アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

Rio de Janeiro Blue

2011年09月30日 | Tsushimi Takashi

夕暮れ時の足の長い西日が
仕事場の窓から差し込むのだけど
本当に眩しい数分。
この地球は太陽の惑星であるという事を
認識せざるを得ない程威厳に満ちた夕陽の
その存在の美しさと偉大さに
幾度となく服従させられてしまう。

-斜光線が織りなす陰影が、より一層緑の造形を引き立てる-
富士の御山のてっぺんにうっすらと雪のお皿(鳴沢村)

ミリオンセラーとなった近藤 麻理恵さんの
”人生がときめく片づけの魔法”という本の事が
先日テレビで紹介されていた。

まだそんなに話題になる前だったけど
僕もこの本を読む機会があって
自分の片付け方の参考にさせて頂いた事も多かった。
モノが帰る場所を作るという発想は
当たり前にわかっていたようでも、
実際はまったく意識していなかった事だったからね。

話は変わるが
しかし何だか歌の世界も渾沌として
いや、その前に 人として違うだろうと言いたくなる様な
制作プロダクションなどに出逢ったりすると
心底もうこの方々とは仕事をする気持ちになることはないだろうと
逆にスッキリした気持ちになるのだから不思議だ。
これぞまさに、人生がときめく片付けの魔法にかかったように
気を合わせようとしないものからは縁遠くなる。

これまでにとても売れたアーティストさんだが、
諸行無常 一事が万事である。
礼節のないところに何も生まれん。
ますます誰のために何のために書いているのかを
また模索しはじめそうな感覚である。
ドキドキしながら曲を作ったり
絶対売れる!と気分が高揚したり なんかその辺の基本中の基本を
中々やらせてくれない世界になりつつあると感ずるよな。

さて、今からCCレモンホール。

-----------------------今日の一曲 -----------------------------

Randy Crawford │Rio de Janeiro Blue
(1981)

当時この人のアルバムもよく聴いたな。
ランディークロフォードはまず何と言ってもその声質だろうな。
ボーカリストにとって最も武器になる彼女のこのボイストーンは
一度聞いたら忘れない。

Have a good night !













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いつも最初のキスみたいにやさしくキスしたい

2011年09月25日 | Tsushimi Takashi
まあしかし何だかんだ言いながら涼しくなったよな。
そろそろ来週あたり扇風機も掃除してしまおうかね。
昨年に引き続き 今年もよく働いてくれて感謝。

みなさんおはようございます。

先日、音楽仲間の乙女座が集うので飲みましょうとお誘いを頂き
山羊座の僕だが参加させて頂いた。
血液型ならこれまでもよく聞かれるので”B型”と答えると、
何故かウケてしまうし、
性格なども血液型から紐解いてわりと酒の席でも話題にもなる。
よく考えてみると、僕の人生の周りの女性は圧倒的にA型が多く
男性はBかO型が多い。

星座はこれまでそれほど意識した事はなかったが
自分にまつわる因果関係の物語はそれぞれ個々にあるようで
引き寄せたり引き寄せられたりと
人の相性も含めてとても面白い


かつての魂が覚えている何かを感じるとる事や 
おそらくこの人とは以前にもどこかで会ったような気がするって時など、
それはきっと長い時間をかけて
またここに舞い降りて
色んな関係となり
お互いの魂を磨き合っているのかも知れない。
長い長い魂の旅の一部分を僕はその間だけ僕という肉体を借りて
かつて出会った魂とまた再会し
あの時果たせなかった事や、もっと必要な経験をするために
姿を変えて幾度目かの今生を生きてるのだとしたら
先日の乙女座の会に集まった人たちも、もしかしたら
そういう魂の集いだったのか...Who Knows.

