アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

ボス

2006年03月31日 | Tsushimi Takashi
自分の人生で転機となった出会いが三回ある。
いやもっと沢山の書きたい出会いもあるのだが、人生の節目となり得た出会いが三回。
最初は高校時代、新聞配達をしていた頃の販売店のおじさん。
次は東京行きのきっかけとなった洋装店の先生。
三番目がボス。
まあ俺の人生においては唯一さからえない人だろうな。この人がいなかったら音楽の世界でやってこれたかどうかわからないくらいに影響力がある人だ。上京した時の事務所の社長さんで、今日で70歳だ。俺の母親と同い年だ。
以前にも書いた事があるのだが、70歳の節目ということもあって今一度書こうかなと思う。
俺を広島まで迎えにきてくれた時がちょうど40歳。おれが18歳。あれから30年たったわけだ。
第一印象は自分の親父にないものをすべて持っている人だなあって感じた。
広島市公会堂の脇の喫茶店で待ち合わせをして一時間くらい喋り続けた。俺にとっては最初で最後のビッグチャンスがごとく
当時の音楽に対する情熱をとにかく頭に出てくる順に言葉にして喋ったと思う。
最後に ”わかった。お前東京でやってみろ” って言われた。

情熱だけで歌ってた二年が過ぎた頃、”お前、ニューヨークで勉強してこい”って言ってくれた。
一度NYに訪ねてくれた時、暑いからと高価なワイシャツの袖をハサミで切ってた。

帰ってきて、最初に作曲のチャンスを与えてくれたのも彼だった。
俺の曲がオリコン一位とった時、静かに喜んでくれた。
事務所を離れて独立したいって言った時 ”お前がそれで幸せになるんだったら、やってみろ” って言ってくれた。
作曲家として、ブッチャケバリバリやり始めた頃 ”まだまだだな” って怒られた。
結構煮詰まって曲が書けない時期にテンションあげて会いにいったら、心を透け透けに見透かされて
俺は一言も喋る事なく説教された。
ハワイで初めてのゴルフを一緒にやった時、俺のボールの上をよそ見しながらカートで踏んでいきやがった。
ちょっとカラオケで聞いてほしいヤツがいると紹介されたのがデビュー前の反町隆史だったりした。
”お前は女には純情だから”と未だに言う。
昔から変わらぬ5万回聞いた話を今でも最初からする。
音楽が大好きで大好きな人。
30年前、ビルのワンフロアにあった事務所が昨年、自社ビル移る時
今までボスを支えてきたものは何ですか?って聞いたら、即座に "意地だよ” って言った。

あれから30年、何かあると声をかけていただき俺も今ここにたっていられると実感する。
これからもその背中を追っかけていきたいなあと思う。
ずっと元気でいてくれ! Happy Birthday BOSS!


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ハバちゃん

2006年03月29日 | Tsushimi Takashi
笑。先日、今更のように永ちゃんにハマってる男がいると書いたが、なにを隠そう、この男がハバちゃんである。
彼は羽場仁志という作曲家で、”愛が生まれた日”やタッキー&翼くんの”夢物語”最近の”ビーナス”など、もうベテラン作家の粋に達する一人だ。今更のように”成り上がり(矢沢永吉)”を繰り返し読み”アーユーハッピー?(矢沢永吉)を手にぶら下げ、ライブビデオを買いまくりと、まるでオヤジバイカーのように、まったくのリターン組だ。
携帯メールでたまにやりとりするなかで、”今ヤザワの気分で曲書いてます”(笑)やら、ビデオを見ながら”今ヤザワ、エレベーターでコインランドリーに向かってます”など解説してくる。
それにも増して話題になるのがメロディーのシンプルさと野太さだ。俺たち作曲家も、たまに原点回帰したくなるときがある。
どんどんメロディーや言葉が複雑で巧みになり、聞き手よりも作り手側の満足だけで終わってしまう作品が氾濫しているように思う。歌えるものを目指してるはずが、どんどん歌えない曲になる。作ってる時はいいがあとから聞くと何も心に残らない作品であることで塞いだりする。そんな中たまーに昔のデモや昔聞いていた曲などを引っ張りだして聞くと、いかに今の自分が核心からとおく離れたところでモノを作っていたかを反省したりする。
そんな想いでヤザワを聞くと、作る 歌う 聞かせる 見せるという一体感を持って聞ける。
レコードよりライブで聞いてまたその曲にリターンする事も多い。楽曲のイメージ付けがこれほど強烈な人も数少ない。
聞けば、ハバちゃんもかつて遠く長野の故郷で”成り上がり”を持ち歩いていたらしい。
んまあ、それが何であれ、俺たち作家達は、夜中に書くラブレターのように書いては捨て読み直しては落ち込みながら
世に出る一曲を絞り出すわけである。 ねっ!ハバちゃん!(笑)
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永ちゃん

