アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

やっぱり歌がすき

2014年07月22日 | Tsushimi Takashi

職業柄、いろんなタイプの曲の発注を受けるが、
最近ではその範囲も次第に狭まって来た。

それでも、時にあっちを向いて書き、時にはこっちを向いて書く。

最近また特にいろんな方々から
「都志見さん、歌やらない?」って問われる。

「僕の歌は何の責任もない単なるデモテープのための歌ですから」と言ってお断りする。

大人の歌もそうだが、17歳の女の子に書いた歌まで、
「デモテープの歌の方がいい」と言われると内心は複雑だ。
ネバく鳴らないように声のトーンをあげて歌うのは
それがデモテープだから成立していることだと自覚している。

昔、ある歌手の方の何周年記念かの時に書いた曲を
「御自分で唄われた方がいいんじゃない?」って言われた時には
実は楽曲を気に入って頂いていないではないかなんて要らぬ詮索もした。

ま、しかしデモをちゃんと作るのは僕の姿勢。
姿勢を変える事は今後もない。


自分のために書くとしたら
どんな歌を書いて自分自身に唄わせたいのだろうと考える機会が最近あった。
飲みの席で「都志見くん、アーティスト活動やる気ない?」って言われてから。

おそらく、自分のために何かを書くとしたら一日一歩 三日で三歩
三歩進んで四歩下がる程に時間ばかりが過ぎてゆくだろう。

その人の唄い方や歌うシルエットを頭の中にいっぱい広げて
その人のこんな歌が聴きたいという自分の思いを列の先頭にして
相手の要望の絶対的なひとつだけを勘案材料にして
あーでもないこーでもないと
知恵をかき集めて絞り出す。

かれこれ30年書いて来た今も そんな仕事が自分には合ってると思う。

先日、作詞家の康珍化氏ともそんなはなし。
お互いの仕事場の真ん中あたりで合流して軽飲み。
あの「悲しい色やね」が、最初のタイトルは
「大阪ベイブルース」だった話は大変興味深かった。

打ちあわせの途中でもう色んな事考え始めてるから人の話も上の空とか
書き始めたら部屋のゴミをゴミ箱に放下す時間さえ惜しくなるとか
デモを台所で聴いたり便所で聴いたりベランダで聴いたり
もちろん車で聴くデモは一番輪郭が見えるなどと
詩も曲も役割は違えど同じような事をやっている。


そして みんなやっぱり歌が好き  歌えない作詞家も 歌わない作曲家も
昔歌っていたディレクターも 今からデビューする女の子も

作家達がどんなに誇れる作品を書いたって
やっぱり歌にはかなわない


                     
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花筏

2014年07月09日 | Tsushimi Takashi
かつて、ここにも綴った事のある、お会いした事はないのですが
僕が長らく文通をさせて頂いている名古屋在住の御婦人から久しぶりに手紙が届きました。

中には、4枚の便せんと綺麗な花の写真が2枚。
今年のバレンタインデーのお返しに 小さなアレンジメントの花籠を送った時の写真でした。

東京の花屋からイメージだけ伝え、半ばおまかせで送ってもらったアレンジメントの花でしたが
思った以上に色鮮やかで、だいぶ時間は経っているものの 写真で観させていただいて今更ながらにひと安心。

そして、綴られた文章の冒頭には
先週のNHKの歌謡コンサートで僕の名前を見つけ思わずペンをとったという出だしからでした。


(NHKホールの楽屋スペースにて)

当夜、偶然にも40周年の中村雅俊さんと50周年の小林幸子さんが出演されており
この写真は、お二人の新曲がたまたま僕の作曲だったということで
幸子さんのプロデューサーで、かつてから可愛がっていただいている和久井社長より
メッセージと一緒にわざわざ送っていただいたものです。

幸子さんの「越後に眠る」という曲はこのたび初めて なかにし礼さんとご一緒した作品。
これについては改めてゆっくりと書こうと思っているのですが、
なにしろNHKホールでの幸子さんの生歌を聴きながら
僕は一瞬背中がゾクッとして、唄の終わりにすぐにご本人にメールをした程でした。
前回のブログにも書いた雅敏さんの作品も、とても丁寧に唄われていて、
お二人が唄い終わった後
珍しく実家の母が、観てたよと電話をして来てくれたり。

そして手紙には、名古屋のその方も同じような気持ちで観ていてくださったらしく
幸子さんの歌ジカラに、そして雅俊さんの唄うテーマに
自分の人生をかぶせながら、
時折昔を思い出しながら噛み締めるように聴いていましたと綴られていました。

本当に嬉しいです。

ご高齢で生活の場に おそらくインターネットなど無い環境のようなので
このお二人の写真をプリントして送ってあげたら、きっと喜んでいただけるかも知れない。

送った花ですが、やがて枯れ 葉っぱだけになっても大事に育てていたら
突然、葉っぱの上に花芽が出たそうです。



「それを「花筏」(はないかだ)と言うらしいですね。

「桜の花びらが川面に溢れ、まるで花の筏....と例えられた言葉と認識していたものですから、
葉っぱの上に花をつけたこの木の名前が”花筏”というのは初めて知りました。

何十年と生きていても、まだまだ新しい発見があるものですね。」と綴られていました。

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友人からの手紙

2014年07月08日 | Tsushimi Takashi
先日、飲みトモダチからのメールに、こんなことが書いてあった。

「僕は自分が聴いた曲の気に入り度を「切ない度数」と「刹那度数」と呼んでる。
この数値が高いほど好きになるみたいだな。
最近は喫煙と同じくこの度数を基準にする人が減ってるように思うよ。
生まれた時から全て持ってる人が増えたからだろうか。

昔のユーミンなんか彼氏とロッジで彗星見てるセレブなのに
何と刹那で切なかったことか....。」



ある作詞家の先輩からは

『歌のよさって、どこがいいのかと聞かれて答えられるようなものじゃないよね。
心の中に何がしか さざ波が立ったということでしかないのだけど。

何に感動するか、感動したか、ぼくは、自分で決めたい。
じゃないと、さっきも言ったけど、生きた甲斐がないもの。
ネットで「いいね」「いいね」を連発されることで、
自分の感動の普遍性を保証されたような気になるのはヤだな。
感動をネットに乗せて伝えることはできないよ。
「いいね」は、感動じゃなくて、感動の記号なんだね。

YouTubeで120万回再生された「○○○」という歌が、
たった100枚しか売れないのは、感動が記号になっちゃったから、
情報として消化されて終わっちゃったんだね、きっと。』



編曲家の友人がこんなメールをくれた。

「編曲家という仕事が出来たのはせいぜい50年前だろう。
それまで長い間無かった。多くの人に都合がいいから生まれたんだろうが。
でも本来作曲という作業は少なくとも最初の発表の時点では
アンサンブルの構築が含まれる。だからクラシックに編曲家は居ないんだ。
アンサンブルの分からないメロディメイカーは作曲家とは言わないと思う。
それは、ただの鼻歌屋さ!笑)」


そしてさっき届いた30年来の友人からのメール

『声優の○○コが逮捕されたね。オレは絶対ポコチンがついてると踏んでたんだがな。
外したわ。オナゴ怖し。』



See You Tomorrow !

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