あの日のおっちゃんやおねえちゃん達とも
そんな魂とのつながりがあるなら
それが発するテレパシーを感じたって
なんも不思議ではない事なのかも知れませんね。

本当に人の縁って不思議。


縁と言えば、昨夜の中野サンプラザでのトシのコンサート。
今年もお誘い頂いて行ってきた。

年々パワフルに、2時間半踊りまくり。
声も確実に昔より出てる。
50歳であのキレのある踊りは尋常じゃない。
新旧折り混ぜた楽曲とその構成もバランスよく、新しい試みもちゃんと表現されてた。 
MCで、来年から毎年ひとつづつ歳が減ってゆくように、いつまでも若く進化を続けたいという
まるでその言葉を裏付ける様な有言実行コンサートだった。
あれだけ毎年見ててまだ鳥肌立つんだから大したもんだよ、田原俊彦。

本日はお彼岸で義父のお墓参りで青梅へ。

--------------------------今日の一曲------------------------------------

おそらくトシちゃんの曲で最初に書いたのが、このアルバム”TOKYO BEAT”の中の
「”め”いっぱい純愛」(詩 松井五郎)(1989)ではなかったかと思う。
リリースの順番は89年1月の「愛しすぎて」から3月「ごめんよ涙」と繋がって
その後だったが。
丁度トシの10周年も重なって、とても内容の濃い年だった事を思い出す。
そして20周年に書いたのがこの「涙にさよならしないか」(1999)。

カップリング共に歌詞は松井五郎だが、僕はこのカップリングの
『 いつも最初のキスみたいにやさしくキスしたい 』という曲がシングル同様に好きだった。
田原俊彦 『 いつも最初のキスみたいにやさしくキスしたい 』(YOUTUBEより拝借)
僕はコーラスで参加。
ビートもんで踊りまくるし、甘酸っぱく切ない恋愛モンも、とてもいい。
毎年秋口に、僕は彼にチカラをもらう。

Keep going . Toshi!

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And I am telling you,I'm not going

2011年09月22日 | Tsushimi Takashi
凄い威力の嵐の数時間でした。
以前にも出会った事のある感じではありましたが
こんなにも自己主張するタイプの女も、
いや台風も、東京ではめずらしいですが
今年は災害という意味合いからも色んな体験をし
何事も想定外まで想定準備をする習慣が出来たようです。

恋も災害に対してもある程度の知識と学習は必要ですね。

いつものように午前6時くらいに起きて
資源ゴミを出したり、
自宅前の爆風で飛び散った木の葉などを掃き
犬どもを散歩させと
最近は一日のスタートが以前に比べてとても早く
静かに迎えたいというよりもむしろ、
朝イチから身体を動かして色んな事を済ませたい時間です。

近所のダンナ衆も既に出勤の支度やらウオーキングやらで
僕よりも勢いのある声で朝の挨拶。
スペシャルだと思っていた早起きも
なんだか世間的には普通の早朝なのですがね。

台風の去った後は毎度の事ながら清々しい朝です。

仕事場へ行く途中にあるリサイクルショップに
買ったはいいが結局使う機会がなかった
犬用の階段(未使用)を持参したら
わざわざ持参頂いたからと色をつけてくれ
200円で引き取ってくれた。
二日後にその店の店頭で2800円で売られていた。

みなさんおはようございます。

溢れる程の人が集中して暮らす東京では
災害時にも各所に人が溢れるという事で
これからはもっと個人レベルで災害対策のあれこれを
考えて置かなければと痛感します。

そういえば少し前に作曲の後輩が
日々降り注いでいる放射能のグラフを掲示しているサイトを教えてくれました。
それを見ると、ところどころ急に数値が増えている箇所があるので
思い考えてみると、関東圏内でも放射線量の多い日は必ずと言っていい程
雨が降った日でした。

本当にチェルノブイリを越える程の被害規模なら、国はネゲティブな情報も含めて
正確に国民に伝える義務があると思うのですが、
情報が多いわりにはなんだか見えない事が多くて不自由な時代になりました。

先日、詩曲で書いた作品のタイトルが、
ある歌手の方の新曲のタイトルと全く同じで
いかがいたしましょうという連絡が入り。
う~ん複雑。
まだリリース前なので、新しいタイトルに変える事も含め考えますが
タイトルありきでテーマが決まった作品なので、
もすこし時間をくださいましとお返し。

