アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

She

2011年08月28日 | Tsushimi Takashi
八月も最後の日曜日
早朝はとても涼しく本当に清々しい風が吹いておりました。

8月28日はミミの11回目の誕生日おめでと。
今年の春先には腰のヘルニアも一時悪化しましたが 3ヶ月くらいかけて
なんとか普通に歩けるまでになりました。
もう以前の様にダッシュやジャンプは出来ませんが
自力で歩けるだけで儲けモン。上出来ですね。


今年の6月にCDデビューした佐野有美ちゃんが
有楽町のビックカメラでミニライブ&トークショーをやるというので
連絡を頂きました。

---スタッフの方から届いた写真---

僕はこの日、午前中から色々と所用があり 残念ながら現場には行けませんでしたが
夕方の部をストリーム放送で。
多少のタイムラグはあるようですが、生中継。
本当に便利な世の中になりました。

僕のハラハラドキドキなんぞ吹き飛ばす様に 有美ちゃん 身体を振って熱唱してました。
アルバムの中から4曲をしっかり歌いきり本当に堂々としてました。
自分の書いた歌詞にメロディーが乗っかって 彼女の偽りない心のメッセージとして
聞いてくれてた人に真っすぐに届いたと思います。
何故でしょうね。今日も僕のほうが彼女から元気をもらったり、ふと戒められたり。

各方面から歌唱の依頼も増えているようで、
TV朝日の「徹子の部屋」への出演も決まったと
ステージで言ってました。凄いですね。
「生まれて来ただけで感謝」という彼女のメッセージが
より多くの人に届くように、沢山のチカラに導かれているのだと思います。
今後の活躍がとても楽しみです。
http://www.teichiku.co.jp/artist/sano-ami/

----------------------------今日の一曲---------------------------

Elvis Costello-"She"(1999)

数日前のニュースで、映画『ノッティングヒルの恋人』(99)の舞台になったロンドン西部の
ノッティング・ヒルにある旅行専門書店“The Travel Bookshop”が、2週間後に閉店するとあった。
そっかぁ.....あの本屋も遂に閉店かあ。残念だな。

特にヒュー・グラントの演技がよく、僕はこんなタッチで描かれている映画が基本大好き。
この[She]はシャルル・アズナヴールのカバー曲だが
映画の中のサウンドトラックに使われている他の楽曲達もクオリティー高く
ストーリーとシーンと音楽とが静かにしっかりリンクしてる。

何だかまた久しぶりに観たくなったわ。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

please come home for christmas

2011年08月26日 | Tsushimi Takashi
なんだか台風がポコリとまた、もう一つ生まれたようです。

突然水が漏れ出した命のウォッシュレットも15年の寿命を終え大往生。
只今 新型に交換して頂いている最中だが
最近の家電はエコ対策とやらで、お利口さん過ぎて可愛気がない。
色々考えて頂くのはいいが、もう少し大ざっぱなほうが使いやすいものもある。
新型くんに腰掛けての初ウォッシュが楽しみだ。
カタチあるもの、その姿 永遠にとどめず
お粗末ながら一句
「旧型ウォッシュの水の漏れ 諸行無常の響きあり」

さて、八月も残すところあと数日。

夏休みもカウントダウンに入ると
やり残した宿題と、書き忘れていた幾日かの絵日記の穴埋めに奔走しながら
40日ぶりに学校の友達の皆に会える9月1日を
とても心待ちにしながら胸をワクワクさせて過ごしたものです。

ところで、僕らの時代は7月20日過ぎから8月一杯の約40日が夏休みでしたが
現在は少し違って早めに終わるようですね。
当時は教室にクーラなんてありませんでしたし
そういう事も関係しているのかな。

違うと言えば歴史の史実と年号はよくゴロ合わせで覚えたものですが
これも現在の授業では僕らが習った事実と異なる部分も多いらしく
驚いたのは英語の筆記体を今はもう教えていないのですね。
現在(いま)のイギリスやアメリカ人の若者でさえ、筆記体は読みにくく
使わない故のこと。

さて、何だかこの一週間は心身共にシャキッとしない感じの日々でした。
実際にはお会いした事はなく しかしその残された作品の素晴らしさだけは
よく知っており、年齢もほぼ同じ歳の音楽家の方が突然亡くなられたという
一報も入り、是非一度お会いしたいと思っていた矢先の事でしたので
驚きました。
人生、生きた長さだけではないとは思いますが それにしても客観的には
とても早すぎる年齢で ご両親の悲しみは察するに余りあります。

詳しい事はまだ聞いてないのですが、
尊い命と、あっけなく終わる儚さは、
いつまでたっても人生の機微ですね。
落ち着きましたら、またここでその方の作品を是非
ご紹介したいなと思っています。
-----------------------------------------------------------------


