脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

膠原病そっくり病 2

2009年07月28日 | 他の病名との関連性
膠原病そっくり病の続きです。

この記事もまた、以前に書いたものに書き加えたものです。

昨日の記事で膠原病の患者さんの症状を読んで、
脳脊髄液減少症の自分の症状とも似ていると書きました。

今日は似ている点を 具体的に説明したいと思います。

①免疫の異常、

(私のばあい、膠原病の患者さんのように免疫の異常が自分の体を攻撃してしまうような免疫の異常ではなく、
免疫力が異常に低下して、風邪でも、水虫でもインフルエンザでも、
感染症ならなんでも簡単に感染しやすくなり、しかも治りにくくなりました。

治ったかと思えば、また何かに感染し、しょっちゅうなにかの感染症にうつり続けている感じでした。


②微熱、膠原病患者さんが37度台の微熱が続いたという点。

(記事にある脳脊髄液減少症でも初期に私も微熱や低体温など
体温の異常がありました。
でも、脳脊髄液減少症の微熱は炎症性の発熱ではなく、
体温調節機能障害による発熱のように思います。)

③目の痛み。

私の場合は目の奥がぞうきんがけのように絞られるように痛みました。
目はしょぼしょぼとし、目はかすみまるで疲れ目のようでした。)


④腰の痛み。

(私は腰が砕かれるような痛みやまるでぎっくり腰そっくりの
動けなくなるほどの痛みが出たことがあります。まるで婦人科の病のような腹痛腰痛もでました。)

⑤膠原病の患者さんが

肩がコチコチにこわばり、腕が高く上がらず、首も左右に30度ほどしか回らないと記事に書かれている症状。

(私の場合はひどい肩こりだと思い、マッサージや針、灸もしました。
マッサージ師は、その板のようにカチカチの首から肩にかけての私の状態に
驚き、
どうしてこんなにカチカチなのか?と首をかしげていました。
整形外科医には頸肩腕症候群や頸髄症などと思われたこともあります。)


⑥腕が高くあがらない、

(私の場合、自分の腕が重く感じるのと、あまりのだるさ、脱力感で
まるであやつり人形の紐が切れている状態で人形の腕を上げようとしているかのように、腕が高くあがらなく、上げるのに、非常に疲れました。)

⑦首がまわらない、

「まるで枕があわないかのように、まるで寝違えたかのように、首が痛くて
動かせなくなったことも、寝るのに、そっと寝なければ、枕に触れるのも布団に触れるのも痛みが激しくつらいことがありました。)

⑧車の運転でハンドル操作や安全確認も大変になる。

私の場合も本当にハンドル操作や安全確認ができないほどの経験があります。
体がつらくて、運転席に座位を保つだけでも苦しく、
ハンドル操作自体がとても重労働に感じたこともあります。

⑨だるさ、筋肉や関節の痛み、

全身のだるさは半端ではなく、体が存在しているだけで疲れるといった感じ出し、
階段を数段のぼるだけで、まるで登山でもしたかのようなつかれです。

食事をするのもトイレにいくのも、歯磨きさえも疲れ、
私が慢性疲労症候群と診断されなかったら、いったいどういう患者が
慢性疲労賞興奮と診断されるのか聞きたいぐらいです。

全身に現れるさまざまな痛みは、鈍痛から、体を切り裂かれ食い荒らされているような痛みから、

殴打され、体を砕かれているような痛みから、鈍痛から、
感電したような痛みから私が経験しただけでもささいなものから、耐え難いものまで、実にさまざまピンからきりまでです。

