アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

新米

2007年10月31日 | Tsushimi Takashi
この季節になると新米が食べれてとても嬉しい限りだ。
艶があり水分もたっぷり含んだ新しい米にたいそうなおかずはいらん。

いつだったかラジオで、面白い事を言っていたな。
世間一般に新米というと、その世界に入りたての経験も浅くひよっこ的な解釈で使われるが、もしかしたら昔は、新米(新しい米)も現代のようにおいしいというポジティブな解釈ではなかったのだろうかと。
先日のニュースでは、新米より古米のほうが値段が高いと報じていたが。。

独身の頃は金もなく、標準価格米という、いわゆるいちばん安い古米を食べていたが、年老いてお肌に潤いがなくなるようにその米もそんな感じであった。
まだササニシキやコシヒカリが今ほど一般化されてない時代である。

余談だが海外にいた時代は主にカリフォルニア米を食べていた。面長の米ッ面も粘り気はないが、しかしそれはそれで潔くカレーなどにはとても馴染んでいたように思う。たまに日本の米を食べると、こんなにモチモチしてたっけと驚いた感覚だった。

まあしかし、いくら歳をとっても、その新米のキモチと新米の艶やかさは持ち合わせていたいと思うよね。


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見えない力

2007年10月29日 | Tsushimi Takashi
週末にかけて神戸の有馬温泉に出かけていた。
広島出身の俺は1年に三月の彼岸と八月のお盆の二回しか帰省していなかったが、両親も高齢になり、ここ近年はそれとは別に毎年旅行に連れてゆくことにしている。
神戸は二度目だが、広島から新幹線で1時間と、わりと近いこともあり、乗り物疲れもしにくいなどから、またこの地を選んだ。幸いに宿も料理もそして湯も両親が気に入ってたのも大きな理由だ。

この夏はとても暑い夏で、盆に帰省した時は両親ともに少し痩せやつれていたが今回また血色もよくなり一応安心した。

お互いに70歳半ばであるが、特に母親のほうは見た目は年齢より少し若く見える。
日々寝れない症候群だが、それでも死なないのは多少は眠れているのだろう。
それに引き換え親父のほうは実年齢より少し歳をとって見える。消化がいいのか代謝がいいのか、あの年齢にしては半ばギャル曽根化しているといっても、言い過ぎではないほどよく食べる。が、太らない。食べれる事を健康の最大の理由にしているので、まあそれもいいとは思うが、刺身の醤油の付け方は気に入らない。
それじゃあ醤油の味しかしないだろうというほど醤油をつける。
それで血圧が少し高いと慌てる様は、自分の親ながら呆れてしまう。

まあしかし、時折忘れがちな、この離れて暮らす両親が健康でいる有り難さは
何にも換えがたい。

俺自身がこうやって何不自由なく自分の仕事を続けていられるのは、そういった
俺を取り巻く周りの人々が元気でいてくれるからだ。
両親や家族、そしてスタッフに至るまで、俺の何気ない日々の日常はその人達によって支えられていると言っても決して言い過ぎではない。

何事もなく過ぎてゆく時間は、実はその人達が元気なおかげだと思う。

広くは友人知人まで、一人の人間は多くの人達によって支えられているのだ。
今回の旅でも、そんな事をひしひしと感じてしまった。
人を大切に 自分を大切に そして 多くの見えない力に感謝である。
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抜け毛が気になる季節です。

2007年10月22日 | Tsushimi Takashi
昔。。う~ん何年前くらいだろうね。
それこそ俺が24歳でニューヨークの武者修行を終えて帰って来てから約二年くらいは、とにかく作曲と、そしてそれ以外の時間をどう使うかが生きる課題だったような。。
そんな時はよく友達と飲んで、たまにそのまま泊まって帰るというような自由に溢れていた時代もあった。
マイケルフランクスというNYのアーティストで、ジャジーなボサノバ系がすごく好きで特に『Tiger in the rain』というアルバムは新小岩の友人の家でよく聞いたなあ。
NYに居る時代もフュージョンやコンテンポラリー系のミュージシャン全盛の時代だから、狂ったようにレコードを買いまくってた。
ちなみに日本では、たのきんトリオ、堀江淳、寺尾聡のルビーの指輪がベストテンに入っていた時代だ。(寺尾聡のアルバム「Refrections」は今でもマイ名盤)

