アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

甘すぎずネバすぎず

2008年06月20日 | Tsushimi Takashi
よく、ケーキとかアイスクリームとか、スイーツと言われるものを食べた時の褒め言葉として「これそんなに甘くなくて美味しい!」ってよく言ったり聞いたりするが、
甘いから美味しいのではないのか?と思う時がある。ケーキは食べたいが甘いのは嫌っ!と言う事なのか?甘過ぎないって褒め言葉なのかなあ。。では甘さの限度がどこを越えたら甘すぎるとなるんだろうと、ふと考えた。

今日は久々休みで家にいた。しかしたまに時間が空くと何も出来ずに「いい旅 夢気分」なんぞ見てダラダラとする。忙しい時は 録り貯めしてあるNHKの世界遺産や映画を見なければと思うのだが、いざ休みとなると 山村美紗の事件シリーズの再放送とか見てしまう。何でもそうだが、たとえば、ちゃんと観ようと思うと中々観れない。
観る時の気持ちや時間帯が合わないとちゃんと観れない。
掃除もちゃんとしようと思うと時間的にも中途半端だから今日は出来ないになってしまう。かといって時間がある時は、他の事をやってしまう。だから本当は二時間あるから映画観ようとか今から30分でザッと掃除しとこ くらいのほうが物事は意外と はかどってゆくかもしれないと思う。

最近は自分の曲のアレンジも頼まれる事が多い。たぶん本当は曲が出来た段階で
そのアレンジというか装いというか、全体像は決まってる。作曲ってある意味、頭の中では色んな楽器を鳴らしながらイメージしながら作っていると思うからだ。
だがこれが一旦楽器の音色を決めて実際客観的に聞いてみると形になる前と装いが違う事が多い。まだまだ俺は無駄なものが多いと思ってる。
フレーズと音色の関係は難しい。洋楽なんぞ聞くと、圧倒的に歌に力があるので、
オケはとてもシンプルな物が多い。言葉の違いは大きいが、歌とオケの関係はやはりいつも刺激になる。

歌もそんなに押し付けがましくなく濡れすぎずといった、自分では出来ない歌が好みだが(俺の歌は時に押し付けがましく、時に自己マンで そしてネバいと言われる)、これって結局、甘すぎないケーキがいいって言うのともしかしたら感覚は似てるのかも知れない。どこまで以上がネバい歌かは計り知れないが、結局甘過ぎないケーキも甘さの数値ではない超感覚的な種類の表現なんだろう。
そんな言わばバランス感覚が聞き手とのコミュニケーションを保ってゆくんだろう。なるほど、俺はその甘過ぎないアレンジや作曲を目指すのみであーる。




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念の為

2008年06月17日 | Tsushimi Takashi
先日日経エンタテイメントという新聞に似たものにとても興味深い記事があった。
ボクサーの辰吉丈一郎のインタビュー記事だが、それによるとボクサーの定年は37歳で彼は今年の九月で定年らしい。今まで約五年間ただ練習の日々。ジム側も彼の網膜剥離を気遣って試合をブッキングしなかったらしいが、ひたすら練習。
ダイエットとか試合とか何かの目標があるならそのための練習として身が入る。
しかし目標のない練習ほどつらいものはないと言う。そこで彼は奥さんに聞いた。
何の為の練習なんだろ?って聞いたら奥さんはこう言ったらしい。
「念のため」。 普段何気によく使う言葉だが、辞書で調べてみたら
「信用してはいるが、いっそう確実にするために。」とあった。
彼はいつか来る試合があるとしたらその為に練習をしているわけだ。
素敵だね。自分の弱さも全部知った上で、それを克服するために毎日毎日練習してるって、本当につらいと思うが、それでもやめない彼は素晴らしいと思う。

さてスタジオのほうも約7割程度出来上がってきたであろうか。
あと10数日で出来上がり予定 そして来月からは新しい場所で同じ事をまた続けるわけである。一口に作曲と言ってもそれはとても奥深く、そして決して同じ事の繰り返しではない。まだまだ開けてないドアもある。欲張らず、しかし貪欲にやりたい。念には念を入れ、そして念のために。ね。



