脳脊髄液減少症患者のつぶやき、「とりあえず、生きてみよか・・・。」

過去から現在へ、脳脊髄液減少症、体験克服記。

2008年の脳脊髄液減少症の改善点

2008年12月31日 | ブラッドパッチ後の変化
2008年もおおみそかになりました。

昨年の大晦日は油断して、とんだ目にあいましたが、
今年は何事もなく、静かに、年明けを迎えたいと思います。

さて、大晦日の今日のうちに、今年1年を振り返って、
この1年で、改善した点を、忘れないうちにメモしておこうかと思います。

ブラッドパッチ前より、かなり改善したものの、
いくつかの症状は続いていましたし、
今まで治まっていたのが、再出現したり、なかった症状が、
新たに出たように感じたりもしましたが、

再ブラッドパッチで、さらに改善して動けるようになったことは
今年の大きな前進でした。

特に、慢性的な激しい疲労感や、全身を移動する数々の痛みがほどんど消えたことは、驚きでした。

もし、ブラッドパッチ治療を疑問に思っている医師や
不安に思っている患者さんがいらっしゃいましたら、
ぜひ、私の経験も参考にしていただきたいと思います。

また、もし、慢性疲労症候群や、線維筋痛症と診断されている方で、
脳脊髄液減少症の専門医を受診したこともなく、
脳脊髄液減少症の検査も受けていない方がいるのであれば、
一度、詳しい、脳脊髄液減少症の検査だけでも、
受けてみることをおすすめいたします。

MRミエログラフィーなら、体は痛くも痒くもなく、体に負担なく、
閉所恐怖症の方以外なら何の恐怖もなく、脳脊髄液減少症の検査ができると思います。
また、私はRI脳槽シンチグラフィーも、受けましたが、
今思うと、検査で腰椎穿刺時に痛みは伴いましたが、一瞬でしたし、
慣れた先生の、ブラッドパッチとセットの検査であれば、何も怖がることはないと思います。
また、ブラッドパッチ治療についても、
経験豊富な医師であれば、恐れる治療ではないと思います。

漏れが確実に画像に映っている患者さんなら、ブラッドパッチで止めるのが
治療のスタートだと思います。

風船効果が出ても、1ヶ月ほど過ぎると、悪化したかのようになったり、
数ヶ月症状がぶり返したりして、苦しみますが、
私の経験では、年単位で確実に治っていきます。

事故から日が浅い段階で、脳脊髄液減少症の診断がついた方なら、
私よりずっと回復も早いと思われます。

どうか、ブラッドパッチを恐れないでください。

もし、原因不明の不定愁訴、
または、何かの病名がついても症状があまり改善していない患者さんがいらっしゃるなら、

脳脊髄液減少症と自分のささいな体調不良は
関係あるはずないと決め付けないで、
受診を迷わないで、
ぜひ、思い切って、脳脊髄液減少症専門医を受診してみて、
今の主治医とは別の意見(セカンドオピニオン)を聞いてみてほしいと思います。

患者の皆様の症状の改善と回復と、
すべての皆様のご健康をお祈り申し上げます。

よいお年を・・・・。

  2008年の症状の具体的な改善点   

(本日以降も、気がつきしだい、順次つけたしていきます。
また、表現が違うだけでないようが重なることもありますが、ご了承ください。

感じたままに思い出すままに書きますので体のあちこちに
記述が飛びますが、ご了承ください。

今年さらに改善を感じたものも書きます。
改善点の逆が、今まで苦しんだ脳脊髄液減少症の症状ということにも
なります。)

 激しいだるさ、疲れ、慢性的な倦怠感の軽減。

 他人に以前の私と比べて、見違えるほどに元気そうになったといわれた。

 顔色が良くなったと人に言われるようになったし、自分でも、まるで入浴後のように、血色がいい自分の顔を鏡で見て驚いた。

 口紅をつけたのかと思うほどに、唇の色が赤みをおびているのを見て、驚いた。

 ついさっきのことを忘れてしまうなどの超短期記憶障害が、かなり改善した。直前記憶が頭に残るようになってきた。

 なくし物、しまい忘れは今もあるが、以前より減ってきた。

 判断力が出てきて、何を捨てていいのか判断できるようになり、
       少しずつ整理整頓ができるようになった。

  一人で日常の買い物へ近所へ頻繁に出かけるようになった。

 買い物の際、立っていること、歩くことがつらくなることがなくなった。広い店内を商品を探して歩きまわることが、目にも、体にも、苦にならなくなった。

 お店の中に入ると、商品の数々の、その赤や黄色や青や、さまざまな色が目に迫ってくるように感じ、チカチカしたが、今は普通にさまざまな色彩を目と脳が受け入れられるようになった。

 いきつけの店内なのに、どこに何の商品があるのか忘れ、
       目的の商品を探して、右往左往することがなくなった。

 買い物の最中に頻尿で何度もトイレに行くことがなくなった。
       
 激しい頻尿に伴う多飲多尿がなくなった。(脳脊髄液減少症により、下垂体機能障害を起こし、尿崩症のような状態になっている可能性もありますが、患者の体感的には、立っていると脳脊髄液の漏れが激しくなるため、喉が異常に渇き、水分を大量に飲むため、二次的にそうなる感じもします。)

 激しい頻尿で、外出がためらわれることがなくなった。紙おむつのお世話になることもなくなった。

 切迫性尿失禁の改善。(尿漏れに悩む方で、女性泌尿器科での手術を考える方もいるようですが、泌尿器科の医師や患者、市販の尿漏れ薬のCMを流している製薬メーカーの担当者の方がたに、脳脊髄液減少症でも、同じ症状が起こり、ブラッドパッチで、脳機能が正常に近づくことで治ることを知ってもらいたいです。その上で、ご支援願いたいです。)

 買い物に行こうと思い、運転してお店にたどりついただけで、
       脱力や呼吸困難で苦しくて、そのまま車内で水分補給して横になっ       て休むことが以前はあったが、今はなくなった。

 大丈夫だと思って外出したが、外出先で、元気が風船がしぼむように、空気が抜けるように、力も抜けてきて、動けなくなりそうになりながら、命からがら、運転して家に帰りつくようなことがなくなった。
 座位が長く保てるようになるに伴い、遠くまで買い物に運転して行けるようになった。
 運転していて方向がわからなくなり、道に迷うことがなくなった。   

お店に入った時の、店内の眩しいほどの蛍光灯の白い光がまぶしく
       不快で、そこにいられないことがなくなった。
 夜になると、家の中の白い蛍光灯の光はもちろん眩しかったし、白熱灯の赤い光も、つらく感じることもあったが、それがなくなった。
 晴れた日でも、病院の白い蛍光灯の光でも、お店の中の白く明るい      照明でも、以前は眩しくてサングラスをしていたが、今はまったくサングラスが必要なくなった。

 人ごみの中にいると、人の動きに、目からの映像を脳で処理するにがついていかない感じで、動きを見ているだけで、車よいのように、気持ちわるくなってしまうことがなくなった。

 買い物を入れるカートがなくても、買い物かごを手に持って、
       重いものでなければ、かごに入れて持って歩いて買い物をすることができるようになった。

買い物に時間制限があり、レジで並んでいて力が抜けてきてマズイ早く帰らなければとあせることがなくなった。

 以前は買った荷物は、重くて体も辛くて駐車場まで、手に持って運ぶことは困難だったが、最近は、両手に買い物袋を持って、ゆっくり歩いて車まで行けるようになった。

 喉が以前より渇かなくなった。

 水分の他にも、塩分や糖分や水分を、以前より、体が求めなくなった。それにともない、OS1も欲さなくなった。

 レジで順番がやっと順番がきた時には、手が思うように動かず、
       小銭が財布から取り出せなくて、モタモタすることがなくなった。

 外出する際、時間制限がほとんどなくなった。

 以前は一度にふたつ以上のこどが同時にできず、
運転しながら、音楽を聞くことは危険であったが、音楽を聞くなど、一度に二つのことを同時にできるようになった。

 人の運転する車に乗っても、酔いにくくなった。
 車の助手席にのっていて座っている姿勢がつらくて、リクライニングすることが減った。

 人の運転する車に乗っていて、カーブにさしかかるたびに、体に重力を感じ締め付けられるような苦しさを感じることがなくなった。

助手席にいて、ブレーキを踏まれるたびに、首がわずかに前後に振れるだけで酔うことがなくなった。

 つまり、首がすわってきて、首が安定し、頭を支えられるようになった感じ。

 一日の中で、連続して起きていられる時間が延びた。

 何年も行けなかった、10分カットではない普通の美容院に行けた。

 腕が疲れなくなり電動歯ブラシではなく、手で歯を磨けるようになった。

 歩行が安定して、杖をつかわない日が増えた。

 入浴は、自分では、昼間に、今日は頭、今日は体、今日は足のみ、と体のパーツごとに洗うのが精一杯だったが、慢性疲労感で困難だった夜の入浴が普通にできるようになり、体も頭も同時に洗えることもできる日が増えた。

 髪を洗うという行為が重労働で困難で、つかれるし、腕が上にあがらず動かし続けられず時に介助が必要だったのが、自分で入浴時に洗髪できる日も増えた。

 おふろ掃除が困難で、疲れて疲れてできず、浴槽をかがんでスポンジで洗うことなどできず、柄つきブラシでゆるゆるとこすってシャワーで流すのが精一杯だったが、けっこうしっかり、掃除できるようになった。

 入浴時間が延びた。以前は湯気の中にいるだけで疲れきってしまい、体も髪も洗わず、入るやいなやかけ湯とざぶんと湯船に一瞬入って、すぐ出てしまうことが多かったが、時間的にも15分以上ゆっくり入浴できるようになった。

 濡れた髪に、ドライヤーをかける行為が疲れてできなかったのが、行えるようになった。

 腕が重くて、肩より上に上げるだけで、疲れてしまい髪をくしでとかす行為もつかれきっていたが、それもなくなった。(私も脳脊髄液減少症専門医ではなく、慢性疲労症候群の医師に受診していたら、間違いなく慢性疲労症候群をされていたと思います。

 疲労感と脱力で困難だった家事全般がかなり楽にできるようになった。

 皿洗いという家事が、お皿1枚持つのも、洗うのも疲れ、ものすごく重労働に感じていたのに、今はがんがん皿洗いができるようになり、以前より軽い労働に感じるようになった。

 小さな洗濯物を干す時、重くて、手がだるくて、洗濯ばさみまで持ち上がらない感じがなくなり、洗濯干しも以前より、重労働に感じなくなった。

  あれほど重労働に感じて何ヶ月もできなかった掃除機がけが、ほぼ毎日できるようになった。

自転車にまたがる姿勢さえ疲れたのに、自転車に乗って外出できるようになった。

  自分の手足ですら重く感じるほどだったのに、体が以前より軽やかに感じるようになった。

 天気がよく高気圧だと、健康な人とかわらないほどの体調になってきた。

 電話や、ドアベルがなっても、以前は起きることもかなり大変だったり時間がかかったりしたが、すぐ体を起こして、すぐ出られるようになった。

 体を自力で引き上げ、立ち上がるという動作、床からの立ち上がりが、非常に大変だったが、かなり早くなった。

わけもなくビクビク、オドオドしていたような精神状態がなくなり、人のささいな言葉にも以前のように傷つかなくなり、精神的にタフになった。

 体調の回復に伴い、人に会うのも、話すのも苦痛で嫌いだったのが社交的になった。

 以前は非常に怒りっぽく、涙もろく、感情に起伏が激しかったのにささいなことでも泣いたり怒ったりしなくなり、キレにくくなり、感情に起伏もなくなり、自分でも安定した、穏やかな精神状態になったと感じるようになった。

 精神状態が安定して、わけもなく、不安になったり、ささいなことで涙もろくなったりすることが減った。

毎日毎日の症状の苦しみのあまり、毎晩眠りにつく時、神や仏に「助けて」とすがる思いがなくなった。

自分の運命を嘆き悲しみ、人をねたんだり、うらんだり、悔しがったりささいなことで落ち込むようなマイナーな気持ちや気分になることが減った。

 生理前に起こっていた、激しい頭痛(これはかなり昔のこと)生理前の激しい体のだるさ、吐き気、ムカムカ、怒りっぽさ、急激な寒気、振るえ、ものすごい額の重くるしさ、激しい眠気、だるさなどの月経前症候群のすべての症状が軽減した。

