アメノチハレ

都志見隆の果てしない日々の日常

さんま焼けたか

2012年09月25日 | Tsushimi Takashi
1975年9月にCBSソニーから発売された斉藤哲夫の「さんま焼けたか」という曲。

具体的な事は今ひとつ思い出せないでいるが、何故かよく覚えている曲だ。

東京へ出るきっかけが少しでもつかめるようにと
当時のバイトも音楽の「お」の字だけでも関わってるところをと選んだ
中国芸能というイベントやコンサートなどの興行会社で
そこの宣伝カーに乗る仕事をしていた。
丁度その頃によく聴いていた曲だと思う。

どこかしらほっとするようなフォークだけど
こういう歌が流行るような時代のほうが
国も政治家も、もうちっとは熱くなれるのかも知れないよな。

1975年といえばあの矢沢永吉のバンド「キャロル」が解散した年だ。
もうそんな前になるんだな。



 後輩から朝早く電話があった。
普段からメールのやり取りで済ませる事が多い昨今だが、だから余計に朝早くの電話は
特別の「何かあったのか...な」と一瞬ドキッとさせる。

「おはようございます。朝早くからすみません。都志見さん今日自宅におられますか?」
「どうしたっ!?.......」

「あのう...たった今、宮城の女川から捕れたてのサンマが沢山届いたので、
食べてください!届けます。」

せっかくだから、より新鮮なうちにという後輩の心使いがまた嬉しい。

勝ちどき橋渡れば 浪花節でも聞こえそうな
三味線の音風に柳ゆれ姐さんこれからどちらまで
向こう三軒両隣りは 人なつっこそうな笑い声がこぼれてくるよ
さんま焼けたか 粋な親父の声がする(さんま焼けたかの歌詞の一部)

実際に勝どき橋の向こうに住む後輩が、勝どき渡って来てくれた。
送られて来た時と同じ水と氷のまま持ってきましたからと、
見るからに色のいい銀ギラのサンマを届けて頂いた。

今年のサンマは脂がほどよく乗っていて今までに何度か食べていたが
何しろここまで奇麗に食べれたのも生涯で初めての事だった。

昔住んでいた町の定食屋でカウンターの隣に座ったタクシーの運転手さんが
背骨一本残して綺麗に食べ終えたサンマの姿が何とも美しく
いつしか自分もと憧れていた魚の食べ方だった。

それくらい臭みもなく身のつき方も上等なサンマだったわけである。

食べきれないともったいないので、控えめに4匹だけいただいたが
友人曰く、ツミレにして食べたら絶品だったと聞き
次回は少し多めに頂いて、焼きの後はツミレ汁に挑戦してみるか。

勝どきの後輩殿 ごっそうさん!

Have a nice day!
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やはりチキンでした

2012年09月19日 | Tsushimi Takashi
 昨日は今年二回目の大腸ポリープ除去のため
内視鏡での日帰り手術だった。

こんなに病気や病院にはチキンハートな自分でも
二回目となるともうそりゃ慣れたもんよ。
待ち合いで点滴やりながら、知人に以前から薦められていた
百田尚樹の「海賊とよばれた男」の上を読み始めるくらい余裕よ。

前回はポリープ4つ 今回は3つ
同年代の一般的な平均からすると多すぎだと言われたが、
後の説明から前回より見るからに良性だったような感触を受けた。
一週間後に病理検査の結果を聞きに行って終了。

緊張されてます?大丈夫ですか?と聞かれたので
いえ、二回目なので...と言うか言わないかの間に
眠らされてた。
そもそも、そういう風に様子を訪ねられる時点で
二回目にもかかわらず実はチキン丸出しなのだ。
今回も軽い麻酔での施術をリクエスト。
まな板に乗っても鯉にはなれなかった
ただの中年チキンボーイや。

まあ慣れは大事やが、慣れきってナメ腐るよりは
いつも謙虚な姿勢でいたいとは思うわね、正味な話。

 ニューヨークで不動産のブローカーをやっている古くからの
友人が久しぶりにメールをくれた。
数日前に彼女が物件を紹介した相手がなんと、
私がかつてプロデュースしていた女性(ピアニスト)だったらしく
本当に世の中は狭いとあった。

