アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

シャバダバ マックス

2011年02月26日 | Tsushimi Takashi
先日のレコーディングは、昔よく使っていた東京タワーの
真横のタワーサイドスタジオ。

当時は まだまだ生の録音が多い時代だから、
特に、ここのAスタは色んな思い出があるな。

20代半ば、作曲家として本当に最初のレコーディングもこのスタジオだったな。

編曲は馬飼野康ニさん 確か二回目のレコーディングもここで
それは萩田光雄さんがアレンジの曲だった。

NYから帰ってきて 最初にカセットの4チャンネルの
レコーダー買って シコシコとデモテープ作ってて
やっとこさ曲が決まって 一番最初に録音したスタジオだから
感慨も深いよな。

あの頃は、とても広く天井の高いスタジオという印象があるのだけど、
それって 地元の小学校に何年か振りに訪ねて
あれ?校舎や校庭って、こんなに狭かったっけ?と同じ感覚に
似てるのかもしれない。

まあ、小学生の時と目の高さが違うし目線も違うので
今では胸あたりの高さの鉄棒も 当時はバンザイしながら
クルクル回ってたわけだけどな(笑)。

ま、そんな思い出の沢山詰まったスタジオで
先日はストリングスとギターのダビングで一日。

前日は朝早く起きて さて今日は絶対にアレンジを振り返らず
譜面やデータの準備を早めに済ませて
夜は早めに食事をして まあ 一杯~ニ杯やって
遅くても せめてその日が終わる前には床に入ろうと硬く誓った。

のだが 

心底自分の慎重すぎる性格と 大雑把過ぎる行動に 呆れ果て
結局は就寝は午前五時半

三時間ほどウツラウツラして 準備して 確認して 家を飛び出した。

弦のアレンジの一ヶ所だけ どうしても納得がいかずに
結局はその日の午後六時くらいまで ラインが決まらず
やっと帰宅して食事して終わったのが午後10時。

昔から譜面だけは自宅で書くので 風呂に入って
午後11時スタートで譜面おこし。

弦の譜面はシベリスウスという譜面ソフトで仕上げてゆくのだが
完成したそれを、パートごとにプリントする段階に来て(午前3時)
インクを新しく取り替えたばかりのマイ.プリンターがシャバダバ状態で
一度に急激に歳とりましたみたいな悲鳴を上げたもんだから
焦った。

結果的には悲鳴を上げ続け真夜中にシャバダバ シャバダバと
俺も合唱しながら すべてをPDFファイルにして
もう一台の使い慣れないPCと複合機で何とかプリントして間に合った状態。

それからギター譜も仕上げ...とまあ
今年で53歳を迎える落ち着いたナイスミドルには到底ふさわしくない
シャバダバのレコーディング前夜 いや 当日の朝だったのよ。

ったく このタワーサイドで初レコしてから約30年
何を何回やっても学習できない このシャバダバ野郎が!と
本当に自己嫌悪全開だったよ。

いざ しかし ミュージシャンのグレイトなプレイやスタッフ達の心使いで
一瞬で救われた。

まさに音楽と音楽に携わる人達が起こすマジック。

だからやってこれたし これからもやっていけそうな勇気を頂けた。

俺は次の日 まあ いわゆる昨日....

もちろん、新ピカのプリンタを買ったぞ。


写真は シャバダバを乗り越え早めに到着したスタジオから
タワー内のコンビニでサンドイッチとゼナとウイダーインゼリーを
買いに行った後で撮った写真。

それにしても近頃の携帯の写真はよく撮れるね。

俺のさっきまでのシャバダバがうその様な気分だ。

これだから音楽はやめられない。







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締め切りマックス

2011年02月23日 | Tsushimi Takashi
先日の雪で お隣の敷地に立つ背の高い木が、雪の重みだろうか、
大きく傾いて道を塞いでた。

それはたまたまの話にしても
動物も植物も、そして人間にも、なんだかやはり都会仕様があって
わりと色んな面で打たれ弱い気がする。

もともと大都市に成り得る地理的な条件は
気候環境もよく交通の便がよくと、
もともと自然の脅威には不慣れな場所だから
都市や首都として栄えてきたのだろう。

それにしても 一度雪が降ると
東京の山坂の多さがよくわかるな。

もともと大きい車が好きなのだが
雪の日には使い物にならない。
車重が重くて山坂をよく滑る。


先週の中野サンプラザでは中村雅俊さんのコンサート。
仕事も立て込んでいたのだが
なんせ、還暦60歳の記念コンサートだった事もあって
お祝いに行って来た。
喉の調子も昨年より回復して来ているようで
ボイストレーニングにもずっと行っているらしく
歌がまた良くなった。