特に生理前、階段を数段のぼるだけで、ものすごく激しい疲労感倦怠感に襲われ動けなくなり、じっと疲労感が去るのを待ってから動くようなことがなくなった。

 月経困難症のような、子宮内膜症のような激しい生理痛がなくなった。

 月経周期の短縮、延長などの異常、月経量が異常に少ない、多い、などの異常がなくなり、規則正しい月経になってきた。

 乳房が大きくなった。(単に太ったからではありません。女性ホルモンが正常に出るようになったためだと思います。)

 味覚障害を最近あまり感じなくなった。

 音に敏感でなくなり、普通の生活音や人の話し声、普通の音量のテレビの音が苦痛でなくなった。

 以前は静かな音の音楽しか受けつけなかったが、ノリのいい曲、激しい音楽も脳が受け付けるようになった。
 
 化学物質過敏症のように、あらゆる臭いなどに敏感になっていたが、それがほとんど感じなくなって、店に入っても、臭いやなんらかの化学物質に過剰に反応してなどで、目がクラクラしたり、呼吸が苦しくなったりして、その場にいられず、逃げ出すことがなくなった。

 化学物質や、臭いに対しての抵抗力ができてくると、それまで苦手だった、さまざまな香りをコロンや香水、芳香剤を楽しめるようになった。

 化学物質過敏の改善に伴い、少しなら、口紅程度の化粧品も使えるようにった。以前は、無臭無添加の化粧水しか体がうけつけなかった。

 体の締め付け感が減り、ゆるゆるやわやわの洋服でなくても、着ることができるようになった。

 左手と右手の協調動作が良くなり、物を落とさなくなり、お皿をわったり、冷蔵庫からとろうとして、物を落としたりしなくなった。

 調理中、包丁を足元に落とすことがなくなった。

 激しい肩こりとそれに伴う頚肩腕症状がなくなった。

 最ブラッドパッチ後に、肩甲骨下の鈍痛がなくなった。

額の前部が重くるしく、まるで重いヘルメットを常にかぶっているような頭重感がなくなって頭と意識がスッキリしてきた。

 目から入る映像が歪んだり、左右にぶれたり、もやがかかったように見えたり、現実感が薄れてみえたり、夏のかげろうの中の映像のようにゆらゆらと歪んで見えることがなくなり、カメラや望遠鏡のレンズの焦点があった時のように、クリアーなスッキリした映像に見え、
世界がキレイで輝いて生き生きと見えるようになった。

 ブラッドパッチ後も出現した、鎮痛剤のきかない耐えられない激しい、針で脳を刺激されるような頭痛は今はもうほどんどでない。

 口の渇き、唾液がでない感じは、最初のブラッドパッチ後にもあったが、今はなく、口の渇きはない。

 目の奥の神経をしぼられるような痛みが今はなくなった。

 目がショボショボするような、かすみ目のような、ドライアイのような感じは今現在はない。

 瞼が下がってきてしまうような、目を開いていられないような、細めで物を見るしかないような、眼瞼下垂の症状は、今現在ほどんどでない。

 生あくびは、今現在ほどんどでない。

 昼間の異常な眠気、過眠症状は、最近でない。

 不眠はなく、寝入りも寝起きも良い。

 今現在、全く薬を飲まないでいられる。薬に頼らなければ、耐えられないような症状がほとんどでない。

 体のあちころを移動するような不思議な痛みが、軽減した。
      
 原因不明の内臓痛もほとんどでない。

 以前より抵抗力がついてきた感じで、以前より風邪や感染症にかかりにくくなった。

昨年はひどかったイネやセイタカアワダチソウの秋の花粉症が 2008年は、ほとんどでない。

 体が楽になるに伴い、人としてあたりまえだが、積極性が出てきた。

 家の中にひきこもっていることが多かったが、外へひとりで出る機会が増えた。

 今まで絶対に本1冊を読むことが気力も、集中力も続かずできなかったのに、秋ごろ、こども向けの字の大きい本を一冊、一日で読むことができた。

 目の下、腕、足、など、体のあちこちがピクピクと小さくケイレンすることが、ほとんどなくなった。

 以前は声も小さかったが、大きな声が出るようになった。

 長く正座をした後のような、血行障害そっくりのシビレが、手足にあまりでなくなった。

 まるで非定型うつ病のように、夕方から具合が悪くなり、気分も沈むことなくなった。

 朝の吐き気がまったくなく、朝から食事がとてもおいしく食べられるようになった。

 長く座った格好、立った状態でいても呼吸困難や、心臓の圧迫感、締め付け感が出なくなった。

 安静にしていても横になっていても、急に出る頻脈や、心臓が止まってしまうかのような徐脈、不整脈があまりでなくなった。

 顔のこわばりを感じることが少なくなくなった。それに伴い表情が豊かになったと人に言われるようになった。

 最初のブラッドパッチ後一時的に髪の毛が抜けて、少なくなったが、今はそういうことはなく、髪も増えつつある。

 ブラッドパッチ前にあった、手のさわった感じの異常がなくなった。

 首の寝違えたような激痛がなくなった。

 手が水に触れただけで激痛が走るようなことは、なくなった。

 寝る時、ふとんに背中が触れるだけで、激痛が背中に走るようなことはなくなった。(線維筋痛症の医師に受診していれば、間違いなく、私も線維筋痛症と診断されていたことでしょう。)

 夏になると、今まででなかった汗が出て普通に汗がかけるようになった。

 湯たんぽ、電気毛布が必要なほどの手足の異常な冷えがなくなった。

 よほどのことがない限り、ろれつがまわらなくなることがなくなった。

 低血圧の改善。以前は収縮期血圧が100に届かないことがよくあったが、今はたいてい120を越えるようになった。血圧が正常範囲に入るようになった。

 ぼやけた視界の改善。

 以前より、思考力、判断力の改善(運転時など)

 行動に俊敏さがでてきた。

 行動の順序を頭の中で組み立てて記憶して行動を行うということが、以前よりスムーズに行えるようになった。(遂行機能障害の改善。)

 字が、以前よりうまくなった。(文字を書くという動作は、意外にも指先の繊細な動きを要求され、それが以前はうまく出きず、ものすごくヘタクソな字になり、人からよくバカにされた。)

 字を書くことが苦痛でなくなった。肩から腕にかけて、腕がぶら下がっているように感じ、腕が重くて、肩がはって字を書くことが、非常に苦痛だったが、それもかなり楽になった。)

 手首足首に力が入るようになり安定してきた。

まだまだ、忘れているだけで、たくさん、改善したことがあります。

今も時々、症状はぶり返すこともあり、
ここに書いた症状もまったくゼロになったというわけではありませんし、
体が交通事故前の状態には戻っていないのも事実ですが
確実に、患者自身がブラッドパッチ前より良くなって感じた、
紛れもない事実で、暗示効果などでは、断じてありません。

(1記事につき1万字までしか書けないので、続きは、また。)



















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本日の朝日新聞記事

2008年12月30日 | 情報
本日の朝日新聞に、
ノーベル賞化学賞を受賞した、下村脩さんのお話が載っています。
(載っていない地域もあるかもしれません。)

「ほとんどが独創で自分で考えだした。」
「一番、信頼できるのは、自分で考えること」
「学会に行くのが大嫌いだった。」
「学会ではあまりいいアドバイスをもらったことがない。」

という内容の詳しいお話が書かれていますので、
興味のある方はどうぞ。

どうやら、
既成概念にとらわれていたり、
先入観を持っていたり、

教科書に載っていることを、何の疑いも持たずにずっとそのまま
一生鵜呑みにしてしまう人間や、
先生から教えられたことだけを信じているような人間では、

ノーベル賞は受賞できないようです。

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頭痛外来の医師と患者の皆様へ

2008年12月30日 | 症状の説明
(リンク先はパソコンでご覧ください。)

日本では、3000万人から、4000万人の人が
頭痛に苦しんでいるそうです。

私は、その方がたの中に、
脳脊髄液減少症が原因での頭痛の方が必ず混じっていると思っています。

それは、私自身が
それまでなかった頭痛が、交通事故後起こり、
さまざまな程度や種類の頭痛に数年間にわたり、
長く苦しんだ体験があるからです。

ですから、頭痛にかかわる、すべての医師と
頭痛に苦しむすべての患者の皆様に、

脳脊髄液減少症でもさまざまなタイプ、程度、種類の
頭痛が起こることを、
ぜひ、知っていただきたいと思います。

頭痛と脳脊髄液減少症は、切っても切り離せない関係です。

でも、脳脊髄液減少症の頭痛というものがどんなものか、
詳しく知っている医師や患者はあまり多くはないと思います。


たとえ、脳脊髄液減少症で頭痛が起こることを知っている医師であっても、
教科書的な知識しかなく、

目の前に現れた、ありふれた頭痛持ちの患者に、
脳脊髄液減少症の可能性を疑うことはしない医師が多いと思うからです。

何か、脳脊髄液減少症の頭痛は特殊なものだと思っている医師も
多くいるようですが、

けっして、特殊な頭痛でもなんでもなく、
誰にでもあるような、
ありふれた頭痛であったりもするのです。

それゆえに、頭痛に苦しむ患者さんたちに対し、

さまざまな脳の病気を疑ったり、検査したりしていても、
脳脊髄液減少症だけは、疑ったことも、
除外診断の詳しい検査をしていない医師も多いと思われます。

私は、頭痛で苦しむ患者さんの中に、
脳脊髄液減少症の患者さんがいながら、
多くが見逃されている気がして、しかたありません。

患者自身も、
まさか、そんな難しい病名の病とは、関係ないと
思い込んでしまいやすいと思うのです。

実は、脳脊髄液減少症は、
誰にでも、明日にでも、起こりうる、非常にありふれた頭痛の症状が出るのに、
そのことに気づいている医師が、まだまだ少ないと思われます。

頭痛学会の脳脊髄液減少症に関する診断基準を見ても、
現実の脳脊髄液減少症患者の体験した症状とは大きくズレており、
そこでもまた、見逃されやすいと思います。

こんな現状の中で
頭痛に苦しむ素人の患者さんが、
自分の症状の原因が、脳脊髄液減少症だとしてもその可能性にさえ、気づけるはずがありません。

たとえ脳脊髄液減少症による頭痛であったとしても、
多の脳脊髄液減少症特有の症状がめだたなかったり、事故などの原因と思われる過去が存在しなかったりした多くの患者さんは、おそらく、医師が脳脊髄液減少症を疑うことは少ないでしょう。

脳の詳しい検査をしても、脳脊髄液減少症の検査はしない事が多いと思います。

脳に脳梗塞とか、脳腫瘍とか、
重大な疾患がないかの
詳しい脳の検査をして、異常がなければ、

偏頭痛、
緊張型頭痛
群発頭痛と診断されて、

頭痛の治療や生活指導のみを受けて、
その頭痛を引き起こしているかもしれない、
「脳脊髄液減少症」の可能性については
見逃されているのではないかと思います。

たとえ、患者の方が先に、
自分の慢性頭痛が、「もしかして脳脊髄液減少症による頭痛かも?」と
気がついて、

かかりつけの頭痛外来の医師に、損断しても、

「横になって15分ぐらいで頭痛が治まる?
立っているとまもなく頭痛がしてくる?」
「それにあてはまらないなら
脳脊髄液減少症ではないね。」と言われて簡単に否定されてしまうことも
あるかもしれません。

