Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めて

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印集めが趣味です。

九品寺(2013年11月16日参拝)

2013-12-31 | 仏閣
鴨山口神社から30号線を1キロほど南下。

行基菩薩が開山されたとされる九品寺に到着。


所在地:奈良県御所市楢原1188
宗派:浄土宗
御本尊:阿弥陀如来
開山:行基
勅願:聖武天皇
創建:不明



【由緒】
開山の行基は聖武天皇のとき奈良東大寺の大仏造営にかかわった僧で、
その生涯は民衆救済のため布教活動を続けています。

布教とともに灌漑や港湾施設建設や僧尼院建設に心血を注ぎ、
大仏建立の功績によって、日本で最初に大僧正となっています。

その行基が建立した九品寺はサンスクリット語で布教でいう上品・中品・下品で、
人間の品格をあらわしています。
上品の中にも上中下があって中品や下品にもそれぞれ上中下があり、
全部で九つの品があるので九品と名づけられています。


【山門】


なかなか風情があります。


【紅葉】



【本堂】





【内陣】


内陣に入ることは出来ませんでしたが、
外から重文の御本尊様を見れて良かったです。


【地蔵堂】



【十三重塔】


奥に見えるのが寺務所です。


【行基菩薩】



【鐘楼堂】



【地蔵尊】




本堂の裏手に回り、千体地蔵を見る為に少し登っていきます。
途中には古いお地蔵さん達が祀られていた。


【遠景】



【千体地蔵】


地名の由来となった楢原氏は南北朝の戦いの時、
南朝に味方していた楠木正成公のため一族を引き連れて参戦。
その戦いに行く時、一族は身代わりのため石仏を彫って
菩提寺だった九品寺に奉納したのが今に伝える千体石仏です。

お寺の方によると今から約100年前に裏山の地中から発見されたそうです。


【十徳園】








山門横に綺麗に整備されている庭園がありました。

ここには西国さんの観音さんが安置されていました。


【六体地蔵】





【地蔵尊】



【風景】


九品寺から少し離れた場所からの風景です。

はぁ、癒されるわぁ。

奈良のこういう風景が好きなんですよね。


御朱印は奥様に聞いたところ、やっていないとのこと。

しかし、奥様の口調からちょっと怪しい感じがしました。(苦笑)

鴨山口神社(2013年11月16日参拝)

2013-12-31 | 神社
葛木坐火雷神社から30号線を1キロほど南下。
櫛羅という交差点の先に鎮座するのが鴨山口神社。

櫛羅と書いて「くじら」と読むんですが、
面白い地名ですね。

ちなみに地元の酒蔵で櫛羅という日本酒も発売されているようです。


所在地:奈良県御所市大字櫛羅字大湊2428
御祭神:大山祇命
創建:不明
社格:村社


【鳥居】



【天満神社】



【稲荷大明神】



【拝殿】



【春日神社】



【天照皇大宮】



【境内社】


左が金刀比羅神社、右が八幡神社。


【椿山神社】



【燈籠】



本殿には重文の大日霊貴命坐像と御霊大神坐像が安置されていますが、
秘仏ならぬ秘神のようです。


御朱印の有無は不明ですが、
調べた限り無さそうです。

葛木坐火雷神社(2013年11月16日参拝)

2013-12-30 | 神社
今日のテーマは天孫降臨の高天原伝承地にある
神寂びた古社を訪ねロマンを感じようです。


歴史情緒溢れる葛城古道を歩き続けるのはさすがに無理なので、
古道近くの30号線を車で走りながら神社仏閣を巡っていきます。


まずは葛木坐火雷神社からスタートです。
葛木坐火雷と書いて「かつらきいますほのいかづち」と読みます。


所在地:奈良県葛城市笛吹448
主祭神:火雷大神、天香山命
創建:不明
社格:式内社(名神大)、郷社



【由緒】
御創建は神代とも神武天皇の御代とも伝えられるが詳らかでない。

しかし、当社に伝わる旧記には笛吹連=当社の祭祀を代々受け継ぐ持田家の先祖の祖 
櫂子(かじし)は火明命の後にして崇神天皇の十年建埴安彦を討ちて功あり 
天皇より天磐笛を賞賜せられ笛吹連の名を命ぜられるとあり、
崇神天皇の御代にはすでに当社が鎮座していたことが伺える。

平安時代に全国数万の神社より特に霊験灼かな神社を記載した延喜式神名帳には、
葛木坐火雷神社二座並名神大月次相嘗新嘗』と記されている。
ここに記された神社を式内社というが、延喜式内の神の数は大中小社併せて三一三二座あり、
神社の数は二八六一社在る。
 
