アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

Good Luck!

2012年04月28日 | Tsushimi Takashi
先日、ひさしぶりに車で表参道から青山あたりを
徘徊していたら、なんだか懐かしい感じのタクシーが
数台並んで止まっていた。
驚いてみたが、よく見るとTOMMY HILFIGERと
車のボディーに描いてある

これはそのトミー・ヒルフィガーというブランドの
キャンペーンCARだと後で納得。
この界隈もだいぶ様変わりして、どんな奇抜なものでも
直ぐに溶け込ませてしまうこの街独自のパワーがある。

そういえば随分長く訪れていないな、NEW YORK。
マンハッタンに住むあの娘も
クイーンズに住むあの娘も
ニュージャージーから通うあの娘も
元気でやっているだろうか。

先々月だったか、渋谷で留学当時の同級生3人と会った。
ブルックリンにある音楽大学で知り合った音楽仲間だ。
振り返ると、みんなよく生きていたなと大笑い。
ハタチそこそこだったので随分と無茶をした時期もあったが
本当に体力だけは余る程あったからね。
明日は早いから今夜は早めに寝ようなんて
思った記憶がまるでない。

硬い椅子に座って長時間ギターの練習してたおかげで
イボ痔になって結構長引いたが
医療費も高く、結局はバスタブに湯を張り
患部を暖めながら自分の指で体内にイボを押し込んで治った事にしたり、
風邪をこじらして熱が41度出た時には
明日目が覚めないでもしこで死んでいたら
親には誰が連絡するんだろうなんて事を
朦朧(もうろう)としながら考えた。

夕方に降り立ったケネディー空港から
緩やかな丘陵をまたぐようにマンハッタンむかう道のりの途中
あの摩天楼がまるで浮かびかがってくる様に
フロントガラスの視界全面に表れた時には
さすがに身震いした。
飲み込まれそうだった。

タクシーの運チャンが、NYは初めてか?と聞くので
「ああ、音楽の勉強で来た。これから何年かわからないが
この街で揉まれてみる」と片言英語で喋った。
「エキサイティングな街だぜ。たっぷりエンジョイしろよ兄ちゃん!」

タクシーのトランクから重たいスーツケースを出し終わり
サンキューと言ったら
「Yeah! Good Luck!」と言って小さくウインクして走り去った。
頭にバンダナ巻いた30才前くらいのファンキーなあんちゃんドライバー。

兎にも角にもイエローキャブを見ると、
まず最初にあのアメリカに降り立った
34年前の夏の日の事を
今でも強烈に思い出すのさ。


P.S
渡米して一年くらいが経った時期に、
どういう繋がりであったかは思い出せないが
フォークの神様といわれたあの岡林信康さんがNYに来るというので
ホテルの部屋などの手配を頼まれた事があった。
確か空港まで迎えに行き、いい部屋ではなくていいからという
リクエストに応じてあらかじめ予約しておいた
ブロードウェイの安宿に案内した。
夕食をご一緒して部屋に戻ってさあ寝るかと
ベッドに入りかけた時電話が鳴った。

「都志見くん、寒いんや。部屋の暖房の効きが悪いんや、
とてつもなく寒いんや 部屋変えてくれんかな」

すぐに着替えてホテルに向かった。
少し風邪気味の体調もあってか、あまりの安宿は身体に毒と
その場でチェックアウトし、
もうワンランク上の一般的なホテルに
移っていただいた。

NYに滞在されていたある日、私の借りていたアパートで
酒を飲みながら、いつの間にかギターを手にした岡林さんが
「都志見くん、どんなん書くん?なんか演ってみい」
と仰るので、オリジナル一曲唄った。
そしたら、「最近作った歌なんやけど、聴いてくれる?」と
岡林氏が一曲。
それからはギターを交互にバトンしながら何曲唄い、唄っていただいただろうか。
もちろん山谷ブルースも。楽しい時間だった。

「その感じ、歳とっても忘れんようにな」と
首に青筋立てて唄う感じをなんだか褒めて頂いた。
おそらくまだ21歳になったばかりの冬だった。

岡林さんの帰国の際にはまたケネディー空港までご一緒した。
「色々とありがとうな。身体に気いつけて頑張ってや。」
「また日本で会えたらえ~な」
「あんたにグッドラックや!」



