「この国のかたち」的こころ

敬愛する司馬遼太郎さんと小沢昭一さんに少しでも近づきたくて、書きなぐってます。

石油ストーブとファンヒーターと原発

2004年11月30日 22時02分07秒 | 地震関連
 近所のホームセンターに灯油を買いに行った。18リッターで900円は安いのかな。ふと考えると、自分の家にあるのはいわゆる石油ファンヒーターで、コンセントに差し込んで、スイッチを入れると「ぶーん」と音がして「シュボ」と点火して暖かくなる。通販生活でおなじみのデロンギオイルヒーターもあるけど即暖性じゃかなわない。だけど地震がきて停電になったら一切使えなくなるんじゃないか?と考えた。で、石油ストーブというものもホームセンターではちゃんと売っていて、これは阪神神戸の震災の時からだそうで、それまではファンヒーターに押されっぱなしだったようだ。で、これが結構高い。小型で強力な筒型ストーブだと25,000円位する。日頃から使ってればいいのだけれど、空気清浄を考えると使いにくい。非常時、災害用となると場所だけ異様に取る邪魔者になってしまう。で、見つけたのが6,800円で売ってた簡易ガスストーブ。これはカセットコンロのボンベを使って、2.5時間連続使用可能なもの。テントの中の使用なら結構いけるんではないかと思ったりした。でも考えてみると、調理燃料としても有効なカセットガスボンベをそんなところに流用する余裕があるのか疑問が残る。で、既存の石油ファンヒーターを利用する手はないか考えてみた。そしたら僕の車(イプサム240i)はトランクルームに電源がついていて、そいつは確か交流だった気がする。と、言うことは使えるかも知れないと思うのだけど、ストーブ燃焼中はずっとエンジンも切れないのか?ってことは車の暖房で充分じゃん。と言うことになって意味がなくなる。結局一番手っ取り早いのは焚き火か?避難生活中の暖房ってみんなどうしているのだろう。
 僕の住んでる地域は、相模湾、東海、東南海が同時に起こった場合、直線距離のど真ん中で、三日じゃ救援されない地域なる。しかも近くに原発もあるから、見捨てられる事も考えて救難を待つというより、災害地からの脱出を試みる必要があるかも知れない。原発がいかれたら、暖房はいらないってのは洒落にならないよ~。
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ボールペンになりたい。

2004年11月29日 23時22分50秒 | 妄想
 思い出した話。娘が保育園の年少(3才)さんの時の話。七夕が近づいていて保育園から娘が短冊をもってきた。訊くと将来何になりたいか願い事を書いてこいと言われたらしい。字は親が書くそうだ。僕はさっそく娘に何になりたいか訊いてみた。ウチの娘は1才の時と2歳の時に風邪をこじらしてぜんそくの発作が出てしまい、ずいぶんと病院に通い入院もした。町立病院の小児科には当時2人の先生が居て、男の先生と女の先生だった。娘はその女医さんの方が大好きで、そっちの方ばかりいっていた。大きな体で優しそうな熊さんみたいな方だった。その影響を受けたかどうか、当時から娘は大きくなったらお医者さんになると公言していた。そういういきさつがあったから内心僕は娘から「おいしゃさん!」と言う答えを予想していた。しかし娘は突如「ボールペンになりたい!」と言った。「え?」と聞き返す僕に尚も「ボールペン!」と繰り返す。「あのさあ ボールペンになるのはちょっと難しいと思うよ。」というと「いいの!だってキティちゃんのボールペンになりたいの!パパ書いてよ」という。その後も説得を続けるが頑として聞き入れず、とうとう根負けして短冊に「ボールペン」と書き入れてしまった。こりゃ明日大変なことになるぞと思ったが仕方がない。ペンのテールにクリスタルもどきのキティちゃんがついてるボールペンが偉く気に入ったらしくそうなったらしいが、主体と客体が混同されてるよ、とも言えず、かみさんには内緒でカバンに入れてやった。次の日娘がどんな顔をして帰ってくるか僕はとても心配だった。仕事から帰って娘の顔をみると案外平気な顔をしている。僕はさりげなく「他の子はどんなお願い事をしたのかな?」と探りを入れてみた。すると「ひろゆきくんはねカエルになりたいんだって」との答え。思わず吹き出しそうになった。「他は?」と訊くと「たかまさくんはね。消防車になりたいんだって」「消防士じゃなくて消防車ねえ」とここまで聞いてやっと僕は安心した。子供の発想に大人の常識は必要ない。無理に変更させなくてよかったと思った。というのをなぜか今日思い出した。
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ドラッグ型犯罪

