アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

中村雅俊さん

2014年06月30日 | Tsushimi Takashi
ひとくちに40年と言っても、それは長い長い道のりである。
40年前と言うと、僕は丁度16才の高校一年生か。

1974年7月1日に「ふれあい」という曲でデビューされた中村雅俊さん
そう、あの『われら青春』の挿入歌だった。

それから丁度40年後の明日 7月1日に40周年記念アルバム『ワスレナイ』がリリースされる。



先日もそれについてHPに記したばかりなので、それを引用します。

 「ワスレナイ」~MASATOSHI NAKAMURA 40th Anniversary~
2014/70/1発売
40周年記念アルバム

1.君がいてくれたから
(作詞:松井五郎 作曲:都志見隆 編曲:河野伸)

ひとくちに40年といってもその道のりは長い。
松井五郎氏の詞先で出来上がった作品。
自分の周りを見渡せば、そこに家族があり友人があり
自分をここまで支えてくれた方々が居てくれたからこそ、これまでの自分の歩みがある。
そんな事を改めて噛み締めるような気持ちで作った。いい歌になった。(2014/6/12)

1988年初発売のアルバム「アクロス.ザ.ユニバース」の中の「永遠にJust a pain」という曲が一番最初だった。ミュージシャンの時代で様々なアーティストが好きなミュージシャン目当てに頻繁に海外レコーディングを行っていた時代。このアルバムもLAやNYで録音されてきた。僕自身も当時は洋楽指向が強く、メロディックなものに強く魅かれた。雅俊さんにもこれまで多くの作品を提供させていただきながら、2008年発売の「涙」で丁度20年目だった。2012年3月に雅俊さんの母校でもある女川第一中学校へお邪魔したのだが、高台にある中学校から見下ろす女川の町は悲しすぎる程に、すべてが津波に奪い去られたあとだった。
また、いい歌を作って必ず 雅俊さんのもとに届けようと思っている(2012/7)。


作家にとってアーティストとの出会いは宝物
雅俊さんにも色んな引き出しを開けてもらった。
事務所やレコード会社のスタッフの方々にも心よりサンキュ!って気持ち。 

-NHKラジオ深夜便 2014/7月~9月 深夜便の歌-

是非聴いて下さいね。
                                 
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がんばれ ニッポン!

2014年06月24日 | Tsushimi Takashi
最近、知り合いの方などにトウモロコシをよく頂く。
スーパーなどでも、皮つきの生トウモロコシをよく見かけるようになった。
夏のスイカも身体を冷やす食べ物だが、このトウモロコシもそうらしい。
季節の旬な食材には、それを食べる理由が昔からちゃんとある。

生野菜は身体を冷やすのでなるべく温野菜をといったアドバイスも受けるが、
切り口が変わると、そこから導き出される答えまで変わってくるので(恋の歌もおんなじか...)
もうその先は、一般論ではなく あくまで個人の考え方で自分に合ったやり方でいい。

振り返ると自分自身、幼い頃は好き嫌いが多い子供だったし
共働きの家庭だったので、細部まで行き届いた食育ではなかったが
あの時代は、それでもまだその季節 その時々の旬な食材を
少しでも食卓に並べてくれていたように思う。

酢の物が大の苦手だったが、今では自ら野菜の酢漬けを作る程である。



さて、いよいよ明日が勝負の日か 。日本コロムビアが明日の試合までの限定で作った名刺だ。(HPより拝借)
なかなかユーモアがあって好きだ。
サッカーについてはそこまで詳しくないが、それでも不肖ながら早朝起床で応援しよう。
怒られそうだが、あまり期待せずに。
何しろ、悔いを残さず日本のサッカーを出し切って戦って頂きたい。

そしてその先に 結果だ。

がんばれ! ニッポン!