さて、定期的にやっている楽器のメンテを兼ねた大掃除をやりました。
金属のパーツはキラッと、ボディーはピカッと艶っぽく
本来の素材そのものの輝きをそれなりに取り戻したギター達は
出会った頃の輝きより趣のある風格さえ出てまいりました。

作曲の手段としては鍵盤を使う事も多いのですが
やはり使う楽器によって出来てくる楽曲のテイストにも違いが出るので
それなりに使い分けています。

幼少の頃 田舎の親戚の家の床の間に立てかけてあった
ホコリをかぶったクラシックギターをもらって来て
毎日弾いていたけれど 振り返ればそのへんから
音楽に興味を持つようになった気がします。
今でもギターだけは僕にとってのSomething Specialですね。

さて来週からまた気を引き締めて 精進したいと思います。

------------------------------今日の一曲--------------------------------

johnny winter - please come home for christmas
(1992)
20才で渡米して 何しろ一番最初に見にいったライブがジョニーウインター。
イーストサイドのそんなに広くない場所だったと思う。
夜10時くらいに開演と聞いていたので8時くらいに行って
ビールでチビチビやっていたのだが
結局3時間押しの午前1時スタート。

少し高いステージの最前列かぶりつきで2時間。本当に目と鼻の先でギターさばきを見て
僕はこれからこの街で本当に生きてゆけるんだろうかと落ち込みまくった。
こんな一流の人達が毎夜どこかでこんな凄いライブをやってるこの街のエネルギーに
飲み込まれて消えてしまわない様に 僕は僕ではっきりと目的を自覚しなくてはと
明け方近くの1stアヴェニューを歩いて帰りながら そう思った。

今年4月に初来日 ZeppTokyoで演ったらしいね。
今では殆ど視力もなくだいぶ身体も衰えてしまったらしいが大丈夫だろうか。
御歳66歳 Take good care!



コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

I've Got You Under My Skin

2011年08月19日 | Tsushimi Takashi
久々の朝の涼風
先日の酷暑の後だからか、余計に風の温度が低く感じる。
犬どもも普段より少しだけ遠出の散歩を終えた後は
深く深く爆睡中。

みなさんお早うございます。

この不定期で気まぐれなブログに日々訪れ
色々とコメントを残して頂きありがとうございます。
とても励みになります。

さて、暑さのピークは過ぎたと、しきりに天気予報では言っていますが
自分の体温を超えるような外気温は本当につらいですね。
早起きは生活改善の結果だと自慢したいところですが
今のところはまだ暑さで目が覚めているようで微妙です。


今年の6月にご縁あって週刊女性に取材して頂いた際 
お預けしていた写真が戻って来たままだったので
昨日その写真達をまた元の場所に戻した。
その際に数枚ほどスキャンした中の一枚。
 1979年頃ではないかと思います。
自由の女神のあるN.Yのリバティーアイランドから撮ったマンハッタンの写真。
N.Y武者修行中 友人に撮ってもらった。
この写真にある、当時のマンハッタンのポイントだった
二本のワールドトレードセンタービルは
あの9.11で無惨にもなくなったけどな。

渡米してすぐ英語学校の入学の日
ロビーの入り口の左に腰掛けていた一人のオリエンタル系の男が
入り口に立っていた僕に「日本人ですか?」と聞いてきたので
「日本人ですよ」と返したのがきっかけで知り合ったその友人。
滞在中の3年半とその後の帰国から現在も飲んだりゴルフをしたりしている武者修業時代の同志。
いい遊びも悪い遊びも、そしてお互いの夢の話が熱を帯びて最後にはつかみ合いの喧嘩もした。
僕は音楽 彼はレストランマネージメントの勉強で渡米。
滞在期間もほぼ同じくらいで年齢も同じ。血液型もB型 
そしてまたお互いに日本からインベストしてもらいながらの留学という
立場的な事も似ていたので、会ったその日にとりあえず乾杯した記憶がある。

誰かが前もって描いた道筋ではないのに
時には、訪れるべくして訪れた様な場所や 最初から仕組まれていた様な出会いや
人生の行き当たりばったり具合には やはり何か運命の磁石のようなチカラが
少しだけ働いているかのように思える時もあるよな。

むこうで初めてスタジオ借りてデモテープ撮った頃の写真

振り返れば僕なんかはまさにGood Luckの連続で 落ちかけたピンボールが
またいいタイミングでフリッパーに打ち返され
いいポジションに押し上げられて来たという思いだよ。
それはまさに計り知れない人々の誠意や想いや優しさやパワーによってね。

いつもどこかの区切りの時点で
「よし、ここからは自分だ。今まで色々お膳立てしてもらってここまで来れたけれど
ここからが本当の自分のチカラが試される時だ」なんて
気張ってみたりするけれど、結局死ぬまで人の力に支えられながら
そうしてゆくんだろうな。

