Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めて

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

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般若林 八王寺(2012年4月14日参拝)

2012-05-25 | 福原西国33か所
所在地:兵庫県神戸市兵庫区羽坂通2-1
宗派:曹洞宗
御本尊:十一面観世音菩薩
開山:覚巌
札所:福原西国三十三箇所 第22番札所


【寺暦】
慶応3年(1867年)兵庫随一の巨商北風家の別家、喜多二平翁の寄進により、
山田村(北区山田町原野)の成道寺末寺・無住の福昌寺を移すという形で建立し福昌寺と称した。

2世柏巖の代に宗風興振し明治元年(1866年)には有栖川宮家の祈願所となる。
大正9年(1920年)火災により国宝普賢菩薩・文殊菩薩及び本尊千手観音像を失う。
大正13年(1924年)大和法隆寺の中宮寺より、
大楠公守本尊十一面観世音像を請じて札所の本尊とした。

昭和20年(1945年)3月、戦火に遭い、本尊及び諸堂が灰燼に帰した。
昭和27年(1952年)福昌寺を八王寺と改める。

昭和33年(1958年)再建し、九善石油(現コスモ石油)の
和田完二社長・まき子夫婦秘蔵の「十一面観世音菩薩尊像」を勧請して本尊とした。
昭和56年(1981年)、パゴダ風仏舎利塔建立。


【山門】



【本堂】


内陣は撮影禁止でした。


【般若林道場】




剣道の道場みたいです。


【仁王像】




道場の入り口に仁王像が仁王立ち。


【稲荷大明神】



【御朱印】


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来迎寺(2012年4月14日参拝)

2012-05-24 | 福原西国33か所
所在地:兵庫県神戸市兵庫区島上町2-1-3
宗派:浄土宗西山派
御本尊:阿弥陀如来
別称:築島寺
開基:平清盛
札所:福原西国三十三箇所 第29番札所


【寺暦】
平清盛が経ケ島を築造する際、竣工直前に暴風雨によって二度にわたって破壊された為、
陰陽博士に占わせ人柱をたてることになりました。
この時、身代わりとなったのが「松王丸」という清盛の小姓で、
その犠牲によって無事に経ケ島が築造されたと謂われています。

二条天皇は多いに感動し松王の菩提を永く弔う為に当寺を建立し、
念仏の道場とされた。

来迎寺はもと三川口にありましたが湊川合戦や太平洋戦争で焼失し現在の地に建立。


【山門】



【本堂】



【松王丸 供養塔】





【白拍子妓王・妓女 五輪塔】



【稲荷社】



【お地蔵さん】



【木化石】





【御朱印】


書置きをいただきました。
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金光寺(2012年4月14日参拝)

2012-05-24 | 福原西国33か所
所在地:兵庫県神戸市兵庫区西仲町2-12
宗派:高野山真言宗
御本尊:薬師如来
創建:承安3年(1173年)
開山:隆真
開基:平清盛
札所:摂津国八十八箇所霊場 第84番札所、福原西国三十三箇所霊場 第31番札所


【寺暦】
伝承によれば治承4年(1180年)に平清盛が都を京都から兵庫県福原(福原京)へ
遷都しようとした際に、まず運河の開鑿を行おうとした。
ある夜、童子が平清盛の枕元に現れて
「兵庫の海中に霊仏があるのでに探し出すように」との夢告があり、
早速、兵庫大輪田の海(大輪田泊)に網を下ろしたところ海中から黄金の薬師如来像が出現した。
平清盛はその霊験に感心し、
「これぞ当地の守護仏ならん。永く、地を定め、一宇を起こして安置し祈願せん。」と言い、
当地に大伽藍を建立したのが金光寺の草創とされる。

寛政12年(1800年)楠公祭りの際に太平記軍書講談が行われた。
当初の予定の50日間を25日間延長したという記録が『北浜総会所日記』に記載されている。

1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で本堂、庫裡が全壊したが再建された。


【遠景】


境内に入るといきなり墓地が。(^^;

