アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

青春

2016年02月21日 | Tsushimi Takashi

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、
こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、
精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、
その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、
事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、
人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる  

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、
偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ
人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。 

                         -サミエル.ウルマン-


先日だが東京の父と敬愛する、
僕が約40年前に東京を目指した時の事務所の当時の社長と
久しぶりにお会いした。
自分の母親と一緒の昭和11年生まれ。

「俺がお前の歳の頃なんてな、
自分の年齢がいくつかなんて勘定したことなんてないよ」
「これ知ってるか? マッカーサーが座右の銘としてた詩だよ」
と、帰り際に見せて頂いた。

社長室の大きな机の上に立てかけてあった額縁の中にこの詩があった。

   -青春-

いつもこの方とお会いする度に、その情熱に叩きのめされ
自分の心の小ささを思い知らされる。

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R

2016年02月15日 | Tsushimi Takashi
とてもひさしぶりの後輩と飲んだ。
2006年にmihimaruGTの「気分上々↑↑」という楽曲で
レコード大賞金賞を受賞した作曲のshifo。

彼女自身は、かねてから携わっている「クーペ&shifo」というユニットで現在も活動中だが
7~8年前の国際フォーラムでのコンサートで
「がんばろう」という曲の後に唄った次曲が
「がんばらないで」だったのが非常に印象的で面白かった事を
今でもよく思い出す。

そういえばクーペ&shifoに関してはかつてもこのブログに書き留めた事があった。
「25年ぶりの手紙」

また、少しずつ曲を書き重ね始めたというメッセージをくれて
先日渋谷で会った。

お互いに顔をつき合わせての飲みの席は
かれこれもう15年振りというから恐ろしい。
人の笑顔には何年もの月日を一瞬で取り戻せる魔法があるんだな。


帰りに持たせてくれた最近のデモテープはどれも素敵で
特に飲みの日の二日前に決まったというメジャーグループの楽曲は、
この楽曲ですと言われなくても
誰が聴いても、これだろとわかる曲。

結局はそういうことなんだと思う。

才能のないディレクターに、
「こっちの曲のがいいんでね~かい?」などといった
余計な選択技を与えないで済みそうだ。

そして言葉やメロディーに対してハッキリとイメージを持ったディレクターや
プロデューサーの手にかからないと、60点70点のまま埋もれてしまうか、
そのまま世に出しても売れない結果となる。

どこにどう手を加えても世の中に出てゆく可能性の無いもの、
どこかを少しだけ変えたらそれが120点150点にもなる可能性のあるものを
ちゃんと見分ける事が出来る人間と出会える事は
作品を書くのと同じくらい価値のある事。

何を持ってして、クオリティーと言うのだろうか。
誰が作ろうが何処で録音しようが、
クオリティーはその才能そのものだ。
若い後輩などにもよく質問を受けるが、
機材や録音状態の善し悪しは殆どその楽曲の印象を引き上げる加担もしないし
曲の聞き応えにマイナスなダメージもない。

つまり、いい作品はそのままちゃんと伝わる。

グッドクオリティーなデモテープを聴かされるたび、
一度は崖から突き落とされる気分だ。
俺は俺だよバカヤロ~と思ってはいても
とりあえず彷徨いながら、ゆっくり立ち直る。
デモの出来などを競ってるつもりは無いが
自分では出したくても出し得ない雰囲気を持っていたりすると
その旨味成分は何なんだろうなんてね。

かつて自分のデモを聴かせた事のある後輩が
「いや~、やっぱり唄がいいと違いますね!参りました!」
と言ってくれた事がある。
確かに間違ってはいないだろう。
どんなデモでもその印象は、まずはほとんどがVocalに支配されるが、
しかし不思議なもので、
いくら唄に雰囲気があっても
大した事のないメロはそのまんま
大した事なく響いているはずなのである。

生きる事は日々葛藤の連続であ~る。
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