岡林さん、現在は京都に住んでおられるらしい。

訪ねてみたくなった。


コメント (1)
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2012年04月25日 | Tsushimi Takashi
先日の日経新聞にあった
「休肝日 どれだけ必要?」という記事は
大変興味深いものだった。

酒は量ではなく、毎日続ける事が依存症の始まりだから
週にできれば二日くらい内蔵を休ませた方がいいと
これまで多くの方からそんな類いのアドバイスなりを
沢山頂いてきた。

が、記事によると
さまざまな調査から毎日2合
一週間で14合以内なら悪影響はないと言える
アルコール自体に血液中の善玉コレステロールを増やして
動脈硬化を防ぐ働きがある とあった。
一週間あたりの総摂取量をコントロールするための
現実的な手段がいわゆる休肝日なのだ。

男性なら一日一合 女性なら同二分の一以下で
狭心症や心筋梗塞、脳梗塞に寄る死亡率が
3~4割も減るというのだ。

この記事によって、やれ休肝日はいつにするなどと
やいやいやいやい言われなくて済むかもしれない。
むしろ適量なら続ける事の方が身体には良薬ぞと
一日の終わりに以前より胸を張り堂々と頂こう。

かつての「水」に関する見解も時代によってだいぶ異なるように
時代ごとに発生する物事に対しての「実は」の話はあくまで参考程にして
己が己の身体や習慣とどう向き合うかの問題は
ちゃんと自己責任のもとに管理すればいい。
結局昔も今もそんなに違いはないのだ。
飲み過ぎたと思ったら休ませる。
事は至ってシンプルだ。


約二年前に書いた楽曲がやっとこさレコーディングを終え
渋谷のBunkamura Studioでマスタリングをやるので、
いらっしゃいませんかというお誘いに
乗っかって、聴きに行って来た。

車で来られますか?と聞かれたので
いや徒歩で伺いますので駐車場の御手配には
及びませんとスタッフに次げ
渋谷のホテル街を抜け
キョロキョロテクテクと15分。
そうか、昔はこんな距離でもいちいち車を出していたな。

そういえば先月も同じ道を歩き
同じ敷地内にあるBunkamuraミュージアムで
フェルメールを観た。
絵は全く解らない。
ただ、約300年以上も前に描かれた作品が
目の前の壁にぶら下がっているって
やはり奇跡に近い。
いつもその奇跡に遇いにゆくのだ。
この絵たちも、描き上がった時から
今日まで語り継がれる運命にあったのだろう きっと。

美大生や絵の仕事に携わっている人達だろうと思わせる会話を
あちこちで聞きながら
人気のある絵はなかなか正面から見せてもらえない程の
人だかりにほとんどが踵を上げ背伸びの鑑賞だった。

さて。
二年前に書いた詞曲の作品だが
義理でも義務でもなく、大事に保管して頂いて
やっと役割を果たせた想いである。
二年前のたかが一曲を、こうやって
されどの一曲にしていただいた。

私はこういうディレクターを大事にしたい。
作家と作品にとってのありがたき理解者だ。
こういう人達によって、この世界に立たせていただいている。
今では敵も増え仕事は日に日にやり辛くなってきてはいるが。

数日前の地下鉄で
面白い会話に出くわした。
駒沢大学駅から乗車してきた二人の男女(大学生)の会話である。
「就職だけどさあ、絶対に公務員以外考えられないよね。
適当に見え隠れしつつも
いかに目立たぬように、自分の気配を消しつつ
どれだけ長く勤めるかが肝(キモ)だよね~。」

携帯メールチェックしてるふりして
へ~と思いながら聞いていた。
自分には全くない発想の持ち主達。

最近、こんな音楽制作者達も増えた。
自分の売ろうとする音楽やアーティストに意見を持たない人。
意見を言わない代わりに責任からも逃れる立場をとろうとする人。
二言目には予算がないのでと結局何もやらない人。
それが好きなのか嫌いなのかどう感じているのか何なのかわからない人。
曲なんてすぐ作れると思ってる馬鹿野郎の人。
こういう人達は丸ごとまとめて敵である。

