たとえば脳脊髄液減少症・・・・・・

ある日、ソレは突然やってきたかにみえました。
30年前の交通事故の記憶がよみがえる・・・・・・

許す

2017年12月24日 | 心に残る言葉
こんばんは。

ご無沙汰しております。
頂いたコメントにもお返しできず、心苦しいです。
体調もありますが、パソコンのご機嫌が悪かったのも一因です。
ようやくログインできました。
もうどなたも見ていらっしゃないかもしれませんが、
この時期ですし、更新しようと思います。

最近、「脳脊髄液減少症」関係のブログが増えてきました。
患者さん本人だけではなく、ご家族(親御さんやパートナー)も目立ちます。
それだけ、この病気が、普通に語られるようになったって事なのでしょう。
「脳脊髄液減少症」は、原因不明な場合も多いのですが、
明らかに外傷から発症する事も少なくないです。
例えば、車での追突、尻餅、整体などでの無理な施術、スポーツでのケガ。。。
そして、私のような医療行為。

理不尽な事故から発症した場合、
そこには「加害者」が存在します。
が、それが故意ではないだけに、
この病気や治療やその後の裁判などを
かなりややこしい事にしています。

子供の患者さん(中・高校生を含む)の場合は、特に悩ましいです。
ちょっとした、遊びの中でのふざけた行為(いじめでななく)や、自転車での接触や
体育の授業や部活での中での事故の場合。
どのように受け入れたらいいのか。
難しいです。
すごく難しいと思います。

親御さんとしたら、あの「事故」以来、我が子が別人のようになってしまった。
あんなに元気で学校大好き、勉強大好き、友達大好きだった子が
ほぼ寝たきりに近い状態に。

学校にも行けない、行けたとしても半日とか、ほぼ保健室で過ごす。
でも「加害者」は、変わらず元気に走り回っているし、
しかも、自分が「加害者」であるという意識もない。
謝罪も一切ない。

許せない!!
 
分かります。そのお気持ち。
日々、激しい体調不良・不定愁訴を訴える子供に寄り添い、
日々、学校からの電話がないかとドキドキし
小学生なら、ただの不登校だと決めつけられてしまったり。
中学生なら、行ける高校があるのだろうか。
高校生なら、これで進級できるのだろうか。
と。

身内ならではの、お悩みは想像を絶するのでしょう。
近くで接しているだけに、辛い反面、ストレスもかなり。

おそらく、気が休まる時間がないのだろう、と思います。
あの事故さえなければ、あの子のいたずらさえなければ。
という黒い想いに囚われ、自分を責めつづけ。
そんな毎日を想像し、胸が痛みます。

「許す」

本当に難しいです。
ご家族の皆さん、ブログには、努めて明るくコミカルに綴っていらっしゃるのですが、
時折、「加害者」に対しての辛い想い、恨みも垣間見える事もあります。
それは、日ごろ封じ込めている、心の中の本音の吐露なのだと思う。
大いにグチやドクは、吐いていいじゃない。
ご自分のブログなのだから。

ただね。
この11年半の闘病生活の中で見えてきたもの。
それは、この世は決して不平等ではない事。
正直者はバカをみない事。
傷つけた側は、いつか自分に返ってくる事。
(逆もまた真です)

宇宙の法則は、一糸乱れる事がありません。
だって太陽は、一度だって西から登ってきた事ありませんし。
人間界でも同じだと思うのです。
罪を犯した人には、それなりの「罰」がいつか下るでしょうし。
被害を受けた方々が、手を下す事はないのですよ。


「許すってことは、心の中にある部屋をひとつ作ること。」

これは、韓流映画「私の頭の中の消しゴム」の中のセリフです。
この映画は、上映当時、涙腺崩壊だの号泣だの。。
言われた映画らしいのだけれど、
ワタシ、そういうの全くなかったのだけど、このフレーズだけは心に残りました。
心の中の部屋を一つ空ける、くらいなら、なんだか出来そうな気がします。
許す事は、難しいかもしれない。

ただ、この聖夜に免じて「恩赦」
何か一つ位、「赦す」事があってもいいのじゃないのかな。
だって、私も、ず~~~っと許されて赦されて
生きて来られてきているのだから。

…われらが、人に赦す如く われらの罪を赦し給え

アーメン
 
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サンタクロース

2016年12月24日 | 心に残る言葉

なんだか、とてもご無沙汰してしまって。
この間、心配して下さるコメントやメールを下さった皆様

本当に不義理が続き、ごめんなさい。
でもワタシ、どっこい生きています。
元気です!とは言えないのだけれど、もっともっと苦しみの中にいらっしゃる方々に
1ミリ位は寄り添えるようになったかな~。

脳脊髄液減少症を発症して10年半が経ちました。
それでも、まだまだ「甘いな」とも思う事も増えてきました。

あっそうだ。クリスマスですよね。
恒例のまつわるお話を。

今まで、何度かこのブログでも取り上げてさせて頂いている
星野富弘さんのエッセイです。
『鈴の鳴る道―花の詩画集』  星野富弘(著) 偕成社

この本は、何回も何回も拝読し、ギフトにも使わせてもらったのだけど
何度読んでも、新たな発見があります。
その中でも、すごく大好きな小文があるんです。

『サンタクロース』

『毎年クリスマスになると、私のところにもサンタクロースが来る

から始まる小エッセイ。

「私がまだ何でも信じられる心を持っていた頃のこと」であり、
サンタクロースという人が、プレゼントをくれるらしい。。。
でも星野さんは靴下を持っていない。
するとお父様が竹籠を編んでくださった。