プロの作詞家の方とは違って、僕は言葉に対しては器用ではない分
本当に書きたいものしか書かないし書けないので 
言葉を変えるのも簡単ではなく。

この2つのタイトルのうち、どっちがいい?っていう事ではなく
これしかないと思う言葉をタイトルとしていつも掲げるので
なかなか代用品が見つからんのです。
まさに印象とかイメージの導入部分ですね。
人にとってはありきたりでも
自分にとってはちゃんと理由があり特別なものですから
スッと簡単には切り替わらんのです。

たまに、こんなちっぽけな事で世の中変わらんよと、
どうだっていいじゃないかそんな事と
とてもバランスを欠いた気持ちになる事もあるけれど
人間ってそんなちっぽけな事ひとつに支えられて立っていれたりするからなあ、
ザックリと赤か青か黄色かという三択だけで仕分け出来ない気持ちだってあるよな。

今日はまた少し気温が上がりそうです。

嵐の後は余計に晴れ間が幸せですね。 よい一日を。

-------------------------今日の一日----------------------------

Jennifer Hudson-And I am telling you,I'm not going (2006)

僕が丁度ニューヨーク滞在中に始まった(1981)
ブロードウェイミュージカルのドリームガールズの映画版。

ビヨンセはもちろん、この映画ではジェニファーハドソンも一段と光っていた。
その中のワンシーンの彼女の歌だが、
まさにソウルやでというボーカルに毎度引き込まれる。
トータル三時間超えで多少のたるみもあれど
ダイアナロスとスプリームスがモデルとなった物語で
劇中の楽曲はあの年代の好きなテイストのものばかり。

そのジェニファーだが、後のソロデビューアルバムを心待ちにしていて
リリースされてすぐに聴いた。

数人の有名なプロデューサー陣でまとめられたアルバムだったけど
ウ~ンという感じだったな。
歌の上手い彼女に頼って結果的にあまりディレクション出来てない感じや
逆に盛り込み過ぎな感じや
楽曲のクオリティーがトップクラスではない感じで
どこか迷いも見えて
言葉は悪いが各々が勝手に作って寄せ集めた的な印象だった。

毛色は多少違えど、やはりビヨンセやホイットニーなどの
キラキラしたメジャーイメージとは違うそれこそ
オフブロドウェイのような印象のアルバムだったのは残念だったな。
あくまで自分の事を棚に上げた個人的な感想ですが。

歌の上手い人を売るっていう事の方がむしろ
作業としては複雑で難しいって事なんだよな。
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STEP

2011年09月17日 | Tsushimi Takashi
暑い暑いと半ば口癖のように過ごして来た季節が
少しずつ優しい風を運んでくるようになりました。

車検から戻ったままのノーマル状態で乗っていた我が愛馬の
マフラーをまたチョイ悪仕様に戻し
これからの一番いい季節に
爆音カマそうかなと。

振り返ればコイツも13歳
飼っている犬ども(11歳 8歳)や、このバイクを思う時
経て来た時間の景色や出来事が一瞬にして蘇るようだな。

箱根に仕事場を構えた友人を訪ねる約束だけど
どうせならバイクにまたがって久々に
東名御殿場まで走ろうと思ってる。
ポンポン船のようにゆっくりとな。

先日、久々の友人達と韓国料理を。
夕方、待ち合せをした新大久保の駅だけど
その変貌した街の装いにクリビツテンギョウ(びっくり仰天)!
地元に住む案内役の彼女曰く お昼はもっと人が多くて歩けませんよ(笑)と。

住む人々、訪れる人達の熱気とエネルギーに包まれる様に、
まるで韓国旅行の初日の夜のように
キムチの辛さも手伝って
普段の量にしては奥深く酔いが回る程大変熱い時間を過ごさせて頂きました。