この街には大変お世話になった。
目的は音楽の勉強だったけれど、
結果的にはあらゆる種類の人生勉強をさせてもらった。

また一度、ゆっくり訪れたい。

-------------------------今日の一曲------------------------


Rod Stewart - I've Got You Under My Skin


またまたロッドのアメリカンソングブックからの選曲
シナトラの歌唱で有名だけど
ダイアナクラールのようにしっとり聴かせるよりは
このダンサブルでジャズボーカルらしくない感じが好み。

何故か僕はこの曲が大好き ニューヨークを思わせる楽曲達の中のトップ3に入る。
NY滞在中二人の先生に付いて歌を習っていた時期があった。
一人はデボラというオペラの先生でVOICEを、
もう一人はリンダというジャズの先生でVOCALを。
つまり発声と歌い方という意味だが
そのリンダに習っていた時に、このコールポーター作詞作曲の
”I've Got You Under My Skin”が課題曲だったこともあり 
とても印象深く心に残っている。

What a town ! Newyork

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Come rain or come shine

2011年08月17日 | Tsushimi Takashi
毎度の事ながら 天気天候から書き始めるのは
文章の感じや本日の調子などを探りつつの導入としては
いちばんリズムをつかみやすいから。

-----------------------------------------------

日が暮れても、太陽が隠れただけで
窓から手や顔を出すと焼けたアスファルトの道路や建物の余熱で
気温はいっこうに下がりまへんな。

日中に焼けて籠った部屋の温度は
夜の外気より高い場合も多く 
せめて寝床だけでもクーラー入れさせてもろうてます。

みなさん お暑うございます。


 犬どもの散歩も暑さとの戦い(暑)

しかし時の経つのは早いもので来月の9月10日で禁煙してから一年や。
一年前の一年後は予測不能で
99%自分には出来ないと思っていた禁煙だが
”案ずるより産むが易し”や。
やってみると意外に容易い。
そしてまた”光陰矢のごとし”や。
過ぎてみて振り返る歳月はまるで昨日のようや。

先日、ひさしぶりの友人との飲みでサムギョプサルでも食おうと集まった。
「サム」は数字の3、「ギョプ」は層、「サル」は肉のことで、
日本でいう三枚肉、すなわちばら肉のことだが
この韓国料理は同時に野菜も沢山摂れて身体にもいい。
とにかく何でもその辺のものを葉っぱに巻いて焼いた豚と一緒に食すのだが
これによく冷えたマッコリがまたとても合う。

音楽家の友人もその三枚肉を頬張りながら
かたちあるもの、すべて永遠にとどまらず常に移り変わる、
だから俺は人にもモノにも昔からあまり執着は持たんのだと
この世の諸行無常を繰り返しては杯を運ぶ。

震災以降、多くの人が自分と自分以外のものとの関わり方について
真剣に向き合い考えさせられる機会を得た。
さほど強烈ではないにもかかわらず、
しかしジワリジワリとダメージが残るボディーブローの様に
自分にとっての大切なものへの感じ方や接し方が 
僕の気持ちの中でも大きな変化として腹の底にまで効いてきた。

「地震や津波で家も何もかも無くしたけれど
 それも人生の1ページ。生きてりゃ先で
 いい事もきっとある」って
この盆に里帰りした娘さん達を住まいの仮設住宅に迎えて
笑顔でインタビューに答えてたお母さんの言葉は重かったね。
なかなか言えない言葉。

日々の移り変わりは、やがてまた次の新しい時代を迎えゆくわけだけど
そんな中で僕らの仕事の役割ってなんだろうって
その友人と5瓶目のマッコリを注文しながら真剣に夜は更けていったな。

---------------------今日の一曲---------------------------------


Mary.J.Blige-Come rain or come shine

1999年のメアリー.J.ブライジのアルバムだけど
丁度この頃 アレンジャープロデューサーのURUくんとご縁あり
色々刺激されながらやってた時代に紹介されて買ったアルバム。
サンプリングなど遥か昔からやってた人で彼も広島出身。
ネイティブ広島弁で話せる相手としてとても大事にしている
大好きな人。 年イチくらいで飲む。

当時は僕が書いた曲をURUに渡し 彼がプリプロしたものをよくプレゼンしていた。

猫も杓子も 今までヒップのヒの字も知らなかった人達が
わんさわんさとヒップホップやR&Bとか言い出し始めた事に
僕はいささかうんざりしていたけれど
そんな中で、これ系のサウンドのオーケーかノーか
はたまたグレイトかソーソーかの判断基準は
URUの感覚に頼り切ってたな。
とにかく勉強家で人に惑わされない音作りが、彼を本物と信じきれた理由。
コアなようで、順応性の高いマルチ人間。