そしてそして。
クリスマスの朝、なんとその籠の中に贈り物が。

干し柿と落花生と焼いたにぎりめし

農家だった星野さん家にとって「干し柿」は、冬の生活を支える収入源。
とても盗み食べができるものでなかったし、
落花生も焼きおにぎりも、彼の大好物だった。

大喜びでさっそくご両親に報告すると、
「ええ!たまげたな~」と。

さらにびっくりする事が。
囲炉裏の灰の上に、落花生の殻が散らばっていたのだ。
そこでお父様がおっしゃる言葉がいかしています。
「サンタクロースがここで一休みして食べていったんかなあ。。あちこち回るんで疲れるんだよ」

あ~~~ほのぼのします。
当時は子供たちの心もすごく澄んで感性も豊かだったのでしょう。
星野さんは現在70歳位なので60年前の話ですね。
今の子供たちは、このサンタさんからの贈り物で、喜ぶのかな。
「日本」はいつから心が貧しくなってしまったんだろう。

以前、マザーテレサが来日した時、
「日本は豊かだけど貧しいわね」と言われたのはあまりにも有名です。

今年の漢字は「金」だったそうです。
オリンピックのメダルもそうですが、
「金」に振り回され、翻弄され、守ることで、どれだけの方々が苦しまれたのか。
生きる上でお金は大切かもしれないけれど、それだけじゃないよね。

例えば1万円で幸せになる方もいるし
一億円でも、もっともっとと、投資や欲にはしる方々もいます。
宝くじもその一つなのかな。
でも実際、億単位で当選された方々は、どうもその後そんなに幸せになっていないような。
人生、そこそこがいいのですよ。

私は、脳脊髄液減少症を発症してから、職や色々なものを失いましたが、
出費もすごく減りました。
美容・服飾・外食・旅行。。失いました。
とりあえずルームウエアとスニーカーと最低限の食料と水があれば生きていけます。
髪の毛は自分で適当に切っています。
お風呂も週に1回は入れれば良いほうで。

多分以前の私を知ってらっしゃる方には思えない生活をしています。
でもね。それでも「豊か」な生活をしているのかな~。
豊かさって、お金や物とは、次元が違うところにあると思うのです。

星野さんは。
囲炉裏の殻を見ながら
「白いひげをもそもそ動かしながら、落花生の殻をわって食べているサンタクロースが、
夕べこの場所にいたことに」

さらに胸が高鳴ってくるのだった。

と最後に綴られていらっしゃいます。


今宵はクリスマスイブ。
そのようなワクワクがある日でありますように。
苦しむ人々に光が差しますように
暗闇でもがいていらっしゃる方に光が当たりますように

お祈りします。心から
アーメン

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末期の眼

2016年04月06日 | つれづれに

しばらく長~い冬眠をしているうちに、
季節はいつの間にか、桜が満開になっていました。

自然は美しいのかな。
芥川龍之介が、自死する前に送ったとされる、「或旧友へ送る手記」

『唯自然はかういふ僕にはいつもよりも一層美しい。
 君は自然の美しいのを愛し、自殺しようとする僕の矛盾を笑ふであらう。
けれども自然の美しいのは、 僕の末期の眼に映るからである。』

芥川が亡くなったのはその年の7月だった。
おそらく、その「自然の美しさ」は満開の桜であり、萌え出でる新緑であり、雨の足音だったのだろうな。
ああ、この桜も今年が最期なんだと思うと、そのいつもと見え方が違う。
という意味なんでしょう。

「末期の眼(まつごのめ)

姉と父が旅立ってから早2年が経ちました。今年は三回忌です。
二年前、父は、桜を見に行く体調ではなかったけれど、
テレビが大好きだった父は、どんな末期の眼で眺めていたのだろうか。。

ただ。
自然が美しい、という感性は、ある程度、心身ともに余裕がある状態です。
私は、脳脊になり、死と生の狭間に漂っていた期間は
そんな心のゆとりは全くありませんでした。
「桜の開花」とか「満開」とか散るとか。そんなのはっきりどーでもいいのです。
それで、心が癒される事も満たされる事も生きる力にもありえなくて
とにかく、今、この1分1秒襲ってくる痛みと辛さを乗る超える事で精一杯で。

そんな命の余裕はとてもありませんでした。

人によるのかもしれません。
その時の心のあり様、身体のあり様によるのかもしれません。

私は、地獄の底でもがいていた時。
そっとしておいてほしかったです。ドアの音が脳に響く!電話のベルでギクリと怯える。
とにかくとにかく、人との交流が辛い!
だから。お願いです。
脳脊の患者さんは、普通の疾患とは違うのです。
少し前に元気そうに見えても、その直後には倒れていて。。。
だからだからお願いです。患者さんのために「良かれ」と思われ
無理にお花見とかに連れ出されたりすることが、反ってストレスとなりかねません。
そのあたり患者さんのご家族や周囲の方々のご理解を頂ければ~と思います。


ところで、この時期。
「花」がつく言葉がラジオからもよく聴かれます。
「花冷え」「花曇り」「花嵐」。。
調べると色々ありました。
花疲(はなづかれ)~花見に歩いて疲れること
花見鳥~うぐいすの異称
花明(はなあかり)
花見月~陰暦三月の異称
花心~うつろいやすい心
花盗人(はなぬすびと)
雪月花
花吹雪
花便り

