アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

7月

2012年07月08日 | Tsushimi Takashi
朝方、早く目覚めるといつも口の中がカラカラに乾ききって
喉の奥まで水気がなくなっている事が多い。

口を開けて寝ているせいだろうが
この喉の乾き方からすれば
きっと100年の恋も一瞬で冷めてしまうであろう、
そんな寝顔に違いない。

振り返ると、昨日一日で摂取した水分はというと
食事時のお茶と夜の酒

その前日のスタジオでは、水分の殆どがコーヒーと
きつねうどんの汁と酒

まともな水分を二日間とっていない。
どうりで身体の調子がどうもよくないわけだ。
危ない危ない。

明らかに水分を摂取している時の方が
身体がスムーズなんだ。
まだまだ自然に出来て行かない習慣だが
再度肝に命じよう。

このところ訃報が多かった。
そういう時の巡り合わせなのだろうが
昭和の時代を深く生き抜いた方達を失うのは
個人的に面識がなくとも、何故かふと心が寂しくなる。
ザ.ピーナッツの伊藤エミさんもその一人。
私の生まれた昭和33年の翌年がデビュー。

思えば自分の音楽人生の発端は間違いなく昭和歌謡だと言える。
まだジャンルとして音楽にそんなに多くの区分けがない時代で
あの当時聴いた歌がすべて自分の中の流行歌だった。

当時聴いた洋楽も共に、
今の自分の音楽の血となり肉体を形成するルーツであることは
間違いない。

二段ベッドの上と下で弟と交互に好きな歌を唄ったりと
あの頃がとても懐かしい。

今にして思えば、
当時の楽曲 そしてアレンジなどとても洋楽的というのか
ジャズやラテンやそんなとても音楽的な要素がふんだんに取り入れられて
まさに才能ある人だけが活躍できる場が日本の音楽界だったのだなと
改めて実感する。

もうお亡くなりになったが、特に宮川 泰さんの書かれた作品や編曲などは
今でもその手本となるところが大きい。

先日スタジオでエンジニア達との雑談の中
やはり今の音楽業界の現状について嘆かざるを得ないもどかしさと言うのか
暗い話の話題は尽きない。
世代的には今のスタジオの若いアシスタントなどは
たとえばアルバム一枚の制作に普通に1500万円かかっていた時代を
知らない人達も多いという。

その音が生で録音されたものか、そうでないものかもちゃんと認識できない
若手のエンジニア志望も多いらしく、
いくら時代や世代の違いと言えど、悲しい話である。

テクノロジーの進化は、人が持つ潜在能力を引き出すどころか
実際は人間として相当に退化しているのではないかと
不安になる。

長い歴史を積み重ねて来た老舗の大きなスタジオもどんどんと消えて行き
プロがプロとして働いてきた環境をアマチュアレベルにまで落とさないと
色んな事が成り立たなくなって来ている現状においては
音楽はかつてのように憧れや大きな夢を持てない仕事になりつつあるかも知れない。

しかしそんな時代だって、いい歌はできる。
何だか目先の事ばかりではなく、時代が変わっても
この歌はきっとどこかで息絶えないで生きているぞ
という想いでいつも書いている。
そんなにいい曲がどんどん出来るはずもない。
が、やはり気持ちを尽くして 一生懸命その人の事を思い
曲っていうのはそうやって書いてゆくもんだと思う。

そういえば、Facebookを介して、とても懐かしい人達にまた出会えた。
その中のお一人に私が80年代にL.Aでの滞在中や
レコーディングで大変お世話になったお方がおられ
元気で過ごされているようでとても嬉しい気持ちになった。

ドラムはだれ ギターはこの人 弦は絶対にジェレミーラボック
などと好きなミュージシャンや編曲家を集めての海外レコーディングが
当たり前のようだった時代。

長い歴史の中で培って来た経験やノウハウを伝承し若手がそれを活かして行ける場所や
音楽環境そのものがどんどん無くなって来ているのは本当に残念だが
それでもそんな時代のいいとこを見つけ
次の一曲を心を込めて書いてゆけたら。

いい詩よ いい唄よ 寄ってこい。

ホトトギス。







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