Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めて

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

田村神社(2014年7月5日参拝)

2014-07-26 | 神社
屋島神社参拝後、さすがに時間が無くなってきた。

当初は屋島寺と田村神社に行こうと思っていたが、
両方行けそうにない。

結局、屋島寺の御朱印は以前いただいていたので、
なななのなさんにご紹介いただいた田村神社に行くことにした。

こちらは讃岐国一宮にも関わらず、
いろんなオブジェともいうべきものが無秩序に配置されていて、
変な新興宗教かと思うような神社なんですよ。

本来ならこういう神社は華麗にスルーするところですが、
巫女さんが美人さんだという情報もいただいたので行ってみました。

美人と聞いて行かないなんて男じゃないよね。(笑)



所在地:香川県高松市一宮町字宮東286番地
主祭神:田村大神
(倭迹迹日百襲姫命、五十狹芹彦命、猿田彦大神、天隠山命、天五田根命の5柱の総称)
創建:(伝)和銅2年(709年)
社格:式内社、讃岐国一之宮、旧国幣中社、別表神社
札所:新四国曼荼羅霊場、さぬき十五社、讃岐七福神


【大鳥居】


大型の無料駐車場がありました。

さすがに立派な鳥居です。

ここからワンダーワールドが始まります。(苦笑)


【お迎え布袋尊】


申し訳ないけど、何かセンスないよね。(^^;


【鐘楼門】




昔からの神仏習合の名残りとは思えない。




あーたはいったい誰?

大黒天というより胡散臭いおっさんにしか見えない。(萎)


【赤鳥居】



【八咫烏】


まだこれは許容範囲。(笑)


【さぬき獅子】


神社では獅子舞の神事もあるぐらいだから、許してあげよう。(^^;


【桃太郎伝説】


なんじゃこりゃー、と松田優作ばりに言いたくなる。(苦笑)

こんなんいらんわ~。

ちなみに家来と共に指差しをしている女性は倭迹迹日百襲姫命だそうです。


【はらみ石】


これも他の寺社である石ですが、
この神社にあると全く霊験あらたかでは無いよね。(苦笑)


【忠魂碑】


護国神社のようにプロペラとか置いてありました。


【若鷲の群像】


こういうのは護国神社に任せましょうよ。(^^;


【毘沙門天】


神社に毘沙門天は否定しないけど、
石材店の前に置いてあるようで、魂はここにあらずって像です。


【弁財天・宮島社】


ここは普通。

小さい祠が弁財天で、大きい社殿が宮島社です。


【天満宮】


手前に神牛や合格門とかいろいろあったが割愛。(^^;


【伊勢神宮遥拝所】



【素婆倶羅社】




これこれ、こういうのが見たいのよ。
これは良い社殿だと思います。


【安産子宝犬】


これ、要る?(苦笑)

というか、子犬はソフトバンクのプレゼントでいただいた人形ですよね。?


【わらべ七福神】



【宇都伎社鳥居】



【龍神】




これは拝金主義の象徴ですね。(苦笑)


【宇都伎社】


これも良い社殿なんですが、
それをぶち壊すかのように七福神の内の三体が置かれているんですよね。

マジで要らんわ~。

個別で写真を撮る気にもならない。


【干支像】




もうここまできたら何でもありだな。


【水晶】



【龍神】


これは水圧で丸い石が浮いてくるくる回るやつです。


【狛鼠】


ネズミなのかリスなのかウサギなのか分からん。(^^;

もうこの時点でお腹いっぱいです。(苦笑)


【姫の宮】





【神馬】



【本殿大鳥居】



【本殿】






これは素晴らしい。

一之宮に相応しい完成度と建築美を誇る拝殿です。

ここだけは余計なオブジェを置いて無かった。(^^;

さすがに神社関係者も主祭神には敬意を持っているようである。


【随神門】


この門も本当に渋くていい。


ここから一宮寺まで歩いて数分です。

お寺に駐車場はありますけどね。


【御朱印】



【感想】
この神社には賛否両論の感想があるそうですが、
私は明らかに「否」です。


一之宮とは歴史ある伝統と格式の高さ、気品のある社殿が魅力なのに、
これでは威厳もあったもんじゃない。

イコモスだったら景観を破壊したとして世界遺産を剥奪されるレベルですよ。

素婆倶羅社、宇都伎社、本殿拝殿は凄くいいのに、
本当にもったいない。

この神社が一之宮でなく、普通の神社であったなら、
こんな神社もあるのね、と笑って済ませるところですが、
さすがに一之宮では笑って済ませられない。

笑えるとすれば苦笑しかないです。

田村神社がもし、あのようなオブジェ達が無ければ、
私は絶賛していたでしょう。

それぐらい社殿は素晴らしかった。

それなのにあのオブジェを見た時は、
私は本当に悲しくて残念でした。


もうこの神社に訪れることは二度とないでしょう。


あと、美人と評判の巫女さんが見れなかったのが一番残念でした。(←ここ重要)