その他にも、「秘すれば花」とか「花鳥風月」とか。美しい日本語が流れます。
日本人にとって、桜は大事な文化だし、花の下での宴も年に一度の大切なコミュニケーションなのかもしれません。
私てきには「花酔い」とか「花狂い」ともあるのだけど。。

あっ、あまりいい意味で使われない「サクラ」(詐欺的な)も「桜」からきているようですね。
(江戸時代に芝居小屋で歌舞伎をタダ見させてもらうかわりに、
芝居の見せ場で役者に掛声を掛けたりしてその場を盛り上げること、またはそれを行う者のことをサクラといった。
桜の花見はタダ見であること、そしてその場限りの盛り上がりを桜がパッと咲いてサッと散ることにかけたものだという)

明日は雨模様。
「花散らし」の気候になるらしい。
だから大切にしてほしい。

桜文化は、日本ならではの言葉で、カルチャーなのだから

※追記
4月8日
前日の花の嵐がウソのような晴天です。
桜の花は、思ったよりも元気です。
「楚々として、はかない」花の命は。。。

意外とシタタカなようです。

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クリスマスキャロル

2015年12月23日 | スピリチュアル

クリスマスイブですね
1年が、とてつもなくあっという間に過ぎていきます。
あ~今年もほとんどの時間を、横になり、たまに起きては、シャワーを浴び、家人のために家事をし。

そんな日々も10年になりますが、よくぞ、生き延びてきたな~と改めて思います。
さすがに自分自身も疲れてきていますが、支えて下さる周りの方々も、もっともっと疲弊しているのだろうな~。

な~んて愚痴を綴るつもりではなくって。

「クリスマス・キャロル」

この時期、ラジオから流れてきます。
美しい旋律。嫌いじゃないです。
でも「クリスマス」という日が、日本風にアレンジされて騒がれているようで。
まあ、それもいいのかなと思いますが。。。

「クリスマスキャロル」は、教会などで歌われるものでもありますが、
1843年に出版された、イギリスのディケンズが執筆した物語でもあります。
あまりにも有名なので、映画や舞台でも上映されているので、
皆さんご存知かと思いますが、一応そのあらすじを。

スクルージという商人が、クリスマスの夜をきっかけに改心する、というものです。

この商人は冷酷無慈悲で、血も涙もない人物として嫌われてきました。
そんなスクルージが、クリスマス前夜に自宅に戻ると、
7年前に亡くなったはずの共同経営者マーレイの亡霊がやって来るのです。
マーレイはスクルージに、このままだと悲惨な人生を送ることになる、と予言します。

その3人のとは精霊は、「過去のクリスマスの霊」「現在のクリスマスの霊」「未来のクリスマスの霊」。
この3人の精霊に、世界中を飛び回ったり未来を見たりしたスクルージは考え方が変わります。
人が変わり、3人の精霊に感謝し、「ロンドンで1番クリスマスの楽しみ方を知っている人」と言われるようになります。
クリスマスキャロルという小説は、クリスマスに起こる奇跡を描いた温かい物語であると言えます。

確かに、心温まるストーリーだし、私もディズニー版のビデオを初めて観た時、思わずウルっときたものです。
この物語の根底にあるのは「死後の世界」です。
この世での生き方が、「あの世」でのあり方という事です。
つまり、今の現世をいかに生きるか、があちらに行った霊界での「生き方」なんじゃないかと。

はっきり言います。

私は「死後の世界」はあると信じています。
それもかなり、はっきりしたビジョンを観てしまった事で信じています。

それは宗教とかじゃなくて、ある不思議な体験を通してなのだけど。
日本人のほとんどは、「死んだら無」と思われている方が多いのでは。と思うけど。
でも口では「天国の○○さんに・・・」とか普通におっしゃってるでしょ。

信じているんですよ。心の中では。

私はこのブログを開設する時に、
「スピリチャアル」というカテゴリーを作りました。
実は、脳脊髄液減少症となり死線のほとりに漂っている時に「スピリチャアリズム」と
出会いました。
これは、今後綴っていければ。。。と思います。

ところで、
「クリスマスキャロル」
あのホリエモンさんが5年前に、舞台でスクスージ役で出演なさったようです。
確かに「お金がすべて」と言っていた方が価値観が「物」から「想い」に脱したわけですから。ピッタリ
その後どうなっているのか。。。興味津々です。

クリスマスこの日本的な賑わいの中で、苦しんでいる方、悲しんでいる方、お辛い方。

どうか、神の光が届きますように、と祈ります。
アーメン 

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脳脊髄液減少症患者に光。。。か。

2015年12月02日 | 脳脊髄液減少症

ご無沙汰しております。

いつの間にか12月ですね。早すぎる!
ほんの数日前に除夜の鐘を聴いたような。。
脳脊髄液減少症患者には、休日はないのです。
常に症状と向き合い、闘い、凹み、命かけで生きています。

でも、神様はなかなかお迎えに来てくれない。
こんな残酷な病気ってそんなにないと思うなあ~。

先日亡くなった、川島さんも召される数日前までは、立って普通に話していたし、
舞台の稽古もされていらしたそうですし。
今、乳がんの抗がん剤との副作用で闘っていらっしゃる北斗さんも、
ブログによると、愛犬とのお散歩や外食もされているようで。
もちろん、それは、同病者に対する励ましやエールのために、あえて笑顔でいらっしゃるかもしれないけれど。
癌治療は、患者さんの選択肢があります。
手術か、抗がん剤か、放射線か。
そのステージと患部や患者さんの状態によりますが、「選択肢がある」、そして「患者として認められている」
わけですよね。もうそれだけで、なんて恵まれているのだろう~。