6月にはいよいよレバ刺しも法的規制されるそうだ。
時が過ぎればまた「どんどん食べようぜ~」と
レバ刺し解禁になる時代がきっと来るぜ。
大好きな食べ物だけに、名残惜しいぜ。
...ワイルド芸人スギちゃんじゃないぜ。

頼れるのはやはり己の心と肝っ魂だけやね。
長持ちさせるために、やはり休肝日作ろうかね。。

がんばるぜぃ。


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乱筆長文多謝

2012年04月17日 | Tsushimi Takashi
先日の事である。
あまり走り慣れてない道路を走っていて
20メートルくらい先の信号の矢印が青に点灯したので
横断歩道手前から侵入した私の車は躊躇もせず
ウインカーを出しゆっくりと左折した。

途端...
ウ~~~~~!と、まるで
柳沢慎吾が刑事コントで発するサイレンの様に
いきなり後ろからパトカーにパッシングされ、
拡声器で「はい、そのナンバー○○○○の車!
左に寄って止まりなさい!」
と来た。

信号無視だった。

点灯していると勘違いした青い矢印は真っすぐの直進車用であり
左折用の矢印は消えていた。
視力の問題ではなく、なんとなく青という認識だけで
脳が処理したのだと思う。
幸いに危険運転とは見なされず、不注意運転で処理されたが
そういう感覚的に鈍ってきた感じに
少々の間、心はガーーーンと打ち拉がれた。

かと思えば、信号が赤なので
横断歩道手前でゆっくりと止まったら、
いきなり後ろからクラクション。
なんでやと思いきや
一つ先の横断歩道の信号を見て
一つ前の信号のない横断歩道で停車していたり。。

気をつけよう。

 話しは変わって
作曲家同士の交流は昔からそれほどない。
自分に限ってかも知れないが
特に若かりし頃などは、どちらかというと
斬るか斬られるかというような精神性もなかったわけではなく
言わば恋仇と杯を交えるなんぞは言語道断と
頑な(かたくな)に心を開かない時期もあった。

一曲を共にした作詞家の方々とは
飲みましょう、語りましょうと
交流を持った事も多かったが
同じ作曲家同士というと
誰かが仲人役をやらない限り
わりと接点もなかったように思う。

作曲家の鈴木キサブロー氏とは
昨年から特にレコーディングスタジオやレコード会社で
偶然にも何度かバッタリとお会いし、先月やっと
連絡先を交換して渋谷で飲んだ。

当時ワーナーで中森明菜の担当Dだった方も交え三人で
あの時の(1986年 キサブロー氏曲のDESIREと
カップリングで私曲LA BOHÈMEなど)曲作りや
それにまつわる色んな裏話、
97年に直腸がんで47歳の若さで亡くなった作詞家の
大津あきらさんとの思い出話、
お互いの作曲家としてのあーでもないこーでもないに
長い夜はあっという間に埋め尽くされた。

まだまだ太いアナログテープが回っていた時代から
いまではテープのないハードディスクレコーディング
昭和の端くれから時は過ぎ、今はもう平成も24年か。

そういえば、仕事場のある池尻大橋界隈でも
盛んにスクラップ&ビルトの繰り返しの日々だ。
昨日も、ビルのほとんどが壊されまた
再生されようとしている場所の脇を歩きながら
何気なく通り過ぎていたこの場所に
つい最近まで存在していた建物って
どんな感じだったのかがいくら考えても思い出せない。
(単なる物忘れだろう、きっと)

人の記憶っていうのは、便利に出来ていて
新しいものに向かっている時は過去は必要ないのかも知れない。

そういえばここには昔、ふる~いラーメン屋や本屋があったなあなどと
街並も落ち着いた数年後にパッと思い出したりする。何とも不思議だ。

今はまた昭和30~40年代の歌謡曲のカバーが盛んらしい。
そうやって、何かのきっかけで昔を掘り起こして見せる世の中の輪廻は
音楽供給側の仕掛けだけが原因ではない気がする。

先日、このブログで紹介した「純子さん」のライブで
サックスを吹かれた河村利夫先生作曲の
「真夜中のギター(1969年発売 唄 千賀かほる)」という作品を
今度、徳永英明がカバーで唄ってくれるんだよ!と
御自身もとても嬉しそうに仰っていた。
思い出と共に心に宿る歌は何年経っても色褪せない。

