アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

云云かんぬん

2014年02月26日 | Tsushimi Takashi

電車内も混んできたので降りる予定の駅の出口階段付近の位置に合わせて、
空いてる車両に移動しドアの前あたりに立っていたら
次の駅でドアが開いて見覚えのある黒髪のちゅらかーぎーが目の前に現れた。

あらま~こんな偶然もあるんだねーとクリビツテンギョウ(びっくり仰天)
ラジオの収録で銀座に向かう途中の美女との、ひと駅の遭遇であった。

ちばりよ~!

この広く大きな都会という空間で知り合いにバッタリ合うなんて
そんなに特別な事ではないとは思ったり、
考え方を変えてみれば、それはとてつもなく確率の低い事で
凄い奇跡だろと 
しかしそんな事がちゃんと起こってしまう。

最近、天気のいい日は運動がてら電車の路線も変えて
仕事場までのルートを変え歩く分量を増やした。
そんな言わばプチ変革がこんな出来事をもたらしたに違いない。

そういえば、ここ何十年と
色んな事がほぼ同じ決め事の中でくり返されている生活だが
なんだか最近、変えれるものは変えてみようと思うようになった。
メロディーだってずっと同じ頭の向きで、違うものなんかそう簡単に見えてきやしないのだ。
無論、頭を壁にいくらぶつけてみたって皆が羨むような現代のベートーベンにはなれんのだ。
年齢を増してだいぶ柔軟になってきた考え方をこの際 行動にうつしてみよう。
自分の概念から少し外れてみると 
ミラクルのミの字くらいまた見えてくるかも知れない。
ミリオンのミの字とはなかなか比例しないだがね。

このブログも、いつもフルボディーで言葉も多い。
更新にも半日以上費やす。
そもそもそういう書き方が好きなわけではないのだが
あれもこれもと言葉を繋ぎ合わせているうちに
長くなり、折角書いたのだからと
無駄な部分を削る勇気もでてこない。

しかしこれをきっかけに、もう少し簡単に書けるものも
ためらわずにアップしてみよう。

余談だが、ある女性作詞家に
ずっと歌詞書いていると、
たまには長い文章で小節なんか書いてみたくなったりしないかと尋ねたら
「長いストーリーを苦労して4分の物語に凝縮して歌にしてるのに
それをわざわざどうしてまた膨らまさにゃならんの?(笑)」
と返してきた。

確かに仰る通りだ...うんぬんかんぬん....

おっと、こんな具合だとまた長々と乱筆長文になりかねない。

今後は何事にもプチ変革の精神でいきまっせ~。

ではでは またやーさい!
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無理をするな 素直であれ

2014年02月11日 | Tsushimi Takashi
最近は健康のために都内の移動の約90パーセントが徒歩や電車を使う。
後輩がプレゼントしてくれたジョギングスーツを着て
目標体重を追いかける毎日だ。

iPodのシャッフルモードで聴く音楽はクラシックからロック 
そして自分のデモやその完成品などと
ライブラリーの中の1000曲近くの曲が何のルールもなく選曲される。

東横線の自由が丘駅のホームで、電車を待つ列に加わって少ししたら
イヤフォンからカーペンターズの「Close to you」のイントロがが聴こえ始めた。

ひさびさに泣きそうになったよ。

反対側のホームにごった返す人々の喧騒さえも
この曲が聴こえて来た途端に、それは静寂に変わる。
まわりにいる色んな人達、たとえばスマホのゲームやLINEの返信しながら
ボチボチと歩く そんな普段なら鬱陶しくて仕方ない景色までもが
何故だろう ひとつひとつにそれぞれ意味を帯びてくるから不思議だ。

まさに曲の持つ力である。
そして音楽はそれ単体ではなく、たえず聴く人の持つ時間や歴史 
そして想い 色んなものを連れてくる。


<両手に後輩> -三宿のステーキハウス.アルカトラズにて-

最近は尿道より涙腺のが締まりが弱くなった。
そんな事で泣きそうになり、思わず上を見上げて
何か忘れた事を思い出しているフリをしたと
友人にメールをしているその瞬間でさえも泣きそうになった。

本当にこの曲には弱い。
 Carpenters - Close to you

 さて、本日のタイトルはベタであるが
近所の玉川神社に張り出された今月の命の言葉がこの

『無理をするな 素直であれ』
すべてがこの語句に尽きる、
この心構えさえ失わなければ、
人は人として十分に生きてゆける。
-種田山頭火- である。


昔、私のゴーストライターをやっているという人間がいると聞いた事がある。
以前にもこのブログで少しだけ触れた覚えがあるNHKに勤務?しているお方らしい。

昔、『都志見さんのあの曲、実は自分が書いたといっている人に会ったよ』と
知人が教えてくれたこともあった。

昔、私に会った事があるという人の話しを聞けば聞く程
その方が会った人間は絶対に自分ではないと確信が持てた事もあった。
そういう話は他にもあったので、もしかしたらそれは
自分のなりすましだったんだろうか?

何でも対応しますがな。
願わくばそのゴーストライターさんに
あの曲とあの曲、実は私が書きましたと
是非名乗り出て頂ければ、私は逃げも隠れもせず
正々堂々とミヤネ屋でも週間文春でも。

幼少の頃 親戚の家にあったガットギターに初めて触れた時
それからバンドに夢中になった時
そして自分が音楽を仕事にしたいという志しを持った時
そしてそのために一歩前に進もうとしたとき
そこには必ず強く影響を受けた人々やその作品があった。

素晴らしい音楽に触れた時 
それはその人の生き方までも変えてしまう。

だから自分が作り出す作品には正直でなければならない。
責任を持たなければならない。
その音楽が届く場所にいる人の気持ちをイメージ出来なければならない。
その作品に嘘偽りがあってはならない。
当たり前の事だが、
昨今、一から説明しないとわからない人騒がせな大人だっている。
出来上がった作品に罪はないが論点はそこではない。

自分が真摯に向き合ったものかどうかが一番大事な事なんだ。

だから嘘はいけない。

母によく言われたもんだ。

嘘つきは泥棒のはじまり。

後輩達よ、
いい女の前では精一杯無理をしても
己の作る作品には素直であれ!

『無理をするな 素直であれ』

本当に いい言葉である。

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