こんな事を書いてしまうと、また荒れるのかな。
「癌患者」を冒涜している、とか、削除しろとか。

でもね。癌患者さんのように知名度の高い方々は、弱音を吐かず思い切り前向きの記事を綴るのは素晴らしい。
頑張ってほしい、と願います。

ただ、私達のように、9割以上の医師に認知されない疾患患者は、それは、どうなのかな。

どんなに「辛い、辛い」と訴えても、「気のせい」「性格のせい」「ストレスのせい」にされて
ただひたすら放置されている身としては、やっぱりね。
今、置かれている現状や症状を訴えてほしいです。

と・こ・ろ・で
脳脊髄液減少症に光が見えてきました。

「髄液漏れ治療:患部血液注射、9割有効 359例分析」

毎日新聞 2015年11月30日

リンクが切れる前に、一応全文コピペします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

激しい頭痛やめまいなどを起こす「脳脊髄(せきずい)液減少症」で、厚生労働省研究班が359症例を分析し、
ブラッドパッチと呼ばれる治療が90%の確率で有効との結果が出た。症例には交通事故などの「外傷」で発症したものが相当数含まれるという。
「髄液が漏れることは極めてまれで、患者はほとんどいないはず」と否定する声が一部に根強くあるが、
8年以上の研究はこの主張を真っ向から否定する結果となっている。
     
日本脳神経外科学会が30日に東京都内で発表した。
学会理事長で研究班長の嘉山孝正氏は「健康保険が適用されるようにしたい。引きこもりの子どもの中にも患者がいるかもしれず、
小児の研究にも取り組む」と語った。

発表によると、減少症を先進医療で治療している46の医療機関にアンケートを実施。回答があった30機関で計890症例を治療していた。
研究班はさらに協力が得られた359症例について詳細なアンケートをした。

ブラッドパッチをしたのは336例。結果は、治癒33・1%、軽快57・1%、不変9・5%、悪化0・3%。

この疾患について「近年日本で相次いだ報告の多くは誤診だ」との批判がある。
主な根拠は、髄液が漏れることがあると70年以上前から言われてきたのに、報告例が少なかったからだ。
研究班の2011年の中間報告でも、認定した確実な症例は16にとどまった。それが一気に増えた理由について、
嘉山氏は「先進医療に認められ、治療する医療機関が増えたため」と説明。890もの症例が集まった減少症の研究は例がないという。

減少症は00年ごろから日本の一部の医師が積極的に診断するようになった。
05年に交通事故の補償を巡って訴訟が続発していると分かり、社会問題化した。
研究班は07年に発足。11年に髄液の漏れを判定する基準をまとめた。12年春、ブラッドパッチが先進医療に認められた。

患者団体「脳脊髄液減少症患者・家族支援協会」の中井宏代表は「保険適用が現実味を帯びてきた。研究班に感謝したい」と話している。【渡辺暖】

【ことば】脳脊髄液減少症とブラッドパッチ

脳と脊髄は硬膜で包まれており、硬膜内の隙間(すきま)を髄液が満たしている。
この髄液が漏れて減ると頭痛や吐き気、めまいなどさまざまな症状が起きる。漏れを止める治療法に、
患者から採取した血液を患部付近に注射する「ブラッドパッチ」がある。患者団体によると全額自費だと数十万円かかる。
2012年に先進医療となり、国の基準を満たした医療機関では一部に保険が適用され、患者負担は10万円程度。

◇脳脊髄液減少症を巡る主な動き

2000年ごろ 交通事故で発症すると主張する医師が現れる

05年5月 事故の補償を巡る患者と損保各社との訴訟多発が表面化

   9月 事故との因果関係を認める初の民事判決(2月)が明らかに

06年1月 2例目の患者勝訴判決

   3月 厚生労働相が研究費補助を表明

  10月 日本脳神経外科学会がシンポジウムで議論

07年3月 国の研究班がスタート

11年5月 研究班が「事故での発症はまれでない」と中間報告

  10月 研究班が診断基準を発表

12年5月 ブラッドパッチの先進医療を承認

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつも毎日新聞さん、ありがとうございます。
この病気を長年取材して下さっている、渡辺暖さん、本当に感謝しています。
「朝日」さんや「読売」さんも、よろしくお願いしますね~。

ようやく、この病気に光が当たってきたな、ととても嬉しく思います。

ただ、この記事読んで、なんだかな~と思う部分もあります。
減少症は00年ごろから日本の一部の医師が積極的に診断するようになった。」
「一部」って、熱海のS医師ですよね。
S教授がいなければ、彼の気づきがなければ、今でも、患者さん達は、暗闇の中で彷徨っていたはずです。
彼が医学会で、発表しても、発表しても反発の嵐だったそうです。
特に、損保側の医師の反論がすさまじい。
「むちうち位で、硬膜に穴は開かない」「ちょっとした外傷で脳脊髄液は漏れない」
と攻撃し続けてきました。