そのうち七一座のみ、祈年祭、月次祭、新嘗祭、相嘗祭に朝廷より幣帛を賜った。
御祭神火雷大神、天香山命はこの七一座に御加列になり、
その上名神大社に列せられたばかりでなく、国の大事には必ず勅使が参向され幣帛を捧げられた。

火雷大神を奉る火雷神社と笛吹連の祖神天香山命を奉る笛吹神社の二社は
元々別に祀られていたようだが、延喜の制以前にこの地に祀られたのではないかと考えられる。

天香山命の子孫 笛吹連が代々この地に住み、祖先神に奉仕し、この土地を笛吹と称えた。
その為か、現在も正式な葛木坐火雷神社という名よりも
笛吹神社という名の方が地元の人々にも親しまれている。


【鳥居】


なかなか良い雰囲気を感じます。


【石段】



【境内社】





【境内】





【加農攻守城砲】


清々しい境内の真ん中にいきなり大砲が現れてビックリした。

日露戦役の記念として明治42年に政府より奉納されたものだけど、
人を殺す兵器が神社にあるんですね。


【境内社】





【拝殿】




ちょうど七五三の祈祷がされており、
残念ながら拝殿の中に入ることは出来ませんでした。

拝殿の中から見る本殿がとても気品があるので見たかったんですけどね。


【狛犬】



【本殿】



【古墳】




本殿の裏に古墳が祀られているのも興味深いですね。


【紅葉】



【御朱印】


大川神社(2013年11月9日参拝)

2013-12-29 | 神社


長閑な風景を見ながら最後の参拝となる大川神社へ向かう。

ここは以前、宮津の和貴宮神社を訪れた時、
宮司さんに大川神社の本殿は凄いと教えていただいたのですが参拝出来ず。

帰宅してからその凄さに驚き、いつの日か訪れたいと願っていました。

今日、やっと願いが叶い興奮気味です。(^^

<2011年10月1日参拝>
http://blog.goo.ne.jp/05100625/e/4e92c3b4336182cd775729accf95c010



所在地:京都府舞鶴市大川徹光山169-1
御祭神:保食神
相殿:句句廼馳神、軻遇突智神、埴山姫神、金山彦神、罔象水神
創建:顕宗天皇乙丑年485)
社格:式内社、郷社、府社



【由緒】
創建は五世紀末第二十三代顕宗天皇乙丑年(四八五)三月二十三日に
宮柱を立て鎮祭したところから始まったとされる。
同年九月八日祭祀云々と社伝にもあり、古来、天一位大川大明神と称え奉った。

第五十六代清和天皇貞観元年(八五九)神位従五位より上に進み、
同十三年十一月、更に正五位下に昇進、「延喜式」の制なるや
「名神大」二百八十五座の中に加えられ、また孝徳・天武・持統天皇記中、
奉幣祈雨の記事も見え、「六国史」所載の神社である。近世に至って
旧田辺藩主細川惟成の武具寄進があり、明治十四年一月十五日、
久邇宮朝彦王殿下より「大川神社」の親筆が寄せられている。

明治五年、郷社に列し、大正八年六月七日、府社に列せられた。

「人皇第二十三代顕宗天皇の元年(四八四)三月二十三日、由良の浜の漁夫、
野々四郎というもの、孤舟に棹さして波濤に釣糸をたれていた。
夜三更に至って風さわやかに雲晴れ、清らかな月は海を離れて潮の音も静かに、
漁火幽ひそかにたゆたうとき、俄然一道の光輝がさすよと見るうち、
金色の鮭に乗った霊神が左手に五穀を、右手に蚕種を携えてあらわれた。

霊神のたまわく『我扶桑上古の神である。
永く大川の里に鎮座してこの地方を護らん。
汝すみやかに行きて之を村長子そんちょうしに告げよ』と、御姿は雲霧のように消えた。
野々四郎急ぎ帰り大川の里人に告げると、里の人々恭しくこの地に祀った。
翌年三月二十三日このこと天聴に達し、神廟造営のご沙汰があった。
同年九月二十八日神殿に移し、丁重な祭礼が行われた。
それから岡田の荘は五穀よく実り、養蚕の業もますます栄えるに至った。」


