「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

海野光弘さんは富士山を描かなかったについて考える。

2013年08月26日 23時38分17秒 | 妄想
 富士山が世界遺産登録されましたね。僕は相変わらず、年々衰えきますね。まあ。富士山もだんだん、変形していってるようですがね。この間このブログで「徳願寺山と富士山」の記事で、海野さんは富士山を一枚も描いてない。って書きましたけど、正確じゃなかったですね。海野さんは富士山描いてます。これも記事の中にある「海野光弘が愛した静岡35景」という雑誌に入ってます。この雑誌は僕は今とても欲しい雑誌で、2004年に出たものなんですけど、どこにもないのです。ついでに島田の海野さんの版画が展示してある場所には一冊あったはずなんですが、この間行ったらなくなってました。どうしたのかな?と思って館員の人に聞いてみたら、気づいてないようでした。盗難じゃなければいいのにと思ってます。

 じゃあ、君はどこで見たんだという話になるんですが、グーグルで検索すると、国立国会図書館に1冊、静岡県立大学の図書館に1冊あるんです。で、僕はそんなところにいける暇も金も、権利もないものですから、当然そこじゃありません、そうすると後は静岡の海野さんのお宅しかないんですね。で、そこは「紅工房」という場所になるんです。
 というわけで、今回のお話は、海野さん奥さんである、海野花告枝(かつえ)さんから聞いた話です。

 海野さんが描いた富士山は2枚あります。どちらも伊勢丹の依頼で作ったものです。ひとつは三保の松原の海岸風景でもう一つは安倍川の河原からの視点です。でもどちらも富士山はメインでなく、あくまで遠景の一つなんです。
 なぜメインに据えなかったのか?富士山は人気のある画題です。つまり売れ筋なんです。だから富士山を扱う作家さんは沢山居ます。でも海野さんは静岡に住みながら、富士山に背を向けました。忍野八海にいっても背をむけて、民家を書いてるんだから、意識しているに決まってます。


何かをテーマにして人生を送っている人にとって富士山というのは、別枠になってしまうような気がしますね。

まあ興味のない人にはまったく面白くないお話でした。

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