アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

あれやこれや

2006年12月28日 | Tsushimi Takashi
先日は我がオニオンブラザーズカンパニーの忘年会があった。
普段はあまり顔を合わせない連中だが、こういう時の招集率は中々いいほうだと思う。
まあ、いくら頭数が増えても無意味なのもこの世界である。
50の才能が10人集まるより100の才能ひとりで充分な世界なのだ。
だからこそ、普段から仲間意識は必要ない。誰の力も借りれないからこそ個人として成り立つ世界でもあるのだ。
中途半端なコミュニティー意識はデメリットと信じる。
競争するのは横で飲んでる仲間ではなく、鏡の中の目の前の自分である。
そういう意識を持った奴らが一緒に飲むから意義がある。

数日前の、日経系のニュースで”売りたい値段 買いたい値段”というテーマで取材していた。
客の買いたい値段をターゲットにしてどんどん安値を更新していく商法や、ブランド直営を売りにして
安心やアフターケアと共に売りたい値段で売る事を目指すメーカーなど、とても興味深く見た。

俺らもやはり売りたい意識での楽曲制作が求められる。買いたい値段に意識を下げてはダメだよな。
だからいい作品に、いい値段をつけて売る。中途半端や未熟なものだと足もとをみられ、相手のいいように使われかねない。
いい作品をどんどん書いて高く売らなきゃだめということだ。

さて今年もあと数日で終わる。
今日は事務所の大掃除だった。部長の深井と、たまり倦ねた昔の書類や紙資料 いらなくなったデモテープ等を整理して大胆に捨てた。不思議なもので事務所が明るく空気もとてもすっきりした感覚だ。
ふだんからこういった清潔感ある場所でないといけない。
誰だってきれいな便所で用を足し、ホコリのないテーブルでお茶を飲みたいものである。
やはり気の流れを良くし、とても素敵な人材や才能を招き入れたいのである。

さて明日は俺自身の仕事場の大掃除である。同様に清潔にシンプルに仕上げたいね。

来年の目標..突っ走る。これだけ。突っ走るのみ。いまの気持ちに一番ふさわしい言葉だと思う。


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ココロザシ

2006年12月19日 | Tsushimi Takashi
先日、夏川りみの中野サンプラザコンサートへ行って来た。
正直言って予想よりとってもよかった。客層は幅広く、それはさすがに国民的な楽曲になった”涙そうそう”が導いてきた年齢を問わずみんなに親しまれた結果だろうね。中盤では三線を持ち島唄のアンプラグドなコーナーで、いろんな歌を聞きながら沖縄や石垣へと行きたくなるほどに会場全体が盛り上がった。何とも優しく暖かい詩と曲で、そういう文化に包まれた土地をふるさとに持つって、とても素敵なことだと思う。そしてトークだが流石に一年の大半をいろんな場所でのコンサートに費やして来た経験と深みとでも言おうか、話の内容も始終飽きなかった。少し長目のトークもうまくトーンをかえて地元の言葉で優しく締めくくり、見終わった後もとてもいい余韻に浸れた。
紅白5年連続の今年も”涙そうそう”らしいが、それはそれでとても立派だと思う。たぶんみんなが一番聞きたい曲なんだから。
欲を言えばもう数曲のヒット曲があれば、またもっと彼女自身がオーラを帯びてくるだろうね。
しかし、あのメガヒットを超えるものってそう簡単に作れるものではない。
作るというか、そう簡単に育つものではないのだ。
来年のアルバムに提供した楽曲のトラックダウンが先日終わったばかりだが、今後彼女はどういうところを目指し開拓するのかが興味深い。彼女ならずとも、ファンの心理ってライブでは新曲も聞きたいがやはり売れた曲を一番心待ちにしている。
誰もが知っているヒット曲を本人を目の前にして聞くためにコンサートに足を運んでくる。
だからヒット曲を持つアーティストに曲を書くってとても難しいんだ。
今の時代は、人気だけで曲は売れない。一作一作をとてもいい形にして世に送り出さなければリスナーにはすぐ見抜かれる。
しかし、ヒットとともに人気というチカラを得れない人も生き残るには難しいと思う。
曲は知っているが、誰が歌っているの?では、次に繋がらないからだ。
そしてブレイクするには、もちろん楽曲やタイアップの力もあるだろうが、それを表現するアーティスト自身の志(こころざし)なしでは成功はあり得ない。
ストイックな程に自分に厳しく、仕事のすべてを大切にどんな時もどんな場所でも自分のベストを届けようと痛いくらいに努力しているアーティストもいれば、青春の1ページ感覚でただ楽しんでやっている奴もいる。
どちらがいいという事ではなく、つまり命を賭けてる歌のほうに俺は魅かれてしまうのだ。
観客を喜ばせること、自分を表現すること、高いお金を払ってチケット買ってくれた事に恥じぬよう自分のすべてをつかって
感動や笑顔を与えようと努力することなど、いろんな事に人生を賭けた歌は体の隅々まで届くのだ。
その積み重ねがチャンスを連れてくる。 なるべくしてなるんだね..ビッグアーティストに。

今年もあと少しで終わり。
しかし、やってもやっても終わらないのが俺たちの仕事。
上みりゃキリがないが、上見なけりゃ登れないのがモノ創りの山。
簡単ではないからこそ、夢が見れる仕事。だからそこに頑張って苦しむ価値を自ら見いだすことが出来るんだよ。

