一主婦の「正法眼蔵」的日々

道元禅師の著書「正法眼蔵」を我が家の猫と重ねつつ

マップヘイター

2009年09月19日 | Weblog
 福岡伸一「世界は分けてもわからない」(註1)を読んでいたら興味のある言葉にぶつかりました。

 マップラバーとマップヘイターという言葉です。

 「マップラバーはその名のとおり、地図が大好き。百貨店に行けばまず売り場案内板に直行する。自分の位置と目的の店の位置を定めないと行動がはじまらない。だから「現在地」の赤丸表示が消えてなどいようものならもうそれだけでイライラする。」

 「マップヘイターは、自分の行きたいところに行くのに地図や案内板などを全くたよりにしない。むしろ地図など面倒くさいものは見ない。百貨店に入ると勘だけでやみくもに歩き出し、それでいてちゃんと目的場所を見つけられる。」

 「一見、マップラバーのほうが理知的で、かっこよく見えませんか?しかし、実は、マップラバーこそが、方向オンチで、道に迷いやすい。山で遭難するとしたらまずマップラバーのほう。地図上で自分の位置が定位できないともう生きていけない。どちらへ歩き出していいか皆目わからなくんなってしまう。」

 そして福岡氏は、私たちの身体の60兆個の細胞は究極のマップヘイターだというのです。

 「それぞれの細胞は非常に単純な排他的行動ルールに従って、自分に隣接した細胞とだけ交信し、別の言い方をすれば空気を読み、自分とごく近い周囲との関係性だけを手がかりに、全体を完成させる。しかし、各細胞がこの運動を完成させたとき、鳥瞰的に全体を見下ろすと、そこには絵柄が浮かび上がって見えるのだ。まるで誰かが指揮をしていたかのような秩序をもって。しかし指揮者、つまりマップラバーは、このプロセスの最初から最後までどこにも存在していない。」

 私たちがあたまに持っている地図というのは幸せなになりたいという地図があります。だれも不幸になりたい地図をもっている人はいません。

 でも幸せになりたい地図のとおりに常に自分の位置が定位できることはないでしょう。あたまに描いた地図にないところに迷い込んでしまいます。

 そうするとどちらへ歩き出していいか皆目わからなくなってしまってどうしようどうしようとエネルギーを費やしてしまう。エネルギーを費やしてしまうからよけい正しい判断ができなくなって迷い道の深みにはまってしまうという悪循環におちいります。

 でも細胞の行動という自然が私に地図がなくても生きていけるんだよというヒントを与えてくれています。

 自分とごく近い周囲との関係性だけを手がかりに行動すればいいということです。「正法眼蔵」でも『現成公案』といって(目の前に現に成立しているものが公案すなわち絶対の真実であることの提示。)目の前に見えているものに従って行動しろということは「正法眼蔵」全般にわたって再三再四でてきます。

 パズルピースにたとえて自分のピースに隣接する8つのピースのかたちに合わせて自分のかたちを決めていくということです。

 ただし現実に自分とごく近い周囲の関係性だけを手がかりに行動すればいいということは、すごく難しいことです。周りの空気を読むということは、具体的なかたちではっきりとみえるものではありません。ほとんど勘です。勘なんて千差万別でどれが信じるにたるものかわかりません。

 また自分にごく近い周囲といっても、目の前に現にみえているものが本当の真実のすがたであるかわかりません。自分の色眼鏡でみている間違った姿かもしません。

 でも仏教の祖師方の教えに従って目の前の世界の真実をとらえられる目と、昏まされてもいない散乱してしてもいない自分の勘をもてるようになれば、こころを労さなくても目の前のことだけをみて生活できると思うのです。

註1:福岡伸一「世界は分けてもわからない」講談社現代新書