彼女が日本での活動に一旦区切りをつけ
音楽の勉強のため渡米してからもう数年が経つ。
そろそろ生活にも慣れて、さてこれから
しっかり本腰を入れて取り組むのだろうか。
自分の当時を振り返っても
最初は1年くらいのつもりだったからね。
生活がようやく慣れて面白くなって来る頃が1年目だから
それからはどんどん面白さが増して
やはり帰れなくなってくるよな。
彼女を見てるとまるで当時の自分のようで
そういう意味でも情が湧くし、心より応援したい。
しっかり勉強して、アーティストとしてこれから
日本で、いや世界でも活躍できる人間になってほしい。

地球規模で考えるととてつもなく広い世界の中
そんな彼の地でたまたま会った人同士の共通の知人が私だったなんて
ひと口に世間はせまいねーとは言うが、本当に驚いた。
お互いに元気そうだと聞いて安心。とても嬉しかった。

友人が一緒に添えてくれた最近iphoneで撮ったという
トニーベネットとの2ショット写真を拝見。
いい歳になったが当時と変わらぬキラキラとした瞳がとても懐かしかった。
来年は必ずニューヨーク行くぞ!と毎年思いながらだいぶ時間が過ぎた。

とりあえずご両人とも、まずは元気に健康で
そちらでビシビシと女とその腕を磨きまくってくれ!

私もこれまでの経験に慣れる事なく、
一作一作にまだ聴かぬ驚きや発見を追求すべく頑張んべ!
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まずは体力

2012年09月13日 | Tsushimi Takashi
昨日は富士の御山に初冠雪だった。

丁度、偶然にもその日の朝は富士山の麓の宿におりました。
毎年恒例の、友人達との泊まりでゴルフの二日目の朝
部屋から撮った朝6時くらいの富士
目覚ましが鳴る前に目が覚め、カーテンを開けた瞬間だ。

実際にはもっと近くに見えてるのですがね
やはり空気が澄み切った早朝のまだ陽が上りきらない時間帯の色彩は七変化

十数分の間 釘付けでした。



いつかは富士山頂へ登りたいのだけど
山小屋には個室がないからなあ という友人の言葉にウケながら
この山を仰ぎ見るたびに一度は登ってみようと思うのです。
が、まずは日頃からの足腰の鍛錬と高尾山あたりでの慣らし登山からですかね。

実際にはたったの18ホールのゴルフで丘陵を歩くのにもヒーコラ悲鳴を上げてますから
富士への道は長し遠しでございますが。。


 そういえば先日久方ぶりに会った知人と飲みながら
色んな話をする中、
たとえば彼と一緒に仕事をしていた時代はお互いに20代
私はバンドのプロデュース、彼はサックスプレーヤーとして
色々手伝ってくれていたわけだけど
その当時、よくあんな若輩の時代に責任ある仕事を任せていただけて
今考えてみれば幸せな時代でしたねと彼が言うように、
我々を含め業界全体には若い勢いに満ちたエネルーギがあり
あの時代から比べると、色んな面で生活はしやすくなったかもしれないけれど
反面、生きにくい世の中になったかもしれない。

多少の不自由さや満たされない環境からのほうが
窮屈に押し縮めたバネほどその反発する力が増すように
大きな夢や目標を持つ力に変えられる気がする。

「根性」って言葉も最近あまり使わなくないですか?と言われ
そう言われれば昔に比べると根性という言葉で表現するような人達が
周りに居なくなったねという話しにもなった。

何度蹴られても突き返されても、それこそがむしゃらに
誰かに認められたくて頑張れる事は喜びだと思うし
自分自身の大きな壁をぶち破った時は成長できるし
人より回り道したと思っても実は人の何倍もの経験できたり
人とは違った大きなものを得ている事を
つまり生きる事において無駄な事は実は何もないんだと
少し歳を取った時にやっと理解出来たものだ。

何事もあと一歩という時、やはりそこは屈せずにあきらめない心が
最後の一押しをしてくれ、時に運も呼び込んだりする。
その最後の一押しを根性というのか。

特に若かりし頃のほうが、この根性という言葉が似合う気がする。

友人に最後の最後にゴルフで負ける理由だが
これは私に根性がないわけではなく
ただ単に疲れやすく練習量がなく最後の詰めが甘く
下手な事以外の何ものでもないからだ。
精神力が続かない原因のほとんどは体力のなさが問題なのだ。

これ、作曲も然り(しかり)。
間違いなく作曲を続けるには体力がいる。

精神の弱さに屈しない身体を作る事がまず大事と
ジャンボ尾崎は心技体を体技心と定義し
ゴルフでの通算113勝は驚異的な数字だ。
そんなジャンボも身体の衰えには勝てない。
それでも生涯レギュラーなんだと、決してシニアツアーでは闘わない姿勢が好きだ。