2004年11月28日 23時21分47秒 | 妄想
 人が死ぬのに必然性があるとは限らないのがこの世の中だ。だが脈絡もなく死んでいく人がおお過ぎやしませんか。山梨のコンビニでバイトしている19才の女の子が殺された。犯人は支離滅裂なことを言っているという。ドラッグをやってんだろうなあ。そうすると心神耗弱状態って言うんで罪にはならないのかな。警察はドランカーの実態を把握して、つまり買う客をなくして行く努力も必要なんじゃないか。田舎は簡単だよ。ドラッグじゃないにしても、田舎はね、わかっている部分があるの。あそこんちの兄ちゃんは危ないから気をつけろとか、生活空間が狭くて閉じているから、お互いを把握しやすく、逆に相互監視だから下手なことはできないよ。一番危ないのは都会、確固たる自分の空間をもてる場所でしょ。規制する仲間が居なければ、社会的収入さえもっていれば道徳も倫理もいらない。警察に見つからなければ、何でもありだからね。」危険地帯の2は田舎で急に安っぽく住宅造成したところ。そういう空間はまたは閉じた空間だと覆って暮らしている部分に幹線道路引っ張って、最近ナンバープレートの都市表示が、このあたりのと違うなーと、自覚するまでになったとき。
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居酒屋?清加和

2004年11月27日 23時10分30秒 | お店の紹介
 静岡県藤枝市洋風居酒屋 「清加和」
藤枝市役所裏(藤枝新地)にあるお箸で食する洋食店と紹介されているのを見たことがある。このあたりは東海道藤枝宿の遊郭を形成したあたり、建物に面影はないが、道の曲がり方や、たたずまいに、水路の流れにそれとなく感ずる雰囲気がある。洋食屋と紹介されながら、マスターも自分が何屋なのか言明した覚えはないと思う。うまいものとうまい酒とくつろげる場所を提供しているのであって何屋と呼ばれようがこっちの知ったこっちゃないといった感じか。ただ開店当初はウナギ屋となっていてメニューの中に牛はらみ串焼き、チーズホンデュと共に鰻重だのカレーライスだのの名前があった。いまもあるのかな?味はメニューのどれを選んでもはずれはない。とにかく女性受けするメニューが多いのでもうちょっと深入りしたいなとういう彼女を連れて行けばうまく行くこと間違いなし。まちがっても座敷になんか座らぬように、カウンターに背中を丸めて陣取ること。マスターがうまーくフォローしてくれる。料理も土鍋でやってくれるチーズホンデュはワインを隠し味にしているから、彼女をちょっといい感じにしてくれるし、ホタテの貝柱のさしみは絵的にとてもきれいだから、 (きれいなピンクのソースがかかっている)、たいてい「キャー、すごくきれい!」とのセリフが出てくる。とにかく間違いない店なのだ。ただ、「次も連れて行ってね」とはならないかも知れない。なぜなら次から彼女は友達、もしくは一人でこの店に来れるほど気さくな店なのだ。ちなみにクリスマスなんかに彼女とのデートだってんで、予約しようとすると「ウチはそんな店じゃありませんから」と言われて断られるよ(実話)
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飲み干すラーメン「宝龍」

2004年11月27日 10時21分01秒 | お店の紹介
 静岡県小笠町にある「宝龍」のラーメンは、実にうまい。煮たまご、分厚いチャーシュー、麺が見えないほどのトッピングに加え、濃厚で幾重にも味が重なり、それでいてすっきりしたスープ等は一切ない!乗っているのはシナチクとチャーシューのみ,ネギすらない。スープは鶏ガラの透き通ったスープに質のいい油が、ラーメンならではの保温性を最後まで保ち続けてくれる。ラーメンがブームになって以来、僕たちがたまに外で外食したラーメンの姿は消えてしまった。ラーメンを作る人は職人と呼ばれ、「こだわり」という本来マイナスの意味しか持たなかった言葉で修飾され、人生をかけて生み出すものになり、信念と、根性と創造性で、芸術性まで、言及されるまでになった。一代限りの、頑固一徹ラーメン職人の店や、味をマニュアル化し、大手メーカーと結んで、カップ麺化し、また、チェーン店かさせ、全国店舗数を誇るものとに二分化されてしまった。宝龍にも、姉妹店はある。でもそれは兄弟、親戚が独立したようなものである。欲は感じられない。そして派手ばでしい飾りもなければ、客に媚びを売るような店舗作りもしていない。ビールを置かず、メニューはラーメン数種とチャーハンと餃子のみ。やさしいおじさんたちが、一生懸命作ってくれるシンプルなラーメンは、子供でもスープを最後まで飲み干せるものである。
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ベルエポック的人たち