そんな流れか影響かわからないが、たま~にそれ系の楽曲の発注を頂く事がある。
10年以上ぶりに連絡をくれて、とてもなつかしい感じの話もなく、あの時代のままの発注のやり方っていうか、10年以上も会っていないのに、当時と同じ装いでの発注。ありがたいと思ったし、お互い変わっていないなあなんて嬉しくもなった。
グレース マーヤというジャズピアノ&ボーカルのアーティスト。

昨今の追い立てられるようなJ.POP的な要素とは無縁の感じで、なんかホッとするジャンルかも知れない。ボサ系だが、基本的にはスタンダードのカバーの中オリジナルが数曲といった仕上げだ。 『I'llbe There』という曲。機会があったら聞いてみてね。


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めっきり寒くなりました。

2007年10月22日 | Tsushimi Takashi
週末は明日のレコーディングのスコア書きに明け暮れてた。
しかし改めて、スコアに書いてみるとけっこう神経質になる自分がいる。
特にストリングスなどは、記譜ミスがないか入念にチェックする。
ほとんど同時にレコーディングするので、細かい事が気にならない反面、細かい事をちゃんと記しておかないと後々後悔する。
いろんなレコーディングがあるが、やはりザックリと仕上がった音のほうが、音楽的かもしれない。昔は細かくダビングを繰り返したりもしていたが、時に音楽の方向性まで見えなくなってしまう事もたびたび。いいのか悪いのかわからなくならないように新鮮な気持ちが残るうちに仕上げていきたい。年齢的にも集中力が昔ほど長くつづかないし徹夜などは正直やりたくないのだ(笑)。

ところで、久々に男のバラードを書いた。
来月発売のskoop on somebody で「アンセリウム」って曲。
とっても切ない素敵な歌。是非聞いてほしいな。

今日の都内は最近ではいちばん冷えた朝だった。
今年のクリスマスは雪が降るかなあ。。

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どうなる?日本

2007年10月17日 | Tsushimi Takashi
今一番気になるのは日本のこれからの医療、福祉、介護 年金の事。現在の政治の最大の課題だな。親父のほうの伯母さんにあたる人が最近歳とったせいか軽い痴呆症で、今年の夏施設に入ったので、顔見がてらお見舞いにいった。
連れ合いを亡くして10年くらいで、息子達はそれぞれ遠くはなれて暮らしている。
こんな過疎寸前の田舎町にも施設があったんだと少し驚いたのだが、結局若い人はほとんどいない山あいの町なので、病院とか介護施設とかは沢山必要だが、そこでの働き手も少ないのだろう。
「大きくなったのう」とニコニコと笑って迎えてくれたが、半年前も会ったのになあ、来年50歳の中年なのになあ(笑)と思いながらも俺の事は覚えてくれているようで単純に嬉しかったが。

先日テレビで介護士の人のドキュメントを放送していたが、頭が下がる想いだった。
毎日寝たきりの人の家を訪問し、排便の世話などをして回っていたが、誰にも出来る事ではないよね。そういう人材は時代が進むにつれどんどん貴重になってくるのに、肝心の国のケアはほとんど手つかずだ。それこそ税金投入して介護医療をもっと充実させるべきだと思う。
アメリカの軍艦への給油も大事かも知れないが、社会の生活している人々の利益や幸せにつながる事をもっと現実的にやっていかないと、この国は長くもたないじゃないかと思う。
何のための、医療保険 介護保険 そして年金保険なのだろう。

民主は自民のあら探しばかりで、見ていてまるで子供の口喧嘩だ。
今の総理大臣の口からも具体的な文言は聞いた事がないし、
俺たちだってもう、そんなのカンケ~ね~なんて言ってられない世代なんだよな。

人間誰だって,歳とって人にパンツを替えてもらいたくはないが、先の事はわからないなら、せめて今のうちから人に優しく愛らしい笑顔で接するように心がけることも大事かも知れんぞ(笑)。
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世の中にゃ、才能ある人がいっぱい居る