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俺の嫌いな季節がやってくる

2008年06月12日 | Tsushimi Takashi
先日、ひさしぶりに広島の母と電話で話していて笑った事があった。
東京は梅雨入りしたとラジオで言っていた頃、母が広島はまだ梅雨入りしとらんよ
と言う。俺は梅雨入りというのは西から順番にしてゆくものとばかり思っていたので、
母親も高齢でついに記憶がだんだんおかしくなって来たのかと焦ったが、そうではなく
ホッとした。そして数日前に広島も梅雨入りとニュースで聞いた。

最近目が弱くなったと思う。やはり職業柄コンピューターの前に居る事が多いので
そのせいだと思う。寝起きなどはけっこう見えにくい時もあり慌てて目をこすってみると
目やにのせいだったりするが。それにしても眼球を押さえる仕草がこのところ増えた気がする。

スタジオは着々と完成に向かっているが、まだまだあと少しかかりそうである。
完成まで全く中をみない訳にもいかず、たまに覗くが、やはり職人技には驚くばかりだ。
デザインや建築も我ら音楽家と同じく、奥が深くそしてとても創作的な仕事だと改めて思う。
俺らが知識もなく建物建築が出来たとしても、誰もそこに夢を見ないだろう。
一般の人の想像範囲を超えてないから、そこに驚きもなく、アイデアはあれどそれを支える技術がない。
音楽とて、誰もが自宅で簡単に出来てしまう時代だが、やはり誰でも作れるものに人は振り向かない。
音楽をとても複合的にとらえ色んな事を勉強し経験して少しずつ骨は太く無駄な肉はとれてゆくもんだ。

先日のレコーディングで昔から尊敬しているエンジニアの内沼氏のミックスを聞きながら
「素晴らしいエンジニアってアレンジャーでもあるんだよなあ」って改めて思った。
エンジニアって機材をいじれるだけではダメなんだよね。音楽の色んな事を知らなきゃ
やはり人が感動する音はつくれない。

デザイナーがアレンジャーなら大工はプレーヤーかも知れない。
そこに施工主の俺がボーカルとして入る訳だな。
まさに色んな要素のすべてを知ってこそ、自分の持ち場が生かされる。
どんな仕事だって同じだ。どんな職場だってやはりプロといわれる人間と仕事と作品は
人を魅了する。
そんな想いの今日この頃だが。。。

そろそろ本格的に梅雨

俺の嫌いな季節がやってくる。

P.S  写真は今年で10年を共にする愛車である。なかなか気合い入ってきた(笑)
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ミミとチロ

2008年06月02日 | Tsushimi Takashi
あんまり写真は撮らないほうだが、たま~に犬の写真は撮る。つい二日前からお姉ちゃんのほうのミミ(もうじき8歳)が散歩で走らなくなった。いつもはマイペースで
色んな場所の匂いを嗅ぎながら、チロに遅れると走り出して追いつくというパターンなのだが、今日も走らない。「ミミ、行こう」と言っても気のない歩き方である。
数年前に椎間板ヘルニアをやって、いつも高いジャンプなどは気をつけて見ていたが
、まさかまた腰の具合でも悪くしたのかと青くなって、すぐ病院に連れて行った。
が、しかし腰は悪くなく、先生が言うには「最近、怒ったりしましたか?」と聞かれる。自覚はないがもしかしたら怒ったかも知れない。まあしかし今までの生活パターンの中でやって来た事と大幅に違う怒り方はした記憶がない。妹のチロは(血はつながっていないが)特に遊び好きで、おやつよりボール遊びが好きな4歳だ。病院の先生と話しながら色んな事で検証してゆくと、どうもチロばかり相手にして自分の事をかまってくれないという、ミミなりの抗議かも知れないとわかった。長い間一緒に住んでて初めての事なので、びっくりもしたが犬なりの意思表示には少し反省もした。いつも平等にと接してきたつもりだが、犬の目にはそうは映らなかったのだろう。ミミも、もう決して若いとは言えない歳になってきたし、ミミなりに色んな想いもあるのだろう。人間もその日によって体調も違うし、気分もある様に
動物だってあるよな。犬だって散歩も気が乗らない日だってあるはずだが、てっきりそれを忘れて、犬はおやつが大好きで散歩が大好きって思っていたかも知れないね。んま、ヘルニア再発ではなく安心したが、病は気から。犬だって同じなんだね。ん~ちょっと反省。。


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