アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

Ending

2012年12月29日 | Tsushimi Takashi

我が身に起る日々の諸行を書き連ねれば 毎日でも事欠くことはないにしろ
時として 吐き出すよりも様々な事を受け入れる事に重きを感ずる季節に
そっと静かに身を委ねている事も 我が身には尊き時間なりにけり 
で ありまして 少しご無沙汰しておりました。


「2012 心揺さぶられた12月のいつの日かの夕暮れ」太平洋相模コース

先日、久しぶりに馴染みのガソリンスタンド(この街に住み始めてからずっと)に車を乗り入れました。
このところ基本的な移動手段は電車か徒歩なので車の出番は買い物かゴルフかというくらいの
頻度ですが。
実際には、エンジンをかけ左右を確認し車をここからある場所に移動すること事態が億劫で、
駐車場を探す手間、酒が飲めない手間 などなど考えると自由な行動範囲を確保するには
クルマは思いもよらず不便だと感じる、これは年齢のせいでしょうかね。

  余談ですが、一週間前に運転免許証の更新を済ませ、
  さあこれから三年間は絶対無事故無違反を貫くぞと思っていた矢先、
  本日、信号待ちの車中で母と電話していたら目の前にお巡りさんが突然表れ
  ピーピーと笛を吹き始めた。やっちまった。減点1 罰金6000円。毎度あり。
  いよいよスマホにするか。

さて、翌日のゴルフを前に久々に洗車とガス補給に馴染みのスタンドに寄ったところ、
そこにはよく知る従業員の方々は誰一人見当たらず。。

「ちょっと、あの人とあの人も最近見ないけれどもしかして辞めたの?」
と恐る恐る尋ねてみたのだが。。
そしたら、結果的にはみんな退職していたというわけさ。
その理由だが、後任の上司にみなついてゆけなくてと
後続の同僚が残念そうに語っていた。

今年の夏頃にちょうど、百田尚樹氏の「海賊と呼ばれた男」
という本を読み上げたばかりだったので余計に、
新任の上司について行けなくて
そのスタンドで働いていた私の顔見知り従業員全員が退社したという事実は、
心の隙間にしばしの間冷たい風が吹いた感じでした。

出光興産をモデルにしたほぼノンフィクションの小説であるが
その内容や創業者の心意気はこうでさなどと友人に伝えながら
いつの間にかまた自分も自然に涙してしまう程に、
たとえば今のどんな政治家も持ち得ないかもしれない志(こころざし)の強さや
何があっても首を切らないという経営者の信念に感銘を受け
人間の器というものについて考えさせられた本だった。

そんな矢先だったこともあってか、今時 会社の言う事に従わない主任を左遷させ
新しい管理職を送り込んだはいいが、その人の一から十までについてゆけず
長い時間をかけてそのスタンドを地域に密着させてきた従業員全員が
退社するなんて事態に唖然とし
裏を返せば、どんなに辛くたって仕事だから仕方ないと
ストレスや不満を日々の晩酌に散らし愚痴るだけ愚痴っても、
それでさえも我慢できなかった程の辛い新体制だったという事なのだろう。

組織の大幅な人事異動ではなく、結果的にはそれまでそこに勤めていた全員が
長年働いた職場から忽然と姿を消したのだ。
そんな旧態依然とした会社の決断の末の嘘の様な結末に
思わず「えっ?嘘だろ!?」って。

じゃああの人はどうしたの?
あの人も?って聞くと
色んなお客さんから聞かれるんですよ~と まるで、
旬な政治家がマスコミからの同じような質問に半ばうんざりして答えているがの如く
「んなわけで、これからは私が対応しますからよろしく!」なんて言われても
はいそうですか、ほならコチラこそ今後ともシクヨロ!などと
そんなにすぐに自分の愛着を右から左へとは移行出来んのですな。
なんせ今の街に住み始めて15年以上 
車やバイクでお世話になっておったスタンドのスタッフさんですもの。

ほんまに寂しい話やね 。

そんなこんなを書きながら、気がつけば誕生日を跨いでおりました。

 都志見さん明日誕生日ですよねっ。おめでとうございます!と
いつもの仲間と忘年食事会の席で乾杯していただき、
そうか明日は誕生日だったんだと気づく。
もはや誕生日とは自分にとってそんな程度のものになってしまいましたが
とにかくこの一年も、みなさんのお陰で元気に歩かせていただいたという気持ちに変わりはなく
そういう区切りとして、誕生日には両親をはじめ今ある自分に関わってくださっている皆に
心静かに感謝する日と思っています。

今日(29日)、最後の作品の仮歌を入れて提出し 
明日、最後の食事会で昼に一人、夜に一人友人とお会いして本年度の呑み納めの予定。
(口で言う程最近は酒もガッツリ飲みゃあしませんがね。)
1年が本当に早く過ぎてゆきました。

今年はと言えば、やはり春先に訪れた仙台そして武将隊JAPANや
女川第一中学校の生徒さん達と出会い、歌を作った事からスタートしました。

数多くではないし表面的な動きもなかなか見えづらいけれど
今年作った他のどの作品達も、それを唄ってくださる方々にとって
かけがえのない楽曲になるようにと心を込めて作らせていただき 
その手応えを今年は特に感じた年でもありました。

歌い手を含め制作者や関係者等プロフェッショナルな人間達が
涙しながら笑顔しながらドキドキしながら作り込み
世の中に送り出されてゆくような作品にしない限り、
我々はそれ以外に歌を作って届ける意味が
どこにあるんだろうとさえ思ってしまいます。
もちろん私自身の職業の役割としての個人的な意見です。
歌い手にとって財産となるような作品を
一つ一つ丁寧に作ってゆくことを
今後も変わらず続けてゆきたいと思います。

 さて 私は暮れの忙しい時に生まれました。
子供の頃、年末にむけて両親がだんだんと忙しそうに動きはじめる
あの慌ただしい感じが大好きでした。
街にも人が溢れ 年越しに向けた買い物では母に同行し
買い物かごの中の魚や野菜の間に普段は買えないチョコレートなどをちゃっかり忍ばせて
レジの時に発見され怒られながらも、
年末だけは母も笑いながら買ってくれた記憶もあります。
金があるないにかかわらず、一年をちゃんと納めて新しい年を迎えるという
そんな世間の動きは本当に景気よく勢いを感じた時代でした。

27日生まれですので、冬休み クリスマス 誕生日 お正月 と
子供にとっては大層なイベントづくしで
一番楽しい時期だった気がします。
この度 メール等々で沢山の方から誕生日のメッセージを頂き、ありがとうございました。
心より感謝いたします。

新しい一年も あるがままに そして新たな気持ちで
 Let's get started. で ございます。

それぞれの皆様 よいお年をお迎えくださいね!
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