優れたカバー作品は
その曲を初めて聴く世代にとっても
現代の新しい曲としての紹介にもなり得る。
歌や作品が持つ役割としてとても大きい。

あるメーカーさんから
「都志見さん、セルフカバーやんない」?って
お誘いを受けた。

ん~~~~~~~~~。

乱筆長文多謝


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桜ゴルフ

2012年04月13日 | Tsushimi Takashi
長かった冬もようやく次の季節への引き継ぎを終えて
さあまたこれからが新しい物語の第一章が始まるという気分。

近くの学校でも、入学式を終えた初々しい中学一年生の親子連れ達が
桜の木の下ゾゾゾっと坂道を降りてくる。
これからの学園生活をそれぞれが楽しみにしている様子が
その軽やかな足取りから伝わってくる。

今年入学や卒業を迎える友人や知人の子供達も多く
親としても子供の成長を確認する
人生の大きな節目の一つの季節でもあるのだろう。

自分はと言えば、特に高校受験そして入学の時の事は今でも鮮明に覚えてる。
受験合格後、母と学校の説明会に行った日にセイコーの腕時計と革靴を買ってもらった。
今思えば、その時の母はまだ40歳くらいの若さだったのだ。
弟と三つ違いなので入学や卒業の年が重なり
家計のほうも大変そうな雰囲気だった気もするが
その何倍も喜びに満ちていた季節だったという記憶がある。

坂道を下る親子さん達を見ていると、なんだかそんな昔の事が思い出されて
ちょうど犬どもの散歩の途中に立ち止まり、
その流れの中にある色んな笑顔に当時の自分と母を重ね見ていた。



毎年この桜の時期に合わせて
いつものメンバーと今年のゴルフのスタートを切る。

今年もこの太平洋相模コースでやっと長い冬眠から覚めた。
都心からのアクセスも良く、最近のツーサム(2人でコースを回る)人気のせいもあり
またこのコースの名物の見事な桜の景観にも魅かれてか
駐車場も満杯で、質としては異なるが
かつてのゴルフバブルの時代のような賑わいだ。

最近の生活自体が昔のような夜型ではないので
早起きもさほど苦にならず、ハーフの後の昼食も
ラウンド後の飲みながらの反省会も格別だ。

仕事の話もそこそこに、
話題としては身体の事、親の事、家族の事、老後の事、
介護の事 を中心に 色々ありはするが
とりあえず今元気で居れて
こうしてゴルフが出来る事に感謝しながら
ワイワイワイワイ酒を飲む。

昔はこのメンバーでちょくちょく夜をまたいで飲んでいた事もあったが
最近では2~3時間ですぐ出来上がる。

先日一緒にお仕事させていただいた作家の伊集院静さんの文章の中に、
「不幸の底にある者と 幸福の絶頂にある者が
隣り合わせて路上に立つことが日常起こる。
だから大人はハシャグナというのだ」という一節がある。

本当に人は見た目だけでは分からない色んな事を抱えて生きている。
いつも見ている笑顔から、その現実や葛藤は知る由も無い。
たまに会ってゴルフをし、酒を飲んでワイワイ言う中で
つくづく思う。
みんな一生懸命生きてるな。


先日、母が電話でまた言う。

「うちより先に死なんといてよ(笑)」

あの40歳くらいだった母ももう今年で76歳になる。
感謝の気持ちと共に、
いづれは訪れるであろう愛するもの達を失う悲しみに
自分は耐えて行けるのだろうか。
本当の悲しみをまだ知らない。

そんな意味からも
人生の本番はこれからという気がする。

いい事もそうでない事も全部引き受けて
自分らしくやっていこう。



ところで...
今年の開幕戦の桜ゴルフ

それまでスコアがよかった友人が
今回もまたいつもの池の手前でダフって
球を2個池ポチャした。
だいぶ腐らなくなったが、それでも
「あ~~あ、もーーーーっ!!」と奇声を上げる。

