アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

知らない街を歩いてきたよ

2010年06月26日 | Tsushimi Takashi
東京という街は広いようで、しかし地上に地下にとクモの巣のような
電車の編み目が網羅しているわけで、その気になれば何処へでも。

先日、この世に生まれて初めて舞い降りた水天宮前という駅。
50年以上生きてもまだ、生まれて初めての体験だらけだな。
仕事場に車を置いて電車で30分。

旧知の後輩とランチがてら彼の仕事場でも覗いてみようかと。
下町ならではの風情と箱崎のコンクリッシュなオブジェが
いいバランスなのかそうでないのか。

事前にチマチマとリサーチしてランチは今半のすき焼きランチ
カマしたると心に誓ったものの、汗ダラダラで歩くうち
玉ひでの親子丼も早々に終わり
、結局後輩の定宿の蕎麦屋のカツ丼。

まあここは他人様の街。住人のアシストにお任せしたわけだ。
しかし我が人生、カツ丼とナポリタンの摂取量は相当なものだが。

ランチが充実していると、とても得した気分になる。
何故だろう。
普段は受験生のように部屋に籠っているせいだろうか。
夜飲みながらもいいが、昼ゆっくりとランチというのも
自由業の数少ない特権だ。

隅田川の湿った風が横切る部屋で、何故かぬる~いコーヒーを頂きながら
ずいぶんと成長した彼の昨今の作品等を聞き自分の作品を噛み締める。

何をもって勝ち負けというか、そして人生にとって勝つだけがすべてでは
ない事も重々承知の上だが、すべてを受け止め
色んな事にぶち当たって、死ぬとき笑えりゃそれでいいぜよ。
それまではお互い必死コイて生きぬくのがオトコマエぜよ。
と、そんな想いを噛み締めながら彼の仕事場を後にした。
(中村雅俊「涙」まだまだ絶賛発売中)

ナポリタンは好物だが、生のトマトは敬遠してたくせに
最近トマトに限らず野菜が好きである。
これはおそらく歳を重ねた功績だろう。
死んだら土に還るというが、
誕生日毎にどんどん土に寄り添い近寄りはじめているのか。

家の軒先に植えた苗が成長して、まだ青いが実がついた。
いずれ赤く実ったこのトマトを食する時は、きっとこの上なく
大事に頂くのだろうと自分の姿を妄想する。

同じ物でも自分が手にかけたものとそうでない物とは
こんなにも心の中で価値観に違いが出る。
同じトマトだし、もしかしたら売っている物の方が美味いかも知れない。
売っているものだって、日々愛情込めて作られたものばかりな筈だ。

でもそんなものだ。

そんなものの中で人間は生きている。
だからこそ自分の価値感を磨き、ひとりよがりな想いだけで
作品にしてしまわないようにと いつも心に思っているよ。

なかなか難しいんだがね(笑)。









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肉屋のコロッケ

2010年06月21日 | Tsushimi Takashi
割に少ない雨のこの時期でございますな。
降れば降ったで陽が恋し、降らなきゃ降らずで水足りずと
やはり世の中常に何かが上手くバランスをとっているようで。

昔その昔、小学生低学年の頃、両親が肉屋をやっている同級生の友達が居て
学校の帰り道にその肉屋の店頭で揚げていたコロッケを一つ15円で買って
それを食べながらよく帰ったものでした。
茶色い油紙にくるまった揚げたてのコロッケは、ひとかじりするたびに
フワッと湯気がでて揚げたての香ばしさといったら格別。
当時のおやつ代20円からすると大奮発な子供買いでしたが、
駄菓子屋でチマチマ買うより、夕飯までの減った腹をたしなめるには最強。

買い食いは禁止されてたように記憶しますが、
それでもあのコロモの隙間でまだ油がザワザワしているような
アツアツのコロッケだけは
買い食いの対象にならないような妙な説得力が。

先日,近くの肉屋の側を通った時にふとそれを思い出し、
「コロッケ一つ!」と、大人の買い食いをしてみました。

ん~、やはり思い出だからそれは美しくそして油が香ばしく。。

最近ではスーパーで買うコロッケも安くて良質なものの多く
本家の肉屋のコロッケも少々焦った企業努力が必要だなと思った次第で。

車に乗るときはラジオを聞きながらの運転が多く、
いつも喋っている内容がかろうじて聞こえるくらいのボリュームで。
何も考えずに、そして作曲以外の何かを考えている時も。