2006年03月27日 | Tsushimi Takashi
う~ん、懐かしさと今でも胸がギュッとなるなあ。
このアルバム”ゴールドラッシュ"は、ちょうど俺が東京に出てきて歌ってる頃かなあ。キャロルのリブヤングのライブで度肝抜かれて(当時は広島)それから音楽目指したようなもんだもんな。あの頃からもう30年近く過とうとしてる。
今の音楽の世界で働いている?アーティストや関係者の中にもキャロルやYAZAWAに影響されてこの世界目指したっていう人、
少なからずいると思うんだけど俺もそのうちの一人かな。音楽ももちろんだけど、やはり彼の生き方や、やり方 考え方に共感もった人多いと思う。結局アーティストってその”生き様”そのものだと思うんだよな。
あれから同じ歳をとって、しかし今でも輝きがくすぶらないで、いや以前にも増して輝いて第一線にいるって、とても素晴らしい事だよな。あらためて 好きになってよかったって思える人だよね。
このアルバムの中には、あのカネボウのCMの”時間よ止まれ”も収録されてるよね。初めて聞いたのは俺確か浜松に仕事でいってて浜名湖のほとりの喫茶店の有線かなんかでかかっててね、天気がいい日の昼下がりに水面がキラキラしてて
”罪な~ヤツさ~Ah~パシフィック~”って。そんとき取材を受けてたんだけど、それこそ曲しか耳に入らなかったよ(笑)。
絶えず何かを求めて挑戦する姿勢って、いまでも変わらなくて、それこそ歳を重ねるごとに人としてとってもふくよかに
そして紳士だなあって関心するな。そういうところはどんどん真似したいよね。
最近俺の友達も(作曲家)、今更のようにYAZAWAのビデオやDVDなど多数取り寄せてハマってる(笑)。
なんかさあ、時代が変わってもやっぱりハングリーなヤツって魅力的だよな。つまり自分にどん欲で、これでもかあれでもか、
あーでもないこーでもないっていう精神。言葉では当たり前な事を当たり前のようにいう人多いけど、それを重みのあるものにするにはやはり努力とか根性とか負けん気とか、昔とちっとも変わらないもんだったりするんだよな。
それを苦労と呼ぶ人もいるだろうけど、報われない時代も含めて、すべては明日のために必要な準備と思えばなんだか頑張れるような気がするよな。自分を信じるって本当はとても大変だと思うけど、信じるためにその裏付けとなる努力をYAZAWAに限らずトップアーティストと呼ばれる人たちは、見えないところで人一倍していると感じるな。そういえば俺の好きな上原ひろみ(ピアニスト)も
本の中で、私が大事に思っている事は努力 根性 気合いですと言っていた(驚)。
自分に裏付けを得るってとても大事で大変な事だけど、それは結局自分で勝ち取っていかなきゃいけないんだよな。
若かろうが歳とろうがカンケ~ない。やっぱ頑張ってる人って素敵だな。
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アメノチハレ

2006年03月26日 | Tsushimi Takashi
今まで使っていた日記のサイトが終了になったのでこちらに。
今プロデュ-スをしている女性の二人組のユニット”ナナムジカ”のアルバムが4/26に発売になる。
思えば約二年半前に出会ってから進めてきた何十曲というデモの中から厳選した本編12曲のアルバム。もちろん彼女達のデビュー曲”Talila~僕をみつけて”から最新シングル”くるりくるり”(フジテレビ木曜10時~小早川伸木の恋主題歌)まで、そして彼女達本来のピアノ&ボーカルという
カテゴリーの中でのいろいろな世界を表現している楽曲達が満載だな。
是非みんなに聞いてほしいな。
そのなかで俺が提供し、彼女達も大事に歌ってくれてる曲のひとつに”アメノチハレ”という曲がある。
なんか妙にそのタイトルに引っ張られて、新しい日記のタイトルにしてしまった。
日々いろんな事があって、色んな人と出会い 悔しい事 楽しい事 感動すること 落ち込む事
いろんな経験をこれからもしてゆくだろうけど
雨の降る日には誰かの傘になりたい 苦しい事だってそう長くは続かないよ きっといつかは
晴れるよって歌。

日々、そういうふうに人や自分に対して想えたらなあって 日記のタイトルにした。

毎日が一期一会 暖かい春の訪れも、もうそこまで来てるな。
今年の冬がとっても寒かっただけに 今年の春は例年以上に待ち遠しいな。

アメノチハレ...今後ともヨロシクなっ!
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