このような現状では、
たとえ、脳脊髄液減少症が原因の頭痛があっても、
見逃されてしまいかねあにと思います。

現実の患者の私が体験した、
脳脊髄液減少症の頭痛というものは、
そんな時計で測ったような反応はなかったのです。

横になっていても、頭をかち割られるように痛みが何時間も続いたこともあるし、
横になるとか立っているとかに関係なく、
ず~んと頭重感が続いたこともあります。

かなづちで殴られているような激しい頭痛のこともあったし、
チクチクと脳を刺されているような痛みのこともあったし、

脳全体や、頭全体を締め付けられるような痛みもあるのです。

だから、脳脊髄液減少症の早期発見のためには、
どんな頭痛でも、
一度は脳脊髄液減少症かも?と疑ってもいいとさえ、
思っています。

脳神経外科医の医師の間でも、この病にとても詳しい医師、
脳脊髄液減少症治療に特化して症例数が多い脳外科医は
まだまだ少ないのが現状です。

しかし、脳脊髄液減少症は、
他の脳疾患と同じくらい、
早期発見、早期治療が大切な病態だと私は思います。

けっして、たいしたことのない病、
命に別状のない病ではないと、私自身は体験から思っています。

むしろ、放置すればするほど、いろいろな意味で
「命にかかわる病態」だと思っています。

私と同じように、高次脳機能障害による恐ろしい症状、危険な体験を実際に経験したり、
何十年も異常なしとほったらかされて苦しんできた体験のある患者さんなら、

脳脊髄液減少症が、軽んじられる病でないことは、
わかっていただけると思います。


さて、12月28日に
一部地域で放送された番組でテレビ出演されていた
鳥取大学 頭痛外来の竹島 多賀夫先生へ

頭痛患者の苦しみを何とかしたいと、
日々真剣に患者と向き合ってくださって、
本当にありがとうございます。

竹島先生が
「2015年までに、
すべての頭痛患者が安心して頭痛を治せる
環境を整えたい」
と、

本当に心から願って研究してくださっているなら、
ぜひ、脳脊髄液減少症研究にもご協力ください。

先生が2006年に日本脳神経外科学会で発表された、
「頭痛が起こる前に血液中に増えるという物質MMP9

の研究だけではなく、

脳脊髄液減少症の研究もあわせてお願いしたいと思います。

頭痛外来の医師は
すでに、脳脊髄液減少症の頭痛についても、
常に頭に置きながら、診療してくださっているとは思いますが、

私の体験した、脳脊髄液減少症の頭痛は、
時と状況によっては、
激しい痛みで、横にならざるをえない、光や音に過敏になるような状態が、
月に何度も起こっては、
偏頭痛にも、

肩や首がカチカチに凝ってきて起こるような
重くない痛みが長期間続くような緊張型頭痛にも、
群発頭痛にも、

どれにもあてはまってしまいます。
ですから、

誰にでもある、ありふれた頭痛と非常に似ていて、
脳脊髄液減少症を見逃しやすいと感じています。

MMP9を抑制する、夢の「頭痛予防薬」を作る研究も
慢性的な頭痛に苦しんだ患者として
とてもありがたいことですが、

その頭痛を引き起こす、一因に、
脳脊髄液の減少という原因がある、という事実も、
常に頭において、研究していただけたら、

さらに、
先生の「すべての頭痛患者が安心して治療に取り組める環境が整う」社会の
実現に近づけると思います。

すでに、脳脊髄液減少症についても深いご理解と、関心をお持ちいただき、
研究に取り入れてくださっているのかもしれませんが、

どうかよろしくお願いします。

番組内容について書いてくださったブログ記事はこちら

鳥取大学付属脳幹性疾患研究施設

竹島先生

鳥取大学脳神経小児科
(こどもの脳脊髄液減少症にどれだけご理解いただいているのでしょうか?
ぜひ、こどもの脳脊髄液減少症の発見にぜひご協力ください。)

こどもの脳脊髄液減少症のサイトは こちら

鳥取県は幸い、脳脊髄液減少症に理解を示してくださっているようですので
なおさら、
鳥取大学医学部の先生に頑張っていただきたいです。

鳥取県庁のホームページはこちら

私の
過去記事「鳥取県知事さん、ありがとう」は こちら

鳥取知事に脳脊髄液減少症に関して
質問してくださった県会議員さんは こちら


新しい年

2009年は、

鳥取県が、日本全体の、脳脊髄液減少症治療の推進を
リードしてくださることを
期待しています。             


HPで脳脊髄液減少症のことを書いてくださる
頭痛外来の先生もいらっしゃったとは・・・。
ありがたいです。
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こども虐待 再放送のお知らせ

2008年12月29日 | 情報
今日12月29日と明日30日、

NHK教育テレビで、

夜8時から、
「ハートをつなごう」アンコール放送

「こども虐待」が再放送されます。

関心のある方は、どうぞ。

過去記事
「虐待後遺症としての脳脊髄液減少症」はこちら

「こども虐待」はこちら

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主治医への年賀状。

2008年12月28日 | ブラッドパッチ後の変化
年賀状、
出す人は数あれど、

脳脊髄液減少症の患者さんで、
主治医に年賀状を出した人はいるのでしょうか?

お世話になった友人知人、親戚、職場の人に書く人はいても、

自分を治してくれた主治医に年賀状を書く人は、
おそらく、そんなに多くはないと思います。

全国の、脳脊髄液減少症の治療に取り組むすべての医師たちに、

医師一人に患者から1枚でもいいから、
年賀状が届いたら、いいなと
勝手に願っています。

医学界に理解も今だ得られず、
さまざまな批判やバッシングにあいながらも、
脳脊髄液減少症患者と向き合い続け、

治療を続けてくれている医師たちは、

私達患者が
想像もできないようなご苦労も悩みも葛藤も、試練も

たくさん抱えておられる気がします。

そんな医師たちに、
私が今できることは、
交通事故で、原因不明の不定愁訴に苦しめられて人生を破壊されてきた事実と、

ブラッドパッチによって、
時間はかかっても、確実に良くなってきた事実を、伝えることしかできません。

いまだに迷ったり、悩んだり、疑念を持ったりしながら、
治療している医師もいると思うから、

患者の生の声を伝えたいのです。

少しでも治ったことや、
元気になったことが、

患者から直接医師へ、
診察時とは別な形で、伝えられたとしたら、

医師も人間だから、
きっと、励まされるだろうし、
今医師を追い詰めているかもしれない、困難に対して、
立ち向かう勇気がわいてくださるかもしれないと思うのです。

そして、
患者の回復や、気持ちを知った医師たちは、
脳脊髄液減少症の治療をやめないで、

これからも、勇気を持って、この病の解明と治療に
取り組んでくださるような気がするのです。

だから、「元気になった」という事実がもしあるのなら、
年賀状という形を借りて、
患者の気持ちが少しでも伝わったらいいなと思います。


脳脊髄液減少症によって、

年賀状を書く気力も体力もなく、

年賀状から長らく遠ざかってきた患者さんは
おそらく私ひとりではないと思います。

私は、
長年の闘病で友人知人と疎遠になってしまいました。

相手から年賀状が来ても、体調が悪くて返事を書かなかったために、
相手は、私が縁を切りたがっていると思ってしまったのかもしれません。

本当に私にとって、大切な人は、
年賀状の返事がこないぐらいでは疎遠にならないはず。

脳脊髄液減少症は、
私を本当に理解し、
私自身にとっても大切な人だけを無言で選別してくれる、と思うことにしてきました。

でも、今年は、
私はブラッドパッチ治療で回復して、

今年は、年賀状を数枚ぐらい
書いてみようかという気になっています。

1月8日過ぎてしまっても、

手に力が入らなくて、字がきれいに書けなくても、

とにかく
病院宛に出せば、きっと主治医に
気持ちだけは届くかなと思います。

私自身、
今まで一切書く気にならなかった年賀状を
書こうと思えるまでになれたのも、

これも、
ブラッドパッチ後の回復の証だと思います。


そんな私をここまで治してくれたのは
主治医です。

だから、回復した今、
主治医に、真っ先に
年賀状を出してみたいと思っています。

だって、友人知人、親族よりも、
誰よりも、私を地獄の底から救いだしてくださった
唯一の命の恩人ですから。


かつての私がそうであったように、

脳脊髄液減少症の症状がきつい人は、
年賀状というこの時期の習慣が、
非常に、身体的、精神的、重荷になっていると思います。

書く気力、体力もないし、
もらっても、返事を書くのもつらいし、
出せないから、悪いと思って、できない自分を情けなく思い、
精神的にも追い詰められてしまう。

「年賀状は贈りものだと思う」「年賀状の数だけ、ささえてくれる人がいる。」
なんて、日本郵政のCMが流れていたけれど、
そんなCMの言葉さえ、

年賀状を出せない当時の自分を思い出すと、違う意味に聞こえてしまい、
気が重くなります。

健康な人が聞いたら、心に響くステキな言葉かもしれないのに、

脳脊髄液減少症で苦しんできた私にとっては、
今でも、ひねくれて聞こえてしまいます。

「あなたは世話になった人に、年賀状というハガキ1枚の贈りものも送れないの?」

「一人も年賀状を出す人がいないなんて、
ささえてくれる人が一人もいない孤独な人ってこと?」と
今でも、責められているように聞こえてしまうのです。

年賀状を出したくても、
見た目元気そうに見えても、

元気な人は、想像できないかもしれないけれど、
体力的にも、精神的にも、余裕がなくて、
出せない状態の人も、返事を書く気力もない人もいることを、
どうか忘れないでほしいです。

多数の人とのおつきあいや、やりとりさえ、苦痛に感じ
できなくなり、
疎遠になってしまうのが、脳脊髄液減少症であり、

そのはがき一枚、書く気力もわかず、
書く体力もないのが、脳脊髄液減少症なのに、

そのことを、理解している人は、多くはありません。

脳脊髄液減少症は、
他の重病人と違うのは、
どんなに本人が苦しい症状を抱えていても、

力を振り絞れば、たいていのことは出来てしまうのです。

だから、年賀状も書こうと思えば書けてしまいます。

でも、
症状がきつい時には、
本当に、世間の、四季折々の日本の慣習や「常識」をこなすことが
重荷になるのです。

年賀状とか、
お中元とか、
お歳暮とか、

世間一般の常識として、健康な人たちから求められる、
お付き合いをこなすことは、

脳脊髄液減少症患者にとって、
ものすごく重荷なのです。

脳脊髄液減少症の症状で
日常生活にまで、支障を感じる体験をした患者さんなら、
わかってくださると思いますが、

お中元や、お歳暮や、お見舞いや、年賀状や、
お返しを考えなければ、失礼とされる、

そういった、人とのおつきあいのもろもろが、
脳脊髄液減少症になると、満足にできなくなる。

やろうと思えばできるけれど、

健康な時の10倍以上のエネルギーをつかう気がして、
身体的にも精神的にも、
ものすごく負担に、苦痛な作業に感じてクタクタに疲れてしまう。

生きているので精一杯な時期などには、
そんな、
世間一般のおつきあいに使うエネルギーはないのが本音。

でも、そのことが誰にも理解されない。

世間や医学に認められた他の「重病」なら、
患者がそういうおつきあいや求められる「常識」をこなせなくても、

「重病だからしからないね」と
誰にも責められないのに、

脳脊髄液減少症患者は、そうはいかないのです。

人としての、
大人としての
当たり前の「常識」を求められ続けるのです。

「脳脊髄液減少症」に本人も気づかず、
病名がつかないなら、なおさらよけいに、「常識」を求められ続けるのです。

求められ続ける「常識」をこなせなければ、
「非常識な人」との烙印を押されてしまいます。

病気でできない状況にあるとは、
誰も思いやってはくれません。

その世間一般の「常識」をこなすどころか、
自分の着替えや入浴や、食事を作って片付けること、トイレにいくことで、
クタクタになっている脳脊髄液減少症の症状が重い時期の患者が、

「常識」を求められ続けることが、
どんなに苦痛で
どんなに、残酷なことかは、

脳脊髄液減少症の症状の経験にない
健康な人や、
脳脊髄液減少症のものすごい症状を
あまり知らない不勉強の医師には想像もできないことだと思います。

脳脊髄液減少症のために
満足な人づきあいができない人は

ただの、つきあいの悪い人、

礼儀がなっていない、

社交辞令もできない人、

贈り物がついても、返事もない、
(電話をかける気力や礼状を書く元気もない時や、物忘れで、お返事やお返しやお礼を忘れてしまうこともあるため。)