2007年10月15日 | Tsushimi Takashi
そういえば、この夏に前々から会いたかった千住明氏と飲んだ。
何年か前の中井君主演の松本清張原作「砂の器」というドラマの主題曲「宿命」がとても好きで、一度会いたいと思っていたところ、ひょんな事から知人の紹介で六本木で待ち合わせとなった。
ある程度彼の著書や楽曲作品なども予備知識はあったが、会ってみるとやはり想像通りの奇才であった。
「宿命」というピアノコンチェルトだが手書きのスコアをそのまま記したものが出版されており、偶然にも数年前に見つけて買った。
驚いたことに、あの曲は書き始めてからは一度も立ち止まらず振り向かず約20日間で書き上げたらしい。さかのぼって直せば前後の繋がりまでおかしくなってしまうのと、与えられた締め切りまで20日間しかなかったのとで一日スコア何枚というノルマのもと仕上げたらしい。素晴らしいね。テーマは数パターンプレゼンしたらしいが、自分の好きなテーマは他のパターンだったらしいく、しかし過ぎてみれば彼の代表曲の中のひとつに間違いなく数えられる作品になったわけだ。他にも沢山の素敵な作品があり、俺のとってもタイプな音楽なんだ。
彼の言った印象的な言葉に「答えはひとつしかない」とあった。
これは弦のアンサンブルについて話していた時の事だが。。俺なんか答えがいっぱいありすぎていつも悩んでる。恐れ入った。

先日はNHKのテレビを中心にアレンジをやられている宮下博次氏と食事をしたが、
彼もデモなどは作らず、たまに鍵盤みながら音符を想像しスコアにするらしい。
ウ~ん、世の中には才能に溢れた人がいっぱい居るよ。

人それぞれ背負っているものも違うし、やり方も違っていいと思うが、いろんな人に触れるたびに、俺なんぞはまだまだと思う他ないのである。

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2007年10月13日 | Tsushimi Takashi
3歳違いの弟がいるが、駒場でミラヴィルという小さなフランス料理の店をやっている。
フランスでの料理の修行を約5年して店を出してからもう5年くらいになるのかな。
最初はどうなることかと思ったが、それとなく常連さんも出来たらしく何だか街並になじんで来たように思う。たまに雑誌などでの取材を見ると、頑張ってるんだなあと まあ兄弟なんて大人になればそんなもんだろう(笑)。
今年の9月1日に新しく銀座にスイーツの店を出した。プランタンの横に新しく出来た銀座マロニエゲート内に「インパクト」という店だ。
スイーツのコース料理らしいが、まあ俺にはあまり縁のない食系かも知れない(笑)
そういえば夏頃に店のホームページのオープニングに音楽が欲しいというので、彼のイメージを聞いて作ってみた。
レセプションには大勢の人が来るので身内は遠慮してまた落ち着いたら顔出すよと電話で話したきりだが、まあ近くへ行ったついでに立ち寄ってみようかなあと思ってる。
しかし、同じ母親の醤油ベースの味で育って来た男が大したもんだと思う。
駒場の店のほうも4~5回くらいしか行ってないが、やはり開店当初よりは数段腕を上げた感じがした。個人的には食後のティラミス程度で充分満足な俺だが、相当な取材の数だと言っていたので、コンセプトとしては斬新なのかも知れないな。

まあどんな気力も体力からだ。健康の有り難さは健康な時はわからないもの。
元気があればなんでも出来る。?(笑)。いやその通りだと思う。
シェフって職業は見た目よりも体力を使う。何はなくても健康。
最近そんな風に思うようになってきた。頑張ってほしいな。 
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歌って誰のもの?

