ事の仲裁や裁判費用を代行する。もしくは慰謝料をかわりに払ったり、失われたデーターを取り戻したりする。

 ブログ探偵社なるものもあったりして、嫌なやつを見つけ出す。

 全く社会の縮図になって、ブログの世界でもう一人の自分が社会生活を送っていく。

 この辺までくると妄想ですが、とにかく今日安全でも明日は安全では無いかも知れないことを肝に銘じておかなくてはいけないのが発展途上のブログ界だと思いましょう。
  



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BLOG上の人格 ビリージョエルが聞こえない

2005年03月27日 16時50分13秒 | BLOG論
 いつも何時頃PCに向かいますか。僕のブログの閲覧数集計では平日は午後1頃が一番多いようです。

 お昼休みのひとときを「この国のかたち的こころ」で過ごしていらっしゃるあなた…。

などとふざけている場合ではない。

 では記事を揚げるのはいつなんだろうと考えてみると、これも僕の場合は家に帰って夕飯を食べて、娘を風呂に入れて、髪の毛を乾かして、娘をを寝かしつけて10時30分頃になる。ブログの記事の揚がり方を見ても、どうやらそのあたりの時間帯がラッシュアワーのようである。
 
 で、そういう時間帯にPCをしてるってことは、周りの環境としては比較的に静かな時間なのではないだろうか。
 
 そういうときに新しいブログを開いて急に音楽がなり始めてビックリしたことはありませんか。

 あれは何でビックリするんでしょうな。

 スケベ心が芽生えてきた少年期に親が寝たのを見計らって起きだして、居間のテレビのスイッチを慎重に入れ、Hな深夜番組を見ていた頃のトラウマか?(笑)

 そんなはずはないね。

 1番の理由はHPであろうとも、ブログであろうとも基本的には、いきなり音が出ることを読む側が想定していないってことでしょうね。
 ボタンをクリックして音が出るのなら心構えが出来るけどね。

 2番目に考えられるのは「見る」と「聞く」は連動してるけど「読む」と「聞く」は連動してない気がするってことで、ヘッドホンしながらマンガ読んでる人を見ると、良くできるなーと感心してしまう。
 でもこれは年齢的なものか、個人的なものかもしれないし判断しきれない。

 ブログっていうのは文章が主になる場合は、読み物ですよね。「画像」と「音」は相性が良いんです。

 「朗読」と「音楽」も相性が良いと思います。

 「文字」と「音」の相性は どうなんでしょう。

 「曲」に「歌詞」をつけるってのは良いかも知れないね。


 でもこうし文章を書いてるときにmidi音源の、あのオルゴールに似た音が流れてくるとどうにもいたたまれなくなるのは僕だけでしょうか。


 3番目の理由としてPCに関わる人達の間に、いきなり音楽を流すことはないだろうという暗黙の了解がある…。また、だいたい音にも著作権ってものがあって、やたらに使えないんだぞという意識が働く…。

えーなかなか想像しにくい。

 画像のスライドショーのBGMとして流れてくるときなんか、いいなあーって思うときがありますよ。けっして否定してるんじゃないです。

 来た人がビックリするというのが、ブロガーの本来の目的じゃない気がするんでいってます。

 こないだは仕事の昼休みにあるブログを開いたらいきなり音が鳴り出したんでビックリしてあわてて強制終了してしまいました。

 こんなことしてるの僕だけかな。

 ちなみに今日の副題の「ビリージョエルが聞こえない」は本文の内容と全く絡みませんでした。



 スミマセン。 

 
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BLOG上の人格 おしゃれに関する一考察 デコラチックブログと携帯ストラップ