もう私にとっては彼の成績よりも
ジャンボが現役で芝の上に立っている事が大事なんだ。

根性とかいう活きのいい一方向性の表現ではなく
それには強い精神がいる
いつかは心が身体を支えるようになる。
まさに心技体に移行して衰えた身体を今度は
心が引っ張ってゆくようになる。
静かでも強く生きてゆく姿勢が素敵なんだ。

身体は衰えてもブレない心 こんな人間に憧れを持つ。
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タバコやめて丸2年が過ぎた。

2012年09月07日 | Tsushimi Takashi
今朝の街に吹く風は本当に気持ちよかった。

自然が作り出す風はどうしてあんなに気持ちのいいものなんだろう。
クーラの冷気に慣れた身体が本来のあるべき居心地に改めて気付かされたような
そんな爽やかな風が吹いた。

散歩のために道端に降ろした犬どもも、そのいつもとは違う風の種類を
咄嗟に察知したのか、足並みも軽い。
特に足の短いダックスフントは身体が地面に近いので
体感温度も半端なく、暑さにはとても気を使う。

 そういえば、真夏のある日の炎天下、仕事場のある池尻界隈の
午後2時くらいのアスファルトの上でワンコ(ダックス)を平気で歩かせている
バカタレ女(失礼)が居たな。

自分は帽子にサングラスと日傘で
まだおそらく一歳にも満たない幼い犬と一緒に
ケツ振りながら歩いてた。

人間でさえ裸足で歩けない程の熱せられたアスファルトですよ。
犬とて大丈夫なわけもなく
犬の親になるのであれば、基本的な事は知らなきゃ失格。

「自分の腕にタトゥー入れる暇あったら犬の本の一冊でも買って
勉強しろよ。ペットは君のアクセサリーではないのだから」

          と
     言いたい気持ちを押さえて

「肉球が火傷するよ せめて日陰を歩かせれば」
と老婆心丸出しで、それでも優しく言ったつもりだが
余計なお世話という視線で、リードをなおさら強く引いて
より一層ケツを大きく振りながらプイと小走りに去って行った。

犬は汗かかんのじゃ。どうやって身体を冷やすか知っとんのか、このボケ!

...何とも悲しや ホトトギス。

最近増えたね そういうの。


 作家の後輩が喋っているラジオに出てくれというので
準備する物はあるかと聞いたら
代表曲1曲(M1)
最新曲(最近発売になったもの等)1曲(M7)
影響を受けた曲2曲(M3,M5)
の計4曲用意してくれということだった。

ふと考えるに最後の「影響を受けた曲」の選曲は難しいね。



色んなシーンがあって、色んな時代の色んな曲に影響をうけてるからな。
そういう話しのきっかけをもらって昨夜、酒飲みながら
そのうちの一曲は迷いなく矢沢永吉にするだろうが、
キャロルの曲にするかYAZAWAにするかと色々考えていた。
まあ、番組の流れ上、できればより自分を表現するに相応しい選曲でカマしたいからね。

当然、音楽的な上でも和洋問わず数々の曲に影響を受けたけど
やはりアーティストの生き方やスタイルそのものとリンクしているからこその
音楽の魅力ってあるよね。
誰が唄ってもいい歌ってのは結果論で、
かならずその人の唄からしか生まれないものだからね。

誰でも作れるようなものには何も宿らないわけだから
やはり社会の中で強烈に時代を引っ張ってゆく力を持ったアーティスト(楽曲)に
当然持って行かれるよね。
そして作曲家としても、絶えずその事への意識は強いね。
機材や情報の発達で誰でも出来る範疇で作曲してる人は増えたけど
曲書いて誰彼のCDに入りましたって言っても、
聴かせてもらっても
わるいけれどナッシングなものも多い。

まあ選曲はまだだけど、なんとなく
広島から出てくる時に持って来たアルバム それから
ニューヨーク行くときに 持って行ったアルバムの中からが
一番相応しいかなと漠然と思った。
この二つの転機なくして今の自分は居ないわけだから。

おっと、そんなこんなで時間はあっという間に過ぎてゆくな。
出かける支度をしなくては。

かつて一緒にやっていたミュージシャンの友人が連絡をくれてね
その彼と会う予定なのだ。

なんと..25年振りにね。

長い時間が過ぎた。

そう考えると、タバコやめて丸2年なんて
まだまだヒヨコちゃんだね。

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