俳優さんたちの自殺があいつぐからか、
「ひとりで悩まず、誰かに相談して」だって?
みんな簡単にそういうのを聞くと、
私は自分の体験と重なって違和感を感じる。
だって、私も死にたいほど苦しい時、
私は相談したよ!何人もの人に!
脳脊髄液減少症だと、わからなかった頃も、
わかってからも、
症状が、本当に
死にたいほどつらかったし、
身近な医師や家族に、私の症状の苦しみがまったく理解されず助けてもらえなかったから。
症状のつらさに、
医師や家族や周囲の人間の無理解が、
加わり、
私の苦しみと絶望感に輪をかけた。
何人もの人に。
助けを求めたよ。
SOSを出したよ。
いろいろな人に。
だけど、みんな無関心だった。
どうせ、みんな私の訴えが大袈裟で、
大した事ないと思っているか、
精神的な病だからほうっておいても大丈夫だと思っていたのだろう。
それどころか、その人たちの無理解な言葉にさらに、私は落ち込んだ。
このことから、私は悟った。
助けを求める相手を選ばないと、
かえってつらい思いをして追い詰められる事を。
私の場合、
結局、遠くの主治医以外、
誰も私の苦しみを理解してくれなかった。
いくら症状を訴えても、身近な人たちは医師を含めて誰も助けてくれなかった。
結局、私は、
苦しくてもつらくても、
とりあえず、食べて、飲んで、寝て、
日々、「とりあえず生きる。」事に徹し、
力を振り絞って今の主治医を探し出した。
ひきこもりの家の中でも、小さな幸せを見つけて、
生きる喜びを探し、
かつ、家族の世話もこなし、
かつ、
自分を救い出すための方法を考え続け、
作戦を練り、行動し、現在に至る。
孤独でつらかったよ。本当に。
だって、
普通の病人みたいに、
普通に、医療も、福祉サービスも受けられないし、
家族にさえ、私の外見からでは、私の症状のつらさを理解してもらえないんだから。
この現実から逃げられたら、どんなに楽だろうかと思いながら、日々を過ごした事もあった。
食べて、飲んで、寝て、眠れなくても横になって、
とりあえず生きていれば、
いつか必ず、
苦しみの出口はある。
それが、実際に私が体験した事だし、今、みんなに伝えたい私の気持ち。