船通山は島根県にある。標高は1143メートルほどのさして高い山
ではない。4月29日は少し気になる天気予報だったが早朝の家を後に
出発した。
「リュックの会」とは、私達夫婦がいつも参加させて貰っている山登り
のグループだ。この日は過去最高の三十一名の参加者だった。川辺橋の
下の駐車場に集合し、ワゴン車など五台に分乗して出発した。私達の乗った
車はいつもの顔見知り同士、毎度の事ながら「わいわいがやがや」とそれは
それは賑やかなこと。倉敷から島根県の船通山までと言えばかなりの距離が
あるが、何かしら瞬く間に着いた感じであった。
今回の山登りの目的の一つは山頂付近に咲き乱れるというカタクリの花
を見ることであった。そして、おまけは山登りの後の温泉と千屋牛の焼き肉
であった。
船通山には二つの登山口がある。私達は鳥上コースから歩き始めた。
船通山はさして登りにくい山ではない。特に鳥上コースの途中までは石畳
や石の階段となっている。こんな山の中腹まで良くもこんな大きな石を
敷き詰めたものだと感心するほどきれいに組み合わされた道や石段に
なっている。
出雲風土記では、鳥上山と称されており、山頂は鳥髪の峰とも言われ
細長い石碑が建っている。また、石造りの鳥居と祠が祀られている。伝説
によるとスサノオノミコトが八岐大蛇を退治し、高天原から降臨した地と
された伝説の山である。従って神の山と言うことになる。
地方におけるシンボル的な山の多くには、その地方に伝わる伝説があり
信仰の対象になっている事が多い。この山もそうした山の一つだろうか。
従って、古くから神祀りが行われ、そんな登山道だからこそ、こんな立派
な石畳が作られているに違いない。
そう言えば裏大山に登ったときにも信仰の道だという古い石畳の道が
あった。自分の足が唯一の交通手段であった頃、信者の行き来を助ける
ものとして石畳の道は欠かせないものであったのだろう。
その石畳も途中からは途切れてしまう。作られなかったものか、それとも
長い年月の間に崩れ去ったものであろうか。道の両脇には雪が残る登山道
が続く。道は雪解け水でぬかるんで滑りやすく歩きにくい。
鳥上コースは山の麓から山頂に至るまでずっと上り坂である。途中、何度
か休憩をしながら山頂を目指した。やがてなだらかに道にはいると両脇には
白い紐が張られ登山者が踏み込むのを制限している。その紐の向こうに
一輪また一輪と小さな可憐な花が咲いていた。カタクリの花である。花弁は
いま流行語となっている「イナヴァウアー」のように反り返っている。
これがこの花の特徴だ。
しかし、この冬は自然にとっても予想以上に厳しかったようで、やっと
芽吹き始めたばかりと言った感じだった。本格的な花の季節はもう一、二
週間先であろうか。
ここからは目指す山頂はもうすぐだった。少しばかりの林の中を抜けると
景色は一変する。展望がいっきょに開け山頂となる。既に大勢の登山客が
休んでいた。四方遮るもののない三百六十度の展望だ。さして高い山では
ないのだが孤立した峰なのであろうか。展望はすこぶる良い。この山が
信仰の対象になる理由の一つは、この展望が人々の心を捉えたのでは
なかろうか。私達も山頂の客となりその一角に腰を下ろした。そして総勢
三十一人が一団となって昼食を食べた。
「リュックの会」では恒例となったみそ汁が振る舞われる。山頂の適度
な寒さの中で頂くみそ汁の温かさと味は格別なものがある。重さを我慢
しながら運んでくれた仲間に感謝しながら頂いた。リュックに詰めて
運んだビールの味もまた格別だ。お互いに持ってきたものを交換しながら
腹一杯に詰め込んだら記念写真を写して下山となった。
帰りはもう一方の登山道、亀石コースだった。この道は山頂を離れると
早速の雪道だった。雪渓というのだろうか山襞となったところには、