今とても勢いのあるK-POPだけど、中にはとてもグレードの高いものもあり
目指すは自国を越えて世界という意識がこちらにも伝わってくるよな。
そういう意味では、音楽も流通もどんどんボーダレスになってきており
自国の文化や言葉に基づいた音楽である必要性もなくなってきてる。

もう今までの、たとえば王道と呼ばれて来たような
スタンダードな制作スタイルとは違ったノウハウが
新しい川の流れとなって次世代の音楽を作り上げている事は
間違いない事実。

またそういう流れのなかで、自分が何をすべきかが
逆にフォーカスされてくる事も確かだけどな。

とにかくあの街のエネルギーこそが、その国のエネルギーと感じたよ。
蒸して脂を落とした豚のボッサムにどんどん酒 食べ過ぎない訳がない。
またまた体重増加中。

------------------------今日の一曲---------------------------


KARA - STEP

皆さんももうご存知だと思うから、今更という感じもするが
KARAの新曲"STEP"
新大久保の街でPVが流れてた。

僕は少女時代派だが、この曲には魅かれる。
この腰の動きは、決してこの曲が好きになった理由とは関係ない....わけがない。
今や映像は音楽の手足だ。
メロやサウンド的にはどこか懐かしいそれこそ王道的なものだが
このポップでストレートなエネルギーをそのまんま伝えきることができる彼女達の
ポテンシャルがまさに”時代”なのだ。

I'm sure that you gonna be enjoyed by just walking around the street at shinokubo.
Have a nice weekend!


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Beautiful

2011年09月12日 | Tsushimi Takashi
夏の名残の最後のダメ押しのように
日中はまだまだ残暑厳しい日が続きますね。

数日前の夜は、まんまるお月サマが、とても綺麗に夜空に浮かんでました。

実家の物干場に、ススキとオハギを用意して 
子供の頃一度だけ 月見をやった記憶があります。
今年の月は 中秋の名月に相応しく
しなやかで大きなとても美しい月でした。

仕事場のあるマンションの水道管の大規模修復とメンテナンスをやるというので
その説明会がマンションロビーで行われましたが
人っていうのはそれぞれ様々な意見を持っていて
僕などは、一般的にはこうだろという目測も含めた上で意見を述べたりしますが
中には、とんでもなくひとりよがりな意見で会の進行を中断させたりと
まったく周りに配慮しない人も中にはいます。

だけど、その人は真面目にそういう考えの持ち主ですから
完全に理不尽な意見だとしても頭ごなしに否定も出来ず、
そういう時に、同じ目線で対峙するのではなく
ちゃんとした言葉で対処できる人に
僕はいつも羨望の眼差しを注いでおります。

結局 生きるというのは自分以外の多くの誰かとの
日々の関わりの連続、

そんな中で自分がどういう人間かを表現するって本当に難しい。
結局は自分に正直に、思う事を相手にちゃんと言う という事からしか
物語は始まってゆかないのに
どこか曖昧にスルーできたりすると、スルー癖がついちゃう。
あわよくば相手がわかってくれる事に甘えちゃう。
ん~まだまだ反省ばかり。

ところで、昨日も同じ業界の友人との話の中で
放射線セシウムの話になり
娘の通う小学校に、「うちの娘には給食の牛乳はのませたくない」と申し出て
自宅から水筒で牛乳を持たせる事にしたんですよ」と友人曰く。
学校の先生も、親の気持ちを理解してくださり
承諾して頂いたという話を聞いた。

また別の友人の話では、子供の将来について
現在の環境が末恐ろしく どうやって守るかを含め
考え始めると吐きそうなくらい胃が痛むと。

子供に関しては皆色々と出来る限りの事で対処されていると聞きます。
本当に大変な時代です。

---------------------今日の一曲---------------------------

Christina Aguilera - Beautiful(2002)

日本が誇るスタンダードで特に今年は震災以降
色んな場面で耳にする事が多い
[見上げてごらん夜の星を」って曲。
改めて本当にいい曲だと思う。
言葉もシンプルで、個々の色んな想いにあてはめて
唄ったり聴いたりする事ができる。

