アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

春はもうそこまで

2015年02月25日 | Tsushimi Takashi
少しずつですが、日は長くなり 時折マフラーが暑く感じるようになりました。
樹々が芽吹く季節がもう今から待ち遠しい。

当分先だと思っていた春ももうそこまで来てる。

ふと思い立ったように、
ある方に無性に会いたくなってネットで検索してみた。


写真家の武藤義さん  http://www.mutotadashi.com

上京当時、この方に沢山の写真を撮っていただいた。

世の中には怒鳴って叱って人を育ててゆくタイプと、
その人のどこかいいところを見つけて褒めながら相手に自信を与えてゆくタイプがいると思うが
武藤さんは後者のタイプ。田舎者の僕にとっては
彼に褒められると何故か自信が持て凄く強い気持ちになれた。

氏の仕事ぶりを数行で書くに余り有るのでネットで見てほしいが、
とにかく多くのアーティストを撮ってこられて来た。

そういえば、NY留学から帰国後 携わったあるアーティストの撮影でも久々にお会い出来て
「おー隆夫 ひさしぶりだな 元気か!」
10年振りだったが相変わらずの優しい笑顔と、その仕事ぶりには感嘆したものだ。

あまり情報はない中、複数の方のブログなどを拝見した。

昨年 逝去されていた。

肺の具合を悪くされたと聞く。

近年の写真集やCDジャケット、CMなどのクレジットも多数あり
それまでは元気に精力的に仕事をされてた様子がうかがえる。

とても残念である。
そんなに深く長いおつき合いではなかったが
ふと思い出してしまうほど 心の中にはずっとあの優しい笑顔があった。

最後にお会いしてから30余年 実にまたお会いしたい人だった。

武藤さん 沢山の感謝を込めて。

安らかにお眠りください。

                          
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夢のつづき

2015年02月09日 | Tsushimi Takashi
昨夜も僕の定番である夢のひとつをみた。

あと30分ほどで始まるライブで歌うほとんどの楽曲の歌詞を本番を前にして
全く覚えていなかった事に気づいて頭が真っ白になる。

エレキギターの弦のスペアや、アンプにつなぐシールドを自宅に忘れて真っ白になる。

いつもステージの幕が開く前に目が覚め
犬どものいびきを聞きながら心から 
夢で良かったと安堵するのだ。

夢占いではこういう夢をどう読むのだろうね。。


-昨年暮れに頂いたバースデーカード 
次にまた生まれてくる事があるとしたら
僕は迷わず宇宙飛行士を目指す-


朝食後に、作品チェックのため自分で歌ったデモを何曲か聴いていた。

少し時間が経って 女房が さっき歌っていた人 誰? いい曲ね。と。

あれれ?26年も連れ添った奴の声に気づかんのん?

「えっ?...あれ俺..」

「ありゃま、新しい歌手の人かと思うたわ」

あれれ、だいぶネバさも洗練されて、歌としてカタチになってきたのか否か。
ま、そういう事なら非常にうれしいわ。単純に喜ぶで~。
今年はそろそろ真剣に自分の唄 ちゃんと作って配信するかのう。なんか盛り上がって来たわい。

リリースすれど、まだ日の目を見てないイイ歌がいっぱいある。

自分らしい歌詞とメロディーのものを選りすぐってセルフカバーじゃ!

                   

ジュリー(沢田研二さん)と言えば、僕の中では超スーパースターなわけで
それこそタイガースから始まって 『危険な二人』のイントロのギターフレーズなんかを
得意げにコピーしていた。

最近たまたまジュリーの昔の曲を聴く機会があって、その中で胸がジーンとした曲がある。

「あなたへの愛」作詞:安井かずみ/作曲:加瀬邦彦(1973)

中学三年くらいのガキにとって当時、この歌詞の意味などわかる筈もなく。

シンプルなメロディーの上に乗った時代を選ばない言葉の繊細な表情が
40年以上経っても僕の胸にはジンと響く。

もちろん60半ばを過ぎても色褪せない声質と揺るぎない歌唱力あっての作品。

そして、ジュリーのようなボーカリストに曲を書きたいという想いは
ある意味当然な欲求なのだ。

余談だがちなみに僕は 拙(つたな)いながら生まれて最初に作ったオリジナル曲が「のみほした愛」という歌だった。
高校一年の時、パーマに失敗して頭が大仏さまのようなチリチリのパンチ系になり
恥ずかしくて学校休んでた頃に作った。(精神だけはマセていた)。
まさにそれが、後々シンガーソングライターを目指すきっかけになったかも知れない。

かれこれ30数年
求められて作る仕事をずっとしてきてはいるが 
同じ様なパターンと枠組みの中で作られる歌達は
さすがにもう誰の役にも立てなくなったと感じている。

だから何か他にはないものを  他と違った切り口を  切実でありながらどこかお洒落で大人な歌を 
そして人々が歌いたくなるような そんな作品になあれ!と最近はいつも苦戦しまくっている。

僕らが通ってきたまだまだ音楽界がいい時代だった時の話などは
後輩曰く今の若者達には参考にならないほどに時代は変わったようだ。
音楽の作り方も人間関係も。

先日久しぶりに、編曲家の船山基紀さんと仕事でお会いした際に
「最近は人と会わなくなったからねえ~(笑)」と仰っていた。

船山さんと言えば、ジュリーのあの「勝手にしやがれ」の編曲家でもあり
僕の作品の中では、トシちゃんの「ごめんよ涙」(1989)という作品あたりから
頻繁にご一緒するようになった。

長い時間が過ぎてまたコラボできることがとても嬉しい。

やれやれ また長々とダラダラとやっちまった。

                  

さて、そろそろ発声練習でもはじめるか。
コメント (3)
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