こちらに何もお礼がない、
お返しもできないもらいっぱなしの礼儀知らずのダメな人、

って思われてしまうのです。

精神的にも肉体的にも、
毎日生きているので精一杯で、できなくなるのが
脳脊髄液減少症なのに、

見た目元気そうな患者なので、
それがなかなかわかってもらえない。

怠慢な、返礼も満足にできない、だらしのない人間にしか
見てもらえない。

この、
脳脊髄液減少症の症状で、
人とのおつきあいも満足にできない状態が理解されないで、

「怠慢」「礼儀知らず」「常識のない人間」ととられることが、
脳脊髄液減少症になって、
私はとてもつらかったことのひとつです。

脳脊髄液減少症でも、症状のレベルはさまざまで、
治療までの放置期間もさまざまで、

働ける人もいれば、
どんなに頑張ったって外出もできない人もいて、

働けても、体調が悪くて、長く続かないことを繰り返している人もいて、

毎日定期的にペットの散歩ができる人もいれば、

散歩はできても、体調のいい時にしか、できない人もいて、

散歩どころか、家の中の移動ですら、大変な人もいます。

だから、年賀状を書くことぐらい、なんともない人もいれば、

手も動かず、ペンを持つことも、ペンを持つことも
文章を考えることも、クタクタに疲れ、

非常に負担に感じる人もいます。

一口に脳脊髄液減少症といっても、
これだけ、人によって症状が違うから、

だから、よけいに理解されるのが難しいのだと思います。


私の場合は、病気で思うようにできなかったのに、
普通の人に見られ続け、

普通の「常識」を求められ続けることが、
非常につらかったのです。

その脳脊髄液減少症の私を、

怠慢な人間なのではなく、
「病気」によって充分な社会生活ができない状態だったのだと認め
最初に正しく診断してくれたのは主治医。

この診断がなければ、
病名がいまだにつかなければ、
私は今も、誤解にさらされ続けていたかもしれないのです。

だからこそ、
誰よりも最初に理解してくれ、

手をさしのべてくれ、
治療して治してくれた主治医にこそ、

年賀状が書けるほどに回復したなら、
まず、
誰よりも先に、主治医に年賀状を書くべきかなって
私は考えています。

同じように考えて、
すでに実行している患者さんも、
きっといるのかもしれません。

主治医の他にも、医療の現場で

脳脊髄液減少症治療に、悪戦苦闘しながら、取り組んでくださっている
多くの医師たちがいるはずです。

その医師たちのすべてが、
周囲の医師や病院スタッフたちに理解され、応援されているとは限らないと
思うのです。

中には、否定派や、疑念派の医師たちに囲まれ、
批判にさらされながら、
他の医師や、病院経営者や、院長などに、
気を使いながら、

病院スタッフの理解や協力にも恵まれない中、

肩身の狭い思いで、
医師としての使命感だけで、脳脊髄液減少症治療を続けてくださっている医師も
中にはいると思うのです。

そういった医師に、患者が、

年賀状を病院あてに出せば、

そのハガキは、その医師の手元に届くまでに、
自然に、何人かの病院関係者の目に触れることでしょう。

もしかしたら、否定派の他科の医師や、

脳脊髄液減少症治療を良くは思っていない
病院関係者の目にも触れるかもしれません。

年賀状というハガキの言葉の効果が、
診察時の医師との会話と違うところは、

治った患者の、生の言葉が、
診察時の密室の中での主治医にだけでなく、

主治医のまわりの多くの病院関係者にも

なんとなく、自然に
伝わってしまうことも期待できる点にあると思うのです。


どなたか、私と一緒に、
勇気を出して、

主治医に年賀状を書いてみませんか?

それとも、

私と同じことを考えて
すでに、主治医に年賀状を出してしまわれましたか?

   

少し早いですが、
もしかしたら、年内
更新できないかもしれないので、ごあいさつもさせていただきます。

今年も、ここを訪れてくださった皆様、
応援してくださった皆様、
日々、脳脊髄液減少症治療に全力を傾けてくださっている医師の皆様、

さまざまな患者会の皆様、

そして、
現実の世界で、何かと私を支えてくださった皆様、

本当にありがとうございました。

心から感謝申し上げます。

来年もよろしくお願いいたします。

皆様、どうかよいお年をお迎えください。



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脳脊髄液減少症と水俣病

2008年12月22日 | 他の病名との関連性
昨夜のNHKETV特集、
「水俣と向き合う」という水俣病についての放送
一部見ました。

水俣病患者の症状が、水銀によるものだとなかなか本人も周囲も気づかず、
やっと気づいて申請しても、
公害病だと、なかなか認定されない点は、

交通事故で脳脊髄液減少症になっても、
症状が多彩で、
なかなか事故による、脳脊髄液漏れだと本人も医師も気づかず、

やっと気づいても、
保険会社や否定派医師によって、それがなかなか認められないことと、
似ていると感じました。

脳脊髄液減少症にならなければ、
私は、水俣病という40年以上も前の公害病に、
興味を持つことはなかったかもしれません。

自分が脳脊髄液減少症という理解されない後遺症を負ったことで、

過去の
ハンセン病や、水俣病という、
健康なころには関心のなかった過去の歴史に潜む問題点が、
皮肉にも、
自分の体験と重なってよく理解できるようになりました。

これも、脳脊髄液減少症が、私に教えてくれた
貴重な経験だと感じています。

私はかねてから、
水俣病でのあやまちを、
脳脊髄液減少症患者に再び繰り返しかけていると感じてきました。

ハンセン病や水俣病からの教訓を、
今後に全く生かせず、

再び同じあやまちを繰り返し、

何の罪もない人々を苦しめ続けることは、
絶対に許してはなりません。

教訓とは
今後に生かすことができて、
はじめて教訓といえると思うのです。

それが、どんな病名であったとしても、
どんな後遺症であったとしても、
苦しむ人々を差し置いて、

医師や、企業の立場や名誉やプライドや営利が優先して守られることが
絶対にあってはなりません。

国民に無理解や、誤解がはびこること、
無関心が広まることを許してはなりません。

過去の過ちと同じことを、
絶対に今後、繰り返してはなりません。

今こそ、過去の歴史を学び直し、

現在、人々が気づかないうちに、
同じあやまちを繰り返しかけていないか、知るべきです。

もし、同じあやまちを繰り返しかけていると気づいたなら、

今こそ、目を覚まし、
人が、何よりも人や命を大切に思う、
人間としての心を取り戻し、

あやまちはあやまちとして潔く認め、改めるべきです。

脳脊髄液減少症について、
現在も続く、否定派方がたの行為は、

かつて、
ハンセン病や、水俣病や薬害エイズ患者を助けるどころか、

さらに追い詰め、苦しめ続けた人間たちと、同じ行為です。

同じあやまちを繰り返していることに、
早く気づいてほしいと思います。

そして、
一刻も早く、人々の救済に、力を貸していただきたいと思っています。

情けは人のためならず、
巡りめぐって、自分のため、人類の未来のためでもあるのですから。



以下のリンク先のブログ記事もぜひご一読ください。

「水から環境を考える」
~患者を診たこともない医師が作る診断基準とは~

脳脊髄液減少症~水俣病からの教訓

毎日新聞記事
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水俣と向き合う

2008年12月21日 | 情報
本日夜、

NHKETV特集

「水俣と向き合う」
ドキュメンタリー映画作家・土本典昭の43年が放送されます。

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線維筋痛症と脳脊髄液減少症

2008年12月18日 | 情報
本日朝、偶然、7時37分ごろ、

NHKおはよう日本で、
「全身の激痛に悩む女性」線繊維筋痛症

という放送を見ました。

このブログでも何度も書いてきましたが、
私は、線維筋痛症と、脳脊髄液減少症は、全く無関係ではないと思っています。

現実に、脳脊髄液漏れが判明した患者さんが、
それ以前に「線維筋痛症」と診断されていた事実もあることから、

原因不明の痛みを抱える患者さんの中に、
「脳脊髄液減少症」患者がいることは、明らかだと思います。

症状の程度こそ、差はあるかもしれませんが、
回復する可能性のある病を早期に発見するためにも、

「脳脊髄液減少症」の症状を、
広く社会に知ってもらいたいと思っています。

線維筋痛症や慢性疲労症候群などの、難治性疾患と
脳脊髄液減少症の関連の可能性については、

脳脊髄液減少症の治療経験が日本一多い、S医師も、
いろいろな本に何度も書いています。

しかし、このことは、いまだに広く知られていません。

最近、
公明党の機関紙、月刊公明12月号の48ページからにも、
線維筋痛症と脳脊髄液減少症の関係について、
S医師の意見が載っているようです。

興味のある方はぜひ、ご一読ください。

私自身の経験として、
全身を動き回る激痛、移動する激痛、変化して、出たり消えたりする激痛、
頭から足先まで、さまざまな程度で出現する痛み、

体の表面から体の深部や内臓にまで、感じる違和感や痛み、

音や風にでもしめつけられるような感じのする痛み、
水に触れただけで走る激痛、

乳がんではないかと思うような、重苦しい体の内部の痛み、
や体の苦しさが、

ブラッドパッチ後、軽減しはじめ、
症状は出たり消えたりしながらも、

数年がかりと時間はかかりましたが、
今はほとんど感じないまでに消失してきています。

この経験から、
私の全身の数々の種類のいろいろな程度の痛み、
激しい慢性疲労の原因として、

脳脊髄液漏れという原因と、

それに伴う
「脳脊髄液の慢性的な減少状態が続いていた。」という原因が

関係していたことはあきらかです。

自分のこの経験からも、
S医師がいうように、
私も、「原因不明の難治性疾患とされている病」と
脳脊髄液減少症が何らかの関係がある、
と感じています。

線維筋痛症と診断されている患者さんの中にも、
脳脊髄液漏れの患者がいる可能性は、絶対にゼロではない、と
私は確信しています。

決してそう診断した医師を「誤診」だと責めているわけではなく、

脳脊髄液減少症という病が
それぐらい、医師にも患者にも
「気づきにくい、他の病名と誤解されやすい病」だということを、
お伝えしたいだけです。

線維筋痛症についてはすでに、
厚生労働省で研究班を立ち上げているようですが、

その研究班の医師たちが、
非常に似たような症状である、「脳脊髄液減少症」に
全く無関心なように感じるのは、私だけでしょうか?

脳脊髄液減少症治療に取り組むパイオニアの医師たちは、

脳脊髄液減少症と、線維筋痛症との関係に
すでに気づいていて、そのことを情報として発信しています。

しかしながら、
これらの脳脊髄液減少症治療医たちの貴重な情報は、
他の医師たちにうまく伝わっていないように感じます。

世間の無関心にもかき消されがちです。

この無関心さは、 他の、
「慢性疲労症候群」などの未解明の病の治療にかかわったり、
研究班にいる医師たちにも、同じように感じます。

線維筋痛症、慢性疲労症候群、その他の、
原因がはっきりしない、難治性疾患治療や研究にかかわっている
医師たちには、

似た症状を呈する
「脳脊髄液減少症」治療のパイオニアの医師たちの話に、
もっと、耳を傾けてほしいと思います。

私は今まで、テレビで、
慢性疲労の治療や研究にかかわる
線維筋痛症や慢性疲労症候群の専門医達の口から、

「環境の変化やストレスとが関係する」
という言葉は何度か聞きましたが、

「全身の痛みや慢性疲労の原因には、
最近言われはじめた、脳脊髄液減少症という原因も一部含まれている
可能性もある。」などという言葉を、

まだ、一度も聞いたことがないのです。

それとも、言っているのを私が、知らないだけでしょうか?

線維筋痛症と診断した患者が、もし、
実は脳脊髄液減少症という別の原因であったなら、

先に線維筋痛症と診断した医師の面目が丸つぶれになるから、関連性を認めたくないのでしょうか?

先に、線維筋痛症や、慢性疲労症候群で、研究班を立ち上げているのに、

後からその痛みや慢性疲労のひとつの原因として、
脳脊髄液減少症がからんでいるなんてことになったら、

先に研究しはじめた研究者の立場がなくなってしまって
困るのでしょうか?

でも、
本当に痛みに苦しむ患者を救おうと研究している医師なら、

そんな医師個人や研究会や学会のプライドとか、
すでにつけられた「病名」とか、

脳外科か、神経内科か整形外科か、なんていう
診療科や病名ごとの派閥になんか
とらわれている場合ではないと思うのです。

プライドも、面目も、すべて捨てて、
ただただ、患者を救うため、

病気を治し、
人々の苦痛を解き放つことで、

人類の幸せのため、

人の人生の質の向上のための、
医師としての使命を少しでもお持ちなら、

似た症状を呈する病を研究したり、
それらの治療医、研究医と情報交換したりするのは

医師として、研究者として当たり前のことではないでしょうか?