2005年03月24日 22時54分14秒 | BLOG論
 民族、宗教を問わず、誰もが参加出来る、使える、そうすると便利になるものを文明と規定する。
 かつての日本にとって中国は文明の光源であったはずで、漢字、仏教、政治制度、貨幣、稲、水田などを教えてもらった。
 中国も自分の国は文明国であるという自覚があったようで、自分たちを中華(文明の中心地)と呼び、周辺の人たちを野蛮人(文明を持たない人)とみなしていた。そして貢ぎ物を持ってくる人に偉そうにするかわりに便利それ以上のおみやげを持たせた。
 それらの多くは、地元に帰って使えるものであるはずで、単なる置物ではない。

 そして明治維新後、光源は欧州に移り、第二次世界大戦後は長くアメリカにあった。
 
 携帯電話はその意味で見事に文明といわざるを得ない。

 ちょっと前のベッキーの出ていたCMではないが、携帯電話に「うそ!」というくらいアクセサリーを付けている人がいる。
 
 あれは文明ではない。

 携帯ストラップの機能として、落下防止という目的があったはずだが、その機能は全く果たしておらず、むしろズボンなりパンツなりのポケットから落ちたとき、必ず気付くという機能が理由になってゴチャゴチャ付けているらしい。

 気付かないの? 気付かなかったことがあるの?と聞きたいところだが、こういう質問は得てして険悪な空気になるのでやめている。

 機能ではないから文明ではない。

 ファッションである。

 と言うことは、ある一定の基準を満たしていると価値があると判断される「文化」だと判断していいものかと考える。

 しかし、そうであるならば、いつの時代でも、ある一定の年齢層から支持されてなくてはいけないか、もしくはベッキーと同世代の人々が60になるまで同じことをしていなければならない。

 もしそうならないならば、単なる流行である。

 あるいはそれが一定の限られた集団の中で支持され続けるのならば、趣味と呼んでも差し支えはなかろうと思われる。

 僕はそれらの人々を批判する目を持っていない。

 文化としての価値が理解できないというだけである。

 ロシアの挨拶は頬をくっつけ合うが、男同士で何やってんだと言うようなものである。

 自分の車を多くの費用をかけて改造しカスタマイズして悦に入っている人に「車の本来の機能を低下させていますよ。」と呼びかけても無駄である。

 さて、ブログのことである。

 ブログにアクセサリーを付けることは一体何に相当するのであろうか。

 機能アップにつながるものがあるのは確かである。その面では文明である。

 ブログペットの存在はどう理解すればいいのだろう。

 流行か?

 趣味かな?

 しかし、デコカーも度を過ぎると車本来の「走る」「止まる」「曲がる」の機能や燃費に影響するがごとくブログ本来の機能を低下させるものであると本末転倒になりかねないのではないかと思われる。

 ホエリモンはテレビというメディアは先細りで、やがてなくなるという趣旨のことを言っていたと報道されたが、私見ではテレビはまだまだ大丈夫だと思っている。

 それはパソコンのスイッチが入って、通常の作業を開始するまでに、まだ相当の時間がかかっているのが現状であって、少なくともテレビよりは不便である。
 スイッチが入ると、メインとなるウインドウズが色々なソフトと関連づけを行っているからであり、ソフトが充実するほど時間がかかるという難点を持っている。

 ブログでも同じことが言えはしまいか。

 ブログを開いたとき、もしくは開こうとしたとき、多くの電飾のコンセントをいちいち差さないと日記が開かないことになるのではないかと考えたりする。

 もちろん、ブログの基本は自分を愉しませるものであり、自分の部屋をいかように飾ろうとかまいはしない。

 「趣味である。」と言い切っても良い。

 飾り気が無くても、居心地がよい空間はいくらでも作ることは出来るし、話題勝負、トーク命の
部屋であっても構わないと思う。

 ちなみに忍者アクセサリーのアクセス解析は削除したのにもかかわらず、痕跡のみ残っている。かざぶたみたいなものか?
 