2007年10月12日 | Tsushimi Takashi
9月の終わりに、かねてからお約束していた第一興商のカラオケグランプリの地区予選の審査員として三泊四日で広島と四国に行って来た。中国地区と四国地区の二つの予選会だが、いろいろ考えさせられる事が多かったな。

個人的に地元の広島には少なくとも年に二回は帰省しているのだが、今回改めて音楽を聴く目的でいわゆる地方都市へいってみると、東京では見えてないものがとてもよく見えてくる。
カラオケ大会は各地区ともに約100組で基本的には大人の歌系が多かったのだが、やはり昔の楽曲がほとんどで今作られているものは希少である。そして演歌もJ-popも、ジャンルに関係なく、同じように流行歌としてか聞こえてこない。
つまりエグザイルも宇多田ひかるも藤あやこも北島三郎も、すべてが流行り歌として
ラジオからそして街なかで聞こえてくる。

東京から発信している側はそれぞれの想いや音楽性、サウンド、テーマなど個々それなりに考えてはいるが、そのアーティストを聞くターゲットやリスナーが求めているものについてはそこまで深く考え試行錯誤しているだろうかと思ってしまう。
制作側やアーティスト本意の言わばエゴイズムで満たされ、実際に世の中に届けることをどこかで忘れていやしないかなんて真剣に思ったな。

リスナーに歩み寄ってつくるって意味ではないが、地方に来てみると、ここに届ける事をほとんど意識せずに、ただリリースのローテーションやタイアップだけが先行してそれを消化するために作っている事が主流ではないかね。

地方では売れてる曲しかかからないし、そのためには大きなマスメディアの力は不可欠ではあるが、枚数売れても認知されないのは、もうひとつ日本の毛細血管まで浸透していない証拠かもしれない。

審査員など、どちらかと言うと苦手な部類の仕事であるが、あるご縁でやることになった。でも俺にとってはとっても必要で意味ある事だったように今思う。
身にしみて思ったな。やっぱ俺らは曲を届けるためにこの仕事を選んだということを忘れちゃいけない。
先日、作詞の阿久先生のお別れ会があったが、以前にご一緒させていただいた時も
会うたびに、「歌って誰のもんだろうね~」っていつもおっしゃってたのを思い出す。聞いて歌っていただくそれぞれの人のものにしたいよね。
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人との繋がり

2007年10月10日 | Tsushimi Takashi
何十年ぶりかでとても昔お世話になった人と会った。
益本さんと言って、エンジニア。日本でやり残した事はなくなったと、数十年前L.Aに渡って向こうでエンジニアとして活躍されてた。実は俺がレコード出した18歳の時に
携わってくれたエンジニアで、それから彼はすぐ渡米し、そして約12年くらいの後に
映画「あぶない刑事」のサウンドトラックを作るにあたって彼がいるということで全曲ロスでミックスまでやった。それから今までまた約20年、数回、日本のスタジオでたまたま会った事もあるが、とりあえずまた会えた。最初に会ってから30年の月日が経つが不思議なものでそんな時間の隔たりを感じることはなく多少白髪が増えた程度の御歳60歳。すごいよね。ちょうど日本へ帰って来ていて連絡をくださりわざわざ事務所まで足を運んでくださった。ありがたい事だよね。話もバイタリティーに溢れ
人間歳を重ねる事って素晴らしいと思った。
当時の音楽の制作現場で培われた人間関係って、今のそれとどこか違う。
お互いのプロフェッショナルなエキスパートの戦いで、いい作品を作り上げて来た自負をみんな持ってる。だから何年経っても同じ話が出来る。少なくとも現在の音楽制作現場はアマチュアと素人に混じって四苦八苦しているように見えてしまう。
格段にテクノロジーは進歩したが、その急速なスピードについてゆくのがやっとで
その前にとっても大事な気持ちの繋がりや心の高揚などが結構粗末に扱われているような気がしてならない。作業のプロは増えたが音楽のプロは明らかに減っていると思う。そんな中で作られる作品が時代を超えるはずがない。そんな時代だからと、その時代を生き抜く術をみつけて目立たぬように音楽やってますでは、世の中は振り向かないよね。作家として信念を持って書いているやつが果たしてどれだけいるんだろう。作家に限らずディレクターやアーティストも含めて 使命感を感じてやってる人の数だけ時代は進むんだろうね。今日の益本氏も還暦を迎えても尚
音楽向上を目指して動いてる。何かを成し遂げた人だから言える事もあるが、そういう強い信念がないと何も成し遂げられないという事だね。
しかし昔から、人生で会う人は決まっていると言うが、本当かも知れないね。
結局は同じ想いや波長を持った人が、魅かれ合い集まるように出来てるかもしれない。
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キングトーンズとクールファイブ