情報交換で、新たな概念や知識や情報を得て、
自分たちの治療や研究に、プラスになることはあっても、
マイナスになることはないと思うのに、
何を躊躇しているのでしょうか?

それぞれの医師が、自分のテリトリーだけで、
自分の研究分野だけにひきこもって、

違った考え、視点を持つ研究者や医師たちとほとんど情報交換をしないのであれば、

救える人も救えないばかりか、

その不利益は
やがては自分にも降りかかってくるはずです。

自分達だけの主張だけで、ごく一部の視点だけで、
「無限の未知が潜む人間」の体に起こっている痛みや疲れなどのさまざまな
症状という現象を、
狭い視野のみで、解明しようとしても無理です。

どうか、もっと、脳脊髄液減少症の症例数の多い医師の話に耳を傾けてください。
そして広い視野をもって、
痛みや疲労やその他不定愁訴と向き合って研究してください。

「脳脊髄液減少症」という病が
現実にこの世に存在していることは、体験した患者が一番よくわかっています。

だから、どうか、信じて、
脳脊髄液減少症患者の生の声に耳を傾けてください。

どうか、脳脊髄液減少症を数多く治している医師の話を聞いてください。

線維筋痛症、慢性疲労症候群とされた患者さんたちも、
すでに診断がついているのだからと、

脳脊髄液減少症の可能性をどうか最初から否定しないで、
今一度、症状が似ていないか再確認してみてください。

病名は違っても、
似た症状の患者どうし、その患者を診ている医師どうし、
情報交換してください。

お願いですから、
病名や、学会や、診療科や、専門の壁を越えて、
情報交換をしてください。

お願いですから、患者たちも、
病名ごとに壁を作って固まらないで、

患者会同士も、病名の枠を超えて、もっともっと交流してください。
情報交換してください。

患者たちが、
医師の診断した病名ごとに固まって、
他の似た症状の患者たちの情報をシャットアウトしていたのでは、

心も体もつながった一人の人間をまるごと一人診ないで、
診療科ごとにしか診ない、
縦割り医療の専門医と同じあやまちを犯してしまいます。

何度も書いてきましたが、
症状につけられる「病名が何か」が重要なのではなく、

治ること、または少しでも回復すること、が重要なのだと思います。

患者も医師も、お互いに病名が何であろうと、
その医師が、関心を持ったり、研究している、「病名」がなんであろうと、

「痛みなどに苦しむ患者を救う」という、共通の目的を持って、
患者たちも、
医師たちも心をひとつにして、

あちこちに散らばっている情報を、ひとつに集めて、
改めて、さまざまな視点から、検証して、みてほしいのです。

そこから、何かが見えてくるように思えて
仕方がありません。

これは、「慢性疲労症候群」の研究に携わっている研究者にも
「高次脳機能障害」の治療にかかわっている医師にも、
お願いしたいことです。


マスコミも、この似た複数の病態の存在に気づいてください。

繰り返しますが、
「脳脊髄液減少症」は、
脳が機能障害を起こしますから、

脳が管理している精神、身体のすべてに、
ものすごくいろいろな多種多彩な症状を出す「不定愁訴病」です。

さまざまな病名に誤解される可能性が
ものすごく大きい病だと、

さまざまな症状と、
ブラッドパッチでの回復を経験した患者の一人として感じます。


NHKおはよう日本の取材班の方も、

線維筋痛症を取材するなら、

非常に良く似た原因と症状の「脳脊髄液減少症」も取材してください。

線維筋痛症の放送があるといつも取材を受けている
線維筋痛症の研究班のN医師は、
脳脊髄液減少症でも全身に激痛が出ることはご存知なのでしょうか?

それとも、知っているけれど、脳脊髄液減少症に否定的なのでしょうか?

とにかく、何派でもいいですから、脳脊髄液減少症でも全身に痛みが出る
脳脊髄液減少症という病が存在する事実は事実として、
知ってほしいのです。

線維筋痛症患者が全国で200万人いるとよく言われてますが、もし、そうなら、
脳脊髄液減少症患者はそれ以上の潜在患者がいると思います。

なぜなら、脳脊髄液減少症の初期や症状の軽い人は、
痛みや頭痛がでないこともあるからです。

私がまさにそうでした。

激しい眠気、だるさ、めまい、という症状だけの人もいるはずだからです。

ささいな症状の脳脊髄液減少症患者の多くは、見逃されているはずです。

症状がささいな不調のうちに、
脳脊髄液漏れが発見され、脳脊髄液の減少を未然に防げば、

私のように、長期間放置されたことで
激しい痛みや、動けないほどのだるさで、寝たきり状態、歩行障害が出るまでに悪化することは防げると思います。

高次脳機能障害で、判断力低下、思考力低下、で危険な目に遭って事故死しそうに
なることも未然に防げるはずです。

脳脊髄液漏れが見逃され続け、
脳機能低下によるうつ状態と、身体のつらさ、周囲の無理解からの絶望感、働けないことでの経済的困窮などが原因で、自殺を考える人も、減るかもしれません。

今、線維筋痛症や、脳脊髄液減少症、慢性疲労症候群などの病名をもらえている人は、

症状がひどく深刻になってきて、日常生活にも支障が出てきて、どうしょうもなくなったからこそ、専門医を必死で探し、訪ね、
そう診断されたにすぎないのですから、

症状が軽くて、不調ながらも、受診にいたらず、
原因不明の体の不調を抱えながらも、

ガマンしながら、無理しながら
必死に生活している方がたが
ものごい数、潜在患者として存在していると想像します。

その方がたがたが、やがて、症状が悪化して動けなくなる前に、
早期に診断治療できるような医療が整う社会にするためにも、

原因不明の痛みや体調不良、不定愁訴にかかわる病態を抱える分野の、

すべての医師や
すべての学会や、
すべての研究班は、

至急、情報交換をしてほしいと思っています。

番組で紹介していたクリニックはここですか?
ちょっとクリニック名まで聞きそびれてしまったので、
医師名だけで検索して調べたのですが?

番組でN医師が、線維筋痛症の治療には、
カウンセリングも、精神科も整形外科も各診療科との連携ができることが必要っておっしゃっていたのは、
脳脊髄液減少症でも同じだと私も思います。

でも、このクリニックには、脳脊髄液減少症の視点で痛みを診断できる医師は
いないように思えて残念です。

ここのクリニックにも、脳脊髄液減少症に詳しい脳外科医がひとり入って、
総合的に痛みの診察に当たってほしいと期待しています。

痛みや体調不良、不定愁訴など、検査にはなかなかでない、
本人のみの苦しみも、

いつの日か、医学に、真摯に向き合ってもらえ、
いろいろな診療科の視点から支援してもらえ、

ひとりでも多くの患者が苦痛から解放される日がきますように。


NHKおはよう日本へのご意見はこちら



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重なる思い・・・。

2008年12月16日 | 他の病名との関連性
(リンク先はパソコンでご覧ください。)

ハンセン病と脳脊髄液減少症でも書きましたが、

脳脊髄液減少症を抱えて生きていると、

似たような過去の事実と
脳脊髄液減少症患者のおかれている現在の状況が
重なり、

その方がたの当時の思いが、自分の思いとも重なることがあります。

そんな気持ちになる番組もあります。

今日偶然再放送を見た、
NHKその時歴史は動いた、

マザーテレサの思いもそのひとつです。
詳しくは番組ホームページをご覧ください。


また、

来年、緒方洪庵のアンコール放送があるようです。

この番組は、このブログのコメント欄でも
「まるで脳脊髄液減少症の治療法を普及させようとしている
現在の脳外科医みたいだ」と、書いたことのある番組です。

天然痘の治療を誤解と偏見にさらされながら、普及させ、
人々を救った緒方洪庵という医師の物語です。

その時歴史は動いた今後の放送予定

その時歴史は動いた

アンコール放送

緒方洪庵・天然痘との闘い
平成21年1月21日 (水) 22:00〜22:43 総合
ゲスト 蟻田 功
(医師・財団法人国際保健医療交流センター名誉理事長・元WHO職員)

ぜひ、ご覧ください。


また、新たに、
まるで現在の脳脊髄液減少症のように、

病との因果関係を否定する企業に、患者たちが苦しめられた、
過去の歴史、
水俣病に関する放送があるようです。

その時歴史は動いた、
第349回

我が会社に「非」あり
〜水俣病と向き合った医師の葛藤(仮)〜
平成21年1月28日 (水) 22:00〜22:43 総合
ゲスト 有馬澄雄(水俣病研究会)

脳脊髄液減少症患者さん自身はじめ、
脳脊髄液減少症支援にかかわっている方がたに、

脳脊髄液減少症患者の現状と重ね合わせながら、

ぜひこれらの番組を見てほしいと思っています。

きっと、重なる思いを感じると思います。

なお、見逃した方はNHKオンデマンドでも
有料で見られるようです。
(私はためしたことはありませんが。)

来月の話なので、私も忘れそうですが、(誰か当日メールで教えてください。

早めにお知らせしておきます。


最後に、

今日再放送で見た「その時歴史は動いた」
第345回
一人、そしてまた一人
〜マザー・テレサ 平和に捧げた生涯〜

を見て、心に残った言葉を
「その時歴史は動いた」番組ホームページから引用して
ご紹介させていただきます。


アッシジの「聖フランシスコの平和の祈り」について

マザーはノーベル平和賞受賞スピーチに先立ち、この祈りの言葉の全文を唱えている。


主よ あなたの平和をもたらす道具として 私をお使い下さい

憎しみのあるところには 愛を

争いのあるところには 許しを

分裂のあるところには 一致を 

誤りのあるところには 真理を

疑いのあるところには 信仰を

絶望のあるところには 希望を

暗やみには 光を

悲しみのあるところには 喜びをもたらす者として下さい

慰められるよりも 慰めることを

理解されるよりも 理解することを

愛されるよりも 愛することを求める心をお与え下さい

忘れることによって 自分を見いだし

許すことによって許され

自分を捨てて 死に永遠の命をいただくのですから

    



番組の最後より、

救いを求める人に、手をさしのべ続けたマザーが
生前人々に語り続けた言葉です。


「私は、決して助けた人を数えたりしません。

ただ一人、ひとり、そして、またひとり・・・。」



マザーテレサのように、
救いを求める私たち脳脊髄液減少症患者に、

手をさしのべてくださる方がたが
現れ続けることをただただ、祈りたいと思います。
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兵庫県議会

2008年12月11日 | 情報
最近の兵庫県議会で、加田裕之議員という議員さん(HP)

脳脊髄液減少症について、一般質問してくださったようです。

同じ県議会議員さんの東野としひろ議員  (HP)

ブログ記事で知りました。
東野議員さん、記事にしてくださり、ありがとうございました。

一部の限られた党の議員さんだけの理解や支援ではなく、

すべての党派の議員さんに、脳脊髄液減少症のことを知っていただき、

全党が一丸となって、国に働きかけ、
患者救済に動いていただきたいと願っています。

加田議員へのメールはこちら

私もすでにメールで伝えました。

どうか、全国の脳脊髄液減少症患者さんがた、この議員さんにも、
ぜひ、患者の生の声をお伝えください。

どうかよろしくお願いします。

ろくろさんのブログからの情報によると、

毎日新聞記事

診療、治療可能病院は、県ホームページで公開は見送るようです。

それでは真のイエローベルト運動(その県の脳脊髄液減少症診療治療可能病院公開運動?)の意味がないと思いますが

病態が確立されていなくても、他の県は診療・治療可能な医療機関名の掲載をしているというのに、
兵庫県は、今回は見送るなんて、

なんという、保守的な県でしょうか。
とても残念です。

診療、治療可能な病院名が公開されなくては、
患者はいったいどうしたらいいのでしょうか?。

公開しない分、電話などで問い合わせに応じて、県職員がひとりひとりの相談者に、こっそり病院名を教えてくれるとでもいうのでしょうか?

そんなことするなら、患者の口コミで広がりますから、
思い切って公開したって同じだと思いますが・・・?