2004年11月26日 23時28分03秒 | お店の紹介
 掛川市と菊川町の境にあるお店。料理人だったら誰もが夢見るのは自分の店を持つこと。だけどそこから料理人がどのような考え方をするかで方向性が分かれる。店を大きくしたい。有名にしたい。一流と呼ばれたい。店を増やしたい。どれだって夢として否定することはできない。そして、その中には自分を徹底的に自由にして料理を作ろうとする人たちがいる。全てを自分でこなし、地位も名誉も利益も求めず、何の制約もなく、自由に発想し、小さな店をなんとかやりくりするだけの値段で、普通の人に、ただ「おいしい」「また来ます」って言ってもらうために、料理が提供できることを幸せと考える人が、奥さんと二人で迎えてくれる店、それが「ベルエポック」です。コース料理は1980円設定されいる。だけどしっかり食べられてサラダのドレッシングも季節にあわせて手作りしてくれる。。ランチは780円。周りには農家が点在し、風景は田んぼと小さな河にそった土手に咲く花が見えるだけ。飾らず、おごらず、かしこまらず、自然体のままの店構えが、入ってくる客の心を解きほぐす。でも待たされますよ。なんせシェフは一人で、ウエイトレス?も奥さん一人だけなんだから、14,5人は入ると思うけど、場合によっては1980円コースでも1時間以上かかりますから、だけどマンガ・新聞のたぐいは置いてないし、たしか禁煙じゃなかったかな、と思いますから。まっ!ワインでも頼んでゆーっくり楽しむことです。お客さんの質も悪くないよ。ただ、ときたま、貸し切り状態の時があるから気をつけましょう。
連絡先 レストラン ベルエポック 静岡県掛川市子隣327-1  TEL 0537-24-5556
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最高のモンブラン

2004年11月25日 23時18分33秒 | お店の紹介
 静岡県島田市東町にある「リモージュ」という店のモンブランが今まで食べた中で最高だね。そりゃあね、東京の一流店で高い金出せば、買えるかも知れませんが、自分でお金出して、金額以上にリッチな気分になれるモンブランはそうそうないと思いますよ。静岡県内は結構食べたけど、優しさを品の良さの両方を感じさせてくれるものはなかった。ウチの娘はここのモンブランを食べて以来、他の店のケーキはまったく興味を示さず、たまに食べることがあっても満足した顔をしなくなってしまった。この店の一押しは「東町(ひがしちょう)ロール」というフルーツを主体にしたロールケーキでこいつはTVでも取り上げられた。ウチのカミさんはこれが大好物で一度に三ついけるなどと言っているがかなり冗談に聞こえなくて怖い。僕はモンブラン派なんだけど、信用できないって人は、チーズスティック一五〇円を頼んでみるといいと思う。僕はリモージュのケーキ作りの基本はこのチーズスティックに集約されているのではないかと、密かに納得している。ケーキ屋さんの良し悪しは、店に入ったときに漂っている香りで決まると思う。リモージュの場合は店の香りはこのチーズスティックの香りなんだと気が付いた。これの味が変わらない限りこの店は大丈夫だし、これを食べて尚かつ店の他のケーキを信用できないのであれば、スイーツを語る資格はないと思う。藤枝市内には、人口に似合わずにレベルの高い洋菓子店がひしめいている。「松の実」「ガトーゴーシュ」「ミラベル」「るぽてろん」などがケーキ戦争ともいえる戦いを展開しているなかで「リモージュ」は六合にあったんだけれど、東町という藤枝側に移動してきたんだ。ぜんぜんひけは取ってないよ。
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しけてる?しっけてる?しけってる?しめってる?