昨今の、メロディーも言葉もわりと多めの楽曲を
否定するわけじゃないんだけど
そこまで詳しく述べなくてもいいよって言ってしまいそうになるほど
言葉が詰め込まれてる楽曲を格好良く仕立ててゆくのって 
やはりスキルが必要なんだよな。
やたら文字数は多いんだけど内容が分からない歌も多いから。

だけど一方で音楽って、ただ単に覚えやすいとか
歌いやすいっていう事だけで成立しているわけではないから
そこが逆に今からの時代の可能性としては大きくてさ
平均点や多数決というマジョリティー感があるものが
僕でさえもう何かつまらなく感じてきている。

そういえば以前ここに書いた 
僕にはうるさいだけのピコピコ系ハードコアバンドが
どこかのゲームの音楽に起用され 
今度ロンドンでライブが決まったと聞いた。あっぱれ!

音楽ってのはそんなもんだ。

クリスティーナ.アギレラ 
才能あるよな。

Have a nice day!
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愛をくれよ

2011年09月09日 | Tsushimi Takashi
昼間はまだまだ日差しが強い日も
朝晩は本当に涼しくなりました。

なんて言うのか、朝起きて見上げる空に浮かぶ雲も
どこか夏とは違う量感と質感ですね。

昨日、急にピザが食べたくなって約半年ぶりに宅配ピザを注文したのだが
記憶にある以前の味とは違い 少々がっかり。
美味けりゃいいのだが、そうでもなかった。
困るよな。おそらくチーズの種類が変わったか
ペパロニの量の問題か、作り手の繊細さ加減か いずれにせよ
いつでもどこでも変わらぬ味を提供するのは飲食業の鉄則その壱だ。

ハーフ&ハーフを注文したが5-5っていうより7-3に近いバランスで
余程 クレームしようかと思ったが思い直してとどまった。
人のことはいい。
自分だけでも雑な仕事だけはしないようにと肝に銘じた。

さて、今でも同級生達が飲んだついでにカラオケで
僕の曲などをよく唄ってくれているらしく大変嬉しい気持ちです。

今日はその中でも、忍者戦隊カクレンジャーについて少し書こうかなと思います。
(1994)
戦隊モノって、子どもが一時期必ず通る道らしいですな。
番組が始まった当時、僕が自分で思う以上に反響が大きかった事をはっきり覚えてる。
やはり子どもが反応するものは親まで飛び火するからか
当時その辺のアイドルなんかより、楽曲の浸透力は高かったな。

オープニングである「シークレットカクレンジャー」と
エンディングだった「ニンジャ!摩天楼キッズ」は
両方とも歌詞が先にあり、曲は後付けだったと思う。
作詞は明菜ちゃんの「タンゴノアール」等でご一緒した冬杜花代子さん。
もう今は天国におられますが、他にも「クイーンエメラルダス」などの曲や
みんなのうたなど 作品数は多くないけれど、とても内容のあるいい作品を
彼女と残せた事にとても感謝しています。
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余談ですが、昔 僕と冬杜さんが書いた「大切なこと」という作品を
バリトン歌手の土屋広次郎くんが是非唄いたいといってくださり
数年前にリリースしたのですが
昨年NHKのユアソング8月9月で取り上げていただいたのをきっかけに
新たなジャケットに一新して頑張っています。
とても冬杜さんらしい、自然で気取りの無い言葉がスッと心に入る歌。
昨日のブログで紹介させて頂いた篠原敬介さん同様
作品はその作家の魂としてこの世に生き続けるのですね。
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さて、再びカクレンジャー。

実際はどこかの声優さんが唄う事が決まっていたのだけど
レコーディング当日、当時お世話になっていた制作会社の方が
「なんかさあ、都志見さんのデモの歌が耳に残っててね。
ちょっと一回唄ってみてくれますか?」なんて言うもんだから
その気になって試しに唄ってみたらハマッちゃって。