 

 
 
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七尾藍佳さんのブログ

2005年03月23日 13時02分47秒 | 人々
 先日、午前8時前に七尾さんのブログを見る機会があって、とてもビックリさせられたのは、テンプレートの基本色が緑だったことでデザインが全然違うことでした。
 「うひゃー」って思って仕事で一度閉じて、8時25分ぐらいにもう一回開けたらもういつものブログになっていた。
 今のは夢だったのか?白昼夢?それとも何かの幻覚か…。

と思っていて今朝見るとまた違うデザインになっている。今度は騙されないぞと一度デスクを離れて深呼吸して戻ってきたが変わったままだった。
 でもまだ信じられなくて今度は一度終了させてもう一度30分後に立ち上げて確認してやっと安心した。
 だから何なんだと言われたらそれまでです。

 ちなみに七尾さんのブログで彼女のお姿の画像のほとんどが見れなくなっているのはなぜでしょう。

 画像はどっかから拾ってきました。怒られるかな?
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BLOG上の人格 おしゃれに関する一考察

2005年03月22日 15時00分48秒 | BLOG論
 ブログとHPの違いは、その気軽さにある。
 で、何が気軽かって言うとテンプレートというものがあって、それを選べばいいだけって言うのが一番ありがたい。
 でね、ブログを1ヶ月以上続けている方に聞きますが、「今のテンプレートに満足してますか?」ってことです。
 と言ってもブログ始めてから今まで一度もテンプレートを変えたことないなんて人いないんじゃないかなって気がしますけどね。
 聞いてみようかな。
 「ブログ立ち上げて以来、僕は(私は)一度もテンプレートを変えていません!」て言う人はその場で手を挙げてください!

 今、パソコンの前で手を挙げた人は「いい人」です。

 などと言ってる場合ではありません。

 結局自分の場合を言うしかないんだけれども、僕も今のテンプレートには満足してなくて、今までに何度か変えました。

 それから以前に瀬川さんのブログに書いた事なんだけど、縦書きのテンプレートが欲しくてたまらないのです。
 実現したらこの上なく読みにくいんじゃないかという恐れは多分にあるけれどとにかく一度やってみたい。

 gooのブログもカスタマイズ(自分なりの型にすること)することができるので「チャレンジしたらいいのでは?」と軽く突っ込まれそうであるが、日ごろの自由時間やパソコンの言語めいたものに踏み込むにはとても勇気がいるのです。
 これは僕がおじさんだからと言う理由でなくて僕個人のO型的おおざっぱ性格爆発の自分だからって事にしておきたいところです。

 でも一応誰かがブログで書いてる事をガイドブックにして、無料のアクセスカウンターは付けました。
アクセス解析装置はどうやら動きそうにありません。(gooのは動きます)。

 かといって外せません(泣)

 無惨なや ブログの 隅の 解析装置

 などど字余りの句を詠んでる場合でもない。


 ここから文体が変わります。

 自分のブログをオシャレにしたいっていう願望は誰しもが持っていいと思う。

 それは自分の服を着替えるように、または季節によって衣替えをするように、気分一新であらたな一歩を踏み出すためにテンプレートを変えても良い。

 テンプレートを変えずにアクセスカウンターを始めとするブログペットや月の満ち欠けを表示したりして着飾るのは女性がピアスやネックレスを身につけるのと同じ感覚かな。

 男性側から言わせれば雑誌に付いてる付録を見逃すはずはなく、とりあえず何でも作ってやろうってことで、そういう好奇心で取り組んだとしても一向に構わないわけです。

 ここに良く来てくれるドッペルさんは果敢にも?ブログの装飾にチャレンジなさっておられる。
 中年という括り自体は何とも言い難いが、学校教育でパソコンに触れることのなかった世代にとってブログのプログラムに関わる事は好奇心と同等に恐怖心もあったはずで、それを乗り越えたのはご当人に「おしゃれ心」もしくは「遊び心」が潜在的にあった筈である。

 僕みたいにオシャレに全く無縁の人間はブログにも全く頓着なく「見やすきゃいいや」とばかりに文字が大きくてはっきりすることを第1目的に選んでいる。

 ブロガーの人格の一端はこんなところにも出ているのかな?と

ドッペルさんのブログを見ていて思うのでした。
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三島市での結婚式