たくさん雪が残っていた。もう五月が目前だというのに珍しいことだった。
周辺はブナ林だが芽吹きにはほど遠く、わずかにタムシバの白い花が
咲いているだけであった。
やはり今年はこの地方も想像以上に大雪だったようだ。私達は馴れぬ
雪道を滑らぬように足元を確認しながら坂道を下った。この日ばかりは
登山用のステッキが大いに役に立った。そのせいか翌朝になってステッキ
を持っていた右手の肩が妙に痛い。
こうして下り坂とは言え、上り坂とは違うしんどさを味わいながら
下山した。
山の春はこれからのようだ。山の麓近くにはケマンソウ、ハシリドコロ、
スミレやミヤマカタバミ、ボタンネコノメ、エンレイソウ等と言った高山
植物が芽を出し、花を付けていた。また、集落近くの田んぼのほとりには
ビッシリとツクシが立ち並び背景にある満開の桜と絶妙な取り合わせを
見せていた。
それにしてもこの山の荒れようは何だろう。初めは台風の被害かと思って
いたが、どうやらそれは雪の重さに耐えきれず折れたものらしい。登山道
周辺の杉が数え切れないほど折れていた。改めて自然の猛威を見せつけ
られたようであった。雪の重さに絶えきれなかった木々が、まるで怪獣に
でも踏みにじられたように折れて倒れているのだ。
下山後の楽しみは何と言っても温泉である。この山の下には日本三大美肌
温泉だという斐乃上温泉の「ヴィラ船通山 斐乃上荘」がある。美肌温泉
だと言うだけあって湯に浸かると何となくぬるぬるする湯だった。効能書き
は見かけなかったが弱アルカリ泉だろうか。少し熱めのお湯に浸かると体の
芯まで癒される。
斯くして今日の登山は終了した。帰りは恒例となっている焼き肉を食べて
小雨降る国道180号を急いだ。下山途中で降り始めた雨は今も降り続いて
いた。それにしても山頂で降られなかったのは幸いであった。今回の登山も
お天気には恵まれていた。天に感謝しながらこの記録を終わる。
ではない。4月29日は少し気になる天気予報だったが早朝の家を後に
出発した。
「リュックの会」とは、私達夫婦がいつも参加させて貰っている山登り
のグループだ。この日は過去最高の三十一名の参加者だった。川辺橋の
下の駐車場に集合し、ワゴン車など五台に分乗して出発した。私達の乗った
車はいつもの顔見知り同士、毎度の事ながら「わいわいがやがや」とそれは
それは賑やかなこと。倉敷から島根県の船通山までと言えばかなりの距離が
あるが、何かしら瞬く間に着いた感じであった。
今回の山登りの目的の一つは山頂付近に咲き乱れるというカタクリの花
を見ることであった。そして、おまけは山登りの後の温泉と千屋牛の焼き肉
であった。
船通山には二つの登山口がある。私達は鳥上コースから歩き始めた。
船通山はさして登りにくい山ではない。特に鳥上コースの途中までは石畳
や石の階段となっている。こんな山の中腹まで良くもこんな大きな石を
敷き詰めたものだと感心するほどきれいに組み合わされた道や石段に
なっている。
出雲風土記では、鳥上山と称されており、山頂は鳥髪の峰とも言われ
細長い石碑が建っている。また、石造りの鳥居と祠が祀られている。伝説
によるとスサノオノミコトが八岐大蛇を退治し、高天原から降臨した地と
された伝説の山である。従って神の山と言うことになる。
地方におけるシンボル的な山の多くには、その地方に伝わる伝説があり
信仰の対象になっている事が多い。この山もそうした山の一つだろうか。
従って、古くから神祀りが行われ、そんな登山道だからこそ、こんな立派
な石畳が作られているに違いない。
そう言えば裏大山に登ったときにも信仰の道だという古い石畳の道が
あった。自分の足が唯一の交通手段であった頃、信者の行き来を助ける
ものとして石畳の道は欠かせないものであったのだろう。