そんな時代が去って また時代は多少ともメロディックに戻り始めると
途端にヒップホッパーやラッパー人口が減った様に感じた。
体質的にヒップホップの奥底までは到達出来なかったが
このCome rain or come shineのようなスタンダードの唄を聴くと
やっぱ、一時期のブームに乗っただけの人とは違う何か底力を感じてしまうよな。
2007年グラミー3部門。

それもこれも諸行無常。 豚バラ食いたいが今日は我慢だ。

Have a nice summertime.
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

(Everything I Do) I Do It For You

2011年08月14日 | Tsushimi Takashi
今年の広島も暑かった。

それでも明け方には瀬戸内海のフィルターで浄化された涼風が足下から頭上へ優しく吹き抜け
気温だけ見れば同じ様な温度ですが その暑さのクオリティーとでも言おうか
東京よりはるかに瑞々(みずみず)しく新鮮な暑さと感じました。

広島市太田川河口付近

みなさんおはようございます。

一年ぶりに会う甥っ子(弟の息子)の成長ぶりに、笑ってしまう程驚いた今年。
高校一年で野球部で身長181センチで坊主頭。

時代は変わっても、高一野球部坊主頭181センチの里帰りのシルエットは
なつかしい昭和の香りが漂いまくっており、
部活で日焼けした顔にギラギラと汗が張り付いた定番の16歳。

これからどんどん色んな事を覚え
色んな女に心を揺れ動かされてされてゆくことでしょう(笑)。

夏休みの合宿前にわざわざ顔を見せに帰ってくれたと
両親ともに大変喜んでおり、
今となっては年寄り二人の静かな生活の中の
数少ない大きなイベントで
毎年大変楽しみにしています。

育ち盛りの甥っ子の食べっぷりは豪快でしたが
昔は一升炊きの釜の飯が、ほりゃもうなくなったと
一回の食事で空になった釜を母がひっくり返して見せながら...
それくらい僕と弟とで、よく食べていたものです。

あの一番食べ盛りの時期は食べても食べても腹が減るんですね。
そんな時代を僕らも通って来たんだなあと
ふと、懐かしく。

夢はプロ野球選手という事。
彼の将来に周りも当分の間 夢を見れそうです。


さて丁度広島帰省中に、広島県の
神石郡神石高原町という町にコンビニのローソンが出来たという
ローカルニュースをたまたま見ました。
時事ネタを中心に活躍している社会風刺コント集団ザ.ニュースペーパー
福本ヒデちゃんが、ここ神石高原町の出身で地元の観光大使もしているので
メールでそのニュースをお知らせしたところ、
丁度ローソンオープンの式典にも顔を出していたらしく
神石高原町はめったに話題にならないので嬉しいと
動画のリンクと共に返事をくれました。
神石高原町 福本ヒデ観光大使動画
彼とは、「ニュースペーパー!一発逆転!」という曲を2008年に提供して以来
同郷という事で飲んだり、ライブの案内などマメに頂いたりしています。


毎年、両親を連れてそれぞれの故郷にある御先祖の墓をお参りするのですが
意外に食事ができる場所が少ないので、たまにある道の駅の食堂などで済ます事が多く。

昔に比べて若い人の数も減り、「この辺りの買い物はどうするんかね」などと母も言う程
徒歩や自転車でいける距離にお店がないのは、ますますの過疎化の原因にもなりますね。

郊外型の大きなスーパーもポツンと見かけますが、それによって昔からの商店街や
個人商店などがどんどん無くなって、結果的には住まいの近くで食材や生活用品等を
手に入れる事が困難になった”買い物弱者(特にお年寄り)”と言われる人が増えているようです。
そんな中での思いがけずのタイムリーなニュースでしたので、ご報告。

さて、皆様 夏はまだまだ続きますが 暑さ対策など充分に ご自愛くださいませ。

--------------------------今日の一曲-----------------------

Bryan Adams - (Everything I Do) I Do It For You(1991)

ブライアンアダムスはカナダ出身のアーティスト。
ケビンコスナー主演の映画「ロビンフッド」の主題歌で
全米16週間ビルボード1位でギネス記録。
この手の大陸的なアメリカンバラードに僕は一番影響を受けたかも知れない。

もう20年前になるんですね~。そんなに昔じゃないと思っていたけれど
考えてみれば、高一野球部坊主頭181センチの可愛い甥っ子が生まれてくるずっと前。。
時代は変わるわけです。


P.S
昨日の帝京と八幡商の二回戦
帝京が先に3点入れそのまま7回まできた頃、僕の両親は
「ありゃ~こりゃもう帝京が勝ちじゃろ」と言った。
僕はすかさず、「まだわからん 満塁逆転もあるかもよ」と言って
帰京する新幹線に乗る為広島駅に向かった。
親父は「ないない」と言っていたが、
新幹線に乗って席に着いて掲示板のニュースを見て驚いた。
あった!八幡商9回表の一発! 5-3で逆転。
最後まで可能性を信じる。

「一発逆転!」

僕の好きな言葉。

Have a nice week !


コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

Lost Up in Loving You

2011年08月11日 | Tsushimi Takashi
連日の熱帯夜

熱帯夜というと 歌の世界では何だか情熱的で
多少ロマンチックな言葉のように扱われていたりもしたのですが
実際には暑くていい加減にしてほしい夜でございます。

いくら暑くても 風が吹くと 汗が身体の熱をさらい
涼しく感じるのですが 
どんよりと重い空気は 
まだまだ身体の周りにじっとりと漂う毎日が続きそうですね。

みなさんおはようございます。

後輩のブログの中に「断捨離」という言葉を見つけました。
世の中に広まっている言葉の様で

断捨離
不要なものを断ち、捨て、執着から離れることを目指す整理法。平成22年(2010)ごろからの流行語。

また川畑のぶこ氏によると
自分と身のまわりのモノとの関係を問い直し
今の自分にとって「不要・不敵切・不快」なものを
「断ち・捨て・離れる」片づけのアプローチ らしく。

その時は必要でも、やがて役割を終えたモノは昔から僕もどんどん捨てたい派ですが
それでもまだまだ大事に取りおいているモノも多く
そんなものが、もうすでに何年も押し入れや引き出しやタンスの中に当たり前のように。

来年なんて着やしない、何年後かにまた同じ流行なんて来やしないのだ。
また時が来て再び興味を持つ事もないし 記念にとっておいたものも
誇りをかぶったままでは全く意味が無い。

人間関係についてもそう思える時がある。
お互いに役目を終えたら何故か自然に離れてゆく。
期間や深さのの問題ではなく お互いが次のステップに進める時として
むしろポジティブに考える。

モノも人とも真剣に向かいあう事で、
自分と切り離して考える事が出来てくるのだろう。

そういう意味でも、この盆が終わったら改めてもう一度自分の周りを見直して
断捨離に身を置いてみよう。

さて今日から、広島。
今回は残念ながら時間もなく、墓参りを終えて帰るだけだけど
また改めて地元の仲間などともゆっくりとしたいですね。

そう言えば、お墓参りもある意味 僕は心の断捨離だと思ってます。
感謝の気持ちで故人や先祖に向き合い手を合わせると
心の中のゴミのような邪念まで取り払っていただける様です。


ではでは。

--------------------------今日の一曲-----------------------------

Kenny Rankin-Lost Up in Loving You(1975)

ロッケンローに夢中だった頃の、なんてソフィスティケートな音楽。
音楽に限らず何でもそうだけど、もっと早く出会っていればなんて思う時もあるけれど
10代の端くれで出会っていても、この感じの良さがわからなかっただろうな。
出会うタイミングにも必ず意味があるんですね。

ケニーランキンと言えば、AORの代名詞の一人だけど
特にこういう声を張らない唄い方が好きな時代もあって
30代になってからもマイケルフランクスなどと一緒に
よく聴いていたカテゴリーのひとつだな。
この曲のメロディーもいいバランスで、
あっちへ行ったかと思えばちゃんと帰ってくる感じが
とても好きなんだな。


Have a nice day !




コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

星に願いを

2011年08月10日 | Tsushimi Takashi

8月のこの時期、原爆や終戦記念日 そしてお盆とが重なる時期を越えると
ひと雨ごとに秋に近づくって母親がよく言っていた。

盆を過ぎたら、水も冷たくなるので
なるべくもう川では泳がない方がいいと
島根の親戚のおじさんも言っていたなあ。


広島の灯籠流し(8月6日)

みなさん お暑うございます。

一昨日は暦の上では立秋ですが
まだまだ暑さは続きますね。

お世話になっている歯医者さんも、近所の居酒屋も
明日あたりからお盆休みをとる所も多く
天気予報では今週は猛暑続きだと言っていたにも関わらず
電力の消費予想は、盆休みのせいでそんなに高い数字ではないらしい。

岩手県陸前高田市の津波でなぎ倒された「高田松原」の松で作った薪に
故人の名前や想いを書き込んで京都の五山送り火で燃やす計画が
両者が立ち合った放射能検査でもまったく安全だという結果が出ているにも関わらず
その薪を燃やせば放射能が出るかも知れず心配という理由で
中止になったというニュース。