巫女さんを見る為にまた参拝しようかな。(嘘)

屋島神社<讃岐東照宮>(2014年7月5月参拝)

2014-07-25 | 神社
法然寺から瀬戸内海の方へ向かって屋島という所に行きます。

ここにはお遍路の屋島寺があるのですが、
今回の目的は讃岐東照宮参拝と屋島南嶺という山を見ることです。


所在地:香川県高松市屋島中町山畑140番
御祭神:東照大神(徳川家康公)・頼重大神(松平頼重)
創建:慶安4年(1651)
開基:松平頼重
社格:県社



【由緒】
当神社は慶安4年(1651年)初代高松藩主松平頼重公が、
香川郡宮脇村の本門寿院境内に徳川家康公の神廟を建立し、崇敬したのにはじまる。

以来、山王社として歴代藩主により奉斎されてきたが、
文化元年(1804)当時の高松藩主第8代松平頼儀公は、
この風光明媚な屋島山麓において社殿の造営に着手する。

家康公200年忌にあたる文化12年(1815年)に完成させました。
その造営費は当時の金額で約14万余両(約70億円)といわれています。


左甚五郎の6世、5代目の左利平忠能が松平家の客分棟梁となり、文化12年(1815)に完成。
その後、明治4年には冠嶽神社と改め、さらに明治7年屋島神社と改称、同年県社に列せられる。
明治15年に藩祖松平頼重公を合祀する。

昭和48年(1973)2月12日の失火により、惜しくも現在残る神門(唐門)を残し、
讃岐日光東照宮とも呼ばれた本殿、拝殿等を全焼。
本殿、拝殿は翌年11月に再建されています。


【第一鳥居】


無料駐車場が二箇所ありました。


【第二鳥居】



【狛犬】



【屋島南嶺】


あの山の形と岩肌がいいんですよね~。
実際に見るとめっちゃカッコいいです。


【石段】


地味に足にくる石段でした。


【神庫】



【風景】


高松市内が一望出来ます。


【神門】




彫刻はさすがのモノもありましたが、
全体的には古ぼけた感じで期待していたほどではありませんでした。


【拝殿】




東照宮にありがちな極彩色もなく、至って地味な建築です。

残念ながら中に入ることは不可でした。


【本殿】



【山祇神社】





【神輿庫】


ここから先は立ち入り禁止で見れませんでしたが、
遥拝所があるようです。


御朱印はありますが、ご不在でいただけませんでした。

来迎院法然寺(2014年7月5日参拝)

2014-07-24 | 法然上人二十五霊跡
無料駐車場に車を停めていざ参拝。

楽しみで仕方ありません。(^^


所在地:香川県高松市仏生山町字仏生山甲3215番地
宗派:浄土宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:寛文8年(1668)
開基:松平頼重
札所:法然上人二十五霊場、さぬき七福神(大黒天)


【前池】



【総門】




滕神社の方にある門です。

こっちが表門ということですが、
ここから入る人はほとんどいません。


【十王堂】


滕神社の方へ行くとあるお堂です。



亡くなった人が生前に犯した罪を裁く閻魔大王など
10人の王が祀られていました。


【仁王門】


そういやお遍路もそうだけど、
入山料って香川では取られないのが嬉しい。(^^


【仁王像】




法然寺建立時の1674年作とのこと。


【法然寺型万燈籠】


この先に進むと鐘楼門や来迎堂に行けます。

その鐘楼門の手前に二尊堂というお堂があったのですが、
今年の一月に全焼したとのこと。


【二尊堂】
http://blogs.yahoo.co.jp/heiannnosanuki261/17971741.html

こちらのブログで二尊堂の写真や状況を知りましたが、
全焼になったのが残念で仕方ありません。

せめて去年にでも参拝していればと悔いが残ります。


【五重塔】






法然上人八百年大遠忌・親鸞聖人七百五十遠忌の記念として平成23年3月建立。
松平頼重公寄進の仏舎利を祀られているそうです。

雰囲気は大阪の法楽寺の五重塔に似ている。
色合いは法楽寺の方がもうちょっとこげ茶色が濃いですけどね。


【涅槃門】



【三仏堂】





【本堂】


本堂は拝観料無しで内陣も見れます。

写真は後ほど。


【経蔵】



【弘法大師堂】





【宝物庫】



【出世大黒天】


こちらでも金箔が貼られていました。


【骨仏像】


庫裡で拝観料350円を支払い表玄関に移動し堂内へ。

しかし拝観料350円というのが何とも奥ゆかしい。

京都の観光寺院だったら500円が普通で、
特別拝観だったら800円も取られるんですから。


暗い書院に三仏像が祀られていた。

法然寺に骨仏があることは知ってましたけど、
まさか書院にあるとは知りませんでした。

実は一心寺のそれと同じく人間の骨で出来た骨仏です。

やっぱりちょっと怖くて良い気持ちにはなれない。

参拝した時は書院の三仏像が骨仏とは思わず写真を撮っちゃったよ。(^^;