こわいんですかね?
県も、病院も。

できれば患者に来て欲しくない?
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ノーベル賞受賞式に思うこと 1

2008年12月10日 | つぶやき
10月にノーベル物理学賞に、
南部陽一さん、
小林誠さん、益川敏英さん、

ノーベル化学賞の下村脩さんと
日本人があいついで受賞し、10月に騒がれていましたが、
いよいよ受賞式のようです。

素粒子とか、クォークとか緑色蛍光たんぱく質GFPとか、
無学な私には、何のことやらさっぱりわかりません。

ただ、
これだけの発見をずっと昔にしておきながら、
何十年もたって、
やっと今、その功績が認められノーベル賞を受賞された、
高齢の受賞者の皆様を知り、
特に南部陽一さんは87歳だそうで、

「お元気なうちに受賞できて、本当に良かった。」と
思わざるを得ませんでした。
今回受賞式には欠席されたそうですが、やはりご高齢のせいなのでしょうか?

下村教授も、緑色蛍光たんぱく質(GFP)を発見されてから、
46年目の受賞とか。

ここ1990年代に入ってから、
このGFPが、ガン細胞の目印などとしてさかんに活用され、
医学に大きく貢献しはじめたからのようです。

46年前の発見が、
この18年でやっと役にたつとわかって、やっと受賞なんて、
人の役にたつようにならないと受賞できないなんて、
厳しい世界です。

もっと、早く、
研究者がもっと若い時に、ノーベル賞を受賞させてあげられなかったのかと
思います。

高齢でもお元気なうちに受賞できて、本当によかったと思います。


ところで、話は変わりますが、
私は、脳脊髄液減少症に対し、
「低髄」という略語を使わない主義なのですが、

それはなぜかというと、
すでに医学で認められてきた、「低髄液圧症候群」を発見した人と、
「脳脊髄液減少症」の概念を発見された先生とは、
発見の概念がまったく別ものだと私は思っているからです。

脳脊髄液減少症研究会の先生方が、
病態を正しく理解してもらうために、的確に病態を表現しようと、
せっかく考えてくださった、
「脳脊髄液減少症」という病名を、早く普及させたいし、

低髄液圧症候群とは、「違う」概念である

髄液圧が低いとは限らず、
脳脊髄液の量が減ってしまうことが問題を起こすのだ、という、
「脳脊髄液減少症」の概念を、
今までの「髄液圧が低い」という概念である、「低髄液圧症候群」と一緒にしてほしくはないからです。

「脳脊髄液減少症」の概念をなかなか認めようとしない医師たちは
あえて「脳脊髄液減少症」の言葉を使わず、
「低髄液圧症候群」という言葉を使うことが多いと感じています。

実際に出あった医師でも、
過去の概念や、医学にすでに認められている
「低髄液圧症候群」の病名は口にしても、
決して「脳脊髄液減少症」の言葉を口にしない医師がいました。

それは、
「脳脊髄液減少症」という病名を使わないことで、

無言で「脳脊髄液減少症」に対する疑念や批判を
表現しているようにも感じられました。

だから、せめて私は
あえて、「低髄液圧症候群」の病名を使わないのです。

私は、既成概念の「低髄液圧症候群」とは違うという、
ささやかな反抗をこめて、

「低髄」と略して使いたいところをグッとガマンして、

「脳脊髄液減少症」という病名が長くても、
パソコンや携帯でキーを打つのが非常にめんどうくさくても、

私はあえて、「脳脊髄液減少症」という病名に
最初からこだわり続けているのです。

低髄液圧症候群を発見された先生とは別に、

「脳脊髄液漏れ」「脳脊髄液の減少」と
交通事故後の不定愁訴との関係に、
最初に気づかれたのは、S医師です。

この発見は、保険会社や、保険会社よりの医師にとって、
都合の悪い発見であったかもしれませんが、

交通事故後の不定愁訴に苦しんでいた私のような多くの患者を
地獄の苦しみから救い出した貴重な発見であったことは
疑いのない事実です。

この発見は、今までの低髄液圧症候群の視点とは全く違っていると思うし、
交通事故後の原因不明の症状を抱えた患者を救う可能性から見ても、

決して「低髄液圧症候群」の二番煎じの発見ではないと思うのです。

「低髄液圧症候群」の発見と
「脳脊髄液減少症」の発見は、別もの、

「概念」も別だし、救う患者数は
「脳脊髄液減少症」の概念で診断された患者数の方がケタ違いに多いと思うのです。

だって、今まで「低髄液圧症候群」の概念が存在していても、
私は救われることなく、「異常なし」と放り出され続けたのですから。


「脳脊髄液の減少」という概念が発見される前の、
「低い髄液圧」という概念で救われた患者たちは、
麻酔後などで症状の出た、また髄液圧がたまたま低かった、
ごく一部の患者さんたちのみであったろうと察します。

「低髄液圧症候群」の概念では、
私達、数々の精神的身体的不定愁訴を抱えて苦しみ続けていた
患者の多くは、その診断基準から外れてしまい、

異常なしと見逃され、
多くの患者たちが見逃され、
適切な治療も受けら得ないまま、放置されてきたのです。

だから、
低髄液圧症候群と脳脊髄液減少症の概念は、
まったく別ものだと私は思っています。

さらに、
脳脊髄液の減少と
激しいだるさ、慢性的な疲れ、全身の痛みなど、不定愁訴との関係に気づいたことにより、

脳脊髄液の人体における役割のすべてが科学的に解明されれば
(患者は脳脊髄液の役割は症状から逆算すればすでに体験的にわかっていますが、)

まだ未解明の病や、原因不明とされている症状と、
脳脊髄液減少症との関係が
やがて解明され、治療法も発見されてくることでしょう。

また、それらの病に伴って引き起こされる、失業、離婚、不登校、無気力、
うつ、など数々の社会問題とも関係していることに気づき、

やがて、脳脊髄液の役割が解明されるとともに、
脳脊髄液減少症の診断治療支援体制が整い、
それらの、この病に伴って起きていた社会問題も減っていくことでしょう。

つまり、
脳脊髄液減少症という概念の発見は

世界中の人々をいろいろな点で不幸から救うきっかけに
必ずなると思うのです。

だから、私は
S医師の発見は、大発見であり、
過去にない気づきであり、
ノーベル医学賞にふさわしいのではないかと
ずっと思っています。

この大発見のすごさにうすうす気づいてねたむ大先生たちが
さらに強固に「否定論」を繰り返すこともあるかもしれませんが、

真実は必ず、歴史が証明してくれると思います。

「脳脊髄液の減少」という概念が、やがて、
脳脊髄液減少症患者のみならず、

さまざまな未解明の病を解明し、
多くの患者たちを救うきっかけになる日が
必ず来ると予感しています。


つづく

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脳脊髄液減少症と月経異常  

2008年12月07日 | つぶやき
本日12月7日(日)の朝日新聞医療面に

痛みの病理学①として、

「女性特有の月経周期にかかわる痛み」が特集されています。

女性ホルモンとの関係については触れていますが、

その女性ホルモンをつかさどる下垂体に悪影響を与えて、

月経周期を狂わせたり、月経痛や月経前の頭痛をひどくしたりすることのある、
脳脊髄液減少症という原因があることについては
何も触れられていません。

おそらく取材でも、そういった話は出てこなかったものと思われます。

今の、脳脊髄液減少症の社会や医学界の認知度では、
無理もありません。

まして、
脳脊髄液減少症ではない健康な、
しかも男性記者では、

月経と脳脊髄液減少症との関係について、気づくはずがありませんから
しかたがありません

でも、
脳脊髄液減少症の女性患者さんなら、すでに気づかれていると思いますが、

脳脊髄液減少症と、月経痛や月経困難症、月経周期の異常などは、
非常に深い関係があります。

脳脊髄液減少症の病状の個人の程度にもよりますが、

女性の脳脊髄液減少症患者であれば、多かれ少なかれ、
以前にはなかった、
月経に伴う苦しみを体験されていることでしょう。

脳脊髄液減少症は月経量や月経周期を狂わせたり、
月経に伴う痛み、体調不良を異常なまでにひどくしたりします。

脳脊髄液の減少により、下垂体に何らかの異常が起こると思われます。

脳脊髄液減少症で正常に分泌しなくなるのは、
何も「成長ホルモン」だけではないのです。

大人になってしまうと、
「成長ホルモン」のように、
目で見て気づくことはできませんから、
月経異常などは、本人だけの気づきです。

しかも、性にともなうことでもあり、
本人すらも黙っていることが多く、
公になりづらいことですが、

脳脊髄液減少症になると
明らかに「女性ホルモン」にも異常がでるのは
私の体験からも事実のようです。

脳脊髄液減少症を抱えると、月経に伴う不調や痛みが本当に倍増し
苦しみます。

月経に伴う異常なまでの体調不良に振り回されて
一月の半分は寝込んで行動できないこともあります。

この脳脊髄液減少症と婦人科症状との深い関係について
気づいている産婦人科医は、
今の段階ではほとんどいないと思います。

私も、脳脊髄液減少症とわからず、
婦人科で長く治療を受け続けました。

本日私が訴えたいのは、
もし、
脳脊髄液減少症の女性患者さんで、
私と同じように、
脳脊髄液減少症になってから、

月経時に伴う頭痛、生理痛などの痛みが倍増したり、
月経時の眠気や体調不調がひどくなったり、

月経量や月経期間が、以前と違ってきて、

月経期間が短くなってしまったり、逆に長くなかなか終わらなかったり、
月経量が健康時より多すぎたり少なすぎたり、と
さまざまな月経異常の経験のある女性患者さんがおられましたら、

ぜひ、
この「痛みの病理学①
月経周期知って防いで、女性ホルモン、深く関連」

の記事を書いた、朝日新聞和田記者様に

脳脊髄液減少症での月経との関係の体験をお伝えください。

脳脊髄液減少症の女性患者のひとりひとりの声が書いた新聞記者に伝わることにより、

いつの日か、産婦人科医も、症状が似ていることで、

子宮内膜症とか、月経前緊張症とか、月経困難症とか、
更年期障害とかと誤診することなく、

脳脊髄液減少症を産婦人科医でも、早期発見できる日がくることを
私は期待しています。

現段階では、
もし、脳脊髄液減少症が原因で、
月経に伴う頭痛や体調不良、子宮の絞られるような痛みを訴えて
産婦人科医を受診しても、

まさかそれが、「脳脊髄液減少症」で起きている症状と
気づく産婦人科医はいないも同然だと私は思うからです。

つまり、
脳脊髄液減少症患者が、産婦人科で、
「もしかしたら、それは脳脊髄液減少症の婦人科症状かもしれませんよ。」と
医師に気づいてもらえる可能性は
今の段階では、限りなくゼロに近いと思うのです。

だからこそ、
脳脊髄液減少症で婦人科症状の悪化を自覚している、私を含め女性患者が
声をあげなければと思っています。

連載記事「患者を生きる」のところに
「ご意見。体験は メール iryo-K@asahi.comへ。」と書いてありました。

このアドレスでメールは届くと思います。

または、

朝日新聞医療グループ

eメール     kenko@asahi.com

ファックス   東京 03-3524-0533    
ファックス   大阪 06-6201-0249

郵便      〒104-8011 朝日新聞医療グループ宛

で、医療面記事担当の方へ届くと思います。 

脳脊髄液減少症に関しては、
体験した患者しかわかりません。

しかも、脳脊髄液減少症の治療に取り組む脳外科医は男性医師が
圧倒的に多いのです。

脳脊髄液減少症でも、さまざまな月経異常が出たり、
月経に伴う苦痛が、健康時より悪化することを本当に体験して知っているのは、

脳脊髄液減少症の女性患者だけです。

私達女性患者がこの事実を伝えなければ、
社会も医学界もいつになっても、その事実に気づくことなく、
脳神経外科の男性医師も、その事実に真剣に取り組むこともなく、
このままでは、
産婦人科医と連携することも難しいでしょう。

産婦人科医も、
婦人科の症状と脳脊髄液減少症との関係に気づくことができないでしょう。
つまり、
脳脊髄液減少症の産婦人科での早期発見ま難しいままでしょう。

だから、
私はこれから、少しずつでも、
脳脊髄液減少症と月経や性にかかわる症状を
書いていくつもりです。


私個人は、朝日新聞や、記者様に何度か
体験や意見を伝えていますが、

私一人がブログやメールで訴えても、
なかなか信じてもらえません。

どうか、女性患者の皆様も体験した事実をお伝えください。

それにより、脳脊髄液減少症の婦人科症状も、
社会や医学界で認知されて、
理解が深まり、
婦人科でも、
脳脊髄液減少症の早期発見されることを期待しています。

また、少し前の朝日新聞医療面では、同じ記者様が
うつ病や、パニック障害などの症状についても書いておられました。

これに関しても、私は脳脊髄液減少症でも二次的に起こることを
何度も記事にしてきましたし、メールでもお伝えしてきましたが、

もし、脳脊髄液減少症であったのに、病名が判明する以前に、
うつ病やパニック障害、適応障害、と実際に誤診された経験のある患者さんがおられましたら、
その体験も記者様にお伝えください。

重ねてお願いいたします。

特に、女性患者の皆様、
どうか体験談よろしくお願いします。


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ハンセン病と脳脊髄液減少症

2008年12月04日 | 他の病名との関連性

本日、夜9時からの、
NHKニュースウォッチ9で、
「長く遠い道、68年ぶりの帰郷」と題して
ハンセン病元患者さんの思いが放送されるようです。

ハンセン病が、
脳脊髄液減少症と何が関係あるかって?