その石畳も途中からは途切れてしまう。作られなかったものか、それとも
長い年月の間に崩れ去ったものであろうか。道の両脇には雪が残る登山道
が続く。道は雪解け水でぬかるんで滑りやすく歩きにくい。
鳥上コースは山の麓から山頂に至るまでずっと上り坂である。途中、何度
か休憩をしながら山頂を目指した。やがてなだらかに道にはいると両脇には
白い紐が張られ登山者が踏み込むのを制限している。その紐の向こうに
一輪また一輪と小さな可憐な花が咲いていた。カタクリの花である。花弁は
いま流行語となっている「イナヴァウアー」のように反り返っている。
これがこの花の特徴だ。
しかし、この冬は自然にとっても予想以上に厳しかったようで、やっと
芽吹き始めたばかりと言った感じだった。本格的な花の季節はもう一、二
週間先であろうか。
ここからは目指す山頂はもうすぐだった。少しばかりの林の中を抜けると
景色は一変する。展望がいっきょに開け山頂となる。既に大勢の登山客が
休んでいた。四方遮るもののない三百六十度の展望だ。さして高い山では
ないのだが孤立した峰なのであろうか。展望はすこぶる良い。この山が
信仰の対象になる理由の一つは、この展望が人々の心を捉えたのでは
なかろうか。私達も山頂の客となりその一角に腰を下ろした。そして総勢
三十一人が一団となって昼食を食べた。
「リュックの会」では恒例となったみそ汁が振る舞われる。山頂の適度
な寒さの中で頂くみそ汁の温かさと味は格別なものがある。重さを我慢
しながら運んでくれた仲間に感謝しながら頂いた。リュックに詰めて
運んだビールの味もまた格別だ。お互いに持ってきたものを交換しながら
腹一杯に詰め込んだら記念写真を写して下山となった。
帰りはもう一方の登山道、亀石コースだった。この道は山頂を離れると
早速の雪道だった。雪渓というのだろうか山襞となったところには、
たくさん雪が残っていた。もう五月が目前だというのに珍しいことだった。
周辺はブナ林だが芽吹きにはほど遠く、わずかにタムシバの白い花が
咲いているだけであった。
やはり今年はこの地方も想像以上に大雪だったようだ。私達は馴れぬ
雪道を滑らぬように足元を確認しながら坂道を下った。この日ばかりは
登山用のステッキが大いに役に立った。そのせいか翌朝になってステッキ
を持っていた右手の肩が妙に痛い。
こうして下り坂とは言え、上り坂とは違うしんどさを味わいながら
下山した。
山の春はこれからのようだ。山の麓近くにはケマンソウ、ハシリドコロ、
スミレやミヤマカタバミ、ボタンネコノメ、エンレイソウ等と言った高山
植物が芽を出し、花を付けていた。また、集落近くの田んぼのほとりには
ビッシリとツクシが立ち並び背景にある満開の桜と絶妙な取り合わせを
見せていた。
それにしてもこの山の荒れようは何だろう。初めは台風の被害かと思って
いたが、どうやらそれは雪の重さに耐えきれず折れたものらしい。登山道
周辺の杉が数え切れないほど折れていた。改めて自然の猛威を見せつけ
られたようであった。雪の重さに絶えきれなかった木々が、まるで怪獣に
でも踏みにじられたように折れて倒れているのだ。
下山後の楽しみは何と言っても温泉である。この山の下には日本三大美肌
温泉だという斐乃上温泉の「ヴィラ船通山 斐乃上荘」がある。美肌温泉
だと言うだけあって湯に浸かると何となくぬるぬるする湯だった。効能書き
は見かけなかったが弱アルカリ泉だろうか。少し熱めのお湯に浸かると体の
芯まで癒される。
斯くして今日の登山は終了した。帰りは恒例となっている焼き肉を食べて
小雨降る国道180号を急いだ。下山途中で降り始めた雨は今も降り続いて
いた。それにしても山頂で降られなかったのは幸いであった。今回の登山も
お天気には恵まれていた。天に感謝しながらこの記録を終わる。