2005年03月22日 00時20分09秒 | 紀行
 今日結婚式に行ってきました。行ってビックリしたのは僕の席が最前列になっていたこと。そこは主賓の席でしょ、っていうところに僕の名前があった。
 見ると役職名が名前の前に付いているのは新婦側で僕だけ。新郎側も主賓の挨拶した人と乾杯の音頭をとった二人だけ。
 役職といっても僕は主任でしかない。新郎側も課長クラスの人だけ。いわゆる直属の上司ってやつで、ここからも二人の結婚式のあり方の一端が伺える。
 
 披露宴(結婚記念パーティといってた)は実に上品に進みましたよ。僕のスピーチが一番下品だったかな?でも喜んでもらえました。
 出し物もカラオケとか友人が脱ぐとか、そういうのは全然なくて(いままで何してきたかばれるね)トロンボーンの独奏とか、新婦のピアノ演奏とか弟との連弾だとか実に品がよろしい。

 違うね学習院は!ってな感じでしたよ。

 二人とも両親に本当に大事に豊かに育てられてきた感じがしみじみと伝わってました。

 会場で一番やんちゃしてたのは多分僕らで、新婦のお色直しの間にウチの女性陣を新婦の席に座らせて写真撮影したり、二人のいない隙にみんなでケーキの入刀をしちゃったりかなり面白かった。
 兄弟の連弾の後にはスタンディングオベーションを敢行するぞ指示を出して、演奏終了直後にウチらのテーブルは一斉に立ち上がって「ブラボー」とやったが周りは完全に退いていた。

 まずったか?

 まあいいや、

 何と言ってもすごかったのはチャペルでやった結婚式。

 これは三島という町からいわないと理解してもらえないかも知れない。

 三島は富士山の南に位置する愛鷹山の裾野が海に落ち込む緩やかな斜面に出来た街です。JR東海道線や新幹線の駅の北側には「東レ」が工場を展開し、その東側には日本大学三島校舎が展開してます。駅北はそれでおしまい。他には大した建物はない。
 駅南は風景を全く別にしています。

 駅南には歩いて2分の距離に「楽寿園」という森を中心とした公園が展開し、少し歩けば年末年始に50万人以上の参拝客がある「三島大社」に行くことができます。

 作家太宰治はこの町が好きで何度か訪れたことがあるようです。彼が惹かれたのもこの町の至る所にある水路に流れる富士山からの伏流水だ考えられます。
 街全体が緩やかなな坂で出来ている街を流れる水ですから単なる水路の水ではなくどこか山渓の流れを思わせるものがあります。
 
 街の表情は昭和50年代と言えば伝わる人は伝わると思います。昭和のまだ高度経済成長期の活気を街全体に押し込めた印象を持つのは僕だけでしょうか。
 列島改造論に端を発し、全国の都市が土建屋という人たちに振り向けられた公共授業予算はバブル期を経て、沈静化して今に至っている。

 どの駅でも振り返れば、どの街も均質化し、大型チェーン店ばかりが駅前を占領して自分がどこのにいるのか一瞬では判断が付かないくらいになっている。

 だがこの三島は頑固なまでに街のたたずまいを変えず、狭い道路、入り組む一方通行が大威張りで住み込むことができる。

 開発が全くされてない様子が伺える。

 他の街は都市計画だの景観保護などと構えちゃいるが要するに道路を拡げて交通の便を良くすれば人は集まると考えてた時期があったが三島はそれをしなかった。
バブルにゃ載らないよっていう心意気が気持ちいいね。



  えらい!