ま、しかし当時は作家バリバリやってます状態だったし
基本的にはもう表では唄わないと決めていたので
そういう事情を話したら
「んじゃ、名前変えてもいいから、とにかく唄って!」って
ここで表現するよりももっと情熱的に口説かれた風で、
結局「んじゃ、名前変えるなら」って(笑)。

んで、じゃあ名前何にしようかという話になって
そのレコーディングの直前に台湾旅行から帰って来たばかりで、
台北の飲み屋でおネエちゃんに、ところで僕の名字はどう読むの?って聞いたら
「dōu zhì jiàn 」って教わった事があってね。
それをカタカナでメモって財布に入れておいたのだけど、
その読ませ方いいねっていう話になって結局「トゥー・チー・チェン」名義で唄う事になった。
そのカタカナ発音はおそらく正解とは違うだろうとは思うが、
ま、何となくそんな感じだった。

本当は内緒の筈だったのだけど、ネットなどで書かれていたりするところを見ると
僕がどこかでポロッと喋ったのかも知れない。
いずれにしても僕が唄っている事は内緒のなので、そこんとこひとつよろしく。

そんな楽曲達をまだ唄ってもらっているなんて、ありがたいね。
あとどれだけ残せるかわからないけれど 
もっといい歌を書いてゆかなくてはと思うばかり。

---------------------------------今日の一曲---------------------------

愛をくれよ / 福山憲三(youtubeより拝借)

カクレンジャーを書いた1994年と言えば、他にも多く作品を書いた年だという記憶がある。
それこそ郷ひろみさんからTOKIOや静香ちゃんまで割と幅広く書いてた。
その中で、忘れられないのがこの福山憲三の「愛をくれよ」。
ドラマの主題歌が先だったか後付けだったか覚えてないけど
この作品が出来たとき、電話の受話器をスピーカーにあてて
作詞家の工藤哲雄に聞かせながら、一緒に泣いた想い出がある。

なんだか、この歌詞に僕の方がとても思い入れがあったようだ。
当時は特に色んな何かに感じながら作品を作れてたな。

福山憲三は元気でやってるかな。会いたいな。
それから作詞の工藤ともご無沙汰している。
ひさびさに歳取った顔でも見てやるから、たまには連絡よこせよな。

Have a nice weekend!









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Forest of the Piano

2011年09月06日 | Tsushimi Takashi
今回の台風は各地に大変な被害を与えたものでした。
紀伊半島や北海道の大雨による土砂被害や
先日のハリケーンによるニューヨークの大洪水などを見ても、
ここは絶対大丈夫なんて場所はもうどこにもないのだなと思わされます。

台風の最中に広島の実家に電話をしたら
家がお隣とくっついているので風の通る隙間もなく
うちはビクともしないよと笑っておりました。

ひと雨降る度に、ひと風吹く度に世界のどこかが削られてゆく想いです。

そういえば厚生労働大臣の煙草値上げ発言とかで、先走りとか早くも閣内不一致とか
まったくマスコミの報道の仕方や意図的編集の仕方には呆れますね。
趣向品の値段の値上げに国がそこまで入り込んで発言するのは危険だという、
意味のよく分からないコメンテーターがいたりと 
些細な事を問題発言として物語を作ってあおりたてる
ワイドショーはじめマスコミのレベルの低さにうんざり。

あんな発言は一つの問題提起として考えればいい事に他ならないと思うんだけどな。
大臣がこんな発言したけど、聞いているか?などと他の閣僚達にマスコミがいらぬ世話をやいて
事を複雑にしてるようにしか僕の目には映らない。
もっと報道する事が沢山ある気がするよな。
先日しぶしぶ辞任した元総理の数日前のテレビインタビューでの発言のほうがよっぽど恐ろしい。

何かを前に進めるために、やむを得ず何かが犠牲になるのは当然だという考え方のほうが
健全だと僕は思うよ。
どんな場面でも公平でなきゃならない事が前提だったり
こっちを立てれば、立たないあっちの怒りを必要以上に盛り上げて
さも論争が起こっている様に仕立てる感じが もう嫌でたまらない。