2007年10月09日 | Tsushimi Takashi
小さい頃(昭和)とても流行って、みんなが歌っていたキングトーンズの「グッナイベイビー」。当時は完璧なドウワップ系洋楽系コーラスグループで子供心にとってもかっこよかったなあ。作家になってたぶん1980年代かな、当時サントリーの角瓶(ウイスキー)のテレビCM用にと頼まれて作詞の三浦徳子さんと一緒に作ったのが「今夜まで待てそうもない」っていう曲。発注が来た時にはうれしかったなあ。レコーディングにも立ち会ってたしかコーラスも書いた覚えがあるが、家のどこ探してもないんだよね。もはや廃盤だし、まだアナログEP盤でね。オークションなども見ているがなかなかないね。

ところで、先日クールファイブのレコーディングを終えたばかりだが、このグループも俺の心の中ではとてもかっこ良く別格な感じなのよね。
ボーカルの前川清さんとはもう15年くらいの付き合いのなかでとてもたくさんの曲を書いててね、その繋がりもあってか今回クールファイブに楽曲提供できる運びとなりました。
スタジオのエンジニアの内沼さんも実はクールファイブのデビューからレコーディングに携わってる人でね、当時の話を聞くととても面白い。
今でこそ、チャンネルはほぼ無制限に使用できてとてもクオリティーの高い音でレコーディングできて、しかもボーカルのピッチ直しからあらゆる編集がなんなく出来るが、クールファイブのデビュー当時はたったの4チャンネルしかなかったらしい。オケに2チャン使い、コーラスにひとつ、ボーカルにもうひとつで計4チャンネル。今のようなヘッドフォンを使った歌録りではなく、スタジオで小さなスピーカーでカラオケを鳴らし、マイクの前に立って そのまま歌ったらしい。今では宅録のおにいちゃん達も、もっといいシステムでデモなどを作れてるだろう(笑)。
おまけに後で色んな事を直す事が出来ないのでとにかくすべてが一発勝負なわけだね。緊張感150%よね(笑)。まあそういう歴史を感じつつ、もう一度オリジナルの「長崎は今日も雨だった」を聞くと感動するよ、きっと(笑)

てなわけで、12月に出るクールファイブの新曲はオリジナルで何枚目になるのだろう。とても光栄に思います。「悲しい街さ~TOKYO] 是非聞いてほしいな。
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んま-、ご無沙汰でした。

2007年10月08日 | Tsushimi Takashi
約半年以上、いやもっとご無沙汰しておりました。
気にはなっていたのだが、なかなか書く気にならず、書く事も忘れて、いやしかし最近だんだんと 書く気になって来て
とりあえずリハビリがてらペンを、いや文字を打ってみようかなと。
日記やブログや、自分を相手に伝える手段が一般化したが、時に、自分の中でぐるぐると回って、人に伝えるまでの言葉にならない時だってあるが、今年は特にそうだったな。
悩みとかではなく、流れでそうなった感じだ。

今年当初は意識しなかったが、このところ何だかその流れを感じてしょうがない。
仕事場の機材を一新することになったり、自宅の古い家具や色んなものがまるで密かに声を出してこちらの気を引くように
十数年の寿命をまっとうし終えたかのように、けっこうの物たちを捨て そして新しいものに取り替えた。
古きから新しきへの変化を感じずにはいられないのだ。

それとなく、今までの古いこだわりや 音楽に対する意識なども 嘘のようにスッと消えて 新しい感覚というのか
新しいキモチというのか なんだかとても新鮮に自分を理解できるようになった。

これと言ったきっかけはないが、おそらくいままで積み重ねて来た経験や出会いや それによって感じたことなどの集積が
そういう流れをつくったのかも知れない。

しかし今年の夏は暑かった。 例年より暑いのか 歳とともに暑さへの抵抗力がなくなったのか どちらにしろ 夏は好きだが
暑いのは苦手である。

少しずつだが、また書き始めようかなと思う。
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