関節の痛みや関節のこわばりは専門医に関節リウマチを疑われ
何度も検査もしました。

時には関節が腫れて痛むだけではなく、X線の検査では
関節の部分が骨がまるで骨粗しょう症のように薄く映っていたこともありました。

指の動きづらさ、感覚障害、痛みで、日常生活が
まるでリウマチ患者さん同様、大変なものになりました。

本当につらかったです。

(事故からすぐ、脳脊髄液減少症と診断がつき、ブラッドパッチをしていれば、こんなよけいな苦しみも味わわずにすんだかもしれません。

なんで自分はあんな時代にこんな目にみえない認められない
「脳脊髄液減少症」なんていう何の補償もされない事故後遺症を
負ってしまったのか?人生の試練の意味がいまだにわかりませんし納得できませんから、はやくこんな理不尽な人生は終わりにしたいと今でも思い続けてしまいます。)


背中の痛みは
ひどいときには布団に寝ることさえままなりませんでした。

体が布団に触れるだけで激しい痛みが脊髄に走るため、そっとそっと布団に着地しなければなりませんでした。

私がもし、線維筋痛症の専門医を受診していたら、
線維筋痛症と診断されていたに違いありません。

でも、私は自分が慢性疲労症候群だとも、線維筋痛症だとも思っていません。
いまさら、その病名をつけてもらいたいとも思いません。

すべての私の苦しみの元凶は
あの交通事故の、脳脊髄液減少症という見えない怪我だと確信しているからです。

⑩全身に症状が出る点。

全身にさまざまな症状がでるために、患者はその症状ごとに診療科や医師をまわり、病気の本質になかなか気づけません。


⑪関節リウマチと間違われるような関節のこわばり、関節痛

朝両手の関節がこわばりました。
それはまるで、関節リウマチそっくりの症状でした。
関節ははれて痛みました。

しかし、いくらリウマチの検査をしても陰性でした。

つまり、慢性関節リウマチそっくりの症状をだしながら、リウマチではない、

本性は「脳脊髄液減少症がリウマチそっくり病」を出していたのです。

当時は医師も私も、
まさかさまざな症状が脳脊髄液漏れ漏れ状態からきているとは

想像もできない時代でした。


⑫体に負担がかかると悪化する点。

脳脊髄液減少症も、体に負担がかかると悪化します。
症状に日内変動があるのはパーキンソン病とも似ています。


もしかしたら、パーキンソンなどの脳の病気にも
脳髄液の量や日内変動や体位での循環状態が影響しているのかもしれません。

脳脊髄液減少症にとって体に負担がかかるというのは
立位や座位の姿勢がながかったり、
体に揺さぶりがかけられ、むちうち状態が再現されるようなことが
起こってしまったり、

体調がいいので、激しい動きのスポーツをしてしまったり、
なんらかのきっかけで、体にGが加わってしまったり、

とにかく、脳脊髄液減少症は完治すれば
たいていのことは大丈夫になるのでしょうが、

完治するまでの間は疲れやすく、症状が再発しやすく、無理がききません。
それはストレスというより、物理的な体に対する付加で悪化することのほうが
多い気がします。

⑬口や目が乾き涙や唾液が出にくくなる症状。

これも、まるで膠原病のシェーグレン症候群のようです。

私は交通事故から数年間、汗もでにくく、涙もでにくくなったことを自覚していました。
感情が乏しくなったために、そのために泣けなくなったのかと思っていましたが、
そうではありませんでした。

顔の表情が無病状になったのも、汗がでにくくなったのも、体温調節がしにくくなったのも、
今なら「脳脊髄液漏れ」が原因だとわかり納得しましたが、
同時は、なぜこんなに体のバランスが崩れたのかわかりませんでした。

夏はさむがり、常にはおるものを持参し、
ノースリーブになど、ほとんどなれませんでした。
スカートも足が冷えてほどんどはけませんでしたし、今でもはけません。

思えば、かわいそうな青春時代でした。

一番女性として輝けた磁気、

症状でオシャレすら思うようにできなかったのですから。

冬はフリースの重ね着に、アンカに電気毛布のお世話になりました。

手足が冷たく、夏でも足の冷えでなかなか寝付けませんでした。


⑭病気の症状に波があること。

脳脊髄液減少症は、女性なら生理周期によっても症状に波があります。
出血によって、体液がわずかでも減ることで、脳脊髄液の生産量にも何か
関係しているのか、
生理中もたいへんつらくなります。

