アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

残酷暑お見舞い申しあげやす

2010年08月20日 | Tsushimi Takashi
恒例の広島への帰省も澄ませ一段落。

数カ所の墓参りの中、一ヶ所だけ山ん中の墓所があり、
たどり着いたらいつも太ももが痙攣している程の場所。
両親もさすがにこの暑さの中では山歩きはさせられず、
今回その場所は断念。
歳を重ねると、だんだんとそんな具合に物事がコンパクトに
進んでゆく。

広島も例年になく酷暑 いや爆暑で
そんな中でも、未だに扇風機だけで寝る親父には口うるさく熱中症の危険性を
解いて帰ってきた。
みな自分だけは大丈夫などと過信してしまうのだ。

ところでこの時期は毎年、原爆記念日 終戦記念日と
あの忌まわしい太平洋戦争を思い起こし戦争の醜さを
再認識させられる。
広島の父母ともに被爆者ではないが、当時の体験は何度も聞いてきた。
学生の頃に、中沢啓治氏の「はだしのゲン」という実体験をもとにした
漫画を読んで気分がとても重くなった記憶がある。
核は抑止力と言っているような日本のテンポラリーな指導者には
すみやかに退いて頂きたいものだ。

もともとディズニーランドの「イッツ ア スモールワールド」が
お気に入りの俺は、当然「借りぐらしのアリエッティー」にも魅かれて
先日観て来た。(とくに相互関係はないが)。
期待以上に自分にとってはいい映画でした。
見終わって出口に向かって歩いていると
小さな女の子が「なんか感動した」と小さな声でお母さんに
言っているのを聞いて、俺も、そんな小さな女の子に、
なんか感動してしまった。

デヴィッドフォスターの「HIT MAN」という本を読んで
無性に「ボディーガード」という映画がまたひさびさに観たくなり
TSUTAYAに直行。
ついでに、知人から薦められた「私の名前はキムサムスン」という
韓国ドラマも借りた。。

ホイットニーの唄う「Always love you」は、
元々はアメリカのカントリーシンガー、1974年の
ドリーパートンの作品のカバーっていうのは周知の事実だが、
原曲の雰囲気とはガラリと違うアプローチで
結果的にはグラミー賞をとりバラードの大傑作になった。

余談だが、この本に出てくるセス.リグスというボイストレーナーには
俺もL.A武者修行中の毎週一回、ボイスレッスンを受けていた事がある。
知人の紹介で、彼に初めて会ったときに通された広いレッスン室の
大きな壁にマイケルジャクソンのスリラーの
ゴールドディスクが飾ってあった。
畳2枚分くらいの世界地図の形をした額縁だったように思う。

不思議にレッスンしている時だけだが地声でD(れ)まで出た。
つまり普段は(ソ)までしか出ないのに、ラシドの次のレまで出た。
まさにミラクルだったな。
アメリカの超一流な具合に圧倒された。

ま、30歳になるかならないかの時期だったと思うが、あの武者修行で
自分の作風の一本の柱を築けた様に思う。
耳だけではなく、肌で色々な事を感じる事が出来たので
自分から出てくるものを疑いもしなかった時代だ。
特にバラードはね。

さておき

日本でも色んなアーティストが色んな楽曲をカバーして唄っているが
、そこに何の脈略も見当たらないものも多すぎる。
カバーアルバムを作るための線引きがどこにも見当たらない選曲や
何故その曲をカバーするのかが全くわからないアプローチ。
友人の編曲家に言わせると「それはカバーではなくただのコピーだ」と
憤慨していた。
全く同感だ。
原曲以上の聞かせ方を考えないで、単に昔のヒット曲を並べるより、
埋もれた名作をカバーして世の中に知らしめヒットを狙うほうが
断然可能性がある。
そういう意味で言えば、はたまたアメリカの徹底したショービジネスの貪欲さと
ネットワークにはつくづく圧倒させられる。


知人を介して、送って頂いたすべてスペックの異なる試打用クラブ4本。
爆暑のつかの間の夏日に、試し打ち。
それにしても微妙な数値の違いでこんなにも球スジが違うものか。
それぞれのクラブに持ち味がありどれも捨てがたいが
何を基準にして自分なりのクラブを選ぶかとすれば
「確率」だ。
たまたま、いい球が打ててもそれは絶対的な基準にはならない。
どう打ったから、そういう球が出たかをわからずしては
その球筋では闘えない。
プロでもないのに偉そうだが、アマチュアゴルファーは皆、偉そうでいい。
偉そうに語れなきゃ、いや、語らずとも心の中では
誰もが一流の理論を持ってる。
そうやってコツコツとやって来た事を、
いとも簡単に目から鱗の如くはぎ取ってしまう技術がプロにはある。


私事ではあるが、是非是非、今後もヒットの確率を上げてゆきたいものである。
この情熱だけはコンパクトにならないように。ね。






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