【寺宝展示室】





【本堂】






法然上人御作と伝えられる御本尊、法然、親鸞上人像、善導大師座像
が祀られた空間は実にいい。

見ていて全く飽きませんでしたよ。


【中庭】



【回廊】



【宝物庫】



【御霊屋】




葵の御紋。




阿弥陀如来でしょうか、仏様の下には松平家歴代の位牌が祀られていました。




松平頼重公像。


【祖師堂】




こちらにも骨仏ありましたけど、
ちゃんと骨仏と書かれていたので写真は撮りませんでしたので、
とりあえず毘沙門天様だけ撮りました。

ここまでは無料で入れます。


【三仏堂】


涅槃堂というのが本来の堂名のようです。

ここからが拝観料が要りますが、
お金払わないで入るやつもいそうですね。(^^;




四方にこのような廊下があり、
真ん中の部屋にに涅槃仏と羅漢が祀られているという建物の構造。




歴代住職坐像。
この廊下は撮影OKです。



法然上人坐像。




三仏堂の四隅に四天王が祀られているというニクイ配置。

そしていよいよメインの部屋に入堂。




ここの部屋は撮影禁止でしたので、画像はネットで拾ったものです。


釈迦如来・阿弥陀如来・弥勒菩薩の三仏の下には、
嵯峨の立ち釈迦、さぬきの寝釈迦と言われた涅槃のお釈迦様、
その回りに嘆き悲しむ羅漢達。

この画像だけでは伝わり難いと思いますが、
まぁ、凄いのなんのって。

圧倒されるとはまさにこのこと。

江戸期の作ということで県の有形文化財に指定にされていますが、
個人的にはこの堂内は個人的に国宝に指定したい。

それぐらいこの濃密な空間は凄いです。

その場を離れるのが惜しくて30分くらい堂内に居たよ。(^^

この法然寺が京都か奈良にあったら何回も行くのになぁ。


大満足の本堂と三仏堂を見終わって文殊楼、来迎堂に行きます。


【文殊楼】




さすがに半年以上前の火事だけあって、
焼け跡の痕跡や二尊堂の気配はありませんでした。




梵天・帝釈天。

いつも思うんだけど、梵天とか帝釈天の目というか、
表情が好きになれない。(^^;


【来迎堂】


更に結構な石段があってこのまま引き返したくなる。(^^;






ハァハァしながら到着。




振り返るとこんな感じ。

降りる時は結構怖かったです。




阿弥陀如来と二十五菩薩が楽器を奏で、歌い舞う極楽世界を表現しているとか。

しかし、暗くてあんまりよく見えませんでした。




これは何なのか分かりません。


【松平家墓所】


特別な日しか開いていないらしく、門は閉まったままでした。


【御朱印】


後は岡山の誕生寺が難所だな。


【感想】
いや~見所たっぷりで実に充実した参拝であった。

この法然寺をブログにアップするのに、
いろいろ調べながら書いていたら4時間ぐらいかかったよ。(^^;

自分で書くのもなんだが、結構しんどいのよ。
御朱印を含め3枚ぐらいの写真と感想だけだったら楽なんですけどね。

でも、自分が訪れた寺社がどんな所だったか、ブログを見たらすぐに分かるし、
遠くで行けない方がどんな寺社か知りたい時とか、
初めて訪れる際の参考になれば良いと思い必死でアップしてます。(^^


何よりもこのブログは大げさに言うと自分の生きていた証だしね。


これからも頑張っていきますので、
よろしくお願いします。

滕神社(2014年7月5日参拝)

2014-07-23 | 神社
本日のメイン参拝地である法然寺へ向かう。


【平池】


この池には「いわざらこざら伝説」というのがあるそうで、
その昔、治水に困り果てていた村人達があるお告げをうける。

機織りの道具(ちきり)を持った娘を人柱にすれば、
水害も治まるだろうという恐ろしいお告げを村人達は実行した。

すると堤は破壊されずにこの池が出来て水害も治まったそうです。

その娘の悲劇を今に伝える為に平池のほとりに乙女の像が立っています。


その「ちきり」という名前の付いた神社が法然寺の近くに鎮座しているので、
法然寺の前に参拝することにした。

その神社が滕神社で滕とかいて「ちきり」と読みます。

最初は勝利の勝だと思っていたのはここだけの話。(笑)



