細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

学生による論文(29) 「土木で魅了する」 本田 玲美(2022年度の「土木史と文明」の講義より)

2022-11-03 19:31:32 | 教育のこと

「土木で魅了する」 本田 玲美

 土木の構造物は道路とかトンネルとか橋とか、無機質で冷たく地味なイメージが世に行き渡っていると思う。対して建築は家や図書館など、人々が集まり団欒していて暖かいイメージなのかもしれない。私は土木が冷たいとは思っておらず、むしろ壮大で数え切れないほど多くの人々の命を背負っている熱いものものとして捉えている。

 今回の授業は橋梁についてだったが、世界の偉大な橋梁を見て、改めて先人たちの功績が感じられた。冒頭に出てきたポン・デュ・ガールは、紀元1世紀の古代ローマ帝国時代の建設されたアーチの水道橋で、世界遺産に登録されている。約2000年前にできてから600年以上にわたって水を運び、今でもその雄大な姿を誇っているのは素晴らしいことだ。古代ローマの土木技術は創造より進んでいて、古代ローマ三大インフラ事業として水道、舗装道路、排水溝の建設が知られている。「テルマエ・ロマエ」の大浴場で知られるように、古代ローマ人が豊富な水を使っていたのは、まぎれもなく水道整備が充実していたからだ。ローマ水道は最大100万人の人口を支えることになり、まさに大きなストック効果が表れていた。

 話が変わるが、私は横浜国立大学都市基盤学科に入学する前、1年間法政大学に在籍していた。そこは横国の都市基盤学科よりももう少し建築やデザインに傾いていて、デザインスタジで都市の公園のデザインを模型でプレゼンしたりしていた。その頃はちょうどコロナ禍のステイホームが叫ばれていて、ほとんどキャンパスに行かずに自宅でひたすら講義を視聴し、一人で図学や模型製作をする毎日だった。講義はどれも面白かったが、特に印象に残っている「デザイン文化論」という建築学科の学生とともに受けていた授業がある。授業の割とメインに置かれていたのが、ルネサンス期の天才レオナルド・ダ・ヴィンチだ。モナ・リザで知られるように美術家としてはもちろん、多岐にわたる分野で技術者として活躍した。ちなみに法政大学の当学部では少し前までスローガンのようなものがあり、「現代のダ・ヴィンチを目指す」という言葉であった。

 レオナルドは人間と自然とのつながりというテーマを彼の大きな柱としていたという。画家として絵画を幼いころから描いていたが、美術以外にも様々な分野に秀でている人物であった。そうした好奇心の源は「アナロギア」、類似という意味の言葉に集約される。彼は自然界を観察していく過程で人体と植物、建築物と宇宙など、あらゆるものの間にアナロギアを見出すことに夢中になっていたという。観察して、人間との関連を見つけて、さらにデザインへ移るという考え方をしていたというのだ。レオナルドの絵画の能力はもちろん、自然科学へのたゆまぬ追求、行動力に驚かされる。

 また、ルネサンスの特徴でもあるが彼は古代ローマの建築や橋に非常に興味を持ち、デッサンしては自身の芸術や自然科学の研究に応用していたという。余談だが、彼は通称「ダ・ヴィンチの橋」と呼ばれる釘や接着剤を使わずに摩擦力で支えられる構造を考案しており、実際にオスマン帝国の土木工事計画において200m間の橋を設計している。そんな万能の天才であるレオナルドが惹かれるものというのは、それだけの魅力があるということだと思う。知識に長けていたから建物や橋の外見だけで美しいと感じただけはなく、その構造物の役割や価値を理解していたのだろう。今回の土木史と文明の授業で内藤廣氏の「技術の翻訳」という言葉が登場したが、私はこの言葉を技術の価値や意味を専門以外の人も認識させることだと考えた。レオナルドはまさに土木の分野を超えて土木技術のアイディアを翻訳し、自分で活用していたということなのだと思う。ただ、彼のように自己完結できるのは稀なことで、普通の人にはこちらから技術の良さを伝えるアプローチをすべきである。

 私たち土木の人間は熱いパッションと誇れる技術、価値をもっと発信して、多くの人々を魅了することが、達成すべき任務一つだと思う。そうすれば日本人の意識が少しずつ変わり、土木の重要性を広く周知できるはずだ。魅力を発信するには、まずその対象、つまり相手を知らなければならない。相手は多種多様でそれぞれの得意分野があるのは当然だから、私たちが知見を広げていくことが望ましい。レオナルドが土木の良さを感じとってくれたとするならば、こちらも彼のように他分野にも首を突っ込んで逆のことをすれば良いのではないだろうか。つまり、法政大学の言葉を借りれば「現代のダ・ヴィンチを目指す」、そして土木で人々を魅了していくのだ。

参考文献
古代ローマライブラリー 「古代ローマの上水道―構造から水道橋の建設方法、コンテストまであった水質管理まで―」
https://anc-rome.info/waterworks/


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