 おかげで僕は「ほるもん」とか「やきとり」としてしか書いてない所いくつか見つけました。うれしかったです。

 いわゆる都市整備計画ってものがありませんから狭い道路と路地が入り組み、色々なところに走る水路には清流が音を立てて流れている。
 
 チャペルはそんな街の住宅街にあって道路からチャペルに至る道は両側が背の高い生け垣で仕切られてすぐ隣にある日常生活と隔絶された環境を作り出している。
 でもすぐ隣に伊豆箱根鉄道駿豆線が走っていて電車通過の音が鳴り響き、その前後には踏切の音が響いてチャペルの鐘の音と混ざって複雑な音を醸し出します。
 
 

 三島は箱根越え後に最初に宿を取るところです。

 また伊豆方面、裾野、御殿場方面への分かれ道にもなっております。

 交通の要衝として他国の人間が通過する街です。

 普通宿場町っていうのはそれなりに商売っけの強い人情になるけどもこの町は三島大社を控えていて、富士の水が人の心を洗うのか人情が良い。

静岡県の西部に住む人間にとっては東部の人たちの気質はホントに同県人かと思うほどに違いを感じるところであるけどね。
 
 それはまた別の機会に…。

 それはともかく、僕らは極めて日常的な街の一角で、まるでそこだけ切り取られた異空間みたいなチャペルで結婚式に参加した。
 でも結婚式自体がそういうもので日常の数時間を切り取って新郎新婦と祝意を持った人たちが作り出す異空間であって、場所がどうとか建物がどうとか食べ物がどうとかは気持ちを補助する添え物みたいなもので
 そこに参加する人たちの心の姿勢がどうであるかが別の世界を作り出す要素だと改めて思った一日でした。
 
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地震予知の信頼度について 

2005年03月20日 22時35分08秒 | 地震関連
 九州の地震は一人の死者と500人規模のけが人を出した。

 ここ15年は世界的な規模で震災級の地震が起こっている。
 現在の地震予知はプレート型の地震の際に見られる地面の縮みや膨張を観測する方法が取られている。
 民間、および大学で研究段階にある地震予知研究はどれもまだ100%、およびそれに近い値を出せず、国家および地方自治体が予算を組んでの研究とまではいっていない。

 民間の地震予知はいわゆる「地震雲」をはじめ、一種の霊感的なものも含め様々でであるので清濁併せ呑む覚悟で見ていかないと、いたずらに混乱させられるだけである。

このブログのブックマークには東海アマ地震予知情報というHPがあるが、今回の九州の地震については予知できなかったことを悔やんでおられる。

 新潟の地震をあてた「青松」の管理人は気象衛星からの雲の写真をもとに研究を続けてこられた方だが7年間の活動の終了をつい先日行われた。
 
 残念なのはチャット形式の情報交換の場に、誹謗中傷のみを目的とする複数の人間が入り込み、イナゴのごとく管理人のやる気を食い散らしたのが原因とされていることである。

 今回の地震を少なからず関知していたのは次の二つのHPを揚げることが出来る。

 一つは八ヶ岳南麓天文台地震前兆観測研究センター
であり、ここは阪神大震災時に偶然発見した観測データをもとに今なお途上にある、研究であるが
データ分析を繰り返し、一度だした予知でもデータを上乗せして精度をあげて15日に23日±3日の予知に成功している。

 もう一つは植物生体電位観測の広場というHPでこれはちゃんとHPの解説のところを読んでないので説明できないが、とにかく発生場所は特定できないものの、日と規模はおおむね予測通りであり、信頼に値すると思われる。

 「八ヶ岳」との違いは毎日更新されるところと、他が危機を煽るだけなのに対し、ここは「データに異常は出てませんよ」という安心を与えてくれる部分に好感がもてる。

 とにかくこれら一連の地震の向こうには相模沖、東海、東南海、南海等の地震があるはずであり、今回のように観測史上初といった地域での地震発生は、三浦半島の付け根付近および伊豆半島の付け根部分の微少地震の空白域を注目してしまう。
参照
東京大学地震研究所

あれ?明日僕は三島に行くんだった…。伊豆の付け根に近い。
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