私は
以前からハンセン病の歴史に似た側面が
脳脊髄液減少症にはあると感じています。

それは「無知と無理解と誤解」にさらされる点です。

興味のある方は、本日夜9時NHKテレビをご覧ください。

以前、私はハンセン病患者のSさんが、

ハンセン病資料館の語り部として
その経験や歴史を余すところなく伝え続けることによって、

このような歴史は繰り返してほしくない、という意味のお話を

テレビでしていたのを見ました。

その映像とともに、

病気に対する無知が差別を生み、
国のあやまった政策
患者の

人権を踏みにじった歴史を、
繰り返してほしくないのです。」

とナレーションも流れました。

その元患者のSさんは

「今の日本のハンセン病の患者たちは
30年40年たてばほとんど(亡くなって)いなくなってしまうけれども、

その後は
難病障害者に対して、差別や偏見を

二度と起こさないために、
ここ(ハンセン病資料館)を啓発の発信基地として
世に訴えていきたい。」
と話されていました。


Sさんが、テレビでそう語っていたのを見た、

ちょうどその時、

私は、脳脊髄液減少症で、
孤独な闘病の苦しみの最中でした。

 

「無知や無理解が生む、人権侵害の歴史を、

今まさに、脳脊髄液減少症患者が

同じことを繰り返されているじゃない!

国や社会や否定派医師の無知と無理解によって、

患者の人権侵害が今起こっているじゃない!。」

ハンセン病患者さんの教訓や、

二度と繰り返してほしくないという切なる思いは、

今の医学界にも、社会にも国にもちっとも伝わっていないじゃない!」と思いました。

ハンセン病の患者さんが、
社会の無理解と、誤解と、偏見と無知によって、

国によってひどい目に遭った経験を隠すことなく語り続け、
ハンセン病に限らず、さまざなな疾病に関して、

そういうことを二度と繰り返してはならないと、

その歴史を後世の何も知らない若い人々に語り部として
伝えようと努力しているその最中に、

 また、人知れず同じあやまちが

脳脊髄液減少症患者に繰り返されていたのです。 

おそらく、この事実を元ハンセン病のSさんはご存知ないことでしょう。

もし、知ったらとても悲しむことでしょう。

ご自分の経験や教訓が、

少しも今後に生かされていないのですから・・・。

 

病名は違っても、脳脊髄液減少症患者に対し、

また同じ「無知と無理解と誤解」によって、

自殺にまで追い詰められる、患者を平気で生み出し続ける

社会と国。

人間とは愚かなものです。

常に広い視野を持って、注意を払って生きないと、
無意識のうちに、同じあやまちを繰り返してしまうようです。

私達脳脊髄液減少症患者は今現在も、

過去の過ちの最中にいるのです。

悪化すると、「生き地獄」と言っても過言でもない

病の精神的身体的苦しみに加えて、
無理解と誤解という、さらなる精神的苦しみを背負わされ続けているのです。

しかも、見た目どこも悪くなさそうなのです。

なんと残酷な、悪魔のような病態なのでしょう。

この恐ろしさを知っているのは、体験した患者だけです。

 

この脳脊髄液減少症の問題に、

どれだけの人が気づいているでしょうか?

おそらく、ほとんどの人が気づいていないことでしょう。

ハンセン病や

水俣病に詳しい専門家も、

今過去の過ちに似た現象が脳脊髄液減少症患者に起こっている深い問題点、人権侵害におそらく、気づいていないことでしょう。

 全国のハンセン病の療養所で暮らす患者さんの

平均年齢78歳を越えているようです。

高齢になったハンセン病患者さん自身の

「たとえ日本からハンセン病患者がいなくなっても、
その後、難病患者や障害者に同じことを繰り返してほしくない。」との
切なる願いは
すでに、現時点で脳脊髄液減少症患者が置かれている

無理解の現状を見ても、

踏みにじられかけているも同然です。

これでは、
ハンセン病患者さんのせっかくの教訓は、未来に伝わるどころか、

現時点でさえも、少しも生かされていないと思います。


ハンセン病患者さんの思いを深く知ることは、

今後の未知の病やさまざまな病を抱えた患者の

人権を守り、適切に支援するための道しるべだと思います。

私たち脳脊髄液減少症患者も、

国のよる過去のあやまちをしっかりと勉強し、

それを自分達に繰り返されないように、声をあげるべきだと思います。(あやまちはすでに繰り返されかけていますが)

ハンセン病の歴史を知ることは、

脳脊髄液減少症患者の支援にかかわる方がたにとっても、

ハンセン病や、脳脊髄液減少症などの、

医療倫理を専門に研究されている先生方にとっても、

そして脳脊髄液減少症患者自身にとっても、

決して無駄なことではないと思うのです。

 

ハンセン病患者さんの声を

しっかりと受け止め、今後に生かしていくことは、

病になったために、ひどい仕打ちを

国と社会に受け続けながらも生きぬいてきた、

今、高齢になったハンセン病患者の意思を継ぐことになります。

病に対する「無知と無理解」が生み出す

恐ろしさ、人権侵害の怖さを伝え続けることは、

それを脳脊髄液減少症を通して体験して知っている、

私達、脳脊髄液減少症患者の使命のようにも私は感じます。

ハンセン病患者さんの思いを
ずっと後世に伝え続けるためにも、

今からでも遅くないので、

かつてのハンセン病患者さんが声をあげ続けたように、

脳脊髄液減少症患者自身も声をあげ続け、

あとに続く患者たちのためにも、
脳脊髄液減少症に対する無理解や誤解を

なんとしても取り除き、

適切な治療や支援を受けられる社会にしていきたいと

願っています。

「ハンセン病の歴史を繰り返してはならない」

「同じように無理解や誤解や差別で苦しむ難病患者や

障害者を今後出してはならない。」

「治る病気なのに、誤解され、偏見や差別をもたれてはならない。」

ハンセン病患者さんのその思いを、肝にめいじて、

今後に生かして、
国も医師も、社会も、

脳脊髄液減少症対策に真剣に取り組んでもらいたいと思います。

最後に、この番組中で、
ハンセン病の体験を語り続けるSさんの話に真剣に、耳を傾ける看護学生などの若い関係者方がたの言葉を紹介します。

「私たちは、(ハンセン病患者が受けてきた事実を)想像はできても、体験はできないから、当事者の意見をこれからもうかがっていこうと思う。」

「知らないことが差別につながるから、まずは知ることだと思う。」

という、主旨の、

若い方がたの言葉ひとつひとつに私は救われました。

ハンセン病に限らず、こういう思いの方がたが増えてくだされば、

脳脊髄液減少症のような、さまざな誤解と無理解にさらされる、他の病の患者たちも、救われると思いました。

ひとりでも多くの方がたが

このような思いで、

当事者の思いに耳を傾けてくれたら、と願っています。

 

偏見は無知から生まれる

 国立ハンセン病資料館

 ↑ここに書いてある、あいさつに、

「現在、そして未来の社会に対して、ハンセン病問題を中心として、

今日なお社会の各所に残っている困難な病気を抱えている人々の人権を考える場を提供したいと考えております。

ハンセン病をめぐる問題をはじめ、様々な難病に苦しむ方々への社会のありようを考えることができる学びの場でありたいと考えております。

病気を抱える人々と社会とのかかわり方は、その時代の推移で大きく変っております。

どのような社会環境の中で、医学の進歩と病気に対する専門家、あるいは社会一般の対応がどのように変ってきているかを、

客観的に追求する役割があるのではないかと考えております。」と書いてありますが、

言葉だけでなく、実際に、

現在、脳脊髄液減少症に苦しむ患者たちにも、

その過去からの学びを現実的に理解や支援として、生かしてほしいと願っています。

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NHKためしてガッテン、「慢性痛」を見て

2008年12月02日 | つぶやき
ろくろさんの情報で、
NHK「ためしてガッテン」で慢性痛をやることを知り、
番組を見ました。

見て、まず思った感想は、

この番組の監修の医師は、おそらく、
麻酔科系、ペインクリニック系、または
内科系の痛みの専門家の医師であって、脳脊髄液減少症をあまり知らない医師だな?
という感想でした。

少なくとも、
脳脊髄液減少症の痛みについて詳しい脳外科医は
監修にかかわっていないなと感じました。

それに、「慢性痛に意味はない。」と言い切ってしまっては
マズイのではないか?と思いました。

たしかに、脳脊髄液減少症の慢性痛も
「神経の誤作動で痛み信号が乱射され」、
痛む場所の体の各部には異常がないという意味では
たしかに「意味のない痛み」であったかもしれませんが、

その「神経の誤作動」を引き起こした原因が
私の場合、脳脊髄液減少症なのですから、
慢性痛にはきちんと意味がある場合もあるのです。

「痛みを感じる神経が、交感神経と混線すれば、天候の変化やストレスを感じただけで痛みを感じてしまうようになってしまう」という説明も
納得できません。

脳脊髄液減少症では、天候が悪く気圧が低いと人の体や脊髄硬膜にかかる圧力も低くなるため、
チューブに入った水の原理で、チューブにかかる圧力が弱まれば、中の水は上に上がらないように、脳脊髄液も脳のある上にあがる量が減って、
もともと脳脊髄液の少ない患者は、天気が悪く気圧が低いと症状が悪化するのではないかと思います。

それを、「ストレス」のせいにされたのでは、たまりません。

これは私ひとりの患者の経験ではなく、
天候に症状が左右されることや、痛みの原因がわからず、
ストレス、気のせい、「心配のない意味のない慢性痛」と
かたづけられた脳脊髄液減少症患者さんは
多いのではないでしょうか?