【第一鳥居】



【茅葺旧家】


鳥居と鳥居の間にある茅葺屋根の民家です。

かなり古そうですが今でも住んでいらっしゃいます。


【第二鳥居】


かなり細長い神社のようですね。


【中門】


寛政2年(1790)に建立されたもの。

中門をくぐり神域へ入る。
いよいよあの本殿が見れる。


【御神木】




樹齢約400年で昭和59年に市の木「小結」に認定。


【拝殿】




文政3年(1820)建立されたもの。

拝殿の下を歩けるのがおもしろいですね。


【狛犬】



【本殿】






きたきた、これですよ。
この本殿が前から見たかったんですよね。

地域の規模を考えると不釣り合いなほど大きな本殿です。

その凄みと重厚感にゾクゾクする。

明治5年(1872)建立されたもの。














また、この本殿は彫り物が凄い。

これは本当に見事なモノで、ずっと見ていても飽きない。


【拝殿】



【興和神社】


御祭神:氏子中の英霊1322柱


【神馬神社】


交通安全の神。


【病除神社】


御祭神:健速須ノ男命


【医祖神社】


御祭神:少彦名神


【竃神社】


御祭神:澳津彦神・澳津姫命


【神饌所】



【さざれ石】


天皇陛下即位20年を祝し平成21年に奉納されたもの。


【御神木】



【野々宮神社】




神社の外に出て国道の反対側に鎮座するお旅所。

御祭神:野々四郎命


【由良川】


野々宮神社の裏は大きくゆったりとした流れの由良川。


【御朱印】



いや~、予想通り凄い本殿であった。

元伊勢三社はまさに神の領域といった雰囲気を感じられたが、
この大川神社はそれとは違った雰囲気と凄さを感じられた。

この大川神社と元伊勢三社は遠いけど、
行く価値は大いにありです。

大袈裟になるかもしれないが、
日本が誇る神社と言ってもいい。

是非とも訪れていただきたい。

元伊勢 天岩戸神社(2013年11月9日参拝)

2013-12-28 | 神社
皇大神社の一番近い駐車場の横に天岩戸神社に続く道がある。

車でも行けそうだったので車で狭い道を進む。

これが本日最大の緊張感を味わうハメになろうとは。(^^;

数十メートル進むとこれがまた車が一台やっと通れる道。
これはマジでヤバい。

バックで戻るのも危険。(泣)

もはや戻れん。

先に進めばUターンか駐車出来る場所があるだろうと、
意を決して進む。(汗)

しかし3ナンバーの車が通るにはギリギリ。
このまま進んでも突き当りだったらどうしようと、
メチャクチャ心配しながら必死のパッチでゆっくり進む。

しかも万が一、対向車が来たら終了。

だから絶対来ないでくれ、と今までで一番祈りましたよ。(苦笑)

数百メートル進んだところで神社に到着。

ここで無理したら停めれるけど、更に数百メートル進んだところで
Uターン&駐車出来る場所があった。

良かったー!

私は生きてるー!(大袈裟)


今まで長い間、車を運転してるけど、
これほど危険を感じることは無かったな。

そういう訳で天岩戸神社へ参拝される場合は、
必ず徒歩で行ってくださいね。

スリルを味わいたい方は止めはせぬ。(^^;



所在地:京都府福知山市大江町佛性寺字日浦ケ嶽206-1
主祭神:櫛御毛奴命
創建:不明


【由緒】
当天の岩戸神社は 往昔地神の元始 神天照大神籠居ましし霊地にして 
真名井ヶ原・真名井ヶ池・楽の堂・ 産盥・産釜・神楽岩・御座石・ 鶏鳴岩・
鱒池・鮎返りの滝等の地名旧蹟あり 

殊に産盥の霊水は平常満 水することなく或は減水することなく
且つ腐水することかってなく此の霊水は旱魃の際其の霊水の少許を
水上に注ぐ時は如何なる旱魃時と雖も神雨不思議に降り来り庶民安偖の
胸を撫するにより往昔より今に至るも尚其の慣例絶へざるなり


【風景】




例の細い道路から見たものです。

歩いてると凄い良い雰囲気ですが、
車だとまったくそんなことを感じる余裕がございません。(苦笑)


【社殿奉拝所】



【鳥居】



【境内社】



【石段】



【社殿】




うお~~~。

これは凄い。

言葉では説明出来ない見事な景色が目の前に現れて感動。

鳥肌ものです。




この鎖をつたって登っていきます。

思ったより簡単に登れましたが、
油断してると足を滑らして軽い打撲をするからお気をつけて。




無事に車でここまで辿りつけて有難うございました。(^^


【宮川渓谷】






実に清々しい。

心が洗われるようだ。

日頃のストレスや疲れが消えていきますよ。




社殿の奥に進む。
グリーンの深淵がとても美しい。

神域で無ければ夏だったら泳ぎたくなるけど、
さすがにここで泳いだら罰が当たりそうだよね。(^^;


御朱印の有無は不明です。
社務所は日曜のみ開いているとの情報あり。


さて、帰ろうと車に戻っていると山の上から2台の車が降りてきた。

この車と鉢合わせしなくて本当に良かった、
と思いながらUターンしてあの細い道をまた走ったのであった。

帰りも緊張したが対向車が来ない限り大丈夫だと思っていたので、
まだ気持ち的には楽でした。

でも、こんな道を走ったせいで、
日室ヶ嶽遥拝所に行くのを忘れていた。(^^;


ま、それはまたの機会にでも。

この神社もまた訪れていただきたいと心から思います。