高田松原....1600年代に防潮林として植えられた
これが今度の津波でなぎ倒された。

京都市は関与せず、あくまで保存委員会の取り仕切りらしいが
僕には言葉が出ない。
何とも腹立たしく 悲しい発想。

特に今年は、多くの犠牲になった方々の魂の供養のための新盆でもある。

色んな考え方の人が居て当然だが、
代々伝わる京都においての宗教的行事に関して
そんな少数の意見だけで事の行方が簡単に左右されてしまう事実にも
大変驚かされた。

セシウムくんなどと表現するふざけた大人がいた事も
時間が経てばとうの昔の話だが、
震災が引き起こしたいろんな災害に限らず
日々起こる色んな事など.....。
この狭い国で一歩間違えば
いつ自分に降り掛かかってもおかしくない事なのに
同じ国の人間でありながら情けない想い。

海外に出て戦うスポーツ選手などを応援する我々だって
背中に日本を背負ってひとつになって戦うように
同じ日本に生きるものとして
せめて意識だけでも高く持ち続けたいと思う。


-------------------------今日の一曲-------------------------------

矢沢永吉ー星に願いを(2003)

ディズニー映画「ピノキオ」の主題歌(1940)
素敵な詩と素敵なメロディー。

2003年にディズニーシーにてヤザワがこの曲を唄いながら突然クレーンに乗って現れた。
当時ヤザワファンの間では賛否両論あったようだが
ヤザワが学校の先生役でドラマに出たときも
ボスのコマーシャルで缶コーヒー飲みながら走るサラリーマンやったときも
色んな賛否両論があった。
が、それ自体大した事ではない。

むか~し、まだ広島に居る頃に見たインタビュー記事でのヤザワの言葉。

「みんなはかっこいいものをつくろうとするけど、
 俺は出来たものをどうかっこよく見せるかを
 いつも考えてるんだ。」

大事な事だと思ったな。 賛否両論の訳とその結果がとても鮮明に見えてくる。

皆が知っているスタンダードだけに、オリジナル唄うよりも数段難しい。
何唄ってもヤザワなとこが、これも賛否両論の種だけど
僕はとても魅かれる。

Have a nice day !

 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Man! I Feel Like A Woman

2011年08月07日 | Tsushimi Takashi
このところの気候に油断していたせいか
再びぶり返した暑さに身体は右往左往。

麦わら帽子と蚊取り線香のあの昭和の夏は
痛い程に日焼けした肩先も
風呂上がりに吹く涼しい風に優しく癒されたもんだ。
少しの期間だけ着せてもらった”ゆかた”が嬉しくて
スイカや桃の汁で汚してよく怒られた。

ここ数十年ですでに亜熱帯に変化しつつある日本列島。

みなさんおはようございます。
言うなというが、言わせてください!

暑い!

さて一昨日は渋谷でライブ。

先日も少し触れたが、
僕自身は2009年に「涙を空にあずけて」という楽曲などを提供させていただいた
ミューアというアーティスト。
大阪在住、インディーズ デビュ-作から8年目のワンマンライブが
渋谷のプレジャープレジャーであった。

ひとくちに8年と言うが、山の麓(ふもと)から出発しての道のりには
色んな事との葛藤や戦いや、そして愛や光や それらひとつひとつに
ちゃんと向き合いながら答えを探して歩んできた年月。
体力的にもとても負担の大きいインディーズというポジションで
本当に頑張っているアーティストの一人。

旅の道標となる作品だけど、今回のライブで一番感じたのは
曲目のセットリストからも
欲張らない事によって、方向性がフォーカスされて
ミューアってどんなアーティスト?という答えが
とても見えてきたライブだった。

これは色んな事に共通する事だと思うんだよな。
曲作りも、盛り込み方を間違えると
どこを聴かせたいんだ?って僕もよく言われる。

それには今回のミューアバンドの存在はとても大きく
サウンド アンサンブル そして何より
歌と一体になった演奏が
僕ら観客側にも充分に伝わってきた。

シンプルな4リズムで「いらないものは弾かない」に徹したプレイは
彼女の歌の本来をいっそう引き立てて
ボーカルにとても集中する事ができた。
バンマスでドラムのTOSHI NAGAIを中心とした
GLAYやHIMUROのバンドメンバーの出どこ引きどこをわきまえているプレイは
ミューアの隠れていた音楽性まで引っぱり出してしまうかのようなしたたかさもあり
時に淡々としたプレイにこそ、むしろ底力を感じた程だ。
まさにそれがプロミュージシャンたる所以(ゆえん)だと感じた。

2時間という時間を感じさせない程の
とてもいいライブでした。
次回はミューアのアコギの弾き語り等も聴いてみたいと思った。

会場には西郷輝彦さんも応援にいらして居られて
以前からミューアやバンドメンバーとも、とても親交深くしておられ
8月12日にはGLAYも交えてのチャリティーコンサートが宮崎にて予定されており
またこのメンツでドッカーンとやるらしい。