低気圧がちかづくと、体がしめつけられるようになったり、脱力がでたり、
頭がぼんやりしたり、体が動きにくくなったり、痛みがでたりと
不調になります。

その日に何かの予定が入っていたりすると悲惨です。

とても外出できるような状態ではなくなるからです。
外出すること事態に危険を感じるほどです。

しかし、数日前まで、またはちょっと前まで、どこも悪そうに見えない人間が
いきなりそういう状況になっても、周囲は理解してくれません。

ドタキャンばかりのいいかげんな人間、都合がわるくなると休む人間、
そう誤解されかねません。
これが、他の認知された病気にはない、脳脊髄液減少症の悲しい特徴だと思います。

⑮抗現状の患者さんが「症状の一つ一つは何気なく、すぐ気づかれないこともある」と書かれていましたが、
脳脊髄液減少所もまさにそのとおりです。

患者自身も、あまりにありふれた症状の数々に、まさかかげに脳脊髄液減少症が潜んでいるなんて想像もできず、気づくのが遅れてしまうのです。

しかも医師の方から、膠原病患者さんのように病名を指摘してもらえる可能性は
脳脊髄液減少症のばあい、かなり低くなります。

⑯膠原病の患者さんが書いておられた、「首が締め付けられる感じ。」

これはもう、死んだほうが、ましと思うほどの苦しみのことが
私は何回もありました。

まるで、悪霊に両手で首を締め付けられているかのようです。
または殺人犯に、恐ろしい形相で首をしめあげられ死んでいく被害者は
こんな苦しみなのかなと想像するほどです。


⑰頭痛、内臓痛

頭痛については、頭をカナヅチで勝ち割られえるような、
今までにまったく経験したことのなういような痛みでした。

あまりの痛みに脳に何か起きていることを感じ、
家族も知らん振りのため、病院になんとか自力で運転してかけこんで
必死に医師に頭痛の激しさを訴えても、頭痛薬が処方さえるだけでした。

その時は頭痛薬は全くききませんでした。

それは生理の前になるとはげしくなるため、
婦人科医には、月経前症候群と診断されました。

生理がきたらきたで、こんどは激しい腹痛に襲われました。

そえれは普通の生理痛の度をこしていました。

卵巣の病気か子宮内膜症か、月経困難症かと医師に疑われるほどの
七転八倒の痛み苦しみでした。



⑱朝の手のこわばり、朝に手のこわばりについては⑪で書いたとおりですが、

といかく指のひとつひとつがこわばり動きがスムーズでなく、
自分の手なのに、
まるでマジックハンドのようにうごかしづらかったのです。

触覚も劣り、指先は鋭敏なはずなのに、
さわっているのか、さわっていないのか、わからないこともありました。


⑲皮膚の異常両手の皮が突然ボロボロとむけてきたり、

半身がしびれる方の手だけが皮膚の色が変わったり、皮がむけてきたり、むくんだようになったりしたことがありました。

 
⑳呼吸困難

膠原病の患者さんは「洗濯物を干しに2階へ上るとき、少し息苦しいと感じていた」と書いてありますが

私の場合はもっと猛烈な窒息しそうな症状。
圧死して死ぬかたは、こんな感じではないかと思うほどの呼吸困難感です。

それはまるで、溺れている時はこんな苦しさではないかと想像するほどです。

⑲肺活量の低下、
肺に空気が肺ってこない感じ、
うまく息が吐けない感じ。
酸素吸入がほしいくらい、酸素がうまく体に入ってこない空気飢餓感。

いくら症状がそっくりでも、
患者の苦しみの程度がそっくりでも

医学に重病と認知された病と
そうでない病は

扱われ方がまったく違います。

私はこれで、数十年適切な治療もうけられず
放置されながら生きてきました。

こんな残酷な現実が
今も繰り返されています。

なんとかしなければいけません。



 (つづく)









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