客席にスタンバってた80人の同級生の皆さんが
いつの間にか還暦の赤いTシャツに着替えてステージに登場。
アカペラのユニゾンと三声のハーモニーで唄った
雅俊さんの代表曲「ふれあい」には当然のように涙した。
ご本人も、少しウルルンだったよう。

人は生まれて来て最初に両親に会い
それから毎年の出会いを重ねて
やがて老いて また一人であの世へ還っていく。

その途中、暦が一巡して元にかえる時が還暦。

いったい死ぬまでにいくつの出会いがあるのだろう。
歳を重ねるって本当にいいものだ。



しかしあれだよな。
最近のアラウンド還暦世代 本当に素敵な人が多い。
男も女も格好いい。

俺が学生の頃に見た60歳と明らかに違う人種が沢山居る。
ちなみに今 今年還暦の人検索してみたら(驚)
舘ひろしさんやイルカさん ショーケンまで60歳よ。
ちなみにヤザワは昨年が還暦だったかあ。

昨年レコーディングで八代亜紀さんにお会いしたのだけれど
彼女も1950年生まれ。とても素敵な方。

素敵な方達にお会いする度に
そんな方たちを見習うべく、人として磨きをかけなくてはと思うし、
そんな60代を過ごしたいと思うよね。

さて、あと数日で3月。

今月は締め切りマックス。

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もう気持ちは、春。

2011年02月08日 | Tsushimi Takashi
昨日だが、98年式の我が愛車ローライダーの車検が完了。
晴れて13年目に突入だ。

思えば13年前 毎晩仕事帰りに閉まった店の外からガラス越しに
このバイクを見に来てたな。
一ヶ月悩んで 思い切った。

あの当時は、ハーレー屋といったら まだ割とアウトロー的なオイニープンプンの
お兄ちゃん達が店の回りにたむろっててね
やれ、マフラーはどこでキャブとエアクリーナーはどこがいいなどと
他の車のカスタムを見て 色々と勉強したもんだった。

ここ世田谷のハーレーも、そんなわけで当時はよく通ったものだけど
今はとっても静かな雰囲気。
ハーレーのデザインやメカニズム自体もとても洗練されて
現在ではなんとなくハイソな
大人の乗り物っといった装いになったようなようで
車種もツーリングやドレッサーといった大型のものが
売れ行きの中心らしい↓。

2011モデル FLTRU103 ロードグライド・ウルトラ

俺にもう少し体重があり、力があるなら
そろそろこういった落ち着いた感じも大人~で
いいと思うのだが、
やはり日頃の取り回しの事など考えると
重量ありすぎだな(笑)。

今の車でまだまだ 大股広げて風切るっかねー。

最近、特に妹分のチロ(7才)が太り始めてきて
お医者さんに注意を受けた。
特にチロは生まれつき気道が細いらしく
太るとそれを圧迫して 発作が起きやすくなる。

昨年などは、二度程 それも俺がゴルフ行く前の晩に
呼吸困難の発作を起こし 夜中の救急に連れていった。

三ヶ月くらいかけて700グラム程ダイエットさせねばと
心に誓うが、なかなかね(笑)。

好きな物を食べさせてやりたい想いと
[お前の為なんだぞ!」と心を鬼にして
ジャーキーを我慢させなきゃいけない想いと
行ったり来たり。

まあ俺たちだって
ダイエットのため、目の前の美味しい食べ物とワインを
我慢するのは相当覚悟がいるが
犬どもは、急に食事を減らされたり、味が変わったり、
なんだか最近散歩の時間が増えたり 
きっと ワケわかんねーだろな(笑)。

ま、それでも お前のためだからね。



さて..
御近所の梅も、白に黄色にピンクに咲いて
まだまだ寒いけど もう気持ちは春。

では また。

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