アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

あのギリギリな感じ

2012年10月14日 | Tsushimi Takashi
私が東京駅にはじめて降りたってからもう36年になろうとしている。

残念ながら夜行列車を乗り継いでやっとの思いでたどり着いたわけではなく
当時の事務所の社長でおられた野崎氏がわざわざ広島まで出向いて頂き
それこそ初めて乗せて頂いた新幹線で、しかもグリーン車に寝そべらせて頂いて
夏の夕方に反対側の八重州口に着いた。
人さまに語れる程の話ではない。

余談だが、そういえばYAZAWAがどこかのインタビューで、
「@もし俺があの時代に新幹線や飛行機なんかで上京なんかしてたら
今のヤザワはないよね(笑)」なんて言ってた事を思い出したけど、
やはり夜汽車に乗って広島を抜け出したっていう事が、「物語」なんだ。



先日、東京にいる同窓生が久々に集まったのだが、店の場所が東京駅を見下ろせるロケーションだった。
丁度リニューアルが終了したばかりの駅舎で、沢山のカメラを抱えた人達に混じって私もシャッターを切った。
近代的な高層ビルとレトロな洋風建築が見事に溶け合っているエリアで本当に美しい。

住まいのある場所の関係もあり最近では帰省するときはほとんどが新横浜から新幹線だ。
職業柄、全国を飛び回る頻度も圧倒的に少なく、
だから本当に何年ぶりだっただろう東京駅。

あの日、ここからタクシーに乗って
それから約12年間お世話になった事務所のある赤坂へと向かったんだな。。

 丁度20年前に「最後の雨」という楽曲を提供した中西保志のライブが
デビュー20周年を記念して先日六本木で行われ、
当時のメーカーディレクター氏と一緒にお邪魔した。

過ぎてしまえばあっという間とはよく言うが
あの曲が出てから本当にもう20年経つのか。
ひとくちに20年なんて言うが、
生まれたてのまん丸い赤んぼうが
胸も腰も張り出した立派な女性にまで成長できる時間量だ。
本当に尊い長さの時間なんだ。

そんな長きにわたってどんな場所であれ一旦歌手として人前に立てば
誰だってあのヒット曲を皆は聴きたがる。
時代がいくら過ぎたって、
リスナー一人一人の胸にあるのがヒット曲だ。

誰彼に限らず時代のヒットを持つ歌手やアーティスト達は、
本人の意志とは関係なくも、望まれる限りは
それをちゃんと歌い続けていかなくてはならない。
仕事とは本来そういうもんだと思うからだ。

その日の中西は「最後の雨」を久しぶりにオリジナルのアレンジでオリジナルキーで唄った。
中西のあのギリギリな感じのサビの唄い方がいいんだ。
「最後の雨2007」としてキーを少し下げてゆったりと唄ったバージョンを
聴いた事があるが、決してオリジナルを超えはしない。

あの高音の伸びとシワ苦茶な表情で唄う中西のあのギリギリな感じの上に
メロディーと言葉が乗っかって中西自身だけが持つあの独自の歌声によって
息の長いヒットに仕立て上げてられていったと思うからだ。

あれから20年、歌い続けて頂けたことに感謝の気持ちで聴いていた。

中西ご本人とお会いしたのは、
この20年でおそらく今回が3回目ではないだろうか。
割とそんなもんである。
これまでには一度もお会いしていない歌手の方も沢山おられる。

以前よりも彼は風格を増しボーカリストとしてとても円熟していた。

音楽の「ジャンル」という狭いカテゴリーの中で窮屈に生きていくより
彼にはこれから是非やりたいものにどんどん挑戦して頂きたいと願う。

昨今のカバーブームによって「最後の雨」も例に漏れず
本当に多くの方々が唄ってくださることに大変感謝している。

反面、作曲家として一人の歌手やアーティストに向き合う時
やはり 何とか新しいオリジナルの楽曲で世の中と勝負し
今の時代のヒット曲への道筋を模索していかなくてはと
日々焦りながら思っている。

ライブ後、当時のなつかしいスタッフの方々と久しぶりに夜を越え
胃袋の中の赤ワインも自分にとってはギリギリな感じにまで浸透し
浄化されたのは翌日の昼過ぎでござんした。

ともあれ
Thank all of You and You Yasushi.
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久々の反省蛙

2012年10月12日 | Tsushimi Takashi
少し意識しないうちに何だかめっきり日の入りも早くなったんだな。
肌寒いと思えば時たま汗ばんだりと体調も中々スッキリと衣替えをさせてくれない。

犬どもは爽やかな風の中、あの死にそうな酷暑の日々を取り戻すかのように
よく動くし よく食べるし よく寝る。

先日、後輩と久々に仕事場の近所の中華屋で昼に食べた少し多めの麺だけで
帰宅する頃には太ももがジーパンに張り付く感じで太った気がした。


-Chiro 9才-

ダイエットなんて言葉は自分の辞書にはないはずだったが
人生はそれこそ想定外の連続だ。
痩せた太ったなどは耳くそ鼻くそ。
こっから先が、人生の本当の正念場だぞ。

先日だが、私の曲をどこかで聴いてくださった隣人の方が
「あの曲聴きましたよ~。とても難しい曲ですね~。さすがプロ。
私には唄えません(笑)」と。
字面だけ見ると皮肉っぽく言われた様に聞こえるが決してそうではなく
笑顔で素直な感想を仰っていただいたのだが。

そう聴こえるってことはこちらの負けですね。
勝ち負けではないけれど、やはりそういうのは自分にとってはダメな仕事なんだよね。

趣向も違えば年齢層によっての違いもあり、
いい評価をくださる方もいらっしゃるし
好きとか嫌いっていう意見は、そりゃまあ色々あるわなって
あまり気にもとめないんですがね
難しいっていう感想を持たれると、「しまった...やっぱりか....」と条件反射のように反応してしまう。

簡単に簡単にというわけではなく、唄いやすければそれでいいというわけでもなく
巧みでかっこいい歌もあれば、難しくしようとしているわけでもない。

ただ自分でこすって自分だけ気持ちイイだけなら
何とも空しい事だね。

作曲家としてなんて思っているからどんどん巧みな方向へ
埋没していくのかも知れない。
色んな人の悲しみや喜びに寄り添える歌を作りたいのに
難しく聴こえたらまずやっぱアウトなんだよな。

歌を作るっていう難しさを改めて感じるね、最近特に。





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