ちなみに僕は以前は愛煙家であったけれど 煙草吸いの気持ちもよくわかるけれど
なんで煙草だけが値上げの対象なんだ?なんて曖昧な意見は持ってない。
今吸わない僕の気持ちは煙草は1000円でもいいと思っている。
煙草好きな友人に1000円になったらどうする?と聞いたら
それでも吸いたきゃ吸うし、払えなくなったらやめるかなと言っていた。
そんな程度の事にしか思えない。

以前はパコパコ吸ってたのに やめた途端 タバコ臭いとか目や喉が痛くなるとか
言いだし始めるヤツ多いよな~なんていうけど、当然の事だよ。
煙草をやめるという事はそういう事。
それまでの生活を変えるという事なんだからな。

政治家だって長く生きて学べばどこかで意見が変わる事だってある。
その都度説明し修正して前に進めば、
立場が変わったら意見まで変わったなんて、
またマスコミの餌食にならなくてすむ。
ま、実際はそんな単純な事では澄まないだろうが。

あるコメンテーターが
どのジャンルでも本当の事言ってる人達はいつも異端扱いされるって言ってたな。
僕も本当そう思う。
僕たちは当然この国の大河の一滴だけど、
大きな流れを一滴では変える事が出来ないという意味でも
国を変えるという大仕事の前に僕ら国民の思考レベルが大きく変わらないと
なにも決める事ができず、どんどん意思表示の出来ない国になってしまいそうだ。

--------------------------------------今日の一曲---------------------------------------


ピアノの森ーForest of the Piano
(2007)

世界的ピアニストのウラディーミル・アシュケナージの弾くこのピアノ曲を中心とした
映画「ピアノの森」のサウンドトラックアルバムを手がけた篠原敬介さん。
現在僕がマネージメントでお世話になっている事務所に所属しておられる音楽家の一人で、
このアルバムのオーケストレーションは尊敬に値する。
どれ一つとして捨て曲のない楽曲と演奏や録音クオリティー(チェコフィル) 
これほど完成度の高いサントラは多くない。

映画はDVDで一度見たきりだが、このサントラは何度も聞きたくなる。
映画を見ているよりも、耳を澄ましてこのアルバムを聞いている方が感動する。嘘ではないよ。

先日も少しだけここに書いたが、その篠原氏 数週間前に亡くなられた。
腎臓が悪かったらしい。僕よりひとつお若い1959年生まれ。
当然僕とは全く違う道を歩んでこられた。
それゆえ一度お会いしてアシュケナージとのレコーディングの事、
作曲の事 色々とお話を伺いたかった。
ダメですね。思い立ったらすぐに行動しなくては。

沢山の作品を残されていますが、この「ピアノの森」の音楽からも彼の人となりと才能が
静かな光となって心に優しく差し込んで来るようです。

篠原さん どうぞ安らかに。

 
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Whatever We Imagine

2011年09月01日 | Tsushimi Takashi
一週間前から天気予報と睨めっこしながら
久しぶりのいつものメンバーで富士の裾野まで。
台風のまだ本格的に押し寄せる前にぽっかり空いた
本当に奇跡の一日だった。


この日は8月30日 気持ちとしてはもう秋の支度をし始めているのに
富士の御山はまだまだ夏景色
毎度の事ながら、携帯電話より画素数のもっと多いデジカメを
持参すればよかったと後悔先には立たず。
それくらい何度撮ってもその都度感動する日本のヘソ。


昼食が終わって、午後のラウンド中
見上げた天(ソラ)に驚いた。
写真ではわかりづらいのですが
細長い白い雲が鮮やかな虹色に彩られて
神秘的な輝きを放っており
一瞬胸の奥から何かが突き上げられ
感嘆の声が出てしまった程。
夕暮れに焼けた雲ではなく、近くに虹が架かっていたわけでもなく
みんなが打ち終わって移動する頃には
跡形もなくなって 本当に不思議な瞬間だった。


