アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

モノの値段

2007年01月22日 | Tsushimi Takashi
先日、いらない物をまとめて売りに行ったら目玉が飛び出るほど安い買い取り額だった(笑)
主にPC関係や古くなった機材、ゴルフクラブなどなど。
10年以上使ったものもあれば、ここ数年で必要なくなったものもある。
オークションなどで気長に、ほしい人や希望価格などを軸に売っていけば確かに全然高値がつくはずだ。
まあしかし、本来なら粗大ゴミ化してしまうようなものに回収料を払うより、お金はいらないからジャンク品として
引き取ってくれるならと思って潔く売りにいった。とにかく早く整理して身の回りをすっきりさせたかったからだ。

自分のまわりから、使わずに何年も置いていたモノ達が居なくなってとてもスッキリした。
これこそモノの輪廻だ。
脳みそと一緒で、新しい事を覚えるために人間は忘れてゆく。
部屋にも脳みそにも新しいものを取り入れるスペースを空けなくてはいけないのだ。

だけど、忘れてしまいたくない事だってある。
使わないけど、実生活に役に立たないけど 何故か側に置いておきたいモノだってある。
なにもモノの価値って、ちゃんと使えてお役目果たせることだけがモノの価値じゃない。
自分だけがわかるモノの価値だが、悲しいかな値段っていうのは自分感じる価値とは裏腹にとてもクールだ。
俺と同じような価値観や人気を得れないものは、つまり誰もほしがらないようなものは結局はゴミなのだ。

楽器や機材など名機というわれるものは、未だにいい値段で売買される。
古くても、いや逆に古いものだからこそちゃんと作られているんだな。

やっぱ俺たち音楽を世に送る側の人間もやはりそういう意識で作品つくりたいし、時代を超えたいね。
古くたっていいモノは残るんだよね。きっと誰かが密かに見つけ出して大事に聞いていてくれたりするかもな。

聞きたいモン作ってあげようよ。 一作一作、想いを込めて。
そんな事をとても強く感じたな。





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Tuesday Concert

2007年01月17日 | Tsushimi Takashi
昨日神奈川県民ホールで美輪明宏さんのコンサートを見て来た。
最近ではよくテレビで見かけるが、一度歌を聴いてみたいと思っていた。
お客さんの95パーセントが女性。おかげで男性トイレはとてもスムーズどころか寂しいくらいに広々としていた。
年齢層も高く、中高年が殆どである。俺が小僧に思えたくらいだ。
内容は2部構成でトイレ休憩15分ありの年配の方々にはとても配慮されていた(俺も最近トイレが近いので助かった)。

一部は彼のオリジナルを中心に生まれた頃の環境、文化、戦争の事 政治などの話を挟みながらの歌だった。
バンドの音はとても小さい。それだけに歌のダイナミックスがよくわかりある部分耳を澄まさないと聞こえないところもあって、まるでクラシックのホールで聞いているかの様な静寂である。

第二部はシャンソンを中心に、セットもお花畑のような、そしてまだ見ぬあの世のような色彩と照明の中、パリの風景などを
うまくコントラストしてシンプルながら、とても歌の世界観が伝わってきた内容だった。
圧巻はやはり最後の曲、エディットピアフの愛の讃歌だった。
彼曰く、いわゆる日本でおなじみの”あなた~の燃える手で私を抱きしめて~”の翻訳は全く違うらしい。
もっともっと大きな世界を描いた作品で、それを疑いもせず堂々とあの歌詞で歌われていることが当たり前になっていることに
とても憤りを感じているということだった。

あんなに力強い愛の讃歌を聞いたのは初めてだった。日本語ではなくフランス語で、とっても情感が伝わって来た。
やはりその国の言葉がその国の音楽を造るんだよな。
いい曲だな~なんて今更ながら関心した。
72歳の歌じゃないよね(笑)。決して時の人なんかではなく一貫して自分の音楽、自分の表現をし続けて来た人なんだなと感じた。そういえば俺が小学生の頃、まだ丸山明宏時代に彼の印象は”気持ちわるい”だった。今で言うビジュアル系のはしりだったらしいね。その頃は森進一のくちびるも幼心に気持ちわるかった(笑)。
もちろんピーターの”夜と朝の間に”の歌声も妙に低くて気持ち悪かった。

人はどこでいつ花開くかわからない。
若い頃にドッカ~ンという人もいれば歳を重ねて花を咲かせる人もいる。
人それぞれ目の前の道も違う。
何が成功で何が負けかは、自分が感じる価値であって人に言われ評価されるものではないよな。

歌い続ける事の難しさ 創り続ける事の難しさ 俺のような小僧でもよくわかる。
彼の歌に涙していた人も多かった。

その気持ち 俺にもよくわかる。

ステージの幕が開き 第一声が  ”みなさんこんばんわ 江原啓之です” でした(笑)。



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2007年01月16日 | Tsushimi Takashi
今まで髭をのばすと所々が金髪であった。
色素が薄いのか、基本的に密度は頭髪も髭もあまり濃くはない。ということはつまり男性ホルモンも女性ホルモンも
足りてないのか?専門的なコトはわからない。
最近、その金髪だったところが白髪になった。変わり目の時期がわからぬまま、ある日ふと鏡で確認した。
もうそんな歳になったのだと思った。
もちろん俺の周りには、若白髪な若造や早くから頭が薄くなった友人も多いが、自分の事は意外とわからないもんだな。
どちらが大人びて見えるんだろうなんて若い頃は友人と比べたりしたもんだが、歳とると、歳とってみえないほうが何だかいいらしい(笑)。

このところ昔の写真やビデオを整理しながら、当時のいろんな自分と逢っていた。
30歳前は写真の自分 それ以降はビデオの中の自分もいた。30歳で結婚してはじめてビデオカメラなるものを買ったからだ。
ショックだったのは当時の俺は、今想像する当時の俺より全くの小僧だった。
小僧も小僧..超小僧(笑)。
あんなにイキガっていた大人だった俺は、今見ると鶏ガラのように痩せているただの小僧にしか見えなかった。

若かりし頃の自分と対面して、若いっていいなあという想いより恥ずかしいほど身の程知らずの小僧の姿に嫌悪感すら覚えた。あんな俺をよくも支えてくれた色んな人達に感謝したい気持ちでいっぱいだ。

この写真は、たぶん幼稚園の頃だろう。
共働きの両親だったが、きつい生活だったろうに、しかしちゃんと よそ行きの服を着せてくれて遊園地に行ったときの写真だ。親の苦労と愛情を感じる。そして丸顔とデコっぱちなのは歳をとっても変わらないのは何故だろう。。。と、感じてしまう。。。(笑)

たまに、昔の自分と向き合うっていいよね。
結構、自分に素直になれたりするんだよな。
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いつも思うこと

2007年01月05日 | Tsushimi Takashi
もう正月気分は抜けているというものの、もう正月も終わりとなると何だか少し寂しい気もするよな(笑)。
毎年正月終わりには、”あ~今日がもしまた元旦なら、もっといい過ごし方をするのになあ”なんて後悔したりする。
どこかに旅した時も、旅の終わりには、もう一度やり直せたらどんなにいい旅になるだろうなんて思ってしまうのです。
やはり一瞬一瞬を大事に生きないといけないのだな。過ぎた時間はいくらやり直したくても取り戻せないですからね。

昨年の暮れに誕生日を迎え、いつまで生きるかわからないけれど、それでも人生の半分以上は過ぎたのだなあと実感した。
ん~しかし今年の御神籤はいい事が書いてあったなあ。そのまま噛み締めて神社の木にくくり着けたので内容は漠然とだが
我が心の小枝に引っかかってる。まあ一言で言えば”小さな事からコツコツと”と(笑)。その積み重ねが己に幸をもたらすといった内容だった。俺に限らず誰にもあてはまる文言だろうが、世の中に万とあるこの類いの文言の中でこれを引く俺にたぶん御神籤の意味があるのだろう。


今日仕事場の帰りに空をみたら満月のようだったが、家に帰って月の暦をみると満月は昨日の1月3日であった。
それにしてもとても美しいまんまるお月さんだ。なにかしらのパワーがあるよね、お月さんには。

さて2007年 今年もみんなにいい作品を届けられるよう頑張りたい。どうぞよろしくお願い致します。





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