2004年11月24日 22時19分45秒 | 妄想
 「このせんべい、袋をあけたままにして置いたら、…」の…の部分にタイトルの表記のうち何を入れますか?「しけってる」を入れた人はたぶん静岡県民かそれより西の人。つまり方言のようです。他は広辞苑に出てましたから標準語と考えてよさそうです。でも他の3つの言葉はどう使い分けてます?今日はそれでこだわっている人がいました。「ポテトチップはしっけてる」しか使わないと誰かが言ったら妙にみんな納得してしまいました。「ぞうきんはしめってるだよな」というと「あれは『濡れてる』しか言わないよ」という意見もありました。湿り具合で微妙に使い分けてるのではないかという穿った意見もありますが誰か正確なところがわかる人いますか?
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命をつなぐ防災用品「アークⅢ」の実物はすごい。

2004年11月23日 22時41分39秒 | 地震関連
 アークⅢって知ってますか?A4サイズの大きさで箱の中にコピー用紙1パッケージの重さに分包された水6個、9ブロックに分けられた食料、それと寒さしのぎの大きなブランケットがセットになって2,500円で売ってる。災害に遭って救助活動が始まるまでの3日間の命を持たせるために必要最低限のものがはいっていると考えていい。うれしいのはこいつが-40℃~110℃までの温度まで耐えられることで、保管場所に全く困らない。倉庫の中、車庫の中、車のトランク等に放り込んでおいても全く問題ないわけで耐用年数は5年だから、もしも使わなかったとしても保険としては充分元が取れたといっていいんじゃないだろうか。僕はこれを家族人数分購入してそれぞれの車の中に放り込んである。災害が昼間に起こった場合、家族は最悪30キロ四方に散在することになる。道路の変形、電柱、家屋の倒壊、電線の危険、土砂崩れの危険を避けて30キロの歩行はおそらく半日を費やすだろう。家族が集合できるまで、老いた父母や愛娘の命の保障の精度を上げるとしたら、この商品しかないのではないだろうか。ちなみに味はヤフーショッピングの記事を見ればで確認してるからそっちのサイトに回ってくれ。「アークⅢ」で検索すればすぐに見つかる。災いは忘れたころにやってくるけど、そんなときまでこいつの存在を忘れていてもいいと思う。
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アンチ巨人ファンを分析する阪神ファンな人

2004年11月23日 00時46分13秒 | 妄想
 アンチジャイアンツファンは卑怯である。アンチの人は巨人が嫌いであることを自称している。そして巨人が負けることをこの上ない喜びとし、他球団を応援しまくる人のように思える。しかし実際やってることはそのほとんどが巨人に負けた他球団を小馬鹿にすることである。しかもアンチ巨人を称することで、自分への攻撃はいっさい来ない立場を築いている。これを卑怯といわずして何と言えばよいであろうか。つまりアンチ巨人ファンとは自分を安全地帯に置き、強い巨人がたまに負けたら巨人をこき下ろし、他は負けたチームをこき下ろすことに快感を感じるという、ろくでもない連中なのである。アンチ巨人ファンの唯一の弱点は巨人が弱くなることである。巨人の負けが込むと、アンチの連中は「情けなくて言う気もしねえや。」とかいって静かなものである。巨人ファンには申し訳ないが、その意味では去年今年と「ざまーみろ!」なのである。巨人ファンも含めた他球団のファンの諸君。アンチ何とかという手合いは、プロ野球ファンですらないのではないだろうか。チームの勝利を信じ、選手を応援し、共に悔しがり、共に喜び、共に語り合い、共に明日への希望を夢見てこそファンと言えるのではないだろうか。おおいに他球団をこき下ろすこともあっていいだろう。しかし、その愛情のぶんだけ傷つくことも覚悟しているのではないか?阪神ファンは18年間そういった手合いの筆舌に尽くしがたい屈辱に耐えてきた。他球団のファンの攻撃なら耐えもしよう、また、いつか見ていろという希望にもつながろう。勝ち負けが交錯するのがプロ野球である。しかしアンチの連中は巨人に勝つと「今日は褒めて取らす」などとほざく。この屈辱をどこにぶつけたらよいか。もちろん世の中には心から巨人を憎む正統なアンチの方々が存在することを私は知っている。その方々が前述の連中と同じカテゴリーに分類されることに憤りを感じているのも事実であろう。しかし、あえて言わせて頂く、自らが傷つくリスクを負わずに「ファン」の称号を用いるべきではないと。
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