30才の時始めたゴルフだけど、最初は病んだ身体と心の健康の為、
夜型の仕事生活をなるべくリセットするために
早起きのゴルフはとてもいい効果があった。
早く起きる 運動する お腹が空く 風呂に入る 早く寝る 良く寝る
ゴルフを始める前は
昼まで寝る 運動しない 腹が減らない 風呂に入らない 明け方寝る 
眠れない だったからね。
曲のスケッチは行き帰りの車の中で、浮かんだらとにかく直ぐ録音する。
そのため僕は当時、ゴルフの行き帰りのほとんどは
誰とも同伴しなかった。

途中からは当然のようにゴルフそのものの面白さにハマり
気持ちは競技思考 仕事の合間をぬって本当によく練習場に通った。
深夜営業の練習場も当時は沢山あったので、
曲書きやレコーディングが終わった後など
ほんの30分でも球を打ちたくてよく通ったものだ。

ゴルフってのはよく 見えたり 見失ったりする。
見えたら直ぐクラブを握り実践してみたい。
そして次の日にまた嘘のように 見失う。
昨日見えた事は出来てるが、他の動作が昨日と違うからだ。
見えなくなるから見えるまで練習するのだが
所詮我流は我流 技術と思考に軸がないから限界があるのだ。

それから仕事に没頭したいため、
約2年の間ほとんどクラブを握らない時期もあり
現在では真夏の極暑と真冬の極寒を除いて、
運動と懇親と自然と触れ合う事を目的に
気の合う仲間と年に10数回行く程度だろうか。 

すべてが自分の責任の元に、すべてが自分の手柄であるという
このスポーツの気質が僕には合っている。
折角いい球を打ったのに跳ね方が悪くて池に入ってしまうのも運であれば
打ち方は酷いが、確実にいいスコアを出すというのも、ひとつの生き方だ。

思い通りにならない事や不運の流れを断ち切り
自分を叱咤しながら自分を少し褒めながら、どこかでうまく折り合いをつけて
つらくても歩いていかなきゃいけないのが人生としたら
自分のゴルフって、自分の人生とどこか共通項があるような気にさせるスポーツなんだよな。

前のホールでいいスコアが出ると、浮かれポンチになって大ミスをしたり
今日はダメな日と半分ヤケを起こして、
悪い日なりに精一杯生きようという精神を放棄したりと
そんな事を何度も何度も繰り返しながら、
振り返るとゴルフ歴は20年以上になるんだな。

まだまだ浮かれポンチ癖は治らないが
それでも、苦虫を噛み潰したような顔で一日を終えるよりは
笑いとばして明日に向ければ それだけで儲けもんなんて
少し思えるようになってきたよ。

-------------------------------今日の一曲-----------------------------

James Ingram - Whatever We Imagine(1983)

自分の中に懐古主義的な考え方があるとしても、それは不自然な事ではないと思うが
仕事の上では、懐古の再現だけは避けたいと絶えず思っている。 
作り手も演じ手も聞き手も、そんなもので幸せにはなれないからな。
どんなタイプの作品でも、今作っているもの 次に作り出すものが
一番好きという気持ちで毎回取り組むようにしてる。

最近、これいいよね!とか それはないだろ という自分の感覚と
周囲の意見とに、ズレがあるように思う。
それはたぶん自分が時代の流れと違う方向に向いてるのだと思うが
そこにそれほど興味や欲が無くなったのも確かなんだ。

何だか昔からお洒落なイメージの、あるFM局だけど、
最近のタイアップ曲とかイチオシ曲などをヘビロテしてた。
それはないだろみたいな曲だったりがバンバンかかると 
さすがに残念な気持ちになるよな。
ポリシーないのかよ~!何でもいいのかよ~って車中で叫んだ。
自分の中に怒りだけでもまだ残っててよかったよ(笑)。

それ実際無理でしょみたいな曲 多い。


東京方面も明日から台風も本格的になりそうだ。

Take care enough about the typhoon.









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