アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

秋の行方

2009年11月12日 | Tsushimi Takashi
数日前に行ったゴルフ場は紅葉の真っただ中。
自然の色ってなんて素晴らしいんだろう。

先日は後輩が弦楽4重奏のアレンジを数曲やったので国際フォーラムに聞きにいった。フォーラムのホールは実にウッディーで温かく好きなホールの一つ。

唄ものの楽曲を弦4本だけで支えるのは実に難しくまた実に素敵だ。
流れるようなストリングスワークの中にテンポ感や表情を織り込んで
4分聞かせるには、唄の支えでありながら時にはドンと主張もいる。
唄の邪魔をせず、メロディーの動きとは別の動きで融合した作品は
実に聞きごたえがあった。

足りないものもやりすぎなものも、こりゃやってみなけりゃわからない。
大事なことはそれをいかに早く経験するかだろうと思う。
それによって、現実が早くわかる。
人より早く次が生める。

僕は同じ年齢の時に、一部逃げてた。
作曲という都合のいい隠れ蓑があったので、それ以外は人に頼っていた。
それでよかった時代であったし、実際興味がなかった事もある。

40代過ぎてようやく、総合的に複合的に音楽を考えて行かなければならないと
目覚めたのだから、そういう意味では遅咲き。
そのころからプロデュースやアレンジなどを念頭に置いた曲作りが求められるようになったからだと思う。

それはそれで自分の人生の流れであるから人とは比べようがない。
我がスピードで我が人生往くだけである。

その経験や想いからも、後輩などには早めにどんどん恥をかき
そんどん作品を書いてほしいと思うのだ。
音楽やってりゃ、新しい壁は常。
前に進んでる証拠だよな。

その後、中華屋で初体験の火鍋とやらを賞味したが
唇がヒリヒリと、翌朝は尻から発火しそうなくらいの辛さであった。
あんな辛さに旨味を感じ得ない僕は、「まあ経験っつーことで」と後輩に。

先日まで、何回目かのマイスタジオでのミックスを終えて無事マスタリングまで
完了。最初から色々と携わって、いいものが出来たと思う。
がしかし反省点も多く、色んな意味で実に勉強になるプロジェクトだった。
まさに僕も発展途上の一員。サンプル上がってきたらまた改めて紹介する。

「秋の行方」っていう石嶺聡子ちゃんに書いた曲。
ほとんど知られてないと思う。
1996年の「Generation」というアルバムの中の曲だけど自分自身がとても気に入っている曲で、you tubeで見つけた。
アップしてくれた方に多大なる感謝。
確かロンドンでのレコーディングでアビーロードスタジオ録音なんかもあった
アルバム。
今となっては無理矢理にでも同行すればよかったという想い。
作詞は久和カノン氏。今の季節にぴったしかも知れない。

http://www.youtube.com/watch?v=cn1ML64b8Iw

今こういう楽曲を歌うアーティストが見当たらない。
でも時代のせいにしてはいけない。
今の時代に輝く唄を作るのが僕たちの仕事。
日々精進のみ。



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若葉

2009年11月07日 | Tsushimi Takashi
大幅にご無沙汰の2ヶ月でした。

10月は家人の食中毒やインフルエンザ、自身の風邪などまとまって到来。
緊急の時、何がどこにあるかもわからないまま、慌てふためき、
一々苦しむ病人に聞く始末。
つくづく役に立たない男の存在に考えさせられた。

時代的にも、何が突然起こるか予測不能の自然。
普段から、モノも、そして頭の中も少しずつ準備しておかないとと、
真剣に考えた。

さて、先日だが広島の「おたふくソース株式会社」の取材を受けた。
年4回発行している季刊誌の中の、広島出身者で活躍している人という
コーナー。
わざわざ東京まで佐々木会長や専務の白根氏にご足労いただいての取材。
昼食を挟んで、最後は僕のスタジオでの撮影で終了。

今でこそオタフクソースは全国的に認知されているが
思い起こすに、昔は東京のどこを探してもなく
広島の両親にまとめて送ってもらっていた事を思い出す。
広島の地元のお好み焼き屋さんと一緒に意見を聞きながら少しずつ改良を重ね
今の味があるらしい。
現在ではお多福ソースのシェアが一番大きいらしい。
色々と興味深い話もお聞き出来て、とても中身の濃い時間だった。

普段の生活の中で、自分自身のこれまでを振り返る事は殆どないのだが、
ああいった取材の中では、自分のこれまでの足跡を自分自身でも再確認
する事が出来、色んな意味でまた奮起できる材料になった。

自分の知らないところで、ちゃんと自分の作品が一人歩きしている事は、
やはり作家にとって嬉しい。それえに自分の分身となる作品には
より一層責任をもって世に送り出さなくてはいけない。
身の引き締まる想いだ。

12月の発行らしいのでまたその時期には写真などを掲載予定。

先月末には千葉の鴨川に一泊旅行した。
敬愛する作詞家の康珍化氏のお宅に一泊し翌日は長狭学園の校歌、校章のお披露目の儀であったよ。

夏前に打ち合わせをして、何度かの直しをやりやっと完成したのが10月の初旬。
歌詞は地元の一般公募した言葉を康氏が歌詞としてまとめたものに
曲をつけた。

当日は父兄も参加して、講堂で合唱。
僕と康氏はステージに上がらせて頂いて
壇上からその様子を見ながら一緒に合唱。
小中学生合わせて300人が唄う光景を見つめていると胸が熱くなって
僕はずっと歌詞カードを見ながら、時折声を詰まらせながら一緒に唄った。

最後に、生徒達からの贈り物として、一人一人の校歌に対する想いを綴った
300枚の手紙を冊子にしたものを頂いた。宝物。

「この歌を唄うとやさしい気持ちになれました」という意見がとても多く、
僕は後日、一人酒を飲みながら一人一人の一枚一枚の手紙を何度も読み返した。

毎年変わらない、やり直しが出来ない、その学校がある限りずっと歌い継がれて
ゆく歌。そんな歌を書けて、とても喜んでもらえて、僕は心から嬉しい。
康氏、教育委員会の諸氏、学園の先生達、そして300人の生徒の皆さんに感謝。

前日の晩は康氏と酒盛り。明日は大事な日なので程々に、という合い言葉で飲み始めたが、結局僕は軽い二日酔い。
僕はこの二日間の感動疲れで、東京に戻っても少しの間心がジーンとしてた。

生徒達のもうひとつの自慢は、校歌にタイトルがついている事。
「若葉」...。





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