あんまり一般の墓地には近寄りたくないのよね。


【本堂】


この日はちょうとお通夜が営まれるということで、
葬儀屋も来ていていろいろ準備されていましたので、
本堂には入りませんでした。

御本尊の黄金薬師は拝見したかったのだが。


【御朱印】


まさかの横書きでいただきました。(^^;
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天寿院 満福寺(2012年4月14日参拝)

2012-05-23 | 福原西国33か所
所在地:兵庫県神戸市兵庫区東柳原町1-13
宗派:時宗
御本尊:阿弥陀如来
創建:延慶元年(1308年)
開山:他阿真教
札所:福原西国観音霊場 第25番札所


【寺暦】
開基の他阿真教上人は一遍上人(証誠大師)に指尊を仰ぎ、
学を究め諸国を遊行して念仏行化につとめ遊行上人と称される。

当寺は真光寺の隠居寺とも呼ばれ寺記によれは一遍上人入寂の後、
他阿真教上人が法灯を継ぎ宗祖入寂の地に寺塔を建立しようと、
伏見天皇に奉上して勅許により真光寺道場が建立さる。

元禄年間(1688年~1704年)、中興・蓮阿上人が再興し、そ
の後のある時期には時宗兵庫道場の一翼を担い大いに繁栄したが、
先の大戦で全ての伽藍が灰燼と化したが昭和41年本堂を再建し現在に至る。


【本堂】


近代的な建物です。

玄関先に戦前までの御本尊であった菅原道真公自作の十一面観世音菩薩像の
白黒写真が掲げられていました。

新しく造られた観音像は御本尊阿弥陀如来像の胎内仏として祀られているそうです。


【地蔵尊】



【御朱印】
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阿弥陀寺(2012年4月14日参拝)

2012-05-22 | 福原西国33か所
所在地:兵庫県神戸市兵庫区中之島2-3-1
宗派:浄土宗西山禅林寺派
御本尊:阿弥陀如来
創建:文永8年(1271)
開基:浄音
札所:福原西国三十三所霊場 客番


【山門】


もっと全体像を写真に納めたかった。

何でこんな写真の撮り方をしたかと言えば、
山門の前に堂々と駐車する車があったからです。(泣)

どうやら住職の車のようです。(苦笑)


【本堂】


もっと全体像を写真に納めたかった。

何でこんな写真の撮り方をしたかと言えば、
太陽がまぶしかったからです。(苦笑)


【観音堂】


聖観世音菩薩が祀られているそうです。

また、写真は撮りませんでしたが、
ふれ愛観音さんもいらっしゃいました。

目の不自由な方でも触れることで慈悲が伝わるようにという考えの元、
造られるようになった観音さんです。

よく見ると京都愛宕念仏寺で見たふれ愛観音とそっくり。

それもそのはず、
愛宕念仏寺の前住職であった西村公朝仏師作とのこと。

この観音さんは清水寺奥ノ院や鎌倉長谷寺など全国の寺院に祀られているそうです。


【西村公朝仏師】
技術の高さなどから最後の仏師と呼ばれたが、
愛宕念仏寺の住職でもあった方です。

三十三間堂の観音像の600体もの観音像の修復にあたられたそうです。


<参照>
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/haka-topic17.html


【楠公供養石】





【六体地蔵】



【庭園】



【御朱印】


御住職が犬の散歩でいらっしゃらなくて、
奥様に書置きの御朱印をいただきました。

いつもの書置きをいただけると思っていたら、
まさかのバインダーに挟むタイプの御朱印でした。(^^;

これをどうしようかと迷いましたが、
結局、いつも使っている御朱印帳に2ページにわたり貼りました。(笑)

奥様に御朱印代を渡そうとすると受け取られませんでした。

その代り日付は自分で書いてねと言われたので、
セルフで書きました。(^^;
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