この脳脊は、交通事故の外傷(特にむちうち症)で発症するケースが多いので、損保会社からの圧力はいかに想像に絶したかと。
交通事故で発症した方は、保険が適用しないことで、かなりの治療費を自己負担し、
しかも損保会社からは「詐病」とののしられ、家族からも周囲からも「怠け者」と責められ。。
お子さんの患者の中には「不登校児童」とレッテルを張られ。
そんな方々が救われる。。

ようやく光が見えてきました。

でも、不透明な部分が多いのです。
なぜ、今まで「熱海」の患者データが採用されなかったのでしょうか。
なぜ、今まで「7割改善」とされていたのが、いきなり「9割有効」になったのか。
まあ、保険適用になるのは、非常に嬉しい事。
保険適用になる事で、今まで放置されていた患者さんが「怠け者」から「認められる患者」となります。
経済的にも社会的にも、理解が得られ、精神的にも救われると思います。
脳脊髄液の研究も進むでしょう。

ただ、何となく。

手放しで喜べないような気もしています。
「9割有効」という文言が、患者さん達に、誤解を与えてしまうのではないか、と危惧しています。
どうか、関係者各位の皆様、慎重なご検討をお願いします。

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永井隆さんの言葉

2015年08月27日 | 心に残る言葉

久しぶりの更新になりました。
今年の気候は尋常ではありませんでしたね~~。

とりあえず桜の季節はあったものの、その後、のほほんとした「春」はなく
いきなり盛夏って、そんなのあり?
梅雨はしっかり訪れたけれど、その間もその後も「猛暑」だぜ。
初夏も盛夏も晩夏も、みんなすっとばして、「初秋」ですか~~。

この夏、あまりの辛さに、ああ!もうダメかな~と何度も思いました。
でも、朝起きて、生かされている。。。
感謝感謝感謝感謝感謝感謝
こんな日々も、早10年目に突入しました。

ブログになかなか向かえなかったのですが、8月。
避けて通れない問題にぶちあたります。

日本の政府さん。一体何に向かっているのでしょうか?
原発再開?軍事強化?
哀しくて悲しくてたまりません。
病床にあって、これは身体にさらに堪えました。

テレビをほとんど見ない私ですが、ラジオやネットで最低限の情報は入手できます。

戦後70年。
色々なメディアでの報道やドラマやコメントがあるようですが。
ある一人の長崎の若い医師・永井隆さんの魂のメッセージがささりました。
昭和20年8月9日午前11時2分、長崎の原爆で妻を失い、ご自分も原爆症を患い、命を懸けて
まだ幼いお子さん達に書き残した慟哭。。。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いとし子よ

永井隆(1949年10月)
いとし子よ。

あの日、イクリの実を皿に盛って、母の姿を待ちわびていた誠一よ、カヤノよ。
お母さんはロザリオの鎖ひとつをこの世に留めて、ついにこの世から姿を消してしまった。
そなたたちの寄りすがりたい母を奪い去ったものは何であるか?
原子爆弾。・・・いいえ。それは原子の塊である。そなたの母を殺すために原子が浦上へやって来たわけではない。
そなたたちの母を、あの優しかった母を殺したのは、戦争である。

戦争が長びくうちには、はじめ戦争をやり出したときの名分なんかどこかに消えてしまい、
戦争がすんだころには、勝ったほうも負けたほうも、なんの目的でこんな大騒ぎをしたのかわからぬことさえある。
そうして、生き残った人びとはむごたらしい戦場の跡を眺め、口をそろえて
戦争はもうこりごりだ。これっきり戦争を永久にやめることにしよう!
そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、
なんとなくもやもやと戦争がしたくなってくるのである。
どうして人間は、こうも愚かなものであろうか?

「私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。」

わが子よ!
憲法で決めるだけなら、どんなことでも決められる。憲法はその条文どおり実行しなければならぬから、
日本人としてなかなか難しいところがあるのだ。
どんなに難しくても、これは善い憲法だから、実行せねばならぬ。
自分が実行するだけでなく、これを破ろうとする力を防がねばならぬ。
これこそ、戦争の惨禍に目覚めたほんとうの日本人の声なのだよ。
しかし理屈はなんとでもつき、世論はどちらへでもなびくものである。
日本をめぐる国際情勢次第では、日本人の中から憲法を改めて、戦争放棄の条項を削れ、と叫ぶ声が出な
いとも限らない。
そしてその叫びがいかにも、もっともらしい理屈をつけて、世論を日本再武装に引きつけ
るかもしれない。

もしも日本が再武装するような事態になったら、そのときこそ…誠一(まこと)よ、カヤノよ、
たとい最後の二人となっても、どんな罵りや暴力を受けても、きっぱりと戦争絶対反対を叫び続け、
叫び通しておくれ!

たとい卑怯者とさげすまされ、裏切り者とたたかれても戦争絶対反対の叫びを守っておくれ!
敵が攻め寄せたとき、武器がなかったら、みすみす皆殺しにされてしまうではないか?
という人が多いだろう。しかし、武器を持っている方が果たして生き残るであろうか?
武器を持たぬ無抵抗の者の方が生
き残るであろうか?