所在地:香川県高松市仏生山町甲2566
御祭神:稚日女命
創建:不明


【由緒】
滕神社の御祭神稚日女命は天照大神の妹で、大神の御衣織女と伝えられている。

この神社は昔は今の香川町浅野の唐土に祀られていたが、
万寿年間(1024-1027)に今は平池となっているところに松原があり、そこに遷された。

久安年間(1145-1150)に社殿の周りにため池が築かれたので、
大洪水があったときは社殿がたびたび水に浸かることがあった。

そこで今の浅野村字岡の上に遷され、その後、平池の北東である雄山に遷された。
それからは岡の上の社殿のあった地を古宮さんとよんでいる。

高松藩主松平頼重公の時にこの地に法然寺を造営し、
松平家の墓所とされる通達があったので、神社は寛文9年(1669)前山(秣山)に遷された。
それから後は松平家歴代藩主の信仰を受け、神社の領地として六石が寄進された


【随身門】


門の近くに原っぱのような無料駐車場がありました。


【拝殿】




まずはこちらでパンパンとお参り。


【本殿】



【金比羅神社】





【春日神社】



【稲荷神社】



【天満神宮】



【神牛】



【祓殿】


こちらには和洋のお人形が置いてあって、
ちょっと不気味でした。(^^;


【境内社】



【恵比寿神社】



【式内二十四神社】


本殿を守るかのようにぐるっと石祠がありました。


【御朱印】

国分八幡宮(2014年7月5日参拝)

2014-07-22 | 神社
国分寺参拝後、国分寺跡に行くか、国分八幡宮に行くか迷ったが、
ここいらで神社に行きたかったし、八幡宮にある磐座を見たかったので、
国分八幡宮に参拝することにした。



所在地:香川県高松市国分寺町国分2501
御祭神:誉田別尊、足仲彦尊、気長足姫尊、神日本磐余彦火火出見尊
創建:天平勝宝年間
社格:郷社


【由緒】
是より先諸国に国分寺建立せられ、当社は当国国分寺鎮護並に阿野七郷の産土神として
参議石川朝臣年足、侍従藤原魚名の創祀するところという。

天正年間兵火に罹り社殿宝物等焼失、慶長二年国主生駒親正之を再興し、
毎年吉例として武術試合を奉納せり。

寛永二年大地震の為め本殿壊頽せしを以て造営、
翌年三月正遷宮に際し生駒高俊の奉幣あり。

高松藩祖松平頼重亦崇敬浅からず、長刀を寄進し屡々参拝せり。

万治年間炎上、祠官守口左近神慮に因り岩川山上に神殿を造営して奉遷す。
爾来岩川八幡宮と称えられ、現在は國分八幡宮と奉称す。

明治元年村社に列せられ、同四十年十月二十四日神饌幣帛料供進神社に指定、
昭和十年十月五日郷社に昇格し、同月九日更めて神饌幣帛料供進神社に指定せらる。
昭和十五年、松平頼寿公参拝の折、神饌料と社号扁額が供進されました。


【神日本磐余彦火々出見尊】
初めて知った御祭神ですが、
初代天皇である神武天皇のことだったんですね。

また知識が増えて賢くなったよ。(笑)


【鳥居】


この奥に行くと無料駐車場があります。

後で分かったが、ここは裏参道のようですね。


【随神門】


さすが松平家がいただけあって、
田舎(失礼)の神社にしては立派な門です。




扉の木目がめちゃ美しかった。


【しあわせ八変化】


でました。

まさかこの香川でしあわせ八変化を見るとは。

私はこれをアレンジした野村元監督の座右の銘を、
私の座右の銘とし日々精進している、、、つもり。(^^;


考え方が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる



【祓戸神社】


ここで心身を清めていただきます。


【狛犬】



【拝殿】




昭和11年に建立されたもの。






最近になって注連縄の良さが分かってきた気がする。

かといって、注連縄マニアにはなりませんが。(笑)


【神馬】



【本殿】






本殿は昭和50年に新築されたもの。


【境内社】


フクロウの置物が可愛い。


【磐境】




本殿裏に見てみたかった磐境がありました。

磐境とは磐座を囲んで並べられた岩石群を指し、
磐座は岩石群の中心となる神の座のこと。

単なる巨石だと思われる方もいると思いますが、さにあらず。

恐らく古にはこの磐座を中心とした磐境が、
神の依り代として祀られていたと思われます。

そう思えるだけの畏怖を感じられました。


この奥も行けそうだったが、
神域だし荒らしてはいけないと思い行きませんでした。

玉垣の中は勿論禁足地でした。


【石祠】



これにて八幡宮参拝終了。

いいものを見せていただいた。

御朱印は残念ながら神職さんがご不在でいただけませんでした。

滅多に来れない場所だけに無念じゃ。