心配ないどころか、
意味がない不調、ストレス、気のせい、精神的なものどころか、

脳脊髄液が正常量より減っているのに、
誰もそのことに気づけないのです。

たとえ一見「意味のない」慢性痛に見えても、
実は「脳脊髄液減少症」のような原因がしっかりあるのに、

一般的な検査では異常が見当たらないし、
慢性的に痛みは続くし、原因がわからないから、
「これは痛みに意味のない、慢性痛だ。」と、されてしまうことも
実際にあるのです。

体が必死で発している、痛みの原因を「意味のない痛み」としてしまうことで、
本当の痛みの原因を見逃す可能性があると思いました。

脳脊髄液減少症をよくわかっていない医師はもちろん、
患者本人にまで、
「正体をなかなか見抜かせない」という意味で
本当に恐ろしい病です。

現状の認識では、
慢性痛と言われている原因不明の痛みの症状を訴える患者の中に、
「脳脊髄液減少症患者」が存在する可能性もあるのに、

「意味のない痛み」でかたづけられてしまっては、
脳脊髄液減少症やその他の原因を見逃してしまう危険もあります。

この番組を見た一般の慢性痛を抱える方がたや、
脳脊髄液減少症のことを良く知らない医師が、
慢性痛には意味はない、と簡単に思ってしまったら、
脳脊髄液減少症の見逃しはこれからも続き、とても危険だと思いました。


私は「痛みには何らかの意味がある。」と思っています。

それが、慢性痛であっても、脳の痛みの記憶によるものであっても、
精神的なものであったとしても、
必ず「意味がある」し、

人体が発するメッセージや信号に、意味のないものはないと
私個人は思っています。

だから、今回の「ためしてガッテン」は、
全くガッテンできませんでした。

たとえ痛みの専門家であっても、
なかなか消えない痛みを実際に経験し、何年も苦しんだ医師は
ほとんどいないことでしょう。

座学だけで、「慢性痛」を語っているのだと思います。


健康に生きてきて、
慢性痛の苦しさも知らないような、一部の医師側の言い分だけを鵜呑みにしたような番組づくりはとても合点がいきませんでした。

それに、線維筋痛症の患者さんが、手を筆でなでる映像を見ただけで痛い、
というのは、

脳が過去に、「筆で触られて痛みを感じた記憶」が元になっていると
番組で説明していましたが、

もともと、筆で触っても痛いような状態を作りだした、
痛みの原因が、何か必ず存在していていて、
それが改善しないまま放置されたからこそ、

痛みの記憶が脳に刻まれたのだと思います。

そのもともとの痛みを作りだした原因が、
特定できないまま、取り去られることなく、

脳が痛みを感じ続けた結果、
筆で手をなでる映像を見ただけで、痛みを感じるようになってしまったとしたら、

脳脊髄液減少症の状態が長く放置されても、「線維筋痛症」状態になる可能性があるのではないかと感じました。

その、筆でなでられる映像を見ただけで痛みを感じるような、
条件反射のような記憶が脳に刻まれてしまうほど、
長年繰り返し過酷な痛みにさらされるとは、
あまりにつらすぎます。

「脳の記憶として刻まれるほどの痛み」を
「神経の誤作動」「痛み信号の乱射」「神経の混線」と片付けるまえに、

その異常を作り出す原因を
もっと研究してほしいと思います。

患者さんも、体の痛み信号を「意味のない痛み」と簡単にかたづけないで、
体の発する異常信号、SOS信号かもしれないのですから、
もっと貪欲に、原因を探し続けてほしいとも思いました。

その痛みの原因が、何かわからない、ということは、
その原因が、脳脊髄液減少症である可能性もあるはずです。

今の段階では、多くの内科医は、
脳脊髄液減少症を診断するのは難しいでしょうから、
脳脊髄液減少症が見逃されている可能性は否定できないと思います。

番組に出ていた線維筋痛症患者さんは、
内科系の線維筋痛症の専門医だけではなく、
脳神経外科の脳脊髄液減少症の専門医に
セカンドオピニオンを受けられたのでしょうか?

それでも、原因がわからないのでしょうか?

それとも、まだ、外科系の脳脊髄液減少症の専門医には相談はしていないのでしょうか?

とても気になり、心配になりました。

原因もわからないし、
患者さん自身も思い当たるふしがないのに痛みが続く状態は、
交通事故ではない、
脳脊髄液減少症患者さんの痛み症状と非常に似ています。

原因が思い当たらないのは、
スポーツで転倒したり、暴力を受けたりしても、

脳脊髄液減少症の症状はすぐにはでてこないで、
1ヵ月後とか、3ヵ月後とか、時間差でいろいろな症状が出てくるから、
原因と症状がなかなか本人も周囲も結びつかないからだと思います。

この何かの体への衝撃を伴うできごと、と、症状の出現に
時間差があることも、

脳脊髄液減少症という、計算高い犯人の
巧妙なアリバイ工作のようです。

この時間差がアリバイ工作となって、
脳脊髄液減少症をさらに気づきにくくしています。

この脳脊髄液減少症の、
まるで自分の犯罪を周囲に気づかせないためのアリバイ工作のような時間差が

患者自身にさえ、おもいあたるふしをなくさせるのだと思います。

この恐ろしい特徴も、
私が、「悪魔の病」と思うゆえんです。

線維筋痛症の患者さんが痛みの記憶の回路ができてしまっているのは、
本当におつらいことと思います。

でも、その大元の痛みは、必ず何らかの原因で起きていて、
気のせいでも精神的なものでも、脳の記憶が起こす錯覚でもなく、

現実に人体に異常を知らせる危険信号としての痛みが現実に存在していて、

でも、その痛みの原因に現代医学がたどりつかないために、
治ることなく患者さんが苦しみ続けて、慢性痛にさらされた結果が、
線維筋痛症という病ならば、

もし、早期に、
最初の痛みの出現時に何らかの原因を探り当て、
その原因を取り払うことができていれば、

もしかしたら、二次的に形成された
脳も痛みの条件反射の回路は、
作られずにすんだかもしれないと番組を見た後、思いました。

慢性痛は「意味のない痛み」に過ぎず、
ペインクリニックですべてが解決するような印象を
番組は与えないでほしいと思いました。

この番組を見て、さらに痛みの真相から遠ざかってしまった患者さんが
いるかもしれないと思うと、とても心配です。

確かに、その痛みを感じる「場所」には怪我は病気など、「痛みの原因」がなく、

「異常の場所を特定できないという意味では「意味のない痛み」かもしれませんが
痛みを感じるのは「脳」であるのですから、

研究者は「脳」の未知の病が痛みを引き起こしている可能性だけは
忘れないで研究を続けてほしいし、

慢性的な痛みや疲労や不調に苦しめられている患者さんは、
その原因が、体の各部の病や心の病と決め付けない手、
その大元の総元締めである、脳の病、脳に悲鳴と
疑うことも忘れないでほしいと思っています。

    

ためしてガッテンへの感想はこちら
どうぞ、脳脊髄液減少症やその他の慢性痛に苦しむ患者さん自身の声、または
慢性痛患者さんを身近に接している方がたのいろいろな生の声を、

ためしてガッテンスタッフに伝えてさしあげてください。

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揺れるようなめまい。

2008年12月01日 | 症状の説明
今日から12月です。

今月はクリスマスがあり、

あと1ヶ月でお正月ですか・・・。

昨年の大晦日
死にそうな事件がありましたが、
今年の大晦日は、難なく過ごせそうな予感がします。

さて、11月28日の金曜の朝のことです。

流しで立って食器を洗っていたら、

急に、グラ~ンと、左右に大きく揺れるような目眩がしました。

この、
「揺れるようなめまい」はここしばらくなかったので、
本当にひさしぶりです。

これほど、大きな左右に揺れる感じの症状は
しばらく経験しませんでした。

ブラッドパッチ後一時的に再発したかのようになりましたが、
それもしばらくしてなくなっていました。

かつて交通事故以来、数年間、
長く苦しんだゆらゆら、ふわふわ、ぐらんぐらん、めまいには
慢性期に入ってからかなり症状が落ち着いていましたし、

28日の朝は気圧の関係か、天気のせいか、
何が原因かわかりませんが、
突然この「揺れるようなめまい」が起きました。

ひさしぶりに経験して、
過去のゆらゆら、ふわふわ、グラグラめまいに襲われていたころを
思いだしました。

それぐらい、過去のひどい症状を忘れていました。

人間は苦しみが喉元過ぎると、少しずつ忘れるようにできているようです。

(「苦しみを忘れる」ことも、脳のひとつの機能なのだと私は思います。つまり、意識して記憶を保たないと、この脳脊髄液減少症の症状経験も回復とともに、どんどん忘れてしまいそうです。忘れないうちに早くすべて書いてしまわねば・・・。)

以前、「ふわふわ感」という記事でも書きましたが、

そのころは、道を歩くのも、
道路まで足の出す距離感がわからない感じて、
ふわふわの床を、歩くような感じで、
足の着く位置が1歩ごとに定まっていないような感じでした。

階段があると思って足を出したり、
もう階段が終わっていると思って足を出したときのような、

脳の計算する床の位置と、
足の実際の距離感が合わないことによる、違和感。

脳と足の感覚が一致しない感じが常にありました。

そのふわふわ感と、この急に映像が揺れるように感じる症状は、
おなじ「めまい」とひとくくりにされてしまいそうですが、

また、微妙に症状が違っているのです。

たとえていうなら、
この「揺れるようなめまい」は
急に大地震が来て、周囲がぐらんぐらんと大きな波動で横揺れしだして、
そこに立っている自分の周囲が揺れた映像として、実際に目に入るような、

その左右に急に揺れだす映像を見ることによって、
クラクラするような、リアルな大地震のような感じです。

実際に、「地震だっ」と思ったことも何度かあるほど、

まるで視覚、体感ともに、大地震の最中にいるような感じになるのです。

この自分だけが感じる大地震のような感覚が、突然、予告なく、起こるのです。

でも、大地震を感じているのは、自分だけであって、
実際に地震が起きているわけではなく、
自分の脳だけが勝手に揺れを感じているような感じです。

現実の地震ではなく、自分がそう感じているだけだと気づいた時の驚き。

それは、脳脊髄液減少症の症状の恐ろしさを改めて知った時でもあります。

このように、脳脊髄液減少症は、「めまい」ひとつをとっても、
さまざまな症状があり、
そのひとつひとつが、なんとも表現しがたい、症状です。

たとえば、
慢性船酔いのようであったり、

乗り物酔いのようであったり、

絶叫マシンにのって、激しく体を揺さぶられているような感じあったり、

ぐるぐるめまいであったり、

周囲がぐわ~んと歪んでみえたり、

ふわふわ、ふわふわ雲の上を歩いているような感じだったり、

大地震の中に立っているようなグラングランする感じであったり、

とても「めまい」なんて、ひとことでは、伝わらない症状ばかりなのです。

視覚と聴覚と、平衡感覚とあらゆる感覚のバランスが崩れているかのようです。


さらに、
めまいと同じように「頭痛」ひとつをとっても、

ハチマキのように締め付けられるようであったり、

お釜を頭にかぶされているような頭重感、閉塞感であったり、

ひたい前部がズ~ンとひどく重苦しい頭重感であったり、

脳を直接鋭がった針で刺されているような耐え難いズキズキチクチクした
痛みであったり、

また、頭を、かなづちでガンガン殴られ殺されかけているような痛みであったり、

頭痛ひとつをとっても、なんとも表現しがたい
実にさまざまな症状があります。

とにかく、脳脊髄液減少症の症状は、
ひとつひとつが非常に表現しにくい症状ばかりです。

とても、「めまい」「頭痛」なんて
生易しい言葉のみでは、

体験のない、健康な医師や、社会の人たちに、
このつらさがわかってもらえるはずがありません。

しかも見た目どこも悪くなさそうな人間が、
さらに私のように治療で回復したのちに、

かつての生き地獄のような、ひどかったそれらの症状を訴えても、

大げさとか、気のせいとか、心気症とか、精神的なもの、とか、

適応障害とか

不安障害とか、パニック障害とか、うつ病のせいとか、
更年期障害とか、

疲れとか、首のせいとか、ストレスのせい、とか考えすぎとか、思われ、
疑われ、この症状のつらさを信じてもらえないのがオチです。

それらの数々の症状の影に隠れた
「脳脊髄液減少症」の存在に医師も患者もなかなか気づけません。

いくら、脳脊髄液減少症の治療に取り組む専門医であっても、
実際に、脳精髄液減少症を体験して、いくるかの症状だけでも経験している医師は
ごくわずかです。

多くの医師は実際にこの病の苦しさや症状を経験したわけではありません。

だからこそ、
幸いにも、
患者自身がこの病の可能性に気づいて、

治療する医師にまでたどりついて、ブラッドパッチ治療を受けて
症状が改善したような私のような多くの患者自身が、

これらの脳脊髄液減少症の表現も難しい症状の数々を、
悪戦苦闘しながら言語化して、声をあげることが必要だと思っています。

この病の経験のない医師に、
この病の苦しさを伝えられるのは、
経験した患者だけだと思っています。

脳脊髄液減少症の真実を知っているのは、
経験した患者だけだと私は思っています。


患者の声が、いつか
いつか医師や社会に届き、

脳脊髄液減少症の
見た目に反して、非常につらい症状が理解され、

脳脊髄液減少症の症状の数々が、いつか医学の教科書にのり、
医師も看護師も、医療関係者すべてが、
社会全体すべての人々が

それらの症状のひとつひとつを理解して、
患者一人一人の闘病生活を支えてくれるような日が
必ずくることを願っています。

    


ろくろさんからの西日本新聞の情報です。
いつも情報ブログにUPしてくれてありがとうございます。
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