狼は鋭い牙を持っている。それだから人間に滅ぼされてしまった。ところがハトは、何ひとつ武器を持っていない。
そして今に至るまで人間に愛されて、たくさん残って空を飛んでいる。
愛で身を固め、愛で国を固め、愛で人類が手を握ってこそ、平和で美しい世界が生まれてくるのだよ。


敵も愛しなさい。愛し愛し愛しぬいて、こちらを憎むすきがないほど愛しなさい。愛すれば愛される。
愛されたら、滅ぼされない。愛の世界に敵はない。
敵がなければ戦争も起らないのだよ。

永井隆記念館HP
http://park10.wakwak.com/~cdc/nagasaki/nyokodou/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほぼ70年前に残された、このメッセージは
二人のお子さんだけではなく、未来の日本人に残されたものだと思います。
ぜひ、もう一度読み返して頂きたいと思います。
戦争は、勝っても負けても、お互いに大きな傷が残ります。
イラクに派遣された日本の自衛隊員さんが帰国後、心の病を患い、自死された方が少なからずいました。

米軍兵だって、戦地から帰った方々のその後はどうだったのでしょうか?
「はじめに戦争ありき」の法案はどう考えてもおかしいです。
おかしい!おかしい!絶対におかしい!
憎しみ・怒り・嫉みの感情は、ぶつけると自分に返ってきます。
「天につばを吐くと。。。」という聖句。

永井博士がおっしゃるように、本当に弱い者は攻撃されないのです。

世界で唯一の被爆国日本。
「怒りの広島・祈りの長崎」という言葉があるのを最近知りました。

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サクラと緋色

2015年04月03日 | つれづれに

今朝、リンゴを切ろうとして、ザクリ手を切りました。
視覚の異常なせいか、力が変な感じで入ってしまったのか。。
痛みは、ほとんどなかったけれど、しばしその流血に見とれてしまいました。

あっ。おひさしぶりです。更新が途絶えてしまって。
年末から年明けにかけて、本当に本当に、辛すぎました。
この体調の悪さは一体なに?と思ったら、同病の方々も同じような感じで。
こんな気象の変異は今までなかったように思います。
気圧だけでだけではなく、地震や噴火、そして世界中で起きているテロ。事故。事件。
そんな事が、病を抱えている身には堪えるんですよね。なぜか。

同病者の中には、吐血や下血があっても、じっと耐えている方もいます。
普通だったら、救急車呼ぶでしょ!っていう症状でも耐えている。
実は私もそうです。体の痙攣や脳の痙攣は日々普通の事ですし、
脳貧血のような気が遠くなる症状。
首や脊髄の痛み、表現が非常に難しい脳みそや首のユラユラ感、バキバキ感。
手足のしびれ。胃腸の不調。
健康な方が、こんな症状があったら、ER状態ですよね。

でも私たち「脳脊髄液減少症」患者は知っているんです。
こんな状態で救急で担ぎ込まれても、「異常なし」で。
よくて点滴。普通で異常なしで返される。。。
ふふふ。さすがに学習しますよ。
「精神科に行ったら~」と冷笑されるのを。
だから。「呼吸困難」や「激しい頭痛」「意識朦朧」なんかでは、我慢我慢。
薬や水分補給・安静臥床で、改善される事もあるのだから、アラ不思議。
少し前まではあんなに片足アチラにすくわれていたのにね。


で、話は、冒頭のリンゴ事件にもどります。
たいして痛くないのに、指からしたたる血を眺めながら。
ああ。「脳脊髄液減少症」もこのように、目に見えるカタチな疾病だったら、どんなによかったのにか。。と。
脳や脊髄の中は、CTやMRIやレントゲンでも、よく分からないのです。
目に見えない部分だから。

この「目に見えない部分」って医学だけじゃなくて、いろんな分野で多くって。
だって、携帯電話の電波だって見えないでしょ。
ラジオやテレビもなんで映るのか、見えないでしょ。ネットだって。
でも「科学」だからってことで、何となく信じてしまう。繋がらないと苦情が炸裂。

だけど「心」とか「想い」とか「苦しみ」とか「痛み」とかも目に見えません。
もっといえば「魂」だって。
だけど、ちゃんと存在していて、だから、人には喜怒哀楽があって。
目に見えないものをちゃんと認識してるんですよね。
眼に見えないものは、「見える」ものより圧倒的に多いのです。
見えないだけで。

「目に見えない」病気があるのは、確かです。
私もその患者の一人です。決して心因性ではありません。
医学書にはない症状が実際に発症します。
「眼の前の患者が、一番の医学の教科書です」
そのような想像力をもってほしい...
そのような社会、医学界、法曹界、行政であってほしい...

と思う、この季節。
窓の外でハラハラと舞うサクラと緋色に染まった指を眺めながら、しみじみと。

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署名の御礼

2015年01月16日 | 脳脊髄液減少症

いつの間にか、新たな年も明け、もう半月が。。
早すぎます。
更新頻度が少ない、こんな過疎ブログでございますが、
訪問して下さっている皆様方。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

以前、「署名のお願い」をいたしましたが、
去年末に締切り、その集計結果、並びに御礼でございます。
以下、お礼のコメントです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この度は、『脳脊髄液減少症裁判の公平な判決を求める署名活動』において
多大なるご支援、ご協力を賜りまして誠にありがとうございました。
署名を開始した当初に目標としていた、1万筆を大きく上回る
ご賛同を戴くことができました。

書面での署名      35,645筆

オンライン署名       452筆

 合 計       36,097筆

今月末日に前橋裁判所高崎支部へ提出する予定となっております。

我が事のように考え、賛同してくださった皆様の温かいお気持ちと
SNSやブログで拡散・シェアに協力してしてくださった方々、
署名と共に寄せられた沢山のコメント、メール、お手紙に
何度も心を救われました。