わかるな~わかるよ、その気持ち。

ま、今年もゴルフ
いい事もそうでない事も全部引き受けて
お互いに~楽しくいこうぜ ホトトギス


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色んな大人達

2012年04月06日 | Tsushimi Takashi
先日の夜、電車を降りようとしたら
ドアが開いた途端に真正面からまるでアタックする様に
堂々と乗り込んで来た団塊の世代風の一人。

こちらもその空間を譲らなかったので正面衝突。
腹の出っ張った中老年サラリーマンの酒一杯ひっかけた後の勢いには
凄まじいものがあった。


ホームから空いた席を見つけた途端
コートの内側から居酒屋の匂いを散らしながら
まだ降りようとしている人が何人も居るにもかかわらず
その席めがけて突進する様は本当に情けない。
「降りる人が先でしょうが!」と素面(しらふ)丸出しで
声を上げてみたが、声を上げた方がまるで酔っぱらいの戯言(たわごと)のように
誰一人立ち止まるわけでもなく
終電間際の電車はドンと扉を閉めてゆっくり去って行った。

ああ、一日の終わりになんて悲しい大人に出会ってしまったのだろう。


仕事場のあるマンションの管理人さんが
検査入院されたと聞いてから約ひと月。
管理室にはとりあえず代理の人が常駐しながら
事を運んでいただいているようだが、
あちらもこちら側も何となくやはり一定期間の穴埋め的なつき合い方と
割り切っている部分もあり、いままでのように求めないし
深く関わらないまま時間は過ぎて行った。

先日、マンションの玄関に入ろうとしたら
長年馴染んだ管理人さんの顔が見えたので
「わあ、お帰りなさい!お身体はいかがですか?」と言葉をかけたら
「色々不自由させてすみません」と頭をお下げになり
今日は一時的に外出が許されたのでなどと小さな声で一言二言交わした。
検査入院から本格的な入院になったようで
陽に当たらぬ肌の色は当然白く、
瞳も窪んでどこかしら虚ろな目線だった。
日々病気と戦っておられる証だ。

挨拶をして別れたあと、ふと振り返ると
普段の倍の時間をかけてゆっくりと歩いてる後ろ姿に
とても切ない気持ちになった。
人間というのは健康というバランスに絶大に支配されているのだなあと
実感する。

このマンションの新築当時からの住人で世話人の方の話しによれば
重い病気の疑いもありここ数日で検査および治療の方向性が決まると
いうことだった。

昨年の暮れあたりにも、とても疲れた顔をしておられたので
あまり無理しない様に声をかけた程だ。
年齢的には70歳前あたりであろうか。
出来ればちゃんと健康回復されてまた元気な笑顔で
このマンションの番人に返り咲いていただきたいと心よりそう願う。




先月の下旬に恵比寿のアートカフェフレンズで行われた
純子さん」のライブ。
1番最初の出会いというと恐らくですが私が20代の半ば辺りではなかったか。

ご縁あって数年前にまたお会いし、
純子さんの書いた「もう一度」という詩に
曲を書かせて頂いた。

一曲一曲をとても丁寧に大事にされていて、
自分に置き換えてみればその辺は適当にと思う事を
大事に解釈しちゃんと人に伝えるので、そのオーラに引っ張られて
周りにいる私も含め、彼女を大事にしたくなるのです。
小さな事にもちゃんと喜びを表現出来る人っていうのでしょうか、
そのエネルギーに教えられてばかりです。

今回はピアノ&ボーカルという事でセッティングは簡単ですが
そのシンプルさゆえ、歌ですべてを引っ張りあげてゆく難しさもあり
、しかし歌い手にとっては究極の表現方法かなと思う。

色んなアレンジで味付けされたCDの音源とはまた違い
むしろピアノ&ボーカルのほうがストレートに伝わってくる心地よさもあり
曲を作る上での原点になんだか引き戻された感覚もあり
とてもいいライブでした。

ピアノは広島県出身でジャズピアニストの江草啓介さん
ゲストプレーヤのサックスは真夜中のギターの作曲者でもある河村利夫先生
お二方とも私の父母のような年齢でおられるが、未だにバリバリの現役プレーヤーだ。

それぞれに色んな生き方があり、
どういう結末がその先に待っているのかわからないが
周りにおられる素敵な大人達はみな、
日々精一杯生きておられる。

そんな姿を心から見習いたいと思うこの頃です。

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