色んな考え方があっていいと思うけど、俺はやっぱそういう頑張ってる奴に魅かれるし、そういう奴らと共に成長してゆきたいね。いい作品がいい出会いを生む事を信じてね。
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広島弁

2006年12月08日 | Tsushimi Takashi
早いの~う...はあ師走じゃ。
まあ~一年はあっという間じゃね。この前正月で酒飲みあげた~思うたらもう忘年会の時期じゃね。
なんか知らんが、今年も色々考え色いろ悩み色々と新しい発見もあった。
なんじゃ~かんじゃ~言うても、今こうして曲書いて酒飲んで居られるんはありがたいこってすの。

この前の健康診断の結果が来たが、まあ例年とそが~いに大きな変わりはのうて
ちい~と胃炎をおこしとるげな。
まあ曲書きで煙草は増えるわ、飯は食わんわで不規則な生活しとったけ~ね、わしなりに自覚症状はあったが、やっぱレントゲンにゃ~しっかり写っとたらしいで。じゃけ~最近は油モンはち~と控え気味にしとるが....
コレステロールは相変わらず高いが、まあ善玉がち~と増えとるけ~まだマシよ。

と....しかし、広島弁は文章にすると疲れるな(笑)
んま、俺のネイティブな言葉だよ。

今でも同郷の友人とはこんな感じだ。
昔はね、隠そうとしていたけど(上京した当時)、マジで東京弁喋ってたつもりでいた時、いきなり
”都志見くん、出身は西のほう?”って聞かれて、崩れ落ちた(笑)。
やっぱさあ、俺ら自分の背負っている物を全面に押し出して生きたほうが楽だし自然だね。
方言を喋るとか喋らないとかじゃなくて、なんか、この親がいてこんな環境で育って色んな出来事や想いの中で
葛藤し自分なりに決断して来た積み重ねが今なんだからな。時にはなんでこの親なんだろうとか思った若かりし時代もあったし
もっと家が裕福だったらって想像した事もあったけど、歳とると多少酸いも甘いもわかってくると、どこかで自分に腹くくるわけよ。おれは三十代半ばでそれを自覚した。たぶんとっても遅いけど(笑い)。
なんか昔の事や自分の今までと全く切り離した自分として生まれ変わりたいと思っていた時代があったけど、
それを全部背負って進むほうが開き直れたりするわけだよな。
やっぱ、俺は俺にしかなれない。人を羨んだら、一番可哀想なのは自分だって事に気づいたのがそれくらいの歳だな。

だからやっぱ、自分のために頑張ってあげないといけないと思うんだよな。
そしてそれが結果的に人の役に立ったり、感動を与えられたらなおさらいいね。

俺最近、いろんな意味で自分を認める事からすべては始まってゆくような気がするんだよね。
足りないもの 光ってると思うもの 直したいとこ 自慢したいもの 努力しなけりゃ手にはいらないもの
 そして 本当に自分がそれを望んでいるのかという事 色々。

ちゃんと認めて 全部背負うとこから やっぱすべては始まる。 と 思うんだ。




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デモテープ

2006年12月05日 | Tsushimi Takashi
ふ~う、やっと終わった。
レコーディングも含め最初の曲書きから含めると約二ヶ月の間、ある一曲に縛られていた。
その間に延べ10曲くらい書いたがどれも気に入らず最終的な形になってから、アレンジでもいろんな回り道をした。
とても近く目の前に目指す完成した城は見えるのだが、丘まで上って全体の景色を仰いでみると城までの間には
小山がたくさんあり、おまけに湖まであるではないか。
城にたどり着いたものの城壁は高くどうやって乗り越えようかと自分の力の限界を嘆いたり、日が射せば
もう一度登ってみようと前向きになれたりと、一曲の完成にここまで労力を費やした事は今までに無いくらいだった。

デモテープをとってからが大変だった。
デモって最初にみんなに聞かせるために、完成形に近い雰囲気を一番重視して作る。
楽器のラインや事細かな詳細は別として、全体を伝えるためにつくる。
そして、その..なんと言うか、あまり細かい事を気にせず作ったデモの雰囲気が意外にグッドな場合が多いのだ。
聞いたみんなもその印象が一番強い。
なので、本当はそれを本番でも再現すればいい事なのだ......が、
実際は音楽家としてのこだわりや欲といつもぶつかる。
特に、もっといいイントロがあるはずだ、もっといいコードがあるはずだと。
ついつい楽曲のもつテーマや歌の力を忘れてしまい、自分のエゴだけが猛進する。
本当はギターやピアノ一本だけで伝わる曲をCDにするために商品にする場合、やりすぎてしまう事が多い。

シンセでやっているストリングスを生で録る場合もそうだ。
弦のラインだけで曲調が変わってしまう怖さもあり非常に神経を使う。
デモで聞いてもらった全体のイメージを変えずに、よりベターなものに仕上げる難しさをいつも感じる。

結果的にデモの雰囲気のがよかったと言われるのが一番つらいからだ。
人にもよるが、俺自身はデモのためのデモではなく本チャンのためのデモを心がけている。

しかし、その悩みや苦悩も今回は吹き飛んだ。
いいものになった。詳細については来年発売でまだオフィシャルに告知されていないので言えないが
その時が来たらまたここに書きます。

さて、またマメに書くようにしますので。懲りずにこのブログ見てくださいね。
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