お忙しい中、年の瀬の締切ギリギリまで署名を集め
届けてくださった方々のことを想うと感涙の極みです。
携わってくださった皆様に心より御礼申し上げます。

今後も脳脊髄液減少症の裁判の行く末を、見守って
いただけますようお願い申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この方は、右折の為に停車していた車に、トラックに突っ込まれ、何十メートルも引きずられました。
【10:0】の事故でした。その後、身体の痛み、目まい、頭痛、などなどの過酷な症状に見舞われるのですが
病院での診断は、「むち打ち・全治2週間」でした。
安静にすれば治る、と言われるも、「安静にしても安静にしても」悪化し続けました。

★参照動画:http://www.youtube.com/watch?v=U8BJjhD-El8

その後、自力で、病院を渡り歩き、
漸く「脳脊髄液減少症」という病である事が判明するのですが。
この病気は、未だ、医師会も損保も行政も認可されていない・・・
今、唯一の治療法であるブラッドパッチは、保険適用外なのです。
身体は、動かず仕事は辞めざるを得なくなくなり、収入はゼロ。
それでも、加害者側からの謝罪は一切なく、治療費も「夢」の為に蓄えていたお金を切り崩し。

でも、今回の裁判は、この方が加害者を訴える、というものではなく
な、なんと、加害者側が、被害者に対して「1円も慰謝料を払いたくない」という逆裁判です。

う~~ん。う~~ん。理解に苦しむ。
なんで、そのような事がありえるのか。
さらに、この裁判には、この方側にいたはずの弁護士が絡んでいるとか。。

詳しい経緯などは、あまり分からないのですが、
事故に遭われた彼女は、未だ、普通の生活が出来ず、大変お辛い状況におかれているのは確かです。

でも、36,097筆が集まった事で、この「脳脊髄液減少症」を取り巻く悲惨な環境が
一人でも多くの方に伝わってくれれば、と願います。
私は、今後は、陰から見守るしかできませんが、
少しでもよい方向に向かってくれる事をお祈りいたします。

署名して下さった方々に改めてお礼申し上げます。

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フランダースの犬

2014年12月24日 | 心に残る言葉

「フランダースの犬」といえば、日本のアニメドラマの定番です。
むか~し昔、この番組で涙された方も多いかもしれませんね。

クリスマスイブの夜。。その悲劇は起こります。
(以下、ネタバレもありますので。。。)

当時(1970年代)のアニメといえば、この「世界名作劇場」が、子供たちのお楽しみの時間でした。
ほんの30分でしたが、わくわくした覚えがあります。
ただ、検索したところ、「フランダースの犬」は当時『カルピスこども劇場』と冠されていたようです。(1975年)
最終回の、感動的なシーンは、その後も何回も放映された事もあり、若い世代の方々にも、知名度はあるのかな。
リアルタイムで見た年代は、40代後半から~って感じでしょうか。

で、「フランダースの犬」を知らない方に、簡単にあらすじを。
今回、初めて、原作を読みましたが、文庫本で約60ページほどで、
翻訳は、あの「村岡花子」さん、装丁は「安野光雅」さんです。

主人公は15歳の少年ネロ、そして、愛犬パトラッシュ。
ネロは、2歳で両親を失い、祖父に引き取られ、貧しいながらも、満ちたりた日々を送っていました。

「ネロとパトラシエはこの世に取り残されたよるべない身の上だった。」(原文の冒頭文)


舞台は、19世紀のベルギーのフランダース地方。
ネロは、年老いた祖父とはミルク運搬業で生計を立てていて、いつか画家になることを夢見てました。
アントワープの中央の大聖堂の二つの祭壇画を見たいと、切望していました。
それはアントワープはもとよりベルギーが世界に誇る、17世紀の画家ルーベンスの絵画で、
見るためには高価な観覧料を必要とするため、貧しいネロにはとてもかなわぬ夢。

ネロの唯一の親友は風車小屋の一人娘である12歳の少女アロア。
アロアの父は貧乏なネロのことを快く思わず、
さらにネロ一家の唯一の収入源であるミルク買い取りの仕事を奪った上、
風車小屋の火事の放火犯の濡れ衣も着せられます。
優しかった祖父もクリスマスを数日後に控えた日に亡くなり。
これでもか、というほどの不運が彼をおそいます。
クリスマスの前日に家賃を滞納していた小屋からも追い出されることに。

クリスマス前日は、ネロが魂を込めて描いた絵画コンクールの結果発表日。
優勝すればきっと皆に認めてもらえるようになる!、コンクールに全ての望みを賭けていたのですが。。。
結果は落選。

アニメでは、少しは「救い」があるように描かれていますが、
原作は、かなりシビアで辛いです。

すべてを賭けた、絵画コンクールに落選して、
絶望したネロは、もう生きる希望を失いました。

ただ、彼の希望があったとすれば・・・・・・・・・・・・
餓えと寒さの中、なんとかたどり着いた、教会の大伽藍(だいがらん)に、
親友パトラッシュと抱き合いながら見たルーベンス。
「これが見られたら死んでもいい」とさえ思っていた、ルーベンスの絵が。。。
「十字架からおろされるキリスト」と「十字架にかけられるキリスト」の絵が。。。
偶然な光と共にくっきり浮かびあがって。