みんな本当にエネルギーのカタマリですね。
その後の打ち上げでも西郷さんはじめ、みんな全開で飲む飲む。
僕のように暑さに文句ばかり言ってる場合ではありません。


--------------------------今日の一曲----------------------------

Shania Twain - Man! I Feel Like A Woman(1996)

ミューアのステージを見ている時、なんだかシャナイヤトゥエインのこの曲が浮かんだ。
こんな感じを彼女にも書いてみたいですね。

カナダ出身のアーティストでカントリーアルバムの売上世界一を記録したアルバムだ(3500万枚)。
 1997のカントリー部門でグラミー。

しかしこの曲の作り方もバランスも絶妙だな。
余計な要素を入れない事が、一定のグルーブ感を構築する最大のポイント。

わかっちゃいるんだがね、まだまだ僕は修行が足りん。
精進あるのみ。

Have a great new week !






コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

花になる

2011年08月06日 | Tsushimi Takashi
空と僕の間に最近ずっとある一枚の座布団のような雲が
今日もまだスッキリと取れない朝ですが
週末の静けさの中 本日も穏やかな一日になりそうです。

みなさんおはようございます。

そして本日8月6日は広島に原爆が投下された日。
昭和20年と言えば僕が生まれる13年前の1945年。
父が「この建物の頭の上で原爆が爆発したんで。よ~覚えとけ~よ」と
言っていたのを思い出す。


僕の実家からは車で15分ほどの原爆ドームですが
小さい頃は、この場所に来るとなんだかとても恐かった。
小学生の頃の課外授業でドームの近くに建つ原爆記念館を見学した時には
見るものひとつひとつが童心に重く
熱で溶けたジュースの瓶や熱で折れ曲がった丸い腕時計
それから火傷の子を背負った傷だらけの母親のオブジェなど
恐くて恐くて友達と離れない様に、
そしてとにかく早くこの場所から去りたいと思ってた。

広島市内から約1時間程車を北に走らせると吉田という町があり
当時中学生だった僕の母親はそこで生まれ育った。
今でこそファミレスや大きな多目的集合スーパーなどが出来ているが
当時は田んぼと畑と小さな商店街しかない典型的な田舎の町だ。
そんな山間(やまあい)の町から
広島市内の方向に原爆のキノコ雲が見えたと言っていたから
その光景は相当なものだっただろう。

それからと言うもの、中学校の裏山に焼けただれた多数のご遺体が
トラックに山積みで来る日も来る日も運ばれてきたかと思えば
その場所でメラメラと魂の揺らぐ
数えきれない程の火の玉のようなものを初めて見たと言っていた。

世代は移り、今となっては当時を知る語り部の方たちも年々減り
戦争をしらない子供達だった僕達ももう50歳を越えた。


そして先の大地震。
直接的な被害だけにとどまる筈もなく
米や肉や野菜や、それこそ命の源の土や水までが汚染されて
まさに自国が自ら爆弾を落としたに等しい。
これからまた復興そして再生の日々が続く。

色んな事を記し念じる”記念日”という名が相応しいかどうかはわからないが
喜び事だけに使われる言葉ではないらしい。
こういう日があるからこそ、毎年の様に一瞬でも想い考え
人にはわからない小さな幸せの欠片にだって
感謝する気持ちになれればそれが大事。
そして戦争や大地震で得た大切な記憶や教訓を風化させてしまわないように
次の世代に伝えてゆく使命が僕ら大人にはあると思う。

とても偉そうだけど、そう思う。

-----------------------------今日の一曲-------------------------------

夏川りみー花になる(2000)YOUTUBEより拝借

私ごとで恐縮ですが。りみちゃんの「花になる」。

特に今日のテーマに沿っているわけではないけれど
このブログで8月6日の事を書いていた時、ふと
この曲にしようと思った。
シングルは2000年の発売だけど、この吉川忠英氏アレンジのアコースティックバージョンは
その次のシングル「涙そうそう」のカップリング。
当時の僕のデモテープはむしろこちらのテイストに近かったように記憶する。

曲先で書いて、作詞は田久保真見さん。
こういうテイストの曲は歌詞が先の方がいい場合もあるけれど
当時僕も何か適当に言葉をはめながら作った覚えがあり
サビの後半のハミングな感じと解決のしかたなどが自分でも妙に気に入って
こりゃいい!と手を打ち、本当に手前味噌の状態だった。

-------------------------------
ちなみにこの”手前味噌”という言葉。
なにげに使っていたが、調べてみたら
「手前味噌という際の「手前」は自分のすぐ前という意味ではなく
自家製や自前の事をさす。
味噌という言葉自体に「自慢」の意味が含まれる事から
自分を自慢する言葉として「手前味噌」が使われる様になったらしい。
------------------------------------------