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安らかに。

2014年06月23日 | Tsushimi Takashi
今月16日、編曲家の池多孝春先生が逝去された。
昨日、お通夜に伺ってきた。



世代的にも携わっているアーティストのジャンルの違いなどから
池多先生と直接、作品を御一緒させてもらったことはないのだが、
かねてから可愛がって頂いている現在テイチクレコードの制作本部長であられる
池田純氏の御父上であり、また、
同じ音楽界の大先輩として敬意を込めてお焼香させて頂いた。

代表作には『与作』や『酒よ』(吉幾三)などこれまで2000曲を越える編曲を残して来られた。
ジャンルは問わず広い音楽知識と経験を持つ真の音楽家だ。
数年前にスタジオでお会いしたときはお元気そうにお見受けした記憶があるのだが。。
本当に残念だ。
斎場にて、隣の席に座った知り合いのエンジニアの方が
「また一人、グレイトな音楽家が逝っちゃったねえ。。」と呟きながら
遺影の写真を見つめておられた。

才能というものには定年はないが、ずっと現役で書き続けるってそう簡単なことではない。
それこそ僕らの仕事は、ひとりよがりでは何も成立しないからだ。
池多先生から比べれば、50代半ばの自分なんてまだまだ青二才だが
こんな若輩者でさえ、今まで何度も壁にぶち当たって行き詰まってんだから
80歳を越えても現役でおられたということがいかに凄い事かよくわかる。


池多先生 
沢山お話出来なかった事は大変心残りですが 
どうぞ安らかにお眠りください。
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激しく熱い恋のうた

2014年06月22日 | Tsushimi Takashi
今年になって特に急激に老眼が進んだようだ。

目の前に置いた歌詞と、音楽制作をする際のコンピューターのモニターの距離と
さまざまなモノとの距離感をひとつの眼鏡ではとうていFix出来るはずもない。
昼前から作業を始めて夕方頃になると遠くを見る以外には全く焦点が合わない羽目になる。

初体験な程の重い疲れ目だが眼科に行っても眼を休める事と目薬投与だ。
そんな事から読書も遠ざかり、このブログや手紙を書くのも一時期おっくうになっていた。

先日ある人生の先輩から
「最近ブログや何も更新されてないけど、元気でやってんのっ!?。
それから、この前出した手紙が住所に心当たりがないって戻って来たけど
引っ越したの?この住所で間違いないわよね!?」というメールを頂いた。

今までも同じ住所で宅急便などは無事届いていたというが、
番地のひとつがしっかり間違っていた

おそらく宅急便は一定期間同じエリアを同じ人が配達してくれるので
名字を見て頭を働かせて頂いたのだろうと思う。
数日前に井の頭公園に面した素敵な寿司屋でご馳走になりながら近況報告等。
ありがたい事である。

ブログが更新されない事でいらぬ心配はかけてはならぬ。
遠くから見守ってくださっている人達に改めて感謝だ。

さて、そんな雰囲気のまま、今年ももう半年が過ぎようとしている。

相変わらず、同じ仕事を同じような感覚で進めている。

周りの変化といえば、難聴が進んだ老犬ミミが食事の後、
必ず一発だけ飛び上がる程の大きな声で吠えるようになったのと
その下のチロの運動量が以前よりめっきり減って来たくらいだろうか。

墓参りに行く途中、両親達の運転する車が交差点の信号待ちの際
後ろから追突されたが運良く大事には至らなかった。
いつもは後ろの席に乗る母も、何故かその日に限っては父の隣の助手席に座っていたらしく、
それも幸いしたらしい。

大事故で入院したり寝込んだりする事もなくて本当に良かったよ~と母が言う。
昔より物事を悲観的に捉えなくなった。
それよりも、夫婦共にとりあえずも元気でやれている事の方が大事なんだと言う。
年々、愚痴は減りお互いへの労りを素直に言葉に出して言うようになった。
老いて無欲になりゆく両親を観る誇らしさとでも言うのだろうか。


ひさしぶりに旧知の友人からメールが届く。
「つっくん! また激しく熱い恋のうた 待ってるぜ~!」

そう言えば、最近はそんな歌書いてない。コテコテのLove Song う~ん、いいかも。

さて、新しい眼鏡も届きリハビリがてら また少しづつ。

引き続き よろしくお願いします。               
コメント (1)
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