「ネロは立ち上がり両手をその方にさしのべた。はげしい歓喜の涙がその青い顔に光った。
「とうとう、見たんだ!」彼は大声で叫んだ。

「おお、神様、もうじゅうぶんでございます!」

クリスマスの朝、天使たちと旅立っていきました。

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「フランダースの犬」は、悲劇のアニメのように思われる方が多いかと思います。
ただ、今回、改めて、原作を読み直してみて。
作者が、描きたかったのは、「お涙ちょうだい」の世界ではなかったように感じました。

「死」によって救われる「魂」がある。。。

ネロも、あともう少し生きていたら、有名画家の元に引き取られたのに。。
アロア(親しい彼女)の家族に受け入れられたのに。。
とか、歯がゆい想いに掻き立てられるのですが。
でも、違うのですよね。きっと。

これはキリスト教の死生観もあるかとは思うのですが。
苦しいまま長期間、生き延びる事が幸せなのか。
短くても、「生き切る」人生はどうなのか。
「死」をもって永遠なる命を頂ける事もあるのではないか。

今。「脳脊髄液減少症」をはじめ「慢性疲労症候群」「線維筋痛症」
など、原因も治療法も確立せず、難病とも認められてない『難病』
「死んだ方がまし」というほどの症状を抱えた患者さん達にとって、
「死」は大きな救いなのかもしれない。。。

脳脊髄液減少症の患者さんの中には、かなり強力な鎮痛剤さえも効かない方がたくさんいます。
末期がんに投与されるはずの、麻薬の投与でなんとか命をつないでいらっしゃるのです。
それでも、病院では「異常なし」と見捨てられ、家族や周囲の方からも理解されず。
にもかかわらず「死」からも見放され。
その方々にとって、
「死」は、救いかも、と私は思っています。
「死」でしか救われない命もあると思っています。

だからといって、みずからの命を断ち切るのは、ルール違反です。
それは、どんな場合でも許されません。
だって、神様は、その人が背負いない荷物はお与えにはならないから。

少し前、違う病気の方とお話していて、
「完治はないかもね、改善はあるかもしれないけど。
もし完治する時があるとすれば、それは「死ぬ」時よね」って。
思わず笑っちゃいました。
確かにその通りかもしれないね。
もし「死」で、この痛みから救われるのあれば、「死」はそんなに恐れるものではありません。
哀しいものでも、悲惨なものでもありません。
もし、この闘病のゴールに、静謐(せいひつ)な「死」が待っていてくれているのであれば、
私は、その時まで、ネロのように日々を大切に懸命に、すべてに感謝して生き抜きたい。

原作の末尾の文を引用します。

「この世にながらえるよりも二人にとって死の方が情深かった。
愛には報いず、信じる心にはその信念の実現をみせようとしない世界から、
死は忠実な愛をいだいたままの犬と、信じる清い心のままの少年と、
この二つの生命を引き取ったのである」

今宵はクリスマス・イブ
「奇跡」が起こる聖夜でありますように。
アーメン

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女子高校生の『願い』

2014年12月07日 | 脳脊髄液減少症

もう師走です。。。

なんだか、毎年毎年、こんな事言ってるみたいな。
闘病していても、日々は「短く」飛び去っていきます。

今年は、異常気象や噴火もあり、
いつも以上に体調を崩されていらっしゃる患者さんが多いようです。
地震とか洪水、噴火は、地球や宇宙からの何らかのメッセージなのかな。
それをモロに心身に受けてしまうのが、「病人」なのかも。。。
でも、「自然と一体化」している感があるのは、幸いなり。

若くして病気を与えられる事は、「不運」と思われがちですが、
以下の文章をお読みになって下されば、
「不運」「不幸」って、一体何なんだろう~~と。
この彼女は、中学2年生で「脳脊髄液減少症」を発症しました。
身体が思うように動けない事で、様々な夢や想いを諦め、封じ込めてきました。
それでも「感謝」の念を、健康な人より、深く豊かに受け取り、
ていねいに、懸命に生きています。

彼女は、先日の全国高等学校定時制通信制生徒生活体験発表大会で、
文部科学省初等中等教育局長賞を受賞されました。
全文は、以下のブログで掲載されています。
(高橋医師は、日本でも数少ない「脳脊髄液減少症」の専門医です)

山王病院・高橋医師のブログより
「願い」

「当たり前に過ごせる何気ない日々が、こんなにも素敵で幸せに満ちていることに気付けて、とてもうれしい。
長野西高校へ入学したことも、脳脊髄液減少症になってしまったことも、きっと私の糧となるだろう。
これまで意に反した選択を沢山してきたけれど、二十年、三十年先にふと振り返った時、懸命に過ごした毎日がかけがえのないものだったと誇らしく思いたい。

だから諦めるしかなかった辛い日々も、悔しさも、悲しさも、決して無駄にはしない。」

(『願い』の中から一部抜粋)



素晴らしいです。
彼女は神様に選ばれた少女なのですね。
おそらく、この世には「不運」「幸運」なんてものはないんです。
「その瞬間」を切り取ったら、あるのかもしれないけれど、
彼女が書いているように、何十年先に振り返った時、初めて見えてくるものがあります。

「あの辛い日々があったらからこそ」今の自分がいる。
不幸な病も、苦しい想いも、ある時、オセロゲームのように、「黒」がパラパラと「白」にひっくり返る日がきっと来ます。
社会も行政も、この少女の、魂からの『願い』を真剣に受け止め、決して無駄にはしないでほしい

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