恐縮です。


コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

The Heart Of The Matter

2011年08月05日 | Tsushimi Takashi
頭上の真っ青な空からとなりの街の方に視線を伸ばすと
太陽をさえぎる様におにぎりの形をしたゲリラ雲が
低い位置にモクモクと成長していた。

昨日は新宿の高層ビルまで飲み込む勢いで
もう我慢の限界だと言わんばかりに
今にもドッカーンとバケツをひっくり返しそうな形相で
雨水を蓄えていそうだった。

後輩の作家の岡ナオキが音楽を担当したニコニコミュージカル「カンタレラ」に
お誘い頂たので昨晩ご一緒に。

ニコニコ動画で生中継するミュージカルらしいのだが
このカンタレラがミュージカルになるまでのいきさつ等がまた興味深く
僕より詳しい方も沢山いらっしゃると思うが
一応リンクをお張りする。


しかし、もうまったく新しい切り口で色んなコンテンツが様々にメディアと絡んで
配信されていたりストリームされていたりで
なんかそういうエネルギーに圧倒されてしまう昨今。

たとえばYOUTUBEなどでも新譜などが発売されたら、
とてもいいクオリティーでPVなどをアップするメーカーもあれば
ダウンロードを恐れて音のクオリティーを落としての投稿もあるし
反対に、一定期間は絶対にアップされないものや
著作権法違反で削除されるものもあり、考え方は多様。

欲しい作品ならamazonやiTune storeにまで発展するけど
そのきっかけとしては僕個人的には
動画サイトでいいクオリティーで聴けた方がいいと思っている。
音楽を発信する側としても、張り巡らされる情報は多きにこした事はない。
アーティストや楽曲を知って頂く為のコンテンツとして考えれば
これほど明確で直接的なものはない気がする。
そしてその事による売り上げへの影響はおそらく「誤差」程度の単位。
もしくは、逆に良き影響も及ぼしかねない可能性だってあると思っている。

昨晩のミュージカル
男子便所の一つをも女子に開放するほどに
お客さんは98%が女性。
どういうきっかけでこのミュージカルに集まって来たのだろう。
大きな宣伝で知った人もいればどこかの情報の切れ端に
この演劇の事を見つけてきた人もいるのだろう。

有り余る程の予算での制作ではないので
色んな部分での制約はあるにしろ、
これをやるにはこれがないなどと立ちふさがる多くの問題を理由に
クオリティーに言い訳しながら
誰にも影響を与えないものより、
あるものの中で、とにかくどんどん前に押し進めようとするエネルギーは
僕らのウンチクなどはもろともせず
新しい文化の一端を着々と作り上げている。

多少の弱点は見えども
そのエネルギーを僕自身は充分に楽しめた。

たとえばピコピコ系ヘビメタは体質的には合わないが
その音楽文化の噴火は僕らも無視しては通れない。
そしてそういう渦の中にいると、
そっちの方が今の道筋に思えてくるから
本当に不思議だ。

先日、昭和の最後の象徴であったテレビのアナログ放送がほぼ完全終了したが、
音楽界もまだまだ一部はとってもオールドファッションを残しつつも
デジタルに移行してから、発想から制作 そして聴き方までが
どんどんアップデートされてきてる。

今までのいわゆる「ちゃんとした道筋」的な発想や考え方が
逆に邪魔になってきた感覚だ。
自分で唄い自分でPVを作りYOUTUBEして、もしもそれが何十万とヒットされれば
そこからの新しい展開はまるで未知数だ。
ツイッターでライブ告知をやり、それをまた配信する。

ただそれも、もうすでに当たり前の道筋になりつつもある。

東京に来るしか方法が無かった時代と比べれば
考えようによっては...いい時代でもあるかも知れないが、
スクロールが早過ぎてあっという間に通り過ぎてゆきそうな時代に
僕はちょっぴり逆行したい気分でもある。

-------------------------------今日の一曲------------------------------------

Don Henley - The Heart Of The Matter(1989)

約23年前
LAで武者修行の終わり、
広島時代からの親友でドラマーの上野義雄が飛行機に乗ってやってきた。
とりあえずは観光でロスの主な場所をご案内する際、
もちろんサンセット通りに面したビバリーヒルズホテル界隈は最初にお連れした場所だ。

そして彼が日本から持参したイーグルスのホテルカリフォルニアのカセットを
車中で一緒に聴きながら助手席の何だか無口になった彼は
少しだけ瞳を潤ませているような気配だった。

このドンヘンリーの”The Heart Of The Matter”
イーグルスのコンサートで確かこの曲を歌う前
「42years to write、4minites to sing」と紹介していた。
大人の歌。
歌詞の内容もゴロもとてもよく出来ていて、何しろ僕はこの声が大好き。


Have a nice week end!





コメント
この記事をはてなブックマークに追加