そんな中でちゃんと聞こえてくる音楽もまれにあって
耳をすましてしまうのです。
曲なのか言葉なのか、歌そのものなのかの選別は無用。
それがカタマリになって車外のノイズをシャットアウトするんですな。

先日も耳を澄まして聴いていました。
藤澤ノリマサの唄うショパン。
[温もり」というタイトルで彼が作詞して唄っています。
去年出した「Appassionato」というアルバムの中の曲ですが
どれもこれも僕には好みの歌とサウンドです。

ロッケンローラーに憧れて音楽を始めた僕が、どこでどういう風に
趣向が枝分かれしたのか記憶にないのですが、
たとえばクラシック音楽をいいと思えるようになった事って
とても自然ななりゆきの様な感じがしてならないのです。

写真は、以前にもここで書いた岡山潔氏の弦楽四重奏団のコンサート。
先日、勇気を出して前から二番目の席に後輩と陣取り
息を殺して拝聴致しました。
昔は退屈で仕方なかったこの感じが、現在はとても心地よくゾクッと
する瞬間が何度もあるのです。
さすがに車で聞くCDケースの中身は歌モノが多く
いまだにヤザワも数多く幅をきかせていますが。

30歳の冬 生まれて初めて苗場のスキー場で苗場山の頂上に立ち
見下ろす景色に感動し、もっと早くスキーを始めなかった事を
とても後悔したように、今となっては、
もっと早くからクラシック音楽の魅力に出逢っていればと
、あの肉屋のコロッケを頬張っていた当時、
僕がほしかったアップライトピアノよりもまず御近所の流れに沿って
迷わずカラーテレビを買ってしまった両親を恨むばかりでございます(笑)。

冗談はさておき、
あの岡山潔氏のように自分の生きてきたすべてを
バイオリンに響かせているようなプレイはジャンルを越えて
心に響きます。
特にクラシック音楽に限らず、様々なジャンルの様々なアーティスト達も
皆、その作品の後ろの、歌の後ろの何かが聞き手には
ちゃんと伝わってゆくのだと僕はいつもそう信じています。



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最近、朝7時には目が覚めるんです

2010年06月01日 | Tsushimi Takashi
大変ご無沙汰でございました。

根を詰めていた作業も一段落し、ふと気付くともう夏の一歩手前。
数日でまた、鬱陶しい梅雨の季節を迎えると思うと
余計に、この初夏の陽気に身体の隅々まで光合成を施したい気分です。

春先から安定しない天気が続いたので余計に陽の光の尊さを感じてしまうこの頃。

途中色んな家の軒先に咲く色んな花を観ながらのウォーキングは
季節的にもとても心地よく、最近では楽しみの部類に。

僕の周りの同じ世代の人達も、割とウォーキングに勤しむ習慣を持っており
、それを歳を取ったせいにはしたくない反面、色んな面で結果的には
歳を取ってそういう思考に移行していった事も、これは事実だろうと。

あの作詞家の松井五郎も先日、
レコーディングの前に早朝から数キロ走って来たと聞き、
そんなに早起き出来るのならゴルフでも、と、お誘いしたら
早起きではなく、寝ていないのだと。
また、幾つか歳を重ねたら、五郎様も早起きが大好きになっているかもしれない。
その時は、また思い出した様にそろそろゴルフでもいかが?などと
一度柔らかくお誘いしてみようかと思っているが(笑)。

飲み過ぎた翌日に、最後に食べたラーメン分が余計だからと
取りすぎたカロリーを消費するために歩いたのが
習慣となって、今では雨と下痢の日以外は毎朝歩いている友人も。

みんなそれぞれ色んな理由で、歩き始めるのですな。

最近、自分は割と小さなチマチマとした花が好きなんだなあと実感した。
綺麗だなと思う花はすべてチマチマと咲いている。
色は、赤やピンク等よりもブルー系や紫色に強く魅かれる。
どちらにしろ、あの自然が咲かせる色を見ていると心休まる。

さて、今日から6月。
月日をなんなく見送っているわけではないが、それにしても
まるで過ぎゆく時を後ろから追いかけているかのペースで
時間は素早く通り過ぎる気がしてならない。
愛犬のミミは8月でもう10才 チロも7才
愛馬のハーレーは今年で丸12年 

仕事場で作業していると一週間がダダダッと過ぎる。
周りの景色を見過ごしたまま時間だけが過ぎるようで、
だからこそ音楽と関係ない色んなものにも沢山触れなければ
などと思う様になった。
どこまで行ってもゴールが見えない仕事だからこそ
一歩一歩、しっかりと地に足がついた作品創